ザ・インタビュー~トップランナーの肖像~ 國村隼×吉永みち子 …仕事の裏側から趣味の話までたっぷり語る。 New!
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『ザ・インタビュー~トップランナーの肖像~ 國村隼×吉永みち子』の番組情報(EPGから引用)
2018/08/25(土)
[字]ザ・インタビュー~トップランナーの肖像~ 國村隼×吉永みち子
その独特の存在感で脇を固める俳優・國村隼。ハリウッド映画、香港映画出演など海外で活躍する秘訣や松田優作との共演秘話、そして趣味の渓流釣りの話まで包み隠さず語る。
詳細情報
番組内容
自動車のエンジニアを目指し、中学卒業後に高等専門学校へ進学した國村隼。だが、自分ができることとの違いを感じ、4年で中退。やがて、小学校の同級生の誘いで、20歳の時にNHKが主催する大阪放送劇団の研究生となる。生活は苦しかったが、1981年に映画「ガキ帝国」でスクリーンデビュー。しかしその後、なかなか大きな仕事が来ないまま、30歳を超えていた國村は、人生をかけてハリウッド映画のオーディションを受けることに…。
番組内容2
覚悟を決めて臨んだ結果、見事合格。それが、マイケル・ダグラス主演、高倉健、松田優作も出演したハリウッド映画「ブラック・レイン」(1989年)だった。松田から映画の楽しさを学び、自分も映画の世界で生きていこうと心に決めた國村は、現在に至るまで、国内外問わず、多くの作品で活躍し続けている。そんな彼の趣味は「渓流釣り」。疑似餌を使い、魚とのゲームを楽しんでいるという。仕事の裏側から趣味の話までたっぷり語る。
出演者
【ゲスト】國村隼(俳優)
【インタビュアー】吉永みち子(作家)
次回放送予定
次回9月1日(土)は、ミュージシャンのCharに、編集者の石原正康が迫る!お楽しみに!
番組概要
様々なジャンルで時代を切り開いてきたトップランナーたち。彼らはどのようにして“新たな時代の扉”を開いてきたのか?人間洞察のプロのインタビュアーによって、知られざる「裸の履歴書」が明かされる!!
番組ホームページ
<番組ホームページはこちら!>
www.bs-asahi.co.jp/interview/
制作
BS朝日、ViViA
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- セリフ
- 一緒
- 香港
- ウー
- 本当
『ザ・インタビュー~トップランナーの肖像~ 國村隼×吉永みち子』の解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)
解析用ソースを読めば、番組内容の簡易チェックくらいはできるかもしれませんが…、やはり番組の面白さは映像がなければ味わえませんので、以下各社のVOD(ビデオオンデマンド)サービス利用をオススメします。
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東宝スタジオ〉
〈映画の撮影所は
ホームグラウンドと言っていい〉
あのね
最新の『シン・ゴジラ』ですね。
その前ね
『FINAL』っていうのもね
実は やってるんですけど。
ゴジラには ちょっとね
この人…。
…なんですよ 確か。
「さん」って言うのも変やけど。
フフフフ。
(スタッフ)あちらの 『七人の侍』とかは
ご覧になった事は?
ええ もちろん。
何回も見てますけれども。
やっぱり
スケールの大きさも含め
やっぱり 画角の奥行きが
すごく出てる映画だな
というふうに…。
何回見ても飽きないし
面白い映画ですね。
(スタッフ)どの役 やりたいですか?
いや~。
僕 志村さん 大好きなんで。
志村さんの
あのキャラクターも含め
この映画においては
一番印象的ですね。
〈この夏の暑さに
負けないくらい
インタビューも
熱を帯びる事となる〉
あっ こんにちは。
(吉永)どうも~。
こんにちは。 吉永でございます。
はじめまして。
はじめまして。 國村隼です。
よろしくお願い致します。
よろしくお願いします。
どうぞ。
お暑うございまして。
こっちですか? はい。
じゃあ よいしょ。
ここのところ おかしいですね。
ねえ~。
もう 高齢者にとっては命懸け…。
フフフ…。
アハハ…。
もう だから…。
そうですよね。
もう 命を守るために
働きすぎに注意しましょうという。
確かに。
そうです。
♬~
〈國村には
父親役の印象を持つ人も
多いだろう〉
彼女のお父さんに
会いに行きました。
お父さん。
おお。
(男性)お嬢さんと
けっ… けっ…。
お父さん!
彼女 一人娘だから。
残念だな。
嫌な奴なら 一発殴れたのにな。
はぁ…。
お待たせ。
♬~
(ナレーション)
「ウイスキーが嬉しかった」
「サントリーオールド」
あんたに 家族持つ資格なんか
なかったんだよ!
〈重ねた年齢を にじませながら
あらゆる父の顔を見せてきた〉
母さんと結ばれる事も
なかったし
お前も生まれてこなかった。
それが 俺の人生の全てだ。
〈どんな役でも
己の色に染めてしまう存在感は
余人をもって代え難い〉
〈渋みのある声も
持ち味となっている〉
「キラキラと輝いていた彼らが
時を越えて…」
〈昭和の偉人たちの
生涯を見つめた
ドキュメンタリー番組では
語り手として…〉
〈人々を引き込む演技は
国境さえも越えてしまった〉
〈香港のジョン・ウー〉
〈あるいは
鬼才 タランティーノからも
ラブコールが届くほど〉
〈高い評価を得ているのは
言うまでもない〉
〈20代から歩み続けた 俳優の道〉
〈いかにして 名優と
呼ばれるようになったのか〉
♬~
♬~
吉本!
いないです!
ホゥー!
ロスで 松田さんと
ご一緒してたわけですね?
で ある時に
電話がかかってきて…。
ご飯に… 4回ぐらいかな?
連れていってくれて。
で その度ごとに…。
♬~
セリフがね
日本語のセリフと
英語のセリフと
中国語のセリフとか…
あるんでしょ?
セリフに関して言えば…
というか もう…。
ハハハハ…。
「…極力」と。
…という条件を。
なるほど。 ハハハハ…。
♬~
食べ物ですから 彼らの。
そうね。
そうじゃなくて…。
…っていうのがあるんですよ。
フフフフ…。 なんか 屈折した…。
だから
バクッと食べるんです。
フフッ。 それを待ってるわけね?
バクッと出るのを待って
ピッと さおを立てると
クッと引っ掛かる。
フフフッ。
〈1955年 熊本県の生まれ〉
〈転勤族の家庭だった〉
〈1歳で 兵庫に越し
2歳から 大阪で暮らす事になる〉
〈一人っ子で人見知り〉
〈内気な性格は
しかし
芝居との出会いで 変わってゆく〉
〈小学校で 演じる事に
楽しさを見いだした〉
…って聞いたんですが。
よく ご存じで。
調べてきました。 フフフ。
あのね 本当に
たまたまですけどね
多分 若い頃に演劇をやってらした
先生だったと思うんですけど
その人が顧問になってて なぜか。
小学校なのに 中学校 入ったら
クラブ活動というものを
しなきゃいけないから
それの まあ
予行演習的な意味合いで
5年生からやったかな?
6年生とか。 忘れましたけど。
入ったんですか? そこに。
そこにね まあ 興味本位で。
興味あったんですね?
なんかね。
なんかね。
人前で 何かをするという…。
実は すごく人見知りで
恥ずかしがりやったんで。
どんな事をやったんですか?
その小学校で…。
いや もう 本当に 普通に
あの なんですかね…。
えっ? 自分たちで作るんですか?
うん。 だから
自分の身近な事で題材を見つけて。
テーマを作って。
しかも 僕の提出した…
今でも覚えてますよ。
「鳩泥棒」っていう
タイトルなんですよ。
「鳩泥棒」。 フフフ。 すごいな。
当時ね
鳩を飼うのが流行ったんですよ。
ありましたっけ? 伝書鳩?
そうですね。
ある時 鳩を… 泥棒というか
盗まれるわけですよ。
はあ~。
盗まれたんですよね 実際。
で その事が
どうにも 僕は もう…。
許せなかったんですね?
うん。 それが ムカついてたんで
それを題材に書いたんですけれど。
それを 初めて
学芸会みたいな事で
まあ 生徒たちの前でやる
みたいなの…。
それって 鳩泥棒のほうの役
だったんですか?
え~とね
さすがに 僕 「それは嫌や」って
言った覚えがあります。
「取られるほうにしてくれ」って…。
あっ そう…。
悪役 嫌だったんですね。
取るほうは嫌だったですね。
はあ~。
今を考えると まさに…
振り返ると 原点ですけれども。
ああ~ 確かに。 そう思った事は
なかったですけど
言われてみれば そうかも…。
ねえ。 そこで 初めて…。
で うまくいったんですか?
いや どうなんでしょう。
その辺の客観性は 全くないので。
ああ。 でも 楽しかった?
ああ う~ん。
〈中学に入学すると
芝居の熱は
いとも あっさり冷めてしまう〉
〈代わりに興味を持ったのは
経済発展の象徴とも
いうべきものだった〉
中学に入ったらね
やりたい事が 特になくって。
特になくて…。
何を好きだったんですか?
もう 一番は やっぱり あの…。
おお~ 理科系ですね。
設計をしたかったんですよ。
なんの?
車の。
車 好きだった?
車 大好きなんですよ。
今でも そうなんですけど。
ああ 車 好きなんですか。
ず~っと?
そうですね。
小学校3年生ぐらいから。
アハハハハ。
(スタッフの笑い)
結構 ディープに?
ディープっていうわけでも
ないですけど。
そうすると 車の設計をやろうって
やりたいなと思うと
どういう勉強をしなきゃいけない
っていうの ありますよね?
まあ 機械工学ですね。
機械工学。
なので 私は
中学からの高校受験の時に
「高専」という学制が
あるんですけど。
ああ 高等専門。
はい 高等専門。
5年制なんですけどね。
それ 普通に行ってると
エンジニアになったんですね。
う~ん どうでしょうね。
行って 卒業して…。
僕の かつての同級生で
なぜか 5年間行って 卒業して
小学校の先生になった奴もいるし。
(スタッフの笑い)
なんか あんまりね
関係ないっちゃないんですけど。
僕の場合は 特に関係なくて。
というのも…。
あっ あとちょっとだったのに。
う~ん でも まあ
仮に これ 勤め上げても
一緒かな? みたいな。
興味なくなっちゃったんですか?
…というかね
自分に… ひょっとしたら
これは向いてないかもねって。
向いてない?
いや やりたいんだけど…。
向いてる事というのはね。
なるほど…。
ちょっと無理やと?
ほとんど でも
ドロップアウトして
1日が長くなって。
あっ 毎日 日曜みたいに…。
ええ 学校 行かなくなったらね。
バイトしかしてないような
生活になって。
ちょっと不安じゃないですか?
不安は
あんまりなかったんですけど。
おお~。
ただただ
暇を持て余してる時に…。
暇やな~。
ええ。 その 小学校の時のね
同級生で 同じ演劇部に入ってた
奴がいたんですよ。
そいつが 「お前 暇やろ?」
って言うから
「うん 暇やな~」って
言ってたら
「新聞にな こんな広告出てたぞ」
っていうのが
行った研究所だったんですね。
えっ 芝居の演劇研究所みたいな?
演劇の… そうですね。
まあ 劇団の研究所みたいな。
教えてくれたんだ? 親切に。
そうです そうです。
で どうせなら
こんなん受けて
「そやな」って。
暇つぶしですか。
ああ~。
まあ 冷やかし半分で。
本気に やる気でもなく?
そうです そうです。
暇だし 行ってみようかと。
そうです そうです。
まあ 機械作るのと お芝居作るの
全く別のものに見えるけど
実は 0から1起こして…
全くないところからね
イメージ 起こして
それを形作っていくという
この工程というか 過程は
「あっ 物作りと一緒や」と
思ったんですよ。
あ~。
〈地元 大阪の劇団で
役者の仕事は
年2回の舞台公演のみ〉
〈数年を アルバイトで食い繋ぐ〉
〈ようやく巡ってきた
スクリーンデビューは 1981年〉
〈『ガキ帝国』で
不良グループの
リーダーを演じた〉
〈監督は 一癖も二癖もある
井筒和幸だ〉
最初って あの井筒さんの…。
そうなんです そうなんです。
しかもね 当時 「ATG」
っていうのがあったんですよ。
アート・シアター・ギルド?
あっ そうそう。
だから
一律1000万の予算だそうですよ。
あっ 一律?
うん そう。 当時ね 当時ね。
そしたら あの『ガキ帝国』も
やっぱり 同じ1000万で。
井筒さんが ある時 喫茶店で
なぜか 井筒さんと
2人でしゃべるような
シチュエーションがあって
その時に 僕 映画の事なんか
全くわかんないのに…。
「見たか? 現場の あのカメラ」
「えっ? はあ…」って。
カメラですわね。
「あれな ARRIのな
なんとか かんとか かんとかって
いうんや」って言うて。
ARRIって言われても
わかんないんですけど。
まあ
メーカーの名前なんですけど。
「あれ」…。
レンタルが500万!?
「ハッハッハ!」って笑うんですよ。
この人 なんだろう? と思って。
いきなり また
ユニークな監督さんと ご一緒…。
そう。
500万で 映画1本作るって
大変ですね。
大変だと思いますよ。
だから 多分ね…。
だから 僕
その時に思いましたもん。
「映画って大変なもんや」と。
警官の姿が見えたら 「お前ら
ちょっと隠れ!」って言って。
なんか
悪い事してるみたいですね。
まあ 不良の映画なんで
確かに そりゃ…。
リアリティーは出ます?
出る。
不良グループの抗争の話なんでね
あれ。
井筒監督の得意なパターン
なんですけれども。
〈映画には出られたものの
すぐ次のオファーに繋がるほど
その世界は甘くない〉
〈仕事もなく
悶々としながら迎えた30代〉
〈瀬戸際だった〉
でも それって どこかで いずれ
自分は 何で生きていくのか
みたいな事って
ぶち当たりません?
もちろん それが ちょうど
30過ぎたぐらいの時には
さすがに きまして。
で その時に 自分は
今 やっている事を
仕事と呼べるものにしたいのか
どうだろうか
という事を考えだし。
はあ~。
で その次には
「ちょっと待てよ。 そやけど 今
これ やっている事において
つまり 俳優 役者という
仕事におけるプロって
一体 どんなもんや?」と。
それのイメージがなかったので。
結局 要は バイトもしなくて
芝居という事だけで収入を得て
暮らしていけるというのが
まず プロの最低条件かな
っていう事に思い至り。
はてさて
どうすりゃ そうなれるかな?
っていう事を考えだしましたかね。
う~ん。
まあ 言うたら…。
…みたいな事ですよね。
ただ もう 30までいくと
今更 他の事っていうのは
なかなか難しくなりません?
まあね。
そういう事もありましたけどね。
〈役者を続けるかどうか
悩んだ末 人生をかけた勝負に
打って出る〉
〈マイケル・ダグラス主演
日本から 高倉健 松田優作らも
名を連ねた
ハリウッド映画の
オーディションに臨んだのだ〉
〈あの『ブラック・レイン』〉
〈落ちたら 芝居を辞めようと
腹を決めていた〉
この『ブラック・レイン』に
出るっていう事は
監督は あの…。
リドリー・スコットさん。
リドリー・スコットさんでしょ。
という事は 日本人の役者さんを
キャスティングします
っていう話だったんですよね?
そうです そうです。
だから それを… 今も
一緒にやってるプロデューサーが
ある ちっちゃな新聞記事が
あったんです。
マイケル・ダグラス
リドリー・スコットが
大阪で 映画をロケするっていう。
その記事を読んだ その彼女が
「行きたいよね これ。
オーディションに」っていう。
「あっ ほんまや。
そりゃ やりたい」って。
大阪やし?
うん。 でも どこへ どう行って
オーディション 受けさせて
もらえるのかも わかんないし。
だから それが 彼女が
「とにかく なんとしてでも」…。
あとは 自分でやれ…。
あとは 自分次第だと。
一生懸命
どういうところでやるのか
どういう募集をやってるのかって
いうのを調べたんですか?
まあ いろんなところを
繋げていってくれて。
で オーディションに 最初に
東京のホテルオークラの一室。
大阪から出てって?
うん。 行きましたね。
都合 3回 行ってるんです 僕。
それが最初で。 東京のオークラで。
2回目以降は
大阪のヒルトンの15階。
それで 2回目 行った時は
キャスティングディレクターと
アクションディレクターかな?
…に会って。
3回目 行った時に やっと
リドリー・スコット本人に
会ったんですよ。
へえ~。
まあ 結果
僕でやるという事で。
はあ~。
やっぱり この 2作目で いきなり
ハリウッド映画っていう
経験をする人は
ほとんどいないと
思うんですけれども。
ああ 確かに。
でも 僕にとっては
それが 一番ラッキーな事で。
例えば 本当に 実質500万で作った
『ガキ帝国』。
世の中から逃げ回って。
片やね こっちは
口承で60億って言ってました。
あの… バジェットが。
うん すごい。 あまりの差に。
本当は どれぐらい使ったか
知らないですけど。
でも…。
エンターテインメントなんですよ。
どっちも面白いんですよ。
『ガキ帝』も面白いし
『ブラック・レイン』も面白かった。
「なんて 映画って面白いんだろう」
って。
〈与えられた役は
松田優作演じるヤクザの子分
吉本〉
(佐藤)吉本!
いないです!
(佐藤)あっちだ 吉本!
声を出しながら 奴に近づけ。
わかりました!
ホ ホッホー ホゥー!
ホゥー! ホー ホゥー!
(佐藤)見えたか?
見えました!
ブルの後ろです!
(佐藤)殺せ!
(銃声)
(銃声)
〈初めてのハリウッド映画は
戸惑う事ばかりだった〉
システムが 全く違うんですよ。
まあ あれは リドリーの現場が
そうなのかもしれないんですけど。
大体 4台あったんです カメラ。
僕が行ってる現場は。
で 4台 しかも 長玉っていって
かなり距離を取った位置に
カメラがあって。
しかも あの人の現場って
必ず スモークをたくので
カメラが どこにあるか
さっぱり わからないんですよ。
普通 日本だったらば
あっ じゃあ
今のテイクで大丈夫になったら
「はい OK」って
なるんですけど…。
OKでもNGでもない?
平均 同じ そのカットを
7テイクぐらい いくんですよ。
えっ?
考えてくださいね。
4カメ回ってて
7テイク平均という事は
4×7=28。
…っていう事なんですよ。
その時に 「あっ 現場の作業って
材料集めなんや」って。
その 『ガキ帝国』も
もう 1テイクでOKになったら
もう これ以上ないと。
お金も それ以上かかれへんから。
そうですよ。
でも 1回でOK出たら
もう ラッキーみたいな
感じですよね。
みんなが喜ぶわけですよ。
みんな喜ぶ。 フフフ。
こっちは そうじゃなくて
本当に…。
「ああ あれが欲しい!」
ってならんように
もう とりあえず
きっちり撮っておく。
そうするとさ その材料が欲しい
って事になると
7通りの演技をしないと
いけないの?
おっしゃるとおり。
僕が ある時 リドリーに
4テイク目ぐらいの時に
「クニ! クニ!」って呼ばれて
「はい」って言ったら…。
…って言われたんですよ。
それ 当たり前やと思うでしょ?
そう。 フフフ。
だから 「はい」って言ったら
「次のテイクな…
僕には 今までの4テイクは
ソルジャーのように見えた」って。
「あっ 僕のイメージ それで
やってますよ」って言ったら
「じゃあ
君の生成りでやってくれ」
「一番のナチュラルでやってくれ」
って言うんですよ。
「次のテイク」って。
うんうん。
アドリブ? みたいな。
即興? みたいな…。
いやいや だから 自分の中で…。
…って言う事が大事なんだな
って事を教えてもらったんですよ。
リドリーに。
はあ~ なるほど。
〈『ブラック・レイン』は
松田優作の遺作となった〉
〈映画への限りない愛は
今 國村の指針となっている〉
まあ その時は
先輩だったんですかね
松田優作さんとか。 何か
感じ取る事ってございました?
いろいろね 優作さんには…。
ちょうど 僕 LAのロケに
行ってる時でしたけど
1カ月半ぐらい いたんですけど
僕が実働してるのは
まあ1週間ぐらいでしたかね。
だから ずっと
スタンバってるような状態。
じゃあ ロスで 松田さんと
ご一緒してたわけですね?
優作さんは当然のごとく
毎日 撮影 行ってはったと
思うんですけど。
もちろん ホテルは別ですからね。
で ある時に 電話がかかってきて
「おう お前 何してる?」
って言うから
「いや 何もしてませんよ。
ボーッとしてますよ」って言ったら
「来い。 飯 食いに行こう」
とか言って
ご飯に… 4回ぐらいかな?
連れていってくれて。
その度ごとに
「お前 まだ 飲み足りねえだろう」
とかって
そんな事ないんですけど…。
そんな事なかったのに?
でも 嫌とも言えないので
「ちょっと 俺のホテルの部屋
行って 飲み直そう」とか言って。
で 飲み直そう 言うてる割に
あの人
ティーバッグの
お茶しか飲んでなかったですけど。
今から思うたら
よっぽど悪かったんでしょうね。
もう具合 悪かったんですかね。
もう あの時。 うん。
う~ん。 そうすると
やっぱ そういう時って
やっぱり 芝居の話とか
映画の話とかをなさるんですか?
もう…。
ああ そうなんですか。
その 演技論とか…。
そんな事ではないんですね。
そんな事じゃないの?
あの人は…。
…って言ったんですよ。
ほんで 自分は
高校生の頃から憧れてたと。
17歳ぐらいから。
アメリカの… つまり
「映画の父の国」に憧れてたと。
「実際 17歳の頃 1回来て
2年ほどおってんけど
英語も覚えんと帰ったんや」
言うて。
ほいで 今 やっと…。
で それこそ
さっきの話じゃないですけど
リドリーの現場やってると
「お前のイメージ それだけか?」
って
毎日 問われ続けてる気がする
って言うんですよ。
うわ~ なんか そうか…
結構 きついね。
「もう これしかありません」って
言いたくないですもんね。
だから 言ってましたけど
もう すごく悔しいから
とにかく…。
…って思ってるんだよって。
なんか
監督と勝負だよねっていう。
そうそうそう。 まさに
そんな感じで言ってましたね。
だから まあ この人が
それこそ 日本で言えばね
すっごいキャリア持ってて
あの松田優作って言われる人が
これだけ もう 楽しげに…。
でも これだけ必死になって
これだけ…。
結果的に 命まで かけたわけでね。
そうですよね。
…って事を あとになって
思い返してみた時に
俺も やっぱり 映画やりたい
って思ったんですよ。
〈『ブラック・レイン』の
反響は大きく
直後にオファーをくれた香港で
國村は しばらく活動する〉
なんか アメリカでね 映画撮って
その香港に行って… 何年?
2年ぐらい いらっしゃいました?
3年ぐらい いましたね。
あっ 3年もいたんですか。
そうすると やっぱり なんとなく
本拠地が香港になってしまうのか
「え~ どこ行っちゃったんだ?」
みたいな…。
いや 全然…。
当時 まだ97年前なので
香港映画 力のある時で…。
ただ もう 97年 来たら…
北京が入ってきたら
今までどおり
映画が作れるかどうか
わからないからっていうんで
ちょっと 乱作の時期に
もう入っていったんですけど…。
で もう 作れるうちに作って
お金稼いでって
彼らの考え方はね。
あ~ なんか もう
不思議なエネルギーが
燃え盛ってる時に…。
で その時に 唯一
ジョン・ウーっていう監督だけは
ジョン・ウーさんだけは…。
…っておっしゃってましたよね
あの人は。
さすが。
あ~。
じゃあ ジョン・ウーさんとは
その時は お仕事してない?
最後 出来ました。
香港で知り合った
最初に仕事を一緒にした
プロデューサーとかが
たまたまですけども
ウーさんと昔 一緒に…
ウーさんのプロダクションで
仕事をしてた
女性なんですけども
プロデューサーだったり。
そんな彼女たちに
せっかく 香港で
映画やってんねんやったら
僕は 『A BETTER
TOMORROW』って
あの『男たちの挽歌』の
大ファンだから
チョウ・ユンファ ジョン・ウー
あのコンビとやりたいなって
ず~っと言ってたんですよ。
はい。
そしたら もう
日本に帰ってからでしたけど
ある時 電話がかかってきて
「隼さん 明日来られる?」
って言うから…。
彼らの もう スタンスは
常に それぐらいの…。
香港なんか
東京と大阪みたいな感じですね。
で 「何?」って聞いたら
ウーさんとチョウ・ユンファが
久しぶりに組んで やるから。
で タイトルアバンに
隼さんぴったりの
キャラがあるんだけど
明日来られる? って言うから
「行く」って言って…。
フフフ…。
ジョン・ウー監督っていうのは
やはり
また違うタイプなんですか?
もう 全然違いますね。
普通の香港映画の場合は
それこそ 完全に…。
その人に
バトンを渡しちゃうわけですよ。
カンフー映画なんていうのは
大体そうです。
あ~ なるほど。
ウーさんの場合は
もう 基本 やっぱり ご自分で
もう 編集からの逆算の…
現場のアクションを
考えだすんですよ。
なので あの人の
アクションコーディネートっていうのは
もう 出来上がりの画からの
逆算なので
すごく…。
カーアクションにしろ
あと ガンアクションにしろ
そういうところをちゃんと…
自分のオリジナリティー。
だから その時に
うまくハイスピード…
って
スローモーションですけどね。
…を使いつつ。
その辺が 例えば…
のち ハリウッド行きますけど
ハリウッドが
認めるところでもあるし…。
〈2003年公開の
バイオレンスアクション映画
『キル・ビル』〉
〈クエンティン・タランティーノ監督の
ラブコールに応え
首を斬り落とされる組長を
演じている〉
タランティーノ監督の作品にも
出てらっしゃいますよね?
はいはい やりました。
これも なかなか…
なかなかの方ですよね?
あのね クエンティン
という人はね
例えば 来日した時とか
よく テレビの番組
とかにも出て…。
まあ
プロモーションのためにね。
あの時に ものすごい
ウワァーッて こう
すごい こう サービス精神
旺盛な人でしょ?
まさに あれは 人の前に出た時の
クエンティンで…。
こう… 切り替えがすごいね。
っていうか
彼の本来のっていうのは
ある現場でね 彼が なんか こう
人の目を気にしなくて
フッと こう 一人になってる時の
横顔とか見たら
怖い顔してますよ。
ああ…。
外国のね
例えば 中国の方であったりとか
香港の方 アメリカの方って
監督が いろいろだと
言葉って どうですか?
コミュニケーション…。
映画の場合は…。
役者さん同士とか監督とか。
言葉というもののウェートよりも
なんというか…。
…っていう事のほうが
難しいのは
難しいかもしれません。
あと イメージってのは もともと
なかなか言葉になりにくい…。
そうなんです。
日本語であっても同じ事なので。
あ~ そうか そうか。
そういう意味では…。
あっ そういうもんなんですか。
だから なるべく 僕は 現場では
監督と 言葉というもので
コミュニケーション
とるんじゃなくて…。
自分のイメージは
これなんですっていって。
で それを見て
「いや そうじゃなくて」
ってなったり。
「うん。 じゃあ それでいくんなら
もっと こっちへ…
その延長線上にある
こっちへ行ってくれ」とか…。
あとは セリフがね
日本語のセリフと
英語のセリフと
中国語のセリフとか…
あるんでしょ?
特に 英語なんかを
セリフでしゃべらなあかん場合は
そうですけども もう…。
口から もう その音が
出ていくようにしておかないと
ここを 一遍
トランスレートするような回路を
経由してたのでは
まず 間も外れるし
なおかつ
全然違う音になっちゃうんで…。
こう 語順が頭に浮かぶようでは
ダメなんですよね?
ダメですね。 その正しい
言わなあかん中身…
その中身を ちゃんとブレなく
きちっと持っておけば
それと音をシンクロさせるまで
なじむまで 自分の中で…。
わ~ 結構大変そうですね。
染み込ませておけば 大丈夫。
また 香港の言葉では
全然違いますもんね。
中国語とか広東語ってのは
また難しいじゃないですか。
絶対 ダメ?
聞き分けられないですもん。
あ~。
あのね ベイジンって… 北京語
あれが 中国の公用語でしょ?
はい。
あれ なんか 中国語には
「音声」っていうのが
あるらしいんですよ。
他の言語にない。
なんや言うたら
「あ~ あ~ あ~ あ~」
これが四声なんですって。
これ ベイジンなんですよ。
ハハッ…。
もう すごい。
もう その段階で これでしょ?
すごいな~。
4つでも聞き分けられるかどうか
怪しいのに
13種類?
でも それ…
あの人たち 聞き分けてるって
すごい耳 持ってるんですね~。
じゃあ 広東語は
香港の映画の時は どうしてた?
セリフに関して言えば
というか もう…。
ハハハハ…。
「…極力」と。
(スタッフの笑い)
…という条件を。
なるほど。 ハハハハ…。
そんなに難しいって事が
よく わかりました。
〈國村の個性派ぶりを
遺憾なく見せつけた作品がある〉
〈韓国映画の『哭声』〉
〈『新約聖書』がモチーフの
サスペンスホラーだ〉
〈猟奇的な殺人事件が相次ぐ中
村に住み着く
謎の日本人を演じた〉
言っても信じないだろ?
〈手の込んだ特殊メイクで
悪霊にもなりきった〉
私だ…。
(荒い息遣い)
ヘヘヘヘ…。
〈この演技が
惜しみない称賛を受け
韓国で
助演男優賞に輝いている〉
〈指揮を執った
ナ・ホンジン監督は
気鋭にして
鬼才と呼ばれる人物だった〉
あの映画に出るというのは
どういう
きっかけだったんですか?
あれは もう 本当
ナ・ホンジンからオファーが来て
で ナ・ホンジンが東京まで来て
「会いたい」って言って。
なぜ 國村さんにやってほしいと
思ったんでしょう?
僕の なんか…
いくつかの映画 見てて
この役者は なんか こう…。
まさに それが欲しかった
みたいな言い方はしてましたね。
あ~。
うん。
で それを…
オファーを受けた時って
なかなか難しい役そうだし…。
いや~ でもね…。
…って思ったんですけど
果たして これを見に来るお客さん
っているんだろうか?
っていう疑問が一つと…。
で 何より
スッポンポンで
四足歩行をせなあかん…。
いや そんなんなかったよ。
いや それ よかったんですけど
結果は。
最初は そうだったんですか?
脚本は… そうなんです。
で それ ちょっとビビった?
ビビったというかね
この年なって この
カメラの前でスッポンポンで
しかも 四足歩行って…。
四足…。 ハハハハ。
「バックショットになったら
プッと笑うよね これ」と…。
ハハハハ…。
(スタッフの笑い)
果たして これ やってええかな?
大丈夫かな?
って悩んだのは悩んだけど…。
でも やっぱり
それでもいいかと?
うん。 もう これは 誰か
他の人がやってるのを見たら
絶対 自分の中で後悔するから…。
悔しい思いを?
そんな思いするんであれば…。
あ~ でも やってらして
結構ハードな…。
現場はハードでしたね。
特に…。
あとで聞けば。
あの人は特別なんですか?
らしいです。
組 固定出来ないんですって。
つまり 普通なら
ナ・ホンジン組となったら…。
ああ そうですよね
市川崑組とかね
組が出来ますよね。
カメラマンは もちろんの事
主要な技師さんたちは
フィックス 普通 するんですけど
彼は それ出来ない。
なぜならば…。
あ~。
それぐらいハードすぎるという。
なるほど~。
で 役者もそうなんですって。
ナ・ホンジン組に入ると
壊されるっていう。 フフフ。
壊れませんでした?
大丈夫でした?
あっ 壊れました。
ハハハハ…。
左の股関節 壊れましたね。
あっ 肉体的に壊れました?
精神的には どうですか?
あっ 精神的には全然。
むしろ 精神的には
楽しくて 楽しくて。
やっぱり 彼と一緒にやる
っていうのは
本当に 彼自身が もう現場で
ものすごく
クリエーティブなタチなので。
ハリウッドとは
また 全然違う意味で
素材を欲しがるというよりは
自分のイメージが
どんどん広がっていくのを
現場で どんどん どんどんと
繋ぎ止めたいタイプの人で。
だから… 必ず ブースの横に
自分の横に
モニター 別に置いて…。
だから 今 撮ったショットと
昨日 一昨日 撮ったショット
それが シーン的に
繋がるシーンであれば
もう すぐ繋げて…
エディターに繋げさせて
で それで見て
「やっぱ こっちのほうがええな」
「あっ
これに こうなんねんやったら
こっちに行ってみよう」
とかって言って…。
だから 終わらないんですよ。
終わらない。 ハハハ…。
現場が。
それは みんな疲弊しますよね。
疲れます。
二度とやりたくないとは
思わないんですね?
全然 それは思いません。
ただ 自分の体力的な…。
ハハハ…。
それは
彼にも言ってありますけど
僕の体力が耐えられるうちに
やろうねっていう事ですけどね。
〈國村隼は どんな役でも
演じながら
自分のものにしてしまう〉
あ~ なんで こうなるかな…。
(男)何やってんだ? お前。
なんで これ 弾 出ねえんだよ!?
空砲にしたんだよ。
次は 本当に出るぞ 弾が。
(男)ああ? うるせえんだよ
おめえ。 早く戻れ…。
俺んだ! 返せ!
(男)ぶっ殺すぞ! お前。
早く戻れ!
ほら 返せ!
まだ 我らに 勝機があるのか?
大入道の行方がわかれば…。
あるいは…。
〈役柄が100あれば
演技も100通り〉
もはや…
これまで…。
うっ!
〈どれも なじんで見えるのは
その向き合い方に
秘密があるようだ〉
役者なんていうのは
もう 十人十色どころか
本当に もう
一人一人 全く違うものなので
自分は キャラクターへの
アプローチの方法論なんて
もう いくつあっても
いいと思うんですけど…。
僕の場合は もう 全く
作るっていう
イメージじゃないんです だから。
よく… 単語で
「役作り」っていうような言葉
出てきますけど
僕は
作るイメージ 全くないので…。
役は作らない?
役 作った覚えはないです。
イメージです。
えっ?
イメージです。
イメージ?
だから 例えば
その人の 人としての
たたずまいとか
雰囲気とか 空気感とか
それを
すごくイメージしますね。
その人が
何するかにするではなくって…。
物語のスパンなんて
その人の人生の ある部分でしょ。
だから
この人がオギャーと生まれる
この前があるはずやし…。
で オギャーと生まれた
そのあとに
どんな両親に育てられて
どんな環境の中で
この時点まで来たのかっていう
ここがあるじゃないですか。
あ~ 妄想ですか?
だって 別に それ ねっ
作家も書いてないし。
そうですね。
自由ですね 妄想はね。 うん。
悪人のほうが 多分 ものすごく
そこに至るまでの人生であったり
そいつの中の…
僕…。
いろんな意味で
人の なんか こう
その人の持ってる
感じるためのヒダみたいな…。
センマイのイメージなんですけど
あんなものが…
ヒダが1個でも多いほうが
その人の人間としての
なんというか
こう ちょっと
面白さに繋がるような気がしてて。
なので そのイメージ持って
脚本 読んでいくと
その役のキャラクターが
立体的に動きだす。
そのイメージを持って
その人を体現しようと思った時に
それを ちゃんと 自分が
「あっ これで大丈夫そう」
っていうまでは
脚本と対峙します。
〈仕事をひとたび離れれば
趣味は渓流釣りと
はばからない〉
〈休みに 一人で出かけるほど〉
釣りって いつぐらいから
やり始めたんですか?
いくつやったかな…。
30… 30半ばぐらいかな?
…の時に 開高健さんの
エッセーを読んだんです。
あらっ よく出てきますよね。
『私の釣魚大全』という。
で それ読んだ時に
渓流でのルアーで
アマゴとか ヤマメとか
イワナを釣る。
で やっぱり 生餌で釣れるのは
当たり前なんですよ。
食べ物ですから 彼らの。
そうね。
そうじゃなくて…。
…っていうのがあるんですよ。
フフフフ…。
なんか 屈折した…。
だから ゲームなんです 魚との。
だから 別に 釣り上げて
食べるとかしませんよ。
ちゃんと返してあげますから。
痛いじゃない。
いや 彼ら痛点ないらしいです。
痛点がない? アハハッ。
でも 傷付くでしょ?
そうなんですよ。
だから 傷付いて
たまさか 針が変なとこに
掛かった場合は食べます。
あっ もう どうせ
生きていかれないんだったら
ありがたく頂くという?
あ~
で そのルアーの疑似餌の…。
あっ そう
で ルアーをやってたんですが
フライへ転向したのは…。
フライってのは飛ぶの?
いやいや フライって
ハエのフライです。
ハエ!?
英語にする…。 フライ。
フライ… いわゆる羽虫。
羽虫の事をフライっていうんだ。
それを 水の水面に浮かして
流れに うまくのせてやると
下から見てて
あっ 餌が流れてきたと思って
バクッと食べるんです。
フフッ。
それを待ってるわけね?
その食らいに来るの。
バクッと出るのを待って
ピッと さおを立てると
クッと引っ掛かる。
フフフッ。
なんか 自分が
釣られるような側になった
イメージってないんですか?
いや それは ないですね。
ただ まあ 魚から見て
より魅力的な流し方であったり
より魅力的な毛鉤は
どう作ればいいかな…?
で ものすごい その毛鉤も
工夫して 改良して…。
はあ~。
聞いた話ですけど
ある人なんか 自分が作って
「おっ 出来た」と思って
で それを どうしても
魚目線で確かめたい。
魚目線で?
バスタブに湯 ためて
浮かべて 水中眼鏡して
下から見たんです こうやって。
ハハハッ。
僕は そこまでしませんよ。
〈今月 國村は
手探りの舞台に挑む〉
〈作曲家 岩代太郎が手がける
音楽と言葉を結ぶ「奏劇」だ〉
今度 舞台で なんか
ちょっと 不思議な
奏劇というんですか…。
初めて…
「奏」って「奏でる劇」でしょ?
私も初めてです。
あっ そうなんですか。
実は それ 岩代太郎さんという
作曲家がいるんですけど
太郎さんは もう 本当に
映画音楽も
たくさん やってらっしゃる。
それこそ ジョン・ウーさんの
『レッドクリフ』とか…。
あ~ そうですか。
…も 太郎さんの音楽なんですよ。
その太郎さんが
創出したものなんです 言葉も。
「そういうものをやりたいけど
一緒にやれへんか?」
っていうので 「わかりました」
っていってやるのが
今度の その奏劇。
だから ミュージカルとも
違うんですよね?
違うんです。 だから…
太郎さんのお作りになる音楽…
その音楽と朗読… あるお話の。
それと
カップリングさせるっていう…。
まだね だから 僕らも 稽古
始まってみないと 具体的に…。
演出家の方には
わかってるんでしょうけど…。
まだ わからないんですね。
うん。
お話というか
物語は かなりシビアな…。
あっ そうですよね。
なんか… 教誨師?
教誨師の話。
って事は 死刑になる人の
最期のお話を聞く?
そうなんですよ。
その教誨師が
ある一人の死刑囚と
関わる事で
その人の いろんな事が
わかっていくんですけど…。
あんまり
言っちゃいけないんで…。
それは なかなかの題材を
扱ってますよ。
〈役者として キャリアを重ね
62歳〉
〈夢は より具体的になっている〉
まあ ありていに言えば…。
今までの経験上で言うと
それこそ 香港…。
で 韓国…
まあ アジア系で言うと。
で 今度
中国ともやれそうなので…。
あっ そうですか。
で 前に ヨーロッパの
ベルギーの監督とも
僕 やったんですけど
それぞれ 映画に対するスタンスは
一緒なんだけど
システムというのか
作り方というのか
アプローチの方法とか その違い
って 結構 面白いんですよ。
あ~。
うん。
だから どんどんと そういう
今まで自分が知らんような所で
また 知らん別の新しい刺激を
もらえるような人たちと
映画をやってみたい。
なんか もう 今の國村さんだと
世界中から
毛鉤が いっぱい浮いてる感じで
「どれに飛びつくかな?」
みたいな感じですかね?
魚の心境を ちょっと
勉強しなきゃいけないですね。
アハハッ。 そうですね。 じゃあ
もう 私たちは ますます楽しみ…
何が釣り上がるか
楽しみに お待ちしております。
ありがとうございます。
ありがとうございました。
こちらこそ
ありがとうございました。
やっぱり 役を作らないで
しかも でも
その人間を妄想しながら
生まれた時からを
ずっと考えていく中で
「ヒダを…」っていう
「ヒダを感じる」っていう…。
あっ なるほど。
そういう気持ちで演じてらして
人の奥っていうのが
こう 演じられるんだろうな
っていうような事を感じられた
大変に楽しい1時間でした。
〈國村隼が
今 大切にしている言葉〉
「今に在る」。
ある本の中 読んでて
出てくる言葉なんですけど
自分は 今 ちゃんと
ここに在るのか ないのか
その事を常に意識して
日々 生きろと。
自分のやってる今の仕事にも
フィードバック出来ますし。
自分の…
今 ここに在る事をしっかりと
在るのか ないのかを疑う事で
感じるみたいな意味合いだと
理解してます。
〈今を
積み重ねる事で
人生は
確かな輪郭を
帯びてゆく〉
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