ガゼフ・ストロノーフ伝 作:Menschsein
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ガゼフは縄を頭上で高速で回転させる。高速で回転する鉤が空気とぶつかり、風切り音が発生する。ガゼフはそして鉤縄を掴んでいた右手を離す。
遠心力によって鉤は上空へと飛び、そして船体へと引っかかる。
「かかったぞ!」とガゼフが叫ぶと、杭を持った団員と
「団長! マストに矢を射ても効果はないです」
帆を矢で破いて推進力を失わせるという作戦を行っていた団員の一人が慌てて駆け寄ってきた。
ガゼフは、現れた船の帆を見上げる。船に張られた帆はすでに破けていて風を受け止めることなどできない。またマストも四本中一本は折れている。どうやら風を推進力として動いている船ではないようである。
霧の中を走る船。海にあるような普通の船とは根本から仕組みが異なっているのであろう。魔力を推進力に変えているのであろうか。アズス・アインドラがこの船を欲しがる理由がガゼフには分かった気がした。
「要塞」
ガゼフは武技を使い自らの防御力を上昇させる。両手では縄をしっかりと握りしめている。自らの両足の踵は地面にしっかりと沈める。自らの上昇させた肉体の力を持って船を停めようと言うのである。
縄が張りつめる。丈夫さが魔法によって強化されている。縄は張力によっては簡単に切れたりはしない。
が、船上に突如、炎の球が浮かび上がる。ガゼフはその
そして、その
「全員、船から離れろ!」
鉤縄を船へと投げ飛ばしていた団員、杭を打ち込んでいた団員たちが船から距離を取ろうと船に背中を見せて逃げる。
そして船上から落ちてきた
それならば……とガゼフは思う。答えは簡単だ。船に乗り込み、この魔法を放った主を倒せば良い。アズス・アインドラの情報では、この船の主は、
「腕に覚えのあるやつは、船に乗り込め! 敵はリッチだ。白兵戦に持ち込むぞ」とガゼフは団員たちに指示を出す。船に乗り込もうと動き出したのは、傭兵団の幹部、ガゼフ、ヴァレリー、ダニエラの三人である。エルダー・リッチと対峙するのであれば、冒険者の水準で言えば、
そして団員の一人が投げ捨てていった鉤縄を地面からガゼフは拾い上げて、再び船上へと鉤縄を投げ込む。そして、今度はその縄を伝って自分自身の身体を船上へと引き上げるのだ。
「流水加速」とガゼフは武技を使い、自らの肉体速度を向上させながら船体を登る。
なおも止まらない船。ジグザグに船は操られ始めていた。縄をかけられないようにと荒々しく船の舵が操られているのであろう。
縄に掴まるガゼフの体は、振り子のように大きく揺れる。船は、銛を打ち込まれて怒り狂うクラーケンのようだ。
ガゼフの肩は船体に何度もぶつかる。だが、鍛え上げられたガゼフの握力はその縄を離すことはない。着実にその縄を使い、船体を登っていく。
船体を半分ほど登った時である。登るのに苦労をしているガゼフをよそに、「先に行っているよ」と、リグリットは船体横を駆け上がっていく。船体は弧を描くように丸みをおびている。直角の壁を登って行くよりもその難易度は高いであろう。というか、普通の人間にはそんな芸当はできない。
「おいおい。あれは本当に人間か?」と、重力を無視しているとしか思えないリグリットの動きに、ガゼフは自分の目を疑う。生きる伝説であるアダマンタイト級冒険者。だが、もはや老婆という外見のリグリットの動きは、人間を辞めているとしかガゼフには思えなかった。
・
ガゼフが甲板に到達した時には、すでに“朱の雫”とリグリットは、この船の主らしき
やせ細った肢体。古びた
こいつ、ただの
通常の
彼等彼女等はアダマンタイト級冒険者である。通常の
ガゼフの傭兵としての感は、明確に告げている。逃げるべきだと……。
「
坊やたち、それはガゼフ、そしてその後に甲板へと辿り着いたヴァレリー、ダニエラを指しているのであろう。リグリットの外見から言えば、“朱の雫”の面々も坊や形容されても良いであろうが、リグリットの言った意味は、力弱き者、ということであろう。
「土足でこの船に上がり込んで、生きて帰れると思っているのか?」と、
「ガゼフ。魔物には亜種というものが存在する。こいつは、
口を開いたアズスの装備している葡萄酒のような赤い鎧が光輝き始めた。伝説級と歌われる鎧。その装備をした者の能力を飛躍的に向上させる鎧だ。伝説では、十三英雄の一人が装備してたとされる。
アズス・アインドラを初めとする“朱の雫”も本気で戦う必要があると認めたということであろう。
「ちょっとこれは、後ろで控えていた方が良さそうですね」と言うヴァレリーの言葉にガゼフもダニエラも頷き、そしてゆっくりと
難易度百五十。そんな
傭兵団として難易度百五十相当のバケモノと対峙するとしたら、その首に超高額の懸賞金がかかっているバハルス帝国の主席宮廷魔法使いフールーダ・パラダインくらいであろう。フールーダ・パラダインの首を討ち取れば、その賞金を山分けしたとしても、傭兵団全員が一生遊んで暮らせるほどの金貨を得ることができる。
だが、この
「アインドラ。俺達の仕事は達成したということでいいんだよな?」
船首にまで後退したガゼフは傭兵団の団長として言った。
ガゼフ、ヴァレリー、ダニエラがいるのは、
船から飛び降りないのは、“朱の雫”やリグリットが
「あぁ」と、アインドラは
あとは、目の前の