かごの大錬金術師   作:Menschsein
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Prologue: Do You Hear the People Sing?

 数億と言う星が輝く。星は、空から見上げるとひしめき合い、大きなガラス瓶に詰め込まれた金平糖のようだ。だが、実際にはその星々は、それぞれ、気の遠くなるような距離を離れている。

実際は一人ぼっちで宇宙に浮かんでいるだけだ。

 この星の光を俺が見ているころには、既にその恒星は寿命を終えているかも知れない。ふっと、この満天の星空の一つの星の光が消えたところで、誰が気付くだろうか。

 タブラ・スマラグディナは、窓から、星の海の中にぽっかりと空いた真円を見上げながら呟く。まるで、地獄の入口が開いたような深淵(アビス)だ。新月がそこにはあるのであろう。

 

 自分は現実世界で死んだ。それは間違いない。アーコロジーとアーコロジーの、限られた資源を巡る争い。その捨石となって死んだ。

 アーコロジーは、完成された生態系システムだ。そのアーコロジーの中では、太陽の光さえあれば、物質はすべてが循環し、完結する。その鳥籠の中で人類は生きていくのであれば、新しい資源などは必要ない。

 子孫を残していくという生物としての使命。それ以外の闘争本能。それを人類は捨てることが出来ない。

 アーコロジーが別のアーコロジーを攻撃するための口実。それが、俺のような下等市民の命だ。領有権を巡って争いが続いている紛争地帯。そこに派遣されて死んだ。強引に地下資源の採掘を行ったら、むろん攻撃を受けるだろう。だが、こちらには武器は無い。当たり前だ、無抵抗の市民が攻撃を受けた、という口実を作るためなのだから。

 使い古された手だ。行けば死ぬだろうって分かっていた。だが、大企業からの辞令だ。拒否すれば職を失い、飢えて死ぬだけだ。

 

 

 だが、この状況はなんだ? 俺は生きているのか? だが、この体はなんだ? 男? 少年の体? 

 

新月の夜に俺の意識は目覚める……だと? まるで寄生中のようじゃないか。新月の夜だけ、意識が目覚めそしてこの少年の体を自由に動かせる。

 

 そして、この世界はなんだ? 中世を再現したような世界。まるでユグドラシルの世界のようじゃないか……。

 タブラ・スマラグディナは自嘲気味に独り言をつぶやく。

 

「かつてユグドラシルにおいて大錬金術師として恐れられたブレインイーター。今や、他人の脳の中に寄生し、そして光を失った新月の夜にだけ目覚めるだけの存在。『Ascendit(かくて汝、) a terra(全世界の栄光を) in coelum(我がものとし、), iterumque descendit(暗きものは全て)in terram, et recipit vim(汝より離れ)superiorum et inferiorum(去るだろう)』 いや、俺に残されたのは、月の光さえもない夜の世界だけ……。暗きものだけが残った……。ふふふ……。一か月に一回、しかも夜だけしか行動できない……。なかなか面白い設定ではありませんか。暗き夜の淵に身を置きながら、明るい太陽が降り注ぐ世界を支配する……面白いじゃありませんか……」

 タブラ・スマラグディナは、自らの宿主となっている少年のことを考える。粗末な衣服。何もない狭い部屋。家族がいる気配もない。どん底の生活であるのだろう。そして、寄生している自分にも分かる程、少年の肉体には疲労が溜まっている。

 

「まずは、無料(ただ)で脳内に居候させてもらっていては大錬金術師の名前が廃ります。対価をお支払いいたしましょう」

 タブラ・スマラグディナは誰もいない部屋で、仰々しく言い放つ。

 

 錬金術師と言えど、無から有を作り出すことはできない。支払うべき対価は……。どうすれば良いのか、タブラ・スマラグディナには明確に分かる。彼は、少年の部屋の引き出しにあったナイフを取り出し、そして、すっと自分が宿っている少年の人差し指にナイフの刃を入れる……。

 

「痛いですねぇ……。痛覚はあるのですか……ユグドラシルの世界とはちょっと違っていますか……。とりあえず、一滴くらいにしておきましょう……」

 

 すっと指先から流れた血が机にポトリと落ちる。そして、タブラ・スマラグディナは両手を大きく広げ、そして叫ぶ。

 

我と(アブトル・ダムラル)伴に来たり(・オムニス)我と(・ノムニス・)伴に(ベル・エス)滅ぶべし(・ホリマク)!!!!!!!」

 

 机に落ちていた血が、自らの意識を持っているかのごとく動き始めた。その血は円を描き、そして円の中に幾何学的な模様が浮かび上がってくる。その血は魔法陣となって、空中へと浮かび上がる。

 

「さあ開け、黄金の都バビロニアの宝物庫の扉よ。我は大錬金術師タブラ・スマラグディナ。その鍵を持つ者なり!!」

 魔法陣が輝く。その光は、少年の家の窓から外を明るく照らすほどの光量だ。まるで太陽が落ちてきたような輝きである。

 そしてその光は、やがて一つの場所へと収斂していく。

 

 光を失った部屋で、部屋の中に突如現れたのは一枚の金貨とポーションであった。その金貨は、重力に従って机の上にコツンと落ちた。タブラ・スマラグディナは、落下していくポーションを両手で受け止める。

 

「血一滴で、金貨一枚と下級ポーションですか……。中々シビアな設定ですね……あまり血を流すと痛いのですが……っと、そろそろ私の時間が終わりですか……」

 タブラ・スマラグディナを強烈な眠気が襲う。

 

「いけませんね……せめてベッドに行かなければ……床に寝てしまうと風邪を引いてしまいます……。まずは、少年……。その金貨を上手く使ってくれることを祈ってますよ……。エル・プサイ・コングルゥ」

 

 タブラ・スマラグディナはベッドの上にどさりと倒れた。








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