かごの大錬金術師   作:Menschsein
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第二話 Lovely Ladies

 クライムと名乗った男に連れられてきたのは、牢屋などでは無かった。子供の笑い声。孤児院であった。どうして俺をこんな所へ? クライムと呼ばれる男も、余計なことを言わない真面目な性分なのか、ただ自分を孤児院まで連れてくるのが仕事であるらしい。

 

 粗末な石造りの建物。お世辞にも綺麗とは言えない建物に子供がたくさんいた。廊下にも子供用の三段ベッドが並んでいる。収容人数をはるかに超えた数の子供を保護しているのであろう。だが、むしろ孤児院に入れた子供は幸運な部類だろう。親が死んでいない子供など、いまの王国では何も珍しいことではない。十万人以上の人間があの戦争で死んだのだ。

 風の噂では、農村などでは絶望的な状況だそうだ。農作業をする働く男が全て死に、年寄と女子供だけになった村も多いとカシュバは聞いていた。その村で今後、何が行われるかを考えたら、ここの孤児院に入れた子供は、間違いなく幸福だ。

 

 騎士に通された部屋。通された部屋の奥に座っていたのは女性だった。カシュバの人生で出会った女性の中で一番美しいと断言できる。

 

「この方は、ラナー・ティエール・シャルドルン・ライル・ヴァイセルフ。リ・エスティーゼ王国の第三王女様でいらっしゃいます」とクライムは、思わずその美しさに見惚れて入口の近くで棒立ちしているカシュバに声を掛けた。

 

「ラナー様……“黄金”……知らないとは言えご無礼を!」

 カシュバは、すぐさま膝を着き、そして首を垂れる。

 

「そんなに畏まらないでください。それにクライムも意地悪ね。もしかして、私が会いたいって言った人が男性だったから、嫉妬しているの?」と冗談交じりの柔らかい声が室内に響く。声までが美しい。透き通る竪琴のような声。

 

「いえ。高貴な身分の方に対して礼を尽くさないのは、王国の民として不敬です」とクライムは何か固い法律文章を読み上げているかのように答えた。

 

「それに、私はカシュバさんにお礼を言いたかったのだし。本来なら、こちらから出向くのが礼儀なのよ?」

 

「し、しかしラナー様!」

 

「そういう所、本当にクライムは固いわね。カシュバさん……。頭を挙げてください。一つ、確認したいことがあります。この品ですが、これは貴方が売った物ですか?」と、ラナーはカシュバの見覚えのあるガラス瓶を机から持ち上げた。

 

 カシュバは頭を上げ、そしてラナーが持っているガラス瓶を見つめる。

 どうしてそれを王女様が持っているのか……。驚きとともに、カシュバはガラス瓶を見つめる。液体が半分ほど減っているが、その残った液体も赤い。ガラス瓶の細工にも見覚えがある。間違いはなかった。

 

「はい……。申し訳ありません」

 カシュバは自らの失態を悟る。このポーションは、王家の持ち物だった……。それも王女自身が出向くほど貴重な……。死刑……。最悪の可能性がカシュバの頭を過る。

 

「いえ、お礼を言いたかったのです。ここはお気付きの通り孤児院です。そして、子供は病気も怪我もしやすいのです。この品のおかげで命を取り留めた子供がいます。そのお礼を言いたいのが一つ。そしてもう一つ。この品、もっとございませんか? よろしければ、相応の値段で買い取らせてください」

 

「も、申し訳ありません。一つしかありません……」

 

「それは残念です……。他にたくさん持っていそうな方をご存じありませんか? この品があれば、救える命があるのです」と“黄金”は慈愛に満ちた表情でカシュバに尋ねる。

 

「それも分かりません……」

 カシュバは迷ったが、もう全て洗いざらい言うしかない。

 

「実は朝起きたら、部屋の机にこれが置いてあったのです。おそらく、私が寝ている間に誰かがこれを置いて行ったと……」

 

「奇特な方もいるということでしょうか……それ以外には変わったことはありませんでしたか?」と、“黄金”は目を点にし、そして首を傾げながらそう呟く。成熟された美しさの中に漂うあどけなさ。その一挙手一投足が全て魅力的だ。

 カシュバの中に、一つの安心感が生まれる。虫も殺さない美しい王女。安堵感。それに、ラナー様は自分の話を信じてくれているのだろうと思う。朝起きたら、部屋にあった。そんな嘘としか思えないようなことを、本気で信じてくれているようだ。普通であれば、『嘘を付くな! 何処かで盗んできたのだろう!』と問い詰められるのが普通であるはずだ。

 

「実は、これも置いてありました」とカシュバはポケットから金貨を取り出す。

 

「私が受け取りましょう」とクライムが進み出て、その金貨を受け取る。そして、その金貨を王女へと手渡す。この騎士は、自分を王女に近づけさせたくないのであろう。

 

「見たことのない金貨ですね……。この周辺の国家で使われている金貨ではない……。カシュバさん、もしよろしければ、この金貨少しお借りしてもよろしいですか? もしくは、この金貨、買い取らせてください……。ずばり、これでどうでしょう!」と、笑顔で右手をカシュバに向けて広げる。

 五本の指。

 

「金貨五枚ということですか?」

 

「はい! どうでしょう?」

 満面の笑みのラナー様。王女様というような、お固い感じではないということは話をしていて分かったが、さらに、気さくな感じでもあるような。

 

「お売りいたします」とカシュバは即答をした。

 

「取引成立ですね……。それと……カシュバさんは、子供はお好きですか? 実はこの孤児院で子供を世話する人が足りていないのです。住み込みでということになりますが……。住み込み食事付で、今のお仕事と同じ給金を出します」と、ラナーは尋ねる。

 

「えっと……よろしいのでしょうか? 私のような身元も分からない人間を……」とカシュバはラナーの言っていることが理解できなかった。

 

「優しそうな方なので……。子供に優しく接してくれそうです。駄目ですか?」と上目使いでラナーはカシュバを見つめる。カシュバはラナーの胸に一瞬視線が行く。だが、後ろに控えていたクライムの咳払いが聞こえ、慌てて天井へと視線を移す。

 

「光栄なお話です」と、カシュバは天井を見つめながら直立不動で答える。

 

 家賃と食事代が浮けば、蓄えることが可能だ。願ってもない話のようにカシュバは思う。自分の幸運は続いている。自分に運が向いてきたのかも知れない。今日一日で金貨七枚と新しい仕事を得た。

 

「決まりですね! ではクライム、孤児院の中を案内してあげてください。それに、カシュバさんのお引越しも手伝ってあげてくださいね」

 

 ・

 

 クライムとカシュバが部屋から出て、その足音が遠ざかっていくのを確認すると、ラナーは部屋に置かれている棚の隠し戸から、巻物(スクロール)を取り出し、そしてそれを使う。

 

「お耳に入れたいことがございます……。指揮権をお預かりしていた八本指の密輸部門長から興味深い情報を得ました。以前お話されていた“ぷれいやー”なる存在。それと繋がりがありそうな人物と接触を致しました」

 

「そう……。良くやったわ。引き続き調査を続けなさい。そして何か分かったらつぶさに私に報告しなさい。私も嬉しいわよ。ラナー。あなたがあの箱を開ける日が早まりそうで……。この件は、山小人(ドワーフ)国から私の愛しいアインズ様がお帰りになられたら、お伝えしておくわ。それにしても……もう、三百六十時間三十八分二十七秒もアインズ様とお会いしていないのよ? もう胸が苦しいわ。ラナーはいつも子犬を手元に置けていて羨ましいわ。ねぇ、女の幸せって、いつも愛する男の側にいるってことだと思わない?」

 

「ありがとうございます。えぇ。その通りだと思いますわ……」

 

「やっぱり、あなたとは気が合うわねぇ……」








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