漆黒の戦士サトル   作:早見 彼方

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漆黒の戦士サトル

 短い黒髪とすっきりとした顔の男、サトル。長身の体躯は漆黒と細部を金色で彩った全身鎧に覆われている。クローズドヘルムにある細いスリットからは辛うじて彼の魅力的な赤い瞳を確認することができた。

 鎧の上から赤いマントを羽織り、黒い光沢のある二本のグレートソードを背負う彼。

 鎧を纏えば漆黒の戦士。鎧を脱げば異性の目を惹き付ける魅力的な青年。そんな彼は、彼が滞在している『カルネ村』の村人達からはサトルさんと呼ばれて親しまれている。彼が数ヶ月前にモンスターの魔の手から村を守ったためだ。初対面の村人達から名前で呼ばれて少し照れ臭かった彼だったが、別にいいかと指摘はしないでおいた。そもそも姓を覚えていないのだから、名しか名乗りようがないのも事実だった。

 サトルは現在、カルネ村で生活を送っている。村の一画に寝泊まりする家を与えられ、食事は村長の家で共にしている。食事は朝は主にオートミールや野菜炒め、昼食や夕食は黒パンや干し肉の切れ端が入ったスープなどといった質素な内容だが、サトルは満足していた。

「美味しいです」

「それは良かった」

「こんなものしかありませんが、沢山食べてください。サトルさん」

 テーブルを囲む村長夫婦の厚意に甘え、サトルは夕食のスープを啜った。野菜の味が染み出した温かなスープが口の中に広がり、優しく豊かな味を彼に伝える。胃に流し込むと体が温まり、一日に溜まった精神的な疲労がほんの少し解消された。

「ふぅ……」

「さすがに、お疲れですよね……。申し訳ございません。サトルさんばかりに負担を……」

「あ、いえいえ、大丈夫です。体は丈夫みたいなので」

 村長である男に尋ねられ、サトルは否定した。

 サトルの発言に嘘はなく、精神面はともかく、サトルの肉体は疲労を大して感じていなかった。精神面も、村での生活に慣れたことでマシになり、今ではすっかり村の一員となっている。夜にもなれば、こうして夕食を取りながら今までのことを思い返す程度には落ち着いた日々を送れている。

 村の一日は日が昇る早朝に始まるため、サトルもそれに合わせて起床するようにしている。全身鎧と剣を装備し、村の外れにある『トブの大森林』から最近になってやって来るようになったモンスターを退治する。日中における村人達の警護、それがサトルが率先して行っている仕事だ。村人達から依頼されたのもあるが、サトル自身が望んでやっていることだった。サトルは自身の異様に豊富すぎる体力を活かし、夜の警護とモンスターの討伐も買って出たが、サトルの身を案じた村長から断られた。夜は村人数人で警戒する形となったが、サトルはいつでも起きられるようにと準備はしている。

 今まで、カルネ村はモンスターの被害もなく平和だった。そのため、村を囲うのは貧弱な木の柵。外敵から身を守るため、というよりは村の領域を明確にするための指標のような位置づけだった。そんな村に、『ゴブリン』や『オーガ』というモンスターが近づくようになった。

 それが数ヶ月前。

 ちょうど、サトルがトブの大森林の中で目を覚ました時期と噛み合う。

 俺のせいなのだろうか。サトルは食事を進めながら声には出さずに考える。

 サトルには、記憶がなかった。覚えているのはサトルという名前と、どこで聞き知ったかわからない知識だった。自分が森の中に倒れていた理由はわからなかった。目を覚ますと森の中にいたのだ。

 右も左もわからず、森をさ迷い歩いたサトル。いったいここはどこなのだろうか、と不安になっていた彼はやがて森を抜け、遠くに村を見つけた。それがカルネ村。そして、その村は十匹程度のゴブリンと三匹のオーガに、今まさに襲われようとしていたのだ。モンスターの襲来に気がついた村人達が村の中心に集い、畑仕事に使う農具などを武器にして、近づいて来るモンスターと相対しようとしていた。

 それを見掛けたサトルは、村を襲おうとしているモンスター達の下へ走った。

 困っている人が、あの村にはいる。そう考えると、殆ど反射的に体が動いた。

 全身鎧という重装備をものともしない身軽さで平原を駆け、背負っていたグレートソードを両手に一本ずつ握る。

 そして、それを走った勢いに任せて無造作に横凪にし、進路の先にいた巨大な人型の醜いモンスター、オーガと人間の子供ほどの体格であるゴブリンを両断。血飛沫が地面を汚す間を置かずに次なる標的に狙いを定める。サトル自身には軽く感じる巨大な剣は容易くモンスターの群れを蹂躙し、彼が放った裂帛の気合いによって恐れをなしたかのようにモンスターは散り始めた。

「ぉ、おおおおっ……!」

 逃げ去るモンスターに肉薄し、剣を縦や横に振る。その動作は戦士らしい洗練されたものではない。子どもが大人の畑仕事を見様見真似で行うように、戦士とはこういうものだろうと想像したものを真似ただけのぎこちないもの。しかし、驚異的な身体能力と剣の重量による暴力によって見る見るうちにモンスターは討伐されていった。

「……はぁ」

 最後に残ったのは、肉片と化して地に沈むモンスターと、その中心に立って安堵の息を吐くサトルだった。剣身に付着したモンスターの血を素振りで拭い、それを再び背負ってから呆然と立ち尽くす。

 驚いた様子でサトルを遠巻きに見つめてくる村人達を見返し、サトルは後悔した。

 俺は、いったい何をやっているんだ?

 それが、大虐殺を果たしたサトルが最初に思ったことだった。

 立ち尽くしたまま、先ほどまで剣を握っていた両手のガントレットに視線を落とす。

 たった今、命を奪ったこの手。一度認識してしまうと、血がついていないはずの両手が血に塗れているように感じられた。周囲に拡散した血の臭いが、この状況を作り出したのが自分だという事実をまざまざと伝えてきた。

 サトルが遅れて恐怖を感じ、手の震えを感じたときだ。

 一人の小さな少女が駆け寄ってきた。

「ネム!」

 十歳くらいだろうか。髪を二つ結びにした少女は、後からやって来た両親と思われる男女と、姉と思われる少女に制止の声を掛けられていた。しかし、ネムと呼ばれた少女は止まらず、モンスターだったものの中心にいるサトルの前で立ち止まった。

 そして、

「助けてくれてありがとうございます!」

 屈託のない笑顔と心からの感謝の言葉。

 それを聞いた瞬間、サトルははっと我に返った。

 チラリと自分の手を見るが、その手は汚れていなかった。先ほどの血に濡れた手の感覚はただの錯覚だった。心中に広がっていた暗い感情もいつの間にか霧散し、感謝の言葉と想いが伝わってくる。自分がやってことは何も間違っていなかったのだと、救われた気持ちになった。

 サトルはヘルムを脱いでそれを小脇に抱え、空いた手でネムの頭を撫でた。

「いや、当たり前のことをしたまでだよ。困っている人がいたから、助けただけさ」

 サトルは柔らかい微笑みをネムに掛けると、ネムが少し驚いた顔をしていた。

 いったいどうしたのだろうか、と思っているとネムは再び笑顔になった。まるで尊敬する人に出会った子どものように目を輝かせ、明るい声を上げた。

「格好いい! それに強い!」

「えっ、そうかな?」

「うん! 冒険者様、すごい!」

「あっはっはっは」

 ネムに褒められ、サトルは悪い気分はしなかった。何故か冒険者と勘違いされていたが、気にならなかった。照れるような素振りを見せ、頬を緩めた。サトルには自分の容姿についても記憶もなく、自分がどういった顔立ちをしているのか確認できていないが、ネムの発言はお世辞ではないだろう。

 サトルの手を握ってはしゃぐネムを相手にしていると、ネムの家族が歩み寄ってきた。

「すみません、うちの娘が」

 ネムの父親がそう言ってネムをサトルの手から引き剥がし、横に並んだ母親と娘共々頭を下げる。三人の表情には申し訳なさはあれども、先ほど村人達の視線から感じられた人知を超えた存在を見るような感情は窺えなかった。

 むしろ、背後で連なる村人達も含め、皆好意的な様子だった。

 そこから、サトルとカルネ村との交流が始まった。村長と村人一同から、村を救ってくれたことの感謝を告げられ、歓迎を受けた。

 当初、サトル様と呼ばれていたのを、さすがに様付けは恥ずかしいと言ったサトルによってサトルさんという敬称に変わった。誰も住んでいなかった家屋を貸してもらい、そこで過ごしながら村の警護、ならびに村の補強を行う日々が続いた。

 この村には外敵に対する備えがない。リ・エスティーゼ王国領の辺境に位置するらしいカルネ村は、トブの大森林の南方に住む『森の賢王』という強大な存在が縄張りを侵す者に睨みを利かせていたことで、間接的な恩恵を得てモンスターの被害に今まで遭わなかったのだという。

 だが、もうこれまでとは違う。森の賢王に何かがあったのかはわからないが、モンスターは平然とカルネ村まで来るようになったのだ。これをどうにかしなければならない、とサトルは考えた。そして、自分を取り巻く現状に理解が至っていないのもあって、しばらく村に長期滞在することに決めたのだ。

 村人達は、自分の身を自分で守る術を身に着ける必要がある。そう思ったサトルが村長と話し合い、まず実行に移すことにしたのは村を囲う壁の構築。サトルが何となくの思いつきで考案した壁の案が採用され、サトル主導の下で村の補強が急ピッチで進められている。

「この木材は、あちらにお願いします」

「わかりました、サトルさん」

 サトルがトブの大森林から切り倒し、建築資材にまで加工したものを運ぶ村人。サトルは頭の中の設計図を基に村人に指示を出しつつ、時折村の周囲に注意を向ける。モンスターが来ていないかを確認するためだ。一応、簡易的な(やぐら)を先に用意し、村人に周囲を警戒させてはいる。いざという時には村中に危険を伝えるために鐘を鳴らしてもらう役目を担ってもらうのだが、監視の目を掻い潜って村に脅威が訪れないとも限らない。

「もっと、人材が必要だな……」

 村人だけではなく、モンスター討伐を生業とした者や建築技術を持つ者。そういった者達を村に招き入れることができれば、と村長に相談した。一応、冒険者というモンスター退治を主な仕事としている職業があるとのことだったが、冒険者の団体を長期的に雇うのは村の財政的にも厳しいらしい。だからこそ、サトルという最小限の人材を村が雇い、その力と知識を借りて村の地力を高めようとしている。

 とは言え、サトルも力を貸すことはできるが、知識については妙な点が多かった。存在を知ってはいるが、どういう仕組みでできているのか説明できない代物。それは記憶を失う前にサトルが得た知識なのだろうが、殆どブラックボックスに近かった。

 ともかく、サトルでは知識面で村に貢献できそうにはなかった。

「移民が欲しいな」

 雇うのではなく、村に住んでくれる者はいないだろうか。モンスターと戦える力のある者、知識面で村の発展を手伝える者などがいい。今のカルネ村は、サトルがいなければ生存も危ぶまれるような状況下に置かれているのだ。

「……ないものねだりしても仕方ないか」

 結局、今あるもので頑張るしかない。移民については、村の最寄りにある城塞都市『エ・ランテル』で募ることができるらしい。カルネ村という何もない村に来ようと思う者がいるのかはさておき。

「頑張るかー」

 幸いなことに、サトルの体力は尋常ではない。疲労は感じることは感じるのだが、どれだけ動いても疲労困憊にまで至ることはまずない。全身鎧を身に着け、警護を続けながら行っている自己鍛錬で肉体を酷使しても感じる疲労は極小だ。

「……閃いた。〈流水加速〉」

 鍛錬の途中で頭の中が冴え渡り、サトルは何かを習得した。

 流水加速。技名と思しき名前が浮かび、それを使用した瞬間にサトルの体は加速した。周囲の時間の流れが緩やかに感じられる中、自分一人だけが素早く動けている。木材を運んでいた村人の男がぽかんと口を開け、「武技(ぶぎ)だ……」と呟いた。

「……ぶぎ、ですか?」

 サトルは村人の発言が気になり、声を掛けて尋ねた。

「え、あ、はい。今のって武技ですよね」

「ぶぎ……ぶぎ……?」

「あ、すみません。えっと、武技っていうのは、戦士が使う魔法のようなものです」

 サトルの記憶がないことを知っている村人は、武技について簡単に説明をしてくれた。もう少し詳しく聞こうとしたが、村人自身もあまり詳しくはないようだ。武技は誰でも簡単に使えるものではない。才能という下地に加え、修練を積む必要があるのだという。より強力な武技となると、個人差はあるがそれ相応の努力は必要となる。

「なるほど……」

 そういうのがあるのか、とサトルはヘルムで覆った頭で何度も頷く。

 いいことを聞いた。ただ無暗に鍛錬をしているだけで強くなれるのかと思っていたが、どうやら努力は無駄にならないようだとしって安心したサトルだった。

「もっと頑張ろう」

 覚えたての言葉を多用する子どものように、サトルは流水加速を使って建築にも精を出した。武技によって建築は捗った。疲労はわずかしか感じないサトルが動き続けたことで、村を囲う壁は着々と目に見える形でそびえ立った。

 建築中に、壁の一部がサトルに倒壊するといった事故は発生したが、

「危ないっ! サトルさん!」

「あっ、〈不落要塞〉」

 特に問題はなく、カルネ村ならびにサトルの強化は進められていった。武技はなくても怪我はしなかったと思われるが、不落要塞という武技を咄嗟に閃いたのは不幸中の幸いだった。

 これでまた、誰かの役に立てる力を得られた。

 その後数日間、意味もなく不落要塞をしながら流水加速をするサトルの姿が村で散見されたという。







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