ガゼフ・ストロノーフ伝   作:Menschsein
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3.傭兵団の休日

 結局、「朱の雫」にストロノーフ傭兵団は雇われることになった。出発は一週間後。ポーションなどの消耗品や食料、また、船に乗り込むための鉤縄(かぎなわ)も傭兵団の人数分が必要となる。物資を揃える時間も必要である。傭兵団が必要とする物資を購入する役目は、金庫番であるヴァレリーの役割だ。ヴァレリーは少しでも安く良い品を買おうと、王都中を駆け回るであろうが、他の傭兵団は会戦から帰ってきたばかりということで、今日は訓練も休みで完全な休暇となっている。

 ガゼフは、王都の外に張ったテントから起きだし、木桶に貯めてある水で顔を洗い、そして、王都の城壁を眺めた。

 

「良く、許可が降りたものだな。防衛上、大丈夫なのかよ、この国は」とガゼフはナイフで伸びた髭を剃り落しながら、呆れる。

 

 鉤縄を船に引っ掻けて、船の足を止める。船に引っ掻けた後は、縄の反対を地面に打ち付けた杭に結び付け、船が遠くに行かないようにしなくてはならない。また、場合によっては、その縄を伝って船体へと登るということも想定される。しかし、鉤縄を使うというのは特別な技能だ。野伏(レンジャー)などの職業を持つ者には、慣れているかもしれない。また、攻城戦の経験のある者なら、城壁によじ登るためにもしかしたら使ったことがあるかも知れない。だが、ストロノーフ傭兵団に鉤縄を満足に使える者はさほど多くはない。ガゼフ自身も、鉤縄を上手に操り、上手く船に引っ掻けるというようなことが出来る自信がない。

 そうなれば、訓練をしなければならないということになる。だが、海から距離のある王都リ・エスティーゼでは、また当たり前のことではあるが、陸の上に船などあるはずもない。

 

「城壁があるじゃねぇかよ。そこで訓練すればいいだろう」

 

 アズス・アインドラの破天荒な考えに、ガゼフは舌を巻かざるを得ない。王都を囲む城壁で、霧の中を走る船に鉤を引っ掻けるための訓練をする。

 そもそも、城壁を警備している兵士達が黙っていないであろうというガゼフの予想に対し、アインドラは既に許可は取って置いたと事もなげに言うのである。

 城壁は、王都を守る最終防衛の拠点となる場所だ。その城壁に鉤を引っ掻け、そしてその城壁を攀じ登っていくというのは、一見すると、王都を攻め落とすための事前練習をしているようにも思える。

 ストロノーフ傭兵団が、仮にバハルス帝国側に回って、王都に攻め込むのであれば、城壁を登ったという経験は大きな財産となる。王都の防衛上の観点からも、そのような訓練をする許可を出すというのは如何なものかと思う。

 王国に一つしかないアダマンタイト級冒険者チームの頼みであるから、冒険者組合が動いたのかもしれない。もしくは、アインドラが王国貴族としての地位やコネを使ったのかもしれない。もしくはその両方かとガゼフは思う。

ガゼフは人間的にはアズス・アインドラという男を好ましく思っている。だが、冒険というような道楽で貴族という地位を捨てる思考が理解できない。平民出身の自分、またこの傭兵団の者達は、泥水を啜りながら生きているのだ。剣によって相手の命を奪うことで生きながらえている。

 

「あら、おはよう」と別のテントからダニエラが出てきた。そして、ガゼフがいるのにも関わらず服を脱ぎ、濡らした布で体を拭いていく。男が多い傭兵団の中で女が自分の腕一本で生きていく。乳房を見られて恥じ入るようでは生きていけないのである。

 

「あぁ」とガゼフはダニエラに背中を向ける。見られる本人が気にしていないからと言って、見ても良いというわけではない。

戦場であるならいざ知らず、ここは花の都、王都リ・エスティーゼである。美しい女ならば、他にも王都にはたくさんいるであろう。女を抱きたいという欲望を如何様な形でも満たせる娼館が王都にはある。

 

「今日は、朝の点呼は無しで良いのよね?」と、ダニエラはガゼフに話しかける。

 

「昨日の夜からみんな、羽を伸ばしているだろうしな」とガゼフも答える。

自分のテントに戻っていない傭兵団の団員が多くいるのは、今回の戦争に参加して得た金で、羽を伸ばしているのであろう。戦争でため込んだ様々なものを発散させるのだ。

 

「戦争から兵士が戻ってきた時期というのは、値段が上がっているというのにね。倍は取られているのではないかしら。あと一週間もすればまた値も落ち着くのにね」

 独り身の兵士、また傭兵団などが凱旋してきた直後は、娼館の値は跳ね上がる。それだけ需要が多くなるということだ。それに、傭兵がもっとも懐が温かいのは戦争が終わった直後なのである。

 

 ガゼフは、ダニエラらしい見解だと思った。また、女の考えであるとも思う。ガゼフ自身も、アインドラが現れなければ酒はほどほどにして色街に行っていたであろう。ガゼフがテントに戻ったのは、アインドラと飲み過ぎたからと、そして既になじみに先客がいたからだった。

 

「ダニエラ。今日、お前はどうするんだ?」

 

「お金を預けにいくわ。金貨を肌身離さず持っていても良いことはないもの。預けて置くのが一番安全よ。あなたは?」と今回の報酬が入った皮袋をガゼフに見せる。

 ダニエラは今回、バハルス帝国の分隊長を幾人かと、小隊長一人を討ち取っている。今回の会戦において、傭兵団の中で一番稼いだのはダニエラである。普段なら一番稼ぐのは自分かヴァレリーである。だが、混戦が長かった今回の会戦では、ガゼフとヴァレリーは仲間のフォローに後半から徹するようにしていた。ダニエラが危険な最前線で踏ん張っていてくれたからこそガゼフとヴァレリーが動けたので感謝をしているし、流石は副団長であるとその実力を認めざるを得ない。また、報酬が加算される敵をしっかりと討ち取っている抜け目なさも、またダニエラらしかった。

 

「俺は掘り出し物が無いか探してみるつもりだ」

 

「それなら、剣より新しい鎧を探した方が良いわね。あなたの、修復(リペア)ではそろそろ限界なのじゃないかしら」

 

 確かにダニエラの方が戦場に出たのは数年先かも知れない。年齢も詳しくは知らないが自分より二、三歳上であるように思える。冒険者としての経験もあるのだろう。だが、ガゼフも一人の傭兵として、自分の装備のことは自分が一番良く分かっているという自負がある。自分の装備について指摘をされて面白くはない。それも、胸当てもマントも纏っていなければその腕も腰も細い女に、簡単に手折れてしまう桔梗のようなダニエラに指摘されたのである。

 

「ご心配どうもな」とガゼフは、髪を洗っているダニエラを睨み付けてから王都の城門へと向かった。

 








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