エンリ・エモットの朝はいつも通り早い。
以前と同じように井戸から何往復も水を汲んで瓶に溜めなければならないが、今は少し環境が変わっていた。
「おはよう御座います姐さん。水の用意はもう済んでますぜ」
「おはよう。カイジャリさん」
そう、ゴブリン達がエンリや村の仕事を手伝ってくれているのだ。
約二ヶ月前、カルネ村は騎士達によって蹂躙された。
襲撃によってエンリの父も母も殺された。幼い妹と共に森に逃れようとしたが、騎士に追いつかれ殺されそうになったところを謎の
エンリは自身の首に下げたアイテムを握る。
これこそ
ゴウン様が去られた後、働き手が足りなくなった村の為に思い切って一つ吹いてみたのだ。
「プピョ~」と情けない音が鳴り、失敗したのかとかなり恥ずかしい思いをしたが、森の中からゴブリンがゾロゾロと現れて私に忠誠を誓うと言われあの時は大いに慌てたものだ。
こういった召還アイテムで呼ばれた者は召還主、つまり角笛を吹いた私に絶対服従するものらしい。
基本私の言う事を聞いてくれるゴブリンさん達のお陰でエモット家は村で一番貢献している状態となった。
村長に後から教えられたが、両親を亡くした幼い妹と二人暮らしでは、村への貢献の無さから貴族やどこぞの領主に奉公に出さざるを得なかったと。
唯一の肉親であるネムと離れ離れで過ごすなど冗談ではないと憤ったものだ。
それもありえただけの話。
村を虐殺していたのが同じ人間であったからか、村の皆は良く働いてくれるゴブリンを快く迎えてくれた。
もしかしてゴウン様は私達のそんな未来を憂いてこの角笛をくれたのかもしれない。
残った最後の一つは私の大事な御守りとして、常に手元に置いている。
ゴウン様への感謝をいつでも持てるように。
ネムが起きる前に朝食の用意をしていく。
包丁を扱う時に村を襲った騎士を思いだしてしまったせいか「ダン」とまな板に包丁を叩きつけて刃を欠けさせてしまった。
「あちゃ~」
やってしまった。村には鍛冶師はいない。包丁を研ぐのもゴブリンさんや自警団が持つ装備の手入れも出来ないのに。
「おはよう。お姉ちゃん」
「おはよう。ネム」
起きてきたネムと挨拶を交わす。
ネムの朝一番の仕事はカルネ村に引越して来たバレアレ家の二人を朝食に呼ぶ事だ・・・ただ、二人してポーションの研究に熱心過ぎるのか食事に呼んでも大概来ない。
研究所兼自宅の匂いの激しい家。入ってすぐの棚に置き、冷めないうちに食べるよう伝えて終わりだ。
一度ネムが中で大声で呼んだ時にフラスコが割れ、ちょっとだけ怒られてしまいションボリしていた事があった。
ゴウン様に依頼されて研究しているのは知っているが、食事ぐらいちゃんと摂ってほしいものだ。
朝食の準備が出来た。
ゴブリンさん達は19人居るので約20人超分だ。外でゴブリンさん達と一緒に摂るのがここ最近の日課だ。
ゴブリンさん達が森で狩りをしてくれるのでよく肉が手に入るようになり、エモット家及びカルネ村の皆の食事状況は以前より良くなっている。
大勢の料理を作るのも、力仕事も実はそれほど苦ではない。なぜかここ最近腕力が強くなっている。年頃の乙女としては男勝りになっているのが悩みの一つになっている。
ネムが戻ってくる・・・どうやら今日も研究に篭もりっぱなしのようだ。
皆の朝食が済み。片付けが終わった時。突如目の前に漆黒の空間が広がって・・・
「え!?・・・ゴウン様!?」
「突然ですまないが様子を見に来た。久しぶりだな」
ナザリック地下大墳墓 アインズの部屋
パンドラに頼んでいた各種耐性装備を見繕っている最中だ。
状態異状、特に精神系等、アンデットであれば無効にしていたものに重点を置いていく。
あまりゴテゴテしているのは好みじゃない為、かなりスッキリした装いに落ち着く事が出来たのは幸いだ。
ナザリックに居る時だけだがメイドにより以前から、それぞれの好みで「アインズ様には赤が似合う」「いいえ、黒だ」「黄色だ」と着せ替え人形のようにされている。・・・この流れは変わらないのね・・・
そんな中、問題が出てきた。
嫉妬する者たちのマスク。通称<嫉妬マスク>が装備出来なくなっていた。顔に被ると拒絶するように「カラン」と落ちてしまう。・・・(原因は間違いなくアレだな)マスクを手に取り、なんともいえない表情でマスクを撫でるアインズの後姿は「哀愁漂い、引き込まれる様であった」・・・後にパンドラは語る・・・
外で活動したアインズ・ウール・ゴウンは嫉妬マスクを被った《謎の
パンドラに生産職のギルドメンバーに変身してもらい同じ柄のマスクを作ってもらう。宝物殿のデータクリスタルを使い声が変わるマジックアイテムとして。
そうしてカルネ村の事が気になっていたのもあり、アインズ・ウール・ゴウンを知るカルネ村にやってきたのである。
「あ、あの・・・ゴウン様ですか?・・・そ、その声が」
案の定声が違う事を指摘された。ちなみにガントレットはしていない。手まで隠す必要はないからだ。
「ああ、仮面の効果で声を変えているんだ。ただの用心だから気にしなくていいさ」
エンリの後ろの方から不可視化を解きながらルプスレギナが飛ぶように走って来た。
「アインズ様。共も連れずにどうされたのですか?」
「ああ、ルプスレギナがいるから問題ないだろ?」
帽子をピクピク動かしながら返事するルプスレギナに「頼んだぞ」と笑いかけて、村の様子を見渡す。
報告にあった通り冒険者モモンとして来た時より更に頑丈そうな柵が出来ている。
「ゴウン様、ゴーレムを貸して下さってありがとうございました。あの、ずっとお礼が言いたかったんです」
頭を深く下げながら礼を言うエンリに「気にしないで良いさ」となんでもないように応えると、そこで傍に居たゴブリンが震えながらエンリに近づき。
「あ、姐さん。こ、この人は何者なんですかい?」
「ジュゲムさん。前に話したゴブリンさん達を呼んだ角笛を下さった村の恩人のゴウン様よ。私とネムの命の恩人でもあるの」
見ればジュゲムだけでなくゴブリン全員が震えながらアインズを見ている。
「君達とは始めましてだな。私の名はアインズ・ウール・ゴウンと言う。・・・一つ質問したい。君達が忠誠を誓っているのは誰だ?」
「お、俺達が忠誠を誓ってるのはエンリの姐さんだけでさぁ。次いでネムさんに村の人達を守る事・・・です」
やはりアイテムで召還されたモンスターは元の持ち主は関係なく、使用した召還主に忠誠を誓うのだな。次いでエンリの肉親のネム、村人達と優先順位がある訳か。
「結構。私に忠誠を誓う必要はない。それと、私がこの村に危害を加える事はない、そんなに警戒しなくていい」
アインズの言葉を聞いて完全にではないがようやく警戒を解きだした。探知阻害の指輪をしているのに、本能的に相手の強さが分かっているのかもしれない。それに合わせてルプスレギナもいつもの屈託のない笑顔になった。
「少し心配していたが、思ったより元気そうでなによりだ」
「ゴウン様に命を助けて貰ったのにクヨクヨしてられません・・・妹もいるし。両親を亡くしてしまったのは悲しいけど、失ったものに固執していたら前に進めません・・・から」
その時、アインズの脳天から稲妻が落ちる。
(・・・失ったものに・・・固執!!)
それは正に自分の事だった。
一人、また一人とユグドラシルを辞めていった仲間達。
家族がいる者。夢を実現した者。仕事が忙しい者。単純に飽きた者。
環境が変わりログイン出来なくなった者。
理由は様々だが皆それぞれ現実世界に事情があり、生活がある。生きる為にいつまでもユグドラシルで遊んではいられない。それを分かっていながら「なぜギルドを捨てられる?」と憤慨していた自分を思うとあまりにも情けない。
目の前の少女を見る。
自分より幾分も若い少女が過去に囚われては前に進めないと、先をしっかりと見据えている。
アインズは眩しいものを見る様に仮面の下で目を細める。
(ああ・・・そうだよな。去って行った仲間を求めるより、過去を良き思い出として乗り越えなきゃな)
(・・・ありがとう)
「!?・・・どうされました?」
「ふふ・・・いや。なんでもないさ」
アインズに気付いた村長が現れ、礼をしてきたので軽く挨拶を交わす。
カルネ村の現状を詳しく聞こうと村長に問いかけると、エンリに村長の座を託したいと説得中だという。エンリは自分には無理だ、と拒んでいるらしいが。
二人から色々な事を教えてもらった。
襲撃で減った人数を解消するため移住者を募集したところ、騎士によって滅ぼされた他の村の生き残りが来てくれたが、まだまだ人手が足らない。
引退した冒険者が一人来てくれて、今は村の『野伏』ラッチモンの弟子として自警団に入った。というよりモモンが宿屋でポーションを渡した赤髪の女冒険者だった。ちなみに名前はブリタらしい。
それよりもカルネ村には感心させられる。いくら召還したゴブリンと言えど、エ・ランテルでもそうだがあれから話しに聞く限りでも人間と亜人が協力し合って生活する村など聞いた事がなかった。
弱肉強食を絵に描いたようなこの世界では、基本人間は他種族と相容れない。
カルネ村は種族による差別の無い、アインズが望む理想郷に近いところにある。
ナザリックに所属する者は殆どが異形種であり、この世界の価値観で特にアンデットは忌避される存在だ。その解消の一助としてカルネ村には頑張ってもらいたい。
話が一段落したところで。
「私の考えている改革を試してみる気はないか?」
提案を心良く受けてもらえたアインズはカルネ村への準備に一度ナザリックに戻る。
謹慎の解けたアルベドも
「アルベド。カムネ村への支援の一環として立てた改革の準備を手伝ってくれ。詳細は・・・・」
アルベドの協力を得られたアインズはそのまま、第一階層。第六階層。第九階層。
気付けばとうに昼を過ぎていた。あまり食事を抜いたりしたくないが、集中的に動く時の食事・睡眠不要<リング・オブ・サステナンス>は便利である。
「思ったより時間を食ってしまったな。・・・
『どうされましたか?アインズ様』
「アルベド。こちらの準備はほぼ完了した。私は先にカルネ村に向かう事にする。先に村の連中に説明しておかないとパニックになりかねんからな。それと、カルネ村に送る人員は明日からの行動で良い。待機していてくれ」
『畏まりました』
「では行くか。<
アインズがカルネ村に転移すると先程と変わらぬ景色が広がって・・・いなかった。
村人達はなにやら慌てた様子で騒いでいる。
辺りを見回してみるとエンリの家に幾人も集まっている。
「なにかあったのか?」
「ゴウン様!」
家の前にエンリ、ネム、召還されたゴブリン達がいる。
そしてエンリの前には跪いている野生のホブゴブリンとゴブリンにオーガが数匹いた。
話は付いているようで跪いていたゴブリン等がジュゲム達に大人しく着いて行く。
状況が分からないアインズはエンリから説明を受けた。
アインズと別れた後、貯蓄が少ないのもあり。この時期にのみ採れる薬草を求めて、ゴブリンと共にエンリが森に入り採取している途中、モンスターに追われていたホブゴブリンを助け追われていた理由を聞くと。
どうやらトブの大森林の中央にアンデッドを多数使役して滅びの建物と呼ばれる物を作っている存在を倒す為の徴兵から逃げてきたのだと。
東から逃げてきた他のゴブリンとオーガをジュゲム達が制圧し、エンリに忠誠を誓わせ従えた。
さっきアインズが見たのは忠誠を誓わせたところだったと。
(状況は分かったが、これは・・・)
ぶっちゃけアウラである。アインズの命「大森林内を探索し、把握せよ。ナザリックに従属する可能性を持つ存在の確認や、物資蓄積場所の設営も重ねて行え」により大森林内の勢力分布が大いに狂った結果だ。
「森の異変に関しては私が対応しよう」
「え、でも。ゴウン様にそこまで甘えては・・・」
「いや。森の異変は私のせいで起こったのだ。だから、責任を取らせてほしい」
「ゴウン様・・・分かりました!あの・・・お気を付けて帰って来て下さい」
「ああ。任せてくれ」
(森の中を探索するならアウラを置いて他にいないだろう)
アインズはトブの大森林の中央にて仮拠点を建築中のアウラを呼び、神獣と呼ばれる漆黒の巨狼『フェン』にアウラと二人乗りで森の東へと向かう。
ちなみに今は仮面の
イザと言う時は早着替えに登録してある全身
ナザリックの者は全員アインズの地声の方が好きらしい。仮面の時の声はなぜかニューロニストが厳選していた声の一つで、曰く、『百年に一人の逸材、第一印象は渋みや落ち着き、重厚さを感じさせるが後に残る余韻はどことなく悲哀や妖しさすら感じさせる魅惑のバリトン。聞くだけで耳が妊娠する』らしい。
(耳が妊娠ってあいつそういう生態?)
百年に一人の逸材より俺の地声の方が良いと言われるのはなんだか照れるな。
「アウラ。森の東は『東の巨人』と呼ばれるトロールが支配しているらしいぞ」
「トロールですか?あたしの敵じゃありませんね。安心して下さいアインズ様。アインズ様はあたしが必ず御守りします」
ドヤ顔で息巻くアウラに自分の見立てを伝えておく。
「ふふ。頼りにしているぞ。油断は禁物だが、まぁ正直強さはハムスケと同じぐらいだろう。『南の賢王』と呼ばれたハムスケ、『東の巨人』、『西の魔蛇』でトブの大森林を三分していたらしいからな。後、最初は対話からだぞ。友好的にこちらの傘下に加わるのであればそれにこした事はないからな」
「はい!勿論です。アインズ様」
元気の良い返事にアインズもついつい頬を緩めてしまう。
それにしても・・・肩に手を置いて掴まっているアウラを見る。
(小さいなぁ・・・まぁまだ子供なんだから当然だけど。俺がちゃんとアウラとマーレの成長を見守らないとな)
アインズは親心にも似た気持ちでアウラの頭を撫でる。
「うひゃ。ア、アインズ様?」
「おお、すまない。アウラが可愛く思えて・・・ついな」
褐色の肌を耳まで赤くさせて。
「い、い、いえ。も、もっと撫でててほしいです」
(うわあぁ!アインズ様に撫でてもらっちゃったよ。ああ、ずっとこのままで居たいなぁ)
アウラの気持ちを察したのか、フェンが気持ち遅めに歩を進めだした。
(ナイス、フェン。さすがあたしの魔獣。後でいっぱい毛繕いしてあげるからね。
ふっふっふっ。見てなさいよシャルティア。後百年もしたらボーンってなったあたしの魅力でアインズ様を振り向かせてやるんだから)
アウラの決意も知らず、アインズはやっぱり親心的な気持ちで頭を撫でていた。
日が沈みかけた夕暮れ時。アインズは仮面の
対話を望んで接したが『東の巨人』は会話にならなかった。
長い名前は臆病だとかなんだで聞く耳を持たず、あのまま放置していればナザリック仮拠点に攻め込んで来ただろうし、森の外で被害を拡大する可能性もあった為、結局殺すしかなかったのだ。
ただ、不可視化して(バレバレだったが)後を着いて来ていた『西の魔蛇』「リュラリュース・スペニア・アイ・インダルンン」は『東の巨人』「グ」を圧倒したアインズに忠誠を誓い、リュラリュースの部下共々大森林の仮拠点に移し、アウラに教育を任せる運びとなったのは幸いか。
「ゴウン様~!」
アインズに気付いたエンリがこちらに走りながら手を振って来る。
「良かった。御無事だったんですね」
「心配ない。森はほぼ平定する事が出来た。今後薬草採取に行く時は私かルプスレギナにでも言うと良い、案内役を用意しよう」
「トブの大森林を平定って、やっぱりゴウン様はすごいです」
目を輝かせているエンリを落ち着かせる。
「ところで新しく入ったゴブリン達は問題ないか?」
「はい。ジュゲムさん達がしっかり躾けると言ってくれてます。・・・ただ」
「ただ!?」
「私が村長をする事になってしまいました。はぁ・・・世界中探してもただの村娘がいきなり皆のまとめ役をするなんて、私ぐらいでしょうね・・・はぁ」
(いやいやいや目の前にもいるよ。ほらここに)
「そう悲観する事もないんじゃないか。皆エンリを信じての事だろうしな。それに・・・私も協力するさ。だから頑張ってみないか」
「ゴウン様・・・ありがとう御座います。よろしくお願いしますね」
落ち込んでいたのが嘘のように満面の笑みを浮かべるエンリに、自分もシッカリしなければと改めて決意を新たにするのだった。
「今日は色々あって疲れただろう。ゆっくり休むといい。私も一度家に帰るとする、また明日、ここに来るつもりだ」
「分かりました。では、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
基本、原作と変わらない部分ははしょってます。
エンリとネムはオバロ界に癒し。異論は認めない。
ネムの出番が殆どないのが悔やまれる、今後書けれたら書きたい。
ちなみにンフィーはこの物語の中では影薄いです。嫌いってわけじゃないんですけどただ一言。
「そのうっとうしい前髪さっさと切らんかい」