アルシェの物語〜In the Beginning was the Word〜 作:Menschsein
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「階層守護者統括アルベド……。いくつか聞きたいことがあるのだが、構わないな? アルベド」
「はい。私が応えられる事でございましたらなんなりと……。エントマ、ナザリックで治癒を受けなさい」
エントマは黙ってモモンガに一礼し、そしてナザリックへとスクロールを使って帰還する。
「帝都に現在出現している悪魔は、ナザリックの仕業なのか?」とエントマを見送りながらモモンガは尋ねた。
「はい。その通りでございます。全てはモモンガ様に偉大なるナザリック地下大墳墓へと戻ってきていただくためでございます。ナザリックの被造物全てが、モモンガ様に、忠誠を捧げるべき御方をお待ち申し上げておりました。そして私も……身を焦がすほどに、身を引きちぎる程に……狂うほどに……モモンガ様をお待ち申し上げておりました」
「アルベド……。俺は……」
「ナザリックの全ては、そして私は、モモンガ様を必要としております。どうか、私達をお捨てにならないでください。も……もし、私達を見放されるのでしたら、どうか……どうか……その前に私に自害をお命じになってください」
アルベドは両膝を地面につける。そして、頭を地面へと擦りつける。土下座であった。
「やめるんだアルベド。タブラさんが造ったお前にそんなことをさせるわけにはいかない。顔を上げてくれ……いや、早く立ってくれ」
「ご命令に背くことをお許しください。ナザリックに戻ってくると私とお約束してくださるまで、私は顔を上げません。ご不快でしたら自害をお命じください……」
「いや……アルベド」
モモンガは、アルベドの上半身を無理矢理起こそうとするが、アルベドは岩のように動かない。
「ナザリックを去られた至高の御方がた……。私を創造されたタブラ・スマラグディナ様……。どうして私をお見捨てになったのだとお恨み申し上げることもございます。ですがモモンガ様……。モモンガ様が私を捨てられたとしても、どうして私があなたをお恨みすることができますでしょうか……。モモンガ様……深く、深く、心の底からお慕い申し上げております……。そして、どうか私をお見捨てになるのであれば、どうかあなたの所有物であるうちに、どうか私に自害をお命じください……」
ナザリックを去った……。捨てた……。NPC達も俺と同じだったんだな……。そんなNPC達を俺は、捨てようとしていたのか……。それがどれほど辛いことなのか、知っているはずなのに……。
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「モモンガさん……俺の装備、どうか有効活用してください」
「あっ……いえ……。って、これはゲイ・ボウじゃないですか! 属性ダメージを与える弓……。これを造るための材料集めをみんなでしたの懐かしいですね……」
「だからこそ、モモンガさんに持っていて欲しいんですよ。このままデータが消えてしまうと思うとやるせないんです。どうか、有効活用してください! 他の装備の材料にしちゃってもよいですから」
「いや、そんなことしませんよ。でも……ほら、引退するとか言って、結局引退しない人も多いじゃないですか。また、ペロロンチーノさんの気が変わってログインした時、初期装備だと気分がでないんじゃないですか? だから、ペロロンチーノさんが持っているべきですよ! それに……」
「だからこそ……! モモンガさんに俺のゲイ・ボウを託したいんです。どうか、有効活用してください……金貨もアイテムも全部渡しておきますね」
「ペロロンチーノさん……」
「どうぞ受け取ってください。ちょっと蘇生アイテムだけ別で使う予定があるのですが、それ以外の全部です」
「蘇生アイテム? もしかして、引退前のお祭りとして、どこかのギルドに特攻をかけたりするおつもりですか? それならば、付き合いますよ? ペロロンチーノさんが超々遠距離攻撃をして誘き出して、そしてプレイヤーが群がってきたところで、
「この前は大成功でしたもんね! ですが……ちょっとNPCの装備とかを最後に整えておきたいので……」
「そうですか……」
「あと、これですね。リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン……」
そっと、ペロロンチーノはその指輪を外す。
「それは別に……」
「いや、百個しかないのですから……。もしかしたら、ギルドメンバーも今後増えるかも知れませんし」
「それは考えにくいと思いますが……」
ペロロンチーノは、その指輪をモモンガに差し出し続ける。モモンガは、諦め、そしてしぶしぶながらそれを受け取る。
「本当に、モモンガさんがギルド長でよかったです。それに、最後だから言いますが、もし俺に、姉だけでなく兄もいたなら、モモンガさんのような兄がいたらよかったな、とずっと思ってました。ユグドラシルでも、モモンガさんが目標で、いつかモモンガさんを倒したいなんてちょっと思ってました」
「な、なんか照れますね……」
「ほんと、ずっとそう思ってました。……って、俺までなんか恥ずかしくなってきた……。じゃあ、そろそろ、第二階層に行きますので! モモンガさん、お元気で!」
「ペロロンチーノさんも!」
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ペロロンチーノがホームポイントである
「最後にそれはずるいですよ、ペロロンチーノさん……。それに…………魔法職の俺がゲイ・ボウを活用できるはずなんかないじゃないですか……
モモンガは、コンソールを操作し、ゲイ・ボウを装備し、弓を構える。
「やっぱり骸骨にこれ似合わないですよ……。パンドラ、ペロロンチーノさんの姿に……。そしてこれを装備しろ」
モモンガの横に黙って立っていたパンドラズアクターは、その指示に従う。
「やっぱり、ペロロンチーノさんじゃないと似合わないよな……」
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みんなが去っていく……。置いて行かれる……。残された者がどれだけ辛いか、充分過ぎるほど知っていた、体験していたつもりだったのにな……。あんな寂しい思いは、させられない……。
「アルベド……。約束しよう……。俺は、ナザリックを見捨てたりはしない。不安にさせてすまなかったな」
「モモンガ様……心より感謝申し上げます」
「よし。そうと決まれば、まずは撤退だな……。悪魔たちを撤収させろ」
「畏まりました……。それと、すでにデミウルゴスから、この帝国の皇帝とやらを支配したという報告が既にございましたが……」
「あの皇帝か……性格がねじ曲がっている感じだったな……。もっと市民思いの皇帝の方がよいんじゃないか?」
「その点に関してはご心配ないかと。すでに、デミウルゴスが人格を矯正済みとのことです」
「そうか……。それなら良いか……。あと、俺は世話になってる人達に、世話になったお礼と別れの挨拶をしなければならないな……」
ナザリックに戻る。それは、冒険者モモンとしての生活が終わりを告げたことを意味している。
「お供してよろしいでしょうか?」
「あぁ、構わないぞ、アルベド」
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モモンガはモモンの姿へと戻り、そして神殿へと向かった。妹を助けにいったアルシェも神殿に行くはずである。また、神殿の外を守っていたニグンも、神殿の中で治療を続けていたレイナースは神殿にいるはずであるからだ。
悪魔が消えた帝都の大通りは、喜びの歌で一杯であった。だが、神殿は怪我人の治療で大忙しであるようだ。モモンは、神殿で忙しそうに働いている人に、ニグンの居場所を尋ねる。
「そうか……。アルベド、ここで待っていてくれ」
モモンは、神殿の前で待機するようにアルベドに伝え、そして神殿の奥へと入っていく。
ニグンは、重傷で有りながらもベッドで治療を受け、一命を取り留めたところであった。
「ニグン殿、ご無事で!」
ナザリック地下大墳墓の者たちが引き起こした事件であるというに後ろめたさを感じつつも、モモンはニグンが生きていることにほっとした。
「モモン殿も! 悪魔は去ったようですね! 私はなんとか命を持ち堪えることができましたよ。それに……。多くの人の命が失われたとは言え、私には、進むべき道が見えた気がします」と、ニグンは瀕死の重傷人とは思えない、輝いた目でモモンを見つめる。
「進むべき道ですか……。奇遇ですね……。私も見つけました……。ニグン殿の進むべき道を、よろしかったら聞かせていただけないでしょうか?」
「もちろんです。私がこの道を見つけることができたのは、モモンさんのお陰でもありますからね!
バッカスの酒蔵で、私達法国の神官は、六大神様たちが言われた、『人類よ、繁栄せよ』という言葉を実現するために命を捧げているという話をしましたが、憶えていらっしゃいますか?」
「もちろんですよ」
「しかし、今回の帝都の出来事で、私は、正義の殿堂にいたる情熱的に働くスレイン法国の仲間に言わなければならないことができました。
実は今回、神殿に逃げ込んだ人々を悪魔から守る際に、
私は自分の無力に打ちのめされました。人間とはかくも儚く弱い存在なのかと。ですが、希望はあります。
私は気付きました。モモン殿が気付かせてくれました。
確かに六大神は、『人類よ、繁栄せよ』とおっしゃられました。しかし、果たしてそれは『人類』だけの繁栄であるのでしょうか。『人類よ、繁栄せよ』と六大神は確かにおっしゃられた。しかし、『他種族を滅ぼして、人類が繁栄せよ』とはおっしゃられてはいない。
スレイン法国は、そして私は、六大神の言葉を誤解し、誤った方法で、神の言葉を実現しようとしていたのかも知れない。
私はそう思うようになりました。
すべての種族と敵対する必要などありません。
他種族の運命は、私たち人類の運命と結び付けられているのかもしれません。
そして、人類の安全は、他種族の安全と分かちがたく結びついていると認識するようになりました。
私たち人類は、単独で歩くことはできないのではないか。
他種族と共に歩いてこそ、『人類よ、繁栄せよ』という六大神の言葉を実現できるのかもしれない。
そして私は、そんな世界を夢見るようになってしまいました。
私には夢ができました。
私には夢がある。
アベリオン丘陵の赤土の丘の上で、人類と亜人種が、同じ同胞として同じテーブルにつく日が来るという夢です。
私には夢がある。
アゼルシア山脈の高き
私には夢がある。
今、抑圧の炎で焼かれるこの世界が、安全なオアシスに生まれ変わる日が来るという夢です。
私には夢がある。
いつの日か、目下のところビーストマンに侵略されようとしている竜王国でさえ、将来いつの日か、幼い人類の少年少女たちが、幼いビーストマンの少年少女たちと兄弟姉妹として手に手を取ることができるようになるという夢です。
私には夢がある。
リ・エスティーゼ王国とバハルス帝国が互いに手を取り合い、そして貴族同士の争いや麻薬の販売などではなく、人類の安全という崇高なる目的に向かって共に歩むという夢です。
私には夢がある。
アーグランド評議国とスレイン法国がお互いを信じ、共に協力体制を築いていくという夢です。か弱き人間と最強の種族である
これが私の夢です。そして、消えることのない希望です。
この信念を持って、私はスレイン法国に戻ります。
この信念をもってすれば、絶望の山からも希望の石を切り出すことができると信じています。
この信念をもってすれば、スレイン法国とエルフ王国との間に鳴り響く不協和音を取り除き、素晴らしいシンフォニーを生み出すことができます。法国はエルフ王国との争いをやめるべきです。互いに長く戦争をし、不毛な消耗を続ける必要などありません。
この信念をもってすれば、いつの日か安全な世界が来るのだということを信じて、人類と他種族は共に働き、共に祈り、共に闘い、共にお互いの繁栄のために立ち上がることができます。
無謀な夢だと人は私を笑うかも知れない。けれど、幸いなことに前例もあります。「口だけの賢者」は、食料としか見なされていなかった人間の地位を向上させた。単なる食料から労働奴隷階級という、人間にとっては不満が残る結果であるかも知れません。しかし! それは大きな一歩です。そして、対等な関係として共に手を取り合える可能性を示す希望の光です。「口だけの賢者」は便利なマジック・アイテムを我々に伝えてくれた。しかし、それらのアイテムよりも、もっと大いなる遺産を、私達人間に残してくれていたのです。
この夢は、決して夢物語ではない。
そしてその日が来れば、その日が来れば! 六大神の宣言された『人類よ、繁栄せよ』という言葉は成就し、その言葉が書かれた金板は金貨となり、すべての人類、いやこの世界の生けるすべての種族にその金貨が遍く行き渡るでしょう!
私は、この自分の夢を信じて、進んで行こうと思います。困難な道なのは分かっています。ですが、諦めずにこの夢を実現するために歩んで行きます。
モモン殿! この夢のきっかけをくださったのは貴方です。あのカッツェ平野で私は命を助けられた。そして、亜人の人々も共に埋葬した。モモン殿は私に問いかけました。
『人間だろうと、亜人であろうと、死は誰にでも平等に訪れます。死を迎えた後では、もはや人間も亜人も同じではありませんか?』と。
まさしくその通りです。そして、私は気付きました。死が誰にでも平等に訪れるのであれば、命もまた平等ではないのかと。そして、人類だけではなく、
「お礼を言われるようなことではありません。当たり前のことを言っただけです。ほんとうに……」
「流石はモモン殿だ。私たちスレイン法国の人間が、六百年もの間、気付けなかったことを、当たり前とおっしゃる! やはり貴方はすごい人だ」
「いえ、恐縮です……。ですが、ニグン殿。一つ、お願いがあります」
「お願いですか? 私の出来ることなら何でもしますよ。他ならぬモモン殿の頼み事です」
「人類種、亜人種に加え、異形種もニグン殿の夢に加えていただけないでしょうか。人間種と亜人種だけが手を取り合うのではなく、人間種と異形種も共に手を取り合うことができる。異形種という理由だけで、殺され、追われる者もやはりいるのです」
「人間種と異形種ですか! やはり、モモン殿は大きい人だ。悪魔にこの帝都が襲われたばかりだというのに、遙か先の人類の希望を見つめている……。分かりました。亜人種とよりも遙かに困難な道のりですが、私はその夢を夢見ましょう。時間がかかり、私が生きている間には実現できないかもしれない。けれど、私はそれを夢見て諦めません。モモン殿、約束します」
「ありがとうございます。ニグン殿が夢を実現する日を私も心待ちにしています」と、モモンはベッドに横たわっているニグンの手を取り、固い握手を交わした。
「ニグン殿。そんな壮大な夢があるなら、いつまでもベッドに寝ていて良いのですか? そろそろ包帯を替える時間ですよ。それに……できれば、ポーションを飲んで早く元気になってくださいな」と、包帯などの医療道具を抱えたレイナースさんが言った。ニグンとモモンの話を途中から聞いていたのだろう。
神殿の中にはまだまだ怪我人が溢れている。レイナースさんは未だに多忙だ。
「レイナースさん、ありがとうございます。ですが、帝都では
「ニグン殿は、頑固者ですわね」とレイナースは、ニグンの上半身を起こし、服を脱がす。そして、血の滲んだ包帯を外し、そして清潔な布で一旦身体を拭く。そして、真新しい包帯をニグンの身体に巻いていく。
「頑固者ですか……。しかし……、それに……。もしかしたら、“白衣の天使”レイナさん。いや、レイナース・ロックブルズ女史! 私は……あなたにこうやって看病される……。いや、ずっと一緒にいたいという気持ちが私の中にあります……。それがポーションを飲むことを避けさせているのかも知れません。こうやってあなたに手当される。それが嬉しくないと言ったら嘘になります。
崇高な夢を説きながらも、なんと身勝手な自分なのでしょう。己の小ささを思い知るばかりです……。ですが……レイナース・ロックブルズ女史! 私と結婚していただけないでしょうか? 法国の神官は給料も低い。
私は法国の考え方を変えます。その為に、私は神官長を目指します。神官長になったら、給金などあって無いようなものとなるでしょう……。あなたに楽な生活をさせることなど、それこそ夢のまた夢です。そして私はこれから世界を飛び回ることになるでしょう。そんな私ですが、結婚をしていただけないでしょうか?」
包帯を巻いていたレイナースの右手をニグンは両手で握りしめる。そして、ニグンはレイナースを真っ直ぐ見つめている。
レイナースはモモンを見た。
モモンは、レイナースは結婚の申込をされて恥ずかしがってニグンを直視できないのだろうと思う。また、自分がこの場にいては返事がしにくいのだろうかと心配になる。自分はお邪魔虫で、この場を早く立ち去ったほうが良いのか、と思案する。
モモンは、俺がこの場にいることは気にしないでくれと、首を縦に必死に振る。
沈黙が続いた。
「条件があります……」とレイナースは数十秒の沈黙の後、口を開いた。その間、ニグンは真剣な表情でレイナースを見つめていた。
モモンは、自分がこの場にいて良いのか、立ち去った方が良いのか、どうすれば良いのか答えが出せないままその時を過ごした。
「たまにはで良いですから……私を連れて釣りに行くこと。そして、私たちに子供が出来た時は、子供にもちゃんと釣りの仕方を教えること。
「えぇ。もちろんです! 私の名と私の信仰する神にかけて誓わせていただきます!」
「それでは……。私も、喜んで“
モモンは、固く抱き合い、熱い接吻をしている二人に小声で、「お幸せに。心から祝福しますよ」と言って、静かにその場を立ち去ったのであった。
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神殿の外へモモンが出て、神殿の外で待機していたアルベドに「待たせたな」とモモンが言った時、ちょうどアルシェが右肩を父に、左肩をジャイムスに貸しながら、神殿の入口を登る階段を登っているところであった。
怪我人がいると気付いた人々が、アルシェに手を貸し、父やジャイムスに治療を受けさせるべく、神殿の奥へと運んでいく。そして、父が心配なのか、母も妹たちもその後に続いていった。
モモンとアルシェ。そして、静かにモモンガの背後に立つアルベドだけが残された。
「アルシェ、無事だったか」
「うん……。モモンも無事で良かった。悪魔、退治してくれたのはモモンだよね。神殿に向かいながら、“釣りは要らないモモン”が悪魔を追い払ったって、みんなが口々に喜びながら言っていたのが聞こえたよ。凶悪そうな悪魔と一騎打ちして、悪魔を追い払ったって……。モモンはやっぱり凄いよ」
アルシェは、神殿の入口へと登る階段の途中で足を止め、階段の上にいるモモンを見上げながら言った。
「まぁ、運が良かったということだな……。それでだ、アルシェ、お前に謝らなければならないことがある……」
「私も、モモンに謝らないといけないことがあるんだ……」とアルシェも口を開いた。