ガゼフ・ストロノーフ伝 作:Menschsein
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王都に帰還し、今回の戦いの傭兵料を受け取ったガゼフ達は、酒場で飲み明かしていた。
だが、ガゼフの心は晴れない。
「なにが褒美をやるから取りに来いだ。糞どもめ」
賑わう酒場のテーブルでエールの空になった木杯をガゼフは叩きつけた。今回のカッツェ平野で死んだ傭兵団の仲間もいる。仲間が死んだことを責めるつもりはない。それが戦いであるし、自分達の飯の種でもあるからだ。ガゼフを腹立たせているのは、自分たちを子飼いにしようという思惑が透けて見えたからであった。貴族の子飼いの傭兵になるくらいであったら、冒険者になった方がましである。
「王からの特別の報償。僕は貰っておいた方が良かったと思うけどねぇ。はい、今回の戦いの収支が出たよ。今回は、武具の買い取り額が高かったから結構儲かったよ。春までは全員でしのぐことはできるよ。帝国の兵士の防具は、王国でも良い値段で売れるよ」と、羊皮紙の切れ端と睨めっこしていたヴァレリーはホクホク顔である。ヴァレリーは、
「死んだミゲルやフューネスには遺族がいるだろう?」とガゼフは死んだ仲間の顔を思い出す。傭兵団は天涯孤独な者が多いが、中にはそうじゃない人間も僅かながらいる。傭兵団に入れば、食住は傭兵団側の負担となる。もっとも「住」に関しては、雨風を凌げる程度のテント暮らしではあるが。
そして傭兵としての給金を丸々家族に渡す、という者もいるのだ。だが、腕に多少自身があるのなら、冒険者となった方が遙かに良い。それでも傭兵団に入ろうとするのは、つまり、腕に覚えがない、死にやすいということである。
傭兵団は何も敵を殺すだけが仕事ではない。飯だって旨く作れる奴がいた方がよいし、鍛冶ができる奴がいた方がよい。
ガゼフも、ミゲルやフューネスは安全な場所——カッツェ会戦で最も死亡率の高い戦闘地域の中で安全という意味ではあるが——に配置したつもりであった。予想以上に混戦状態が長かった。
傭兵団である以上、戦いに行かないという例外は許されない。だから、ミゲルやフューネスが死んだことで、傭兵団長であるガゼフを責める者などいない。彼等が死なないように最善の手を尽くしていたと団員は知っているからだ。
「もちろん、遺族に渡すお金も計算に入れている。三年は暮らせるはずだよ」
「五年分だ」
「浮いたお金で新しいテントを買おうと思っていたけど……まぁ今回は仕方がないね。ミゲルは弟が二人いるっていってたもんな。ダニエラもそれでいい?」とヴァレリーは、収支の計算をやり直し始める。彼も
「私は、自分の取り分が減らなければ問題はないわ」と、同じくエールを飲んでいたダニエラが口を開いた。傭兵団と言えど、金に関わることは団長の決定だけではなく、副団長の承認も必要となる。金のために命を張っている。当然、傭兵団の金の流れは公正明大にしておかなければならない。
「がめつい奴だ」とガゼフは干し肉を摘まみながら言った。副団長のダニエラ。珍しい女の傭兵である。だが、冒険者に換算すればミスリルの腕はあるのは確かで
「だって、お金はいくらあっても困らないじゃない?」とダニエラは悪びれもなく言う。
「溜め込んでも死んだら意味がないってんだよ」とガゼフは口では言うが、もはやダニエラとガゼフの間で、金に関する見解が一致することがないというのは経験上分かりきったことであった。
「ねぇ。リグリットの婆さんよ。それに「朱の雫」だわ。誰か探しているみたい」と、ダニエラは酒場に新たに入ってきた人間を見て、声をひそめてガゼフとヴァレリーに伝える。
「あ、あぁ。めんどくさい奴らが来やがったな。まぁ、どうせ、あちらさんにでも用があるのだろう?」とガゼフは、自分たちの後ろで同様に酒を飲んでいる方を親指だけを立てて示した。
ガゼフたちの後ろでは、もうすぐオリハルコンに昇格するのではないかという噂で持ちきりの冒険者チームが酒を飲んでいた。傭兵団と冒険者は、仕事がぶつかることが少ない。冒険者は国家間の争いには関与しないという不文律があるが故に、戦いでは傭兵が必要となるのである。
ダニエラは、盗賊相手にしか分からない手話でガゼフの向こうに座っている冒険者チームの同じ盗賊と会話をしている。「
「ロックも自分たちに用があるとは思えないってさ」
「顔が広いこった」とガゼフはダニエラに言った。別に、後ろで楽しく酒を飲んでいる冒険者チームに因縁を付けようという分けではない。むしろ、自分と同じ平民からオリハルコン級の冒険者が出るかも知れないということは大変喜ばしいことだ。
「あら、盗賊も情報収集が大事だもの。特に、誰の懐が温かいかっていう情報はね」
「あ、いたいた。よう、兄弟。探したぜ。こっちにエール五杯ね」と、ガゼフを見つけた男が、図々しくも堂々とガゼフの横に座る。
「お前の兄弟になった覚えはないぞ? アインドラ」とガゼフはうっとうしそうに言った。王国初のアダマンタイト級冒険者チーム「朱の雫」のリーダーであった。貴族でありながらその地位を捨てて冒険者になり、アダマンタイト級冒険者にまで上り詰めた男。
「この老いぼれが座る椅子はないのかな?」とガゼフが座っている椅子の近くで老婆が無邪気に言った。そしてその言葉の直後、酒場にいた冒険者全員が一瞬にして起立し、自分の椅子を老婆に対して差し出す。
アダマンタイト級冒険者。冒険者にとっては憧れの存在であり、椅子であろうとなんだろうと、アダマンタイト級冒険者に「貸した」とあれば、それは仲間内で自慢できるというものである。
「そんなに沢山の椅子には座れないかなぁ」と「朱の雫」のリグリットは笑っている。
「さぁ、久しぶりの再会を祝って乾杯といこうじゃないか、兄弟!」とアインドラは杯を掲げる。ガゼフも渋々ながら杯を持った。
ガゼフは、アインドラが苦手であった。いつもアインドラは厄介事を持ち込んでくる。この前も、自分の親類が統治しているアルベイン領を一時的にでも良いから巡廻してくれないかと頼まれ、報酬の割に楽な仕事だと思ったら、オークが大量発生していて討伐に苦労をした。それ以外にも、いつもアインドラには口車に乗せられてしまっている。
「でだ、カッツェ平野に行ったんだろう? お前達は、霧の中を走る船を見なかったか?」とアインドラは目を輝かせながら言う。好奇心に満ちた子供のような瞳だ。
「いや、見なかったな。そもそも、そんなおかしな代物があるはずないだろう?」
「いや、俺は確かにこの両目で見たんだ」とアインドラは演説でもしているかのように語り始める。
先ほどまで賑やかであった酒場もアインドラの話を聞こうと静まりかえっていた。
「あれは、カッツェ平野に眠る遺跡を探して旅している時だった。かれこれ半年前だ。深い霧の中を俺達は歩いていた。すると、どこからともなく波の音が聞こえてきたんだ。なんの音だ? と周囲を警戒していると、そいつが突然現れたんだ。でかい船だった。帆を一杯に張った船が俺達の横を通り過ぎていった。そして、その操舵舵を握っていて、驚いている俺達を見つめるエルダーリッチが見えたんだ。そこは紛れもなく平野だ。地面の上を走る船だ。どうだ? お前も気になるだろう?」
「そんな冒険者の夢物語は、子供に語るものだろう?」とガゼフは呆れる。
「あぁ。今度、姪にもこの話をしてやろう。でだ、俺は考えた訳だ。その操舵をしていたエルダーリッチを倒せば、その船を手に入れることができるのじゃないかってな? 試して見る価値はあると俺は思っている。それでだ。問題なのは、船の速度が速すぎるってことだ。追いかけても見失っちまった。船が現れたら甲板に向かって縄付きの鉤を投げて船を人力で足止めする。その間に俺たち「朱の雫」が船に乗り込みエルダーリッチを討伐する。どうだ? 完璧だろ? だが、その作戦は、人数が必要なんだよ。頼む! 手伝ってくれ!」とアインドラは両手の掌を合わせてガゼフに頼み込む。
「どう思う? カッツェ平野から戻って来たばかりでまた彼処に行くのは、俺は嫌なんだが?」とガゼフは傭兵団の幹部達に尋ねる。
「その船と出会わない可能性も考えて、報酬を貰えれば、というところでしょうか? エルダーリッチも、「朱の雫」の方が相手して下さるのなら、危険は薄いと思います」と、ヴァレリーは提案に乗ることに前向きなようだ。
「アダマンタイトの方達ならお金の払いは良いでしょうし。それに、私達傭兵団も、一艘手に入れたらどうかしら?」とダニエラは提案に前のめりだ。
ガゼフ傭兵団長はため息を吐くのであった。