夫婦生活ファイナルシーズン始動

父親になるってどういうこと? ググっても答えが出ないから自分で書いてみた。ライブやフェスをレポートするのが趣味のネットユーザー、本人さん(@biftech)によるはじめての子育て実況連載、第2回。夫婦2人組生活最後のお祭り騒ぎを満喫し尽くした翌朝にいよいよ押し寄せた陣痛の波。マタニティタクシーを呼び出し病院へ急ぐものの……。

5月なかばの水曜日、「おなか痛い。来たかもしれない」という妻の声で1日が始まった。出産予定日より2日早く、山が動いた。

前日には宝塚歌劇団を観て、初見の私と一緒に歓喜を爆発させた彼女。どころか「出産前ラストギグ」を方便にして、直前1週間はフレンチのフルコース、大日本プロレス観戦、映画鑑賞、アンジュルムのリリイベ参加、推しのラジオ公開録音、アフタヌーンティー、シャンシャンご対面も済ませている。かつて徹夜明けの体でフジロックに向かい、最終日オーラスまで踊りきった我が出逢い史上最強のパートナーが、すっかり遊び尽くした夜の大手町で宙組のレビュー曲を歌いながら「思い残すことはない!」と言った翌朝に、通常とは違う腹痛を呼び起こしたのだった。

時間は午前6時。深夜までやりかけ仕事をしばいていた自分はびっくりするくらい眠かったけど、事態が事態だ。痛みは10分おきだというし、波のある痛みイコール陣痛がらみで間違いなかろう。Xデーはマジ急に来るもんだなハハハ。さっそく病院に電話をかけて状況を説明。予定日も近いので「とりあえず来とこうか」って話になった。

ああ……ついに来た! しかも、「遊びはこれで終わり!」と宣言した翌日! おなかの次世代さんはつわりを引き起こさないとか旅行しても健康とか、あまりに親の空気を読むものだから「分別くん」というアテの名前で運用してきたけど、出てくるタイミングまで読むのか。我が家の中で、今この命が一番わきまえている。

出産準備の一環で事前登録したマタニティ専用タクシーに「時は来た!」と伝え、2人で猫の食事をたんまり盛ったり荷物を整理したりする。そこで我が家の空気読み THE SECONDの猫が、ウンウンうなる妻のもとへいつになく優しくすり寄ってきた。「とても優しい世界を生きている……」と感動しながら我々はしばらく猫を撫で続け、5分ほどしてから「帰ってくるときは3人やで!」と外へ。路上では緊急事態のはずなのに全然現れない予約者を探し、タクシー運転手がすっかり困ってウロウロしていた。「いつ破水しても弊車には全く問題ないぜ」と言わんばかりにペット用おしっこシートみたいなんが敷かれた後部座席を見て、人としての尊厳にくすぶりを醸しながら我々は乗車した。

準備万端だった運転手は「お見つけできなくて大変申し訳ございません」と平謝りで、当事者より先に産まれそうなくらいシリアスだった。その様子に私たちはどんどん冷静になっていき、妻は痛みに邪魔されながらもメルカリの取引を2件ほど済ませ、商品発送に必要なQRコードを私に転送した。「新しい命の誕生、ドキドキしているが実際はこんなものか」と窓から平日の朝を眺めながら病院へ向かった。

病院に入り、いつもの診察室とは別の分娩・入院用の棟へ。平成初期の小学校かなという程度にクラシックな院内に、私は「こ、こんな無線LANすら無縁そうなとこで新世代の命ローンチさすんかよ」と若干ひるむ。診察を経て、たちまち身重の妻に器具がまとわりつき、モニタが通電。そこには心拍数と、陣痛の度合いを数値化したものが表示されていた。断続的に訪れる痛みに合わせ、ひと桁ふた桁を行き交う痛みの数値。モニタからカリカリ吐き出される山あり谷ありの線グラフを見ながら「本番になったら、もっといい波きちゃう」と2人でヘラヘラYONCEする。その後しばらくして「すぐじゃない可能性もあるが、まあ来院したので」という理由で入院が決定した。

産科の一般病棟の奥にある分娩エリア。分娩室から離れた陣痛室という場所で、恐らく最後の2人きりを楽しむ。現時点の痛みは「だいぶ重めの生理痛が定期的に届く」くらいだそう。自分は「そっかそっか生理痛な!」と、身近な例えで安心してしまう。夫はモニタリングしている胎児の心拍音に合わせて『ayu-mi-x』収録曲を流し、「BPMが合う!」などして時間を過ごし、妻も痛いながらに機嫌よく、「分娩用プレイリストの作成を急がないとだね。推しのレスラー(鈴木秀樹)のテーマで分娩室に入って、産まれた瞬間に鬼邪高校のテーマで」と話した。オヤコー。

いつのまにか正午を回ったので、昼食を買いに病院近くのスーパーへ。興奮しながらも眠気で重たい体に5月とは思えないムシッとした暑さが突き刺す。「この不快感と興奮のせめぎあいみたいなものを、来たる命もいつか浴びたりするんだろうか」なんて自ずと想いを馳る。乳母車みたいなのから前足と顔を出したチワワの姿を見て、なぜか泣きそうな気持ちになる。これから起こる一大事によって、もう気分はThe Verve「Bitter Sweet Symphony」のMVのリチャード・アシュクロフトみたいだ。自信に満ち、まわりがすべてモブみたいに些細なものに思えてきてしまっている。いよいよ来るのか、新しい命!

必要量以上のごはんを手にして興奮気味に病院に戻ると、「ギヤーッ!!」と分娩室からの別のママの絶叫が轟く。カーテン越しに戦慄を覚えながら「ていうか……おれたちの来るべきそのときはいつ来る?」と我に返った。そう、妻の体内で断続的に痛みが起こるにもかかわらず、このときまで出産の兆候は一向に見られないのだ。いたずらに待機時間が流れ、結局妻は陣痛室から一般病室に差し戻されてしまった。点滴まで打たれ始めてつらそうなのに。

でも、たしか破水して、子宮口が開いて、陣痛の間隔がどんどん短くなって、だっけ。まったくその様子じゃないな。そっかー今日はないかー。経過観察となったので、「何かあったらLINEくれー」と家族控室のようなところでパソコンを開き、仕事をして過ごした。夜を迎えても「何か」は来なかった。

進展のないXデー、気持ちはどんどん収束していく。なのに漏れ聞こえてくるよそさまの赤子の泣き声。数時間前まではまるでこの世の道理が更新されるくらいの出来事が訪れると思っていたのに、自分がメールを1通また1通としばく横で人様の陣痛はどんどん激しくなり、数時間に1人は誕生しているのだそうだ。流れ作業的に発生する命。わりとあっけないものなんだな。残念ながら面会時間の終わりが来たので病院を出た。

もしかしたら、出産はとても長期戦なのかもしれない。親の心を育むどころか子の体を拝むことすら叶わないというスローライフ大満喫の入院初日だった。

この連載について

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こうしておれは父になる(のか)

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「今にこの子は「パパ」としゃべるだろう。そのとき自分は、何としてきみを抱きしめたらよいか、再び考えてみよう」――ライブやフェスをレポートするのが趣味のネットユーザー、本人さん(@biftech)がはじめての子育てを実況! 父親目線で見...もっと読む

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コメント

hase0831 差し込まれる動画で思わず笑ってしまう 7分前 replyretweetfavorite

biftech おはようございます。育児ライブレポート連載 #おれ父 第2話、というかここから始まる陣痛初日です。マタニティタクシーは最高。 約2時間前 replyretweetfavorite