写真はイメージ=123RF マネーセミナーで、「老後のゆとりある生活には平均で月30数万円が必要です」と言われたことはありませんか。しかしちょっと考えれば、「誰でも同じ金額が必要」というのはあり得ないと気付くはずです。色々な人生を送ってきた人たちが、退職後に同じ資金で生活できると言われるのは、私にとってかなり違和感がある考え方です。
■人によって必要な資金は違う
そこで自分の退職後の生活資金はどれくらい必要になるのかを道筋を追って考えていきましょう。フィデリティ退職・投資教育研究所では、退職準備に関して多くのアンケートを行ってきました。その中で明らかになっている事実が1つあります。それは、「年収が多い人ほど退職後の生活資金が多く必要だ」ということです。欧米で使われる「退職直前の年収を前提に、老後はその何%で生活するか」を知る「目標代替率」の考え方が、日本でも当てはまることを示しているとも言えます。
出所:フィデリティ退職・投資教育研究所作成 そこで「退職準備を考える際の3つの掛け算」をしてみましょう。まず一番下の掛け算の左に書いてある現在の「年収」から退職直前の「最終年収」を考えます。現在50歳の方でも、先輩たちの姿から退職直前の年収はほぼ正確に分かると思いますから、この推計はそれほど難しくはないでしょう。
それに「目標代替率」を掛けて、「退職後年収」を推計します。退職後年収といっても、働いて得る収入だけではありません。年金収入や資産からの取り崩しも含まれます。この退職後年収は、退職後の1年間に必要な生活資金と同じ意味も持ちます。
では目標代替率とは何なのでしょうか。
退職すると、もう退職後のための貯蓄や資産形成をしなくてよくなります。またはその余裕がなくなります。それに課税所得に対してかかる税金や社会保険料は、少しの勤労所得と公的年金等の受け取りだけの生活となれば、かなり少ない負担で済むはずです。消費については、一般的な生活費は下がることになりますが医療費などの負担は増える懸念があります。
イラスト:小迎裕美子 こうした全ての支出を想定し、退職後年収が退職直前年収に対してどれくらいの比率になっているかを見たのが「目標代替率」です。
米国の会計検査院が行った調査では、目標代替率は70~85%とする学術論文や金融機関の分析が最も多いとのことでした。また英国では政府の諮問機関である年金委員会がその調査報告書で目標代替率の目安を3分の2としています。
日本では直近の数値があまりありません。フィデリティ退職・投資教育研究所が2009年の家計調査を基に推計した結果は68%でした。つまり、退職後に必要な生活資金は、退職直前年収の7割弱になるというものです。
■「平均余命50%」の危うさ
退職後年収が推計できると、「退職準備を考える際の3つの掛け算」の一番上の式で退職後の生活資金を想定できます。その際の鍵は「退職後生活年数」です。退職後の生活が何年続くかということですが、これを考える時にマネーセミナーでよく使われるのが「平均余命」です。
厳密には少し違いますが「平均余命」とは、大まかに言えば、「生存確率50%の年齢」です。例えば60歳の方の平均余命は、毎年の死亡率を使って60歳100人の半分(50人)が亡くなっている年齢ということになります。
これは乱暴な表現ではありますが、「生存確率50%の年齢」で退職後の生活費を推計しようとしているのとほぼ変わりません。「その年齢よりも長生きする人が半分いる」という前提で計画を立てると、「半分の人の資金が足りなくなる計画」ということと同じなのです。
これでは、どんなに素晴らしい計画を立てたとしても、とても使えないものだと思いませんか。
出所:厚生労働省「平成28年簡易生命表」からフィデリティ退職・投資教育研究所が計算 表は、現在50歳と60歳の方が50%と20%の確率で生きている年齢を示しています。「20%くらいの生存確率で計画を立てて、それよりも早く人生を終えることになれば残った財産は子供世代に残す」という考え方を取る方が合理的だと思えます。
ちなみに、20%生存確率で計算すると、60代の男性で91歳、女性で96歳となります。夫婦で考えると95歳くらいまでを想定すべきだと言えるのです。
■投資は定額でいいのか?
もう一つ資産形成のアドバイスでよく聞くのが、「毎月1万円ずつ30年間積み立て投資したらいくらになる」といった複利の効果をうたう積み立て投資の効用です。これ自体は全く問題はないのですが、「それなら1万円ずつ投資をしていこう」という定額の投資につながってしまうとちょっと心配です。
先に説明した通り「年収が多い人ほど退職後の生活資金が多く必要だ」とすれば、「年収の多い人ほど資産形成も手厚くする必要がある」はずです。一律に「1万円の資産形成」ではなく、年収の一定率を資産形成に回すのが大切な考え方です。年収が増えればそれに合わせて資産形成額も増やすというステップアップの考え方です。
イラスト:小迎裕美子 その考え方を示したのが「退職準備を考える際の3つの掛け算」の一番下です。年収に「資産形成比率」を掛けて資産形成額を考えるという方法です。
英国では、法律で18年までに全ての企業が企業年金を導入することが義務付けられました。そして雇用されると自動的にその企業年金に加入することになり、本人が脱退を希望しない限り拠出を続けることになります。その際に、法律はもう一つルールを課しています。それが給料の8%を最低拠出するというルールです。これは最低水準なので、それ以上を拠出することが推奨されています。米国では、フィデリティが推奨比率として年収の15%を提示しています。
日本でこうした水準を聞くことは少ないですが、30歳から投資を始め、30代に4万円、40代で5万円、50代で6万円を毎月積み立てて年率3%で運用すると、計算上60歳で2800万円弱の資産を作ることができます。年収を各400万円、500万円、600万円とすると資産形成比率は12%。このあたりが目安になりそうです。
野尻哲史 フィデリティ退職・投資教育研究所所長。一橋大学卒業後、内外の証券会社調査部を経て2006年にフィデリティ投信入社、07年から現職。アンケート結果を基にした資産形成に関する著書や講演多数。 [日経マネー2018年9月号の記事を再構成]
「ライフ&マネーFesta 2018」開催! 投資初心者から上級者まで必要なお金の知識が1日で学べる、日本最大級の「人生設計とお金」のイベントで、8月25日に東京・六本木の東京ミッドタウンホールで行います(入場無料)。ファッションデザイナーのコシノジュンコさん、経済コラムニストの大江英樹さん、家計再生コンサルタントの横山光昭さん、エッセイストの小島慶子さん、作家・漫画原作者の夏原武さん、元お笑い芸人の億万投資家・井村俊哉さんなど、マネー専門家や人気講演者のスペシャルトークを聞くことができます。詳細と事前登録は公式サイトまで。

著者 : 日経マネー編集部
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