東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 社説・コラム > 社説一覧 > 記事

ここから本文

【社説】

子どもたちへ 先人の旅と人生に学ぶ

 新学期シーズンが来た。子どもたちが自ら命を絶つ悲劇の相次ぐ時期。しかし、教室や学校だけが世界のすべてではない。ちょうど二百年前に生まれ、広い世界を目指した先人の生き方を紹介する。

 子どもたちの環境は厳しい。下着の色まで指示する「ブラック校則」、複雑な上下関係の「スクールカースト」、暴力やネットのいじめ…。なのに「我慢して登校しろ」と言われたら、どうすればいいのかと悩む子もいるだろう。

 だからといって、自分の道を閉ざすことはない。一八一八年に今の三重県松阪市で生まれた探検家の松浦武四郎は、そんな教訓を残してくれた偉人の一人だ。その名前と人生は、今月あった北海道の命名百五十年目の式典にちなんで盛んに報じられたから、ご存じの人も多いだろう。

 幼くして僧侶を志すが、父に許されない。やがて旅への憧れを募らせ、十六歳で「中国かインドに行く」と親類に手紙を書き、江戸に家出する。一度は連れ戻されるが、初志を貫き、翌年から全国を訪ね歩く。特に、当時は未開の地だった蝦夷地(北海道)を六度も訪れ、その命名にも貢献した。

 幕府や明治政府にも仕えたが、あっさり辞めた。発端は、北海道で見たアイヌ民族への厳しい迫害だ。先祖伝来の土地を奪われ、奴隷のように働かされている惨状を訴え、アイヌの救済を強く説いたが、取り上げられない。悪行に加担するよりは自分の信念を大切にする、という選択だったのだ。

 人が生まれた場所や身分に縛られて暮らす時代。強い者が弱い者を支配するのが当然だった時代。旅に生きた松浦の視線は、同時代のそんな狭さを通り越し、人が互いに認め合い、自由に生きる天地へと向いていたのではないか。

 その生涯にひかれる人は多く、今年は松浦が主役の小説『がいなもん』(河治和香作)も出た。題名は、三重県の一部などで「すごい人」という意味の方言だ。

 松浦をはじめ、広い世界を目指して大きく成長した先人は多い。今いる場所は狭く苦しくても、時間がたてば自分も周囲も変わる。自分の悩みは小さかったと知る時もあれば、救いの手が来る時もあるだろう。

 学校がどうしてもいやなら「行かない」という選択肢もある。家出は勧めないが、居場所のない子は図書館に行き『がいなもん』を読んではどうか。新しい人生を切り開く知恵と力を「すごい人」から学べるかもしれない。

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】