かごの大錬金術師   作:Menschsein
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第四話  Master of the House

<“プレイヤー”ですか。そう来ましたか……>

 

 タブラ・スマラグディナはランプを右手に持ち、立っている女性を見つめる。先ほどの、あどけない少女の面影を残した女性とはまるで別人のように思える。

 

<目が澱んでいますね……。過労死寸前で目が死んでいるのとも違う。目が澱んでいる……。まるで心が死んでいるかのようです。はっきり言って、この手の人間と関わると碌なことになりません>

 

「“プレイヤー”? それはなんですか?」

 

「私にもはっきりとはわかりません。ただ、あなたは“プレイヤー”ですよね? あなた、私の名前、言えますか?」

 

<この女性の名前……。知りませんね>

 

「ラナー・ティエール・シャルドルン・ライル・ヴァイセルフ。ラナーとお呼びください。あなたのお名前は? まさか、カシュバさんが寝ぼけているというわけでは無いでしょうしね」

 

<さらりと自分の名前を名乗る。おそらく本名で、偽名では無いでしょうね……。まぁ、私に名前を名乗らせるのが、目的と言ったところでしょうか>

 

「タブラ・スマラグディナ。認めましょう。私は、“プレイヤー”です。しかし、どうしてわかったのですか? 『忘れ物を取りに来て、偶然この部屋にいた』というようなことも偽りですよね?」

 

「始めまして、タブラ・スマラグディナさん」とラナーは妖艶に笑って言った。「簡単なことですよ。おそらくあなたが何らかの方法で造りだしたポーションと金貨。まず、あのポーション。あのポーションは赤かった。現在、赤いポーションを作り出す技術は、魔導国が独占しています。そのポーションを所持しているだけで、魔導国となんらかの関係がある者である可能性が高い」

 

「なるほど……。その魔導国というのは、プレイヤーの国。もしくはその可能性が高い?」

 

「その通りです。ですが、金貨も一緒に造りだした時点で、あなたは魔導国と直接的な面識がないということが分かります。あなたは、ポーションと共に金貨を残した。これは、カシュバさんを助けるという意味合いが強い。ポーションがあれば、傷を癒し、命を拾える。

 また、金貨を残す。お金があれば解決する問題というのは驚くほど多いです。極めて常識的な判断です。しかし、あなたに知識が足りなかった。あなたが生み出した金貨、その金貨は、王国でも、帝国でも、いえ、この世界では使われていない金貨です。もちろん、あなたがあの金貨しか生み出せなかったという線も残りますが、おそらく前者です」

 

「なるほど……。使われている通貨が違いましたか。それは想定外でしたね。ですが、どうして私がカシュバさん、この体の持ち主の中にいるのだと分かったのですか? 誰かが忍び込んで置いて行ったというのが極めて常識的な推論のように思えますが?」

 

「それも簡単ですよ。金貨とポーション。カシュバさんを助けるためであるのなら、もっと別の物を置いていった方が彼の役に立つ。例えば、疲労をまったくしなくなるマジック・アイテムなどの方が長期的に見て、そして具体的に彼を助けることになる。しかし、残して行ったのは、金貨とポーション。彼の生活を助けるにしても、間接的過ぎる方法です。おそらくそれは、彼の生活がどのようであるかを理解していないから。つまり、外部から来て、彼を長らく観察し、そして彼を助けることにした、とは考え難いのです。あの赤いポーションに関して言えば、所持しているだけで命が危険に晒されますからね。つまり、外部で彼を見守っているというよりは、外部ではない何処かに貴方はいる。また、偶然誰でも良く、金貨とポーションを置いて行ったという線も、ポーションの希少性から考えてそれはあり得ない。そう考えるなら、カシュバさんの体内のどこかにいると考える方が自然ではないですか?

 そして……決定的なのが、金貨一枚とポーション一個というのは、彼を助けるにしては、あまりに頼りないということです。中途半端過ぎます。あっと言う間に、金貨もポーションも無くなってしまうでしょう。

このことは、二つの線が考えられます。一つが、それが貴方の限界であった、という線。もう一つは、また、あなたが現れてカシュバさんに救いの手を差し伸べることがあるということ。前者に関していえば、赤いポーションを生み出している時点で、魔導国の関係者、もしくは“ぷれいやー”の可能性が高いですから、あれがあなたの限界であったということは考えにくい。それならば後者。あなたはまた、カシュバさんの前に現れる。

 そうであるのなら、私は、ただあなたが現れるのを待てばよい。そして、意外と早く現われてくださいましたね。前回と今回、現われた時期を考えるなら、月の動きとの関連でしょうか。“Luna()”は人を狂わせるという古来の伝承とも一致しますからね」

 

<これほど理路整然と、自分の手落ちを説明されると、心に来るものがありますね……>

 

「私を待っていたというのは分かりました。で、ラナーさん、ご用件はなんですか? まさか、自分の推論が当たっていたかを確認したかっただけ、ということは無いですよね」

 

「もちろんです。私には、目的があります。その目的を達成するために、私は魔導国につきました。しかし、それはあくまで、よりその目的を達成できる可能性が高いから。私は、貴方と魔導国、それを天秤に掛けにきました。どちらが目的を達成できる可能性が高いか。さあ、タブラ・スマラグディナさん。貴方の手札を見せてください」

 

「ちなみに、私の方が、その目的達成に遠かったら?」

 

「死んでもらいます。私があなたを殺せるとは思わないですが、カシュバさんは確実に死んでもらいます。生かしておいたら、魔導国を裏切る気であったということが露見する可能性がありますからね」

 

「それは怖いですねぇ。私は、私の力を使って、この場から逃げるとしましょう」

 

「そうですか。ちなみに、何処へ逃げるのですか? ここが何処だか把握されていますか? カシュバさんと貴方は記憶を共有していない。逃げる当てなどありますか? それに、あなたの時間が終われば、カシュバさんの時間となる。カシュバさんは、自分の意思でここに戻ってきますよ。ここが彼の家ですから。あなたの持てる時間は、月に一度、新月の夜の限られた時間。あなたの時間が終われば、二十九日はカシェバさんの時間。あと、数時間程度で、確実、安全に逃げれますか? あなたが逃げたとして、カシュバさんは大丈夫なのでしょうか? 私、カシュバさんとはとても仲が良いのです。お友達、と言っても良いかもしれません」

 

「あなた、良い性格をしていますね」

 

「ありがとうございます。兄からもよく、そう褒められます。さて、貴方はどんなカードを持っていますか? 出し惜しみすることをお勧めしません」

 

<彼女は本気ですね。容赦なく殺しにかかりそうです。たとえ、私が無事でも、宿主を殺しにかかりますね……>

 

「私は、宿主の血を代価に、錬金術を使えますね」

 

「そうですか……。人間って、どれだけ血を流したら死ぬのでしょう?」

 

「あなた……容赦なく私の最大値を測ってきますね。人間は、三分の一の血液を失ったら死ぬと言われています」

 

「嘘はなさそうですね。誰かで実験をする手間が省けたことを喜ぶべきでしょう……」

 

<歪んでいますねぇ>

 

「それで、どれくらいのことが出来るのですか? 魔法で五万人の人間を一度に殺すくらいのことはできますか?」

 

<さらりと……。心が壊れていますね>

 

「人間の強さ、また、どれほどの範囲に五万人の人がいるかなど、どのような状況を想定されているのか聞きたいところですが、結論から言って、可能でしょうね。カシュバさんの体を考えるなら、その規模の魔法は一回。二回使うと……いや、三回使うと、二週間はベッドから動けなくなると思いますよ」

 

「そうですか。では、別の質問です。その魔法で五万人殺せる魔法を放つ存在と戦って勝てますか? 一対一、という想定で大丈夫です」

 

<なるほど。“プレイヤー”という単語は知っているようですが、その実態をほとんど知らないようですね。種族や職業、そしてクラスなどによって、相性がある。使える魔法で比較しても意味はない。彼女は、“プレイヤー”が強大な力を持って存在である、程度の認識でしょうか。もしくは、彼女の中に、具体的な敵の像があるということでしょうか。何にせよ、その知識を彼女に伝えるのは危険ですね>

 

「相手による、ということしか言えませんね」

 

「では、貴方が、それらの存在を複数相手にした場合は?」

 

<プレイヤーが複数いるのでしょうか。いや、そもそも彼女が意図的に私に虚偽の情報を与えているという線もある。慎重にならねばなりませんね>

 

「負ける勝算が大きいでしょうね。血を使いすぎて死ぬか、相手に殺されるかの違いにしかならないでしょう」

 

「それは残念です。ところで、貴方は、“アインズ・ウール・ゴウン”を知っていますか?」

 

<やはり、あの箱にあった紋章はアインズ・ウール・ゴウンのギルド・シンボルでしたか>

 

「知っていますよ。とても良く」

 

「分かりました。来月までに、魔導国についての戦力をある程度まとめておきます。彼らを仲間割れさせて、互いに疲弊させ、最期に残りを貴方が滅ぼす。この筋書きが描けないか一緒に検討しましょう。もちろん、魔導国の内部にも、協力してくださる方がいるので、安心してくださいね」

 

「私は貴女に協力するとは言っていないですよ?」

 

「カシュバさんは、私に協力してくれるでしょう。私とカシュバさんは、運命共同体。それに、カシュバさんとタブラ・スマラグディナも運命共同体。では、私とあなたも運命共同体ということです。あなたの意思に関係なく、協力をしなければならないように思えます。私の思い違いでなければですが」

 

「本当に、あなたは良い性格をしていますね」

 

「握手……をするべきですね。これからよろしくお願いします。タブラ・スマラグディナさん」

 

 ラナーは、笑顔でタブラに右手を差し出したのであった。

 








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