アルシェの物語〜In the Beginning was the Word〜 作:Menschsein
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<帝都南門前>
金と紫色で縁取られた、豪奢な漆黒のアカデミックガウンを羽織った、剥き出しの頭部には皮も肉も付いていない骸骨。ぽっかりと開いた空虚な眼窩には、赤黒い光が灯っている。頭の後ろには後光が射している。
その姿は、ユグドラシルでその名を轟かせていたギルド”アインズ・ウール・ゴウン”のギルド長、モモンガの姿であった。そして、ナザリック地下大墳墓に住まう全ての被造物の忠誠をその身に一身に受ける存在の姿であった。
そして、"
スッと、突如として眠気が襲い眠ってしまったかのようにイビルアイを除いた”蒼の薔薇”のメンバーは眠りについた。永遠の眠りに……。
「ま、まただ……。こ、このか、感覚だぁ……」
吸血鬼として即死耐性を備えたイビルアイの心臓を、誰かががっちりと握り掴んだ感覚。イビルアイはこの感覚に憶えがあった。カッツェ平野で冒険者モモンにされた攻撃と同じだ。握られた心臓。カッツェ平野のように服の上からではない。直接肌に触れられるということを通り越して、自分の臓器を直接触れられる。
時間が流れ始め、イビルアイの身体に一気にその快感が押し寄せる。
未発達の乳房の乳首に血液が集まり、隆起する。胸当ての下に柔らかい布を当てているにも拘らず、乳首が布と擦れて心地よい。未通の膣穴は、何かを招き入れようと、何かを奥へ誘おうとするが如く、伸縮を繰り返しながら液体を分泌し続ける。子を孕むという機能を失った子宮は、第二の心臓になったかのように鼓動を始め、その鼓動と同時に腰に電気が走り立っていることができない。
イビルアイの理性を焼き切りそうであった。イビルアイも、他の”蒼の薔薇”のメンバーのように地面へと俯きに倒れた。他のメンバーと唯一違う点は、他のメンバーは微動だにしないが、イビルアイは頭から爪先まで痙攣し、まるで陸に揚げられた魚のようであることであろう。
「大丈夫か……。エントマ?」
倒れているイビルアイとそして亡骸となった”蒼の薔薇”をまったく相手にせず、モモンガは傷つき倒れたエントマを抱きかかえる。
「アァ、御手デ抱キ抱エラレルナド……」
昆虫の表情となってモモンガには理解出来ないが、今のエントマの表情は、
「いや、助けるのが遅くなってしまった。済まないな」
「モモンガ様ガ謝罪サレル事ナドアリマセン!!」
「いや……。遅かったさ。それにその声……。源次郎さんから貰った大切な声だったのだろう?」と、モモンガはイビルアイによって踏みつぶされた口唇蟲を悲しそうに眺める。
モモンガは、源次郎さんが数千種類もあるVOICELOIDの音声を聞き比べて、どの声がエントマ・ヴァシリッサ・ゼータのイメージにピッタリであるか、試行錯誤を繰り返していたのを知っていた。それに、NPCであればナザリックに戻れば復活は可能であろう。だが、口唇蟲は復活などの対象に含まれているか分からない。自分の決断の遅さによって、大切な仲間が選び抜いて作った口唇蟲が永遠に失われてしまった可能性がある。
「コノ声ハオ耳障リデショウカ」
「ははは。そんなはずないだろう? 私はその声も嫌いではないぞ?」
源次郎さんが作ったNPCの声。それをモモンガが不快だと思うはずもなかった。
「アリガトウゴザイマス!!」
「エントマ……。お前には償いをしないといけないな。望む物を言え……。できる限りで応えよう……」
「モッタイナキ御言葉……。出来レバコノ子娘ノ声ヺ私二……」
「ん? こいつか……。確か、イビルアイだったな。死んでいないのは、吸血鬼だったからか……。だが、こいつの声なんかで良いのか? 源次郎さんお手製の口唇蟲と、こいつの声では釣り合いが取れないように思うのだが? 遠慮することはないぞ?」
「遠慮ナドシテオリマセン。モモンガ様ガ戻ッテキテ下サッタ。ソノ事ダケデ至高ノ喜ビ……。欲深イ私ヺオ許シクダサイ……」
「そんなに畏まるな。私から言い出したことだ。だが、それがお前の望みならばそうしよう。エントマ、口唇蟲を出せるか?」
「ハイ」
モモンガは粘着質の液体を纏ったくねくねと動く口唇蟲をエントマから受け取り、声を奪うべく俯せになっているイビルアイを乱暴に仰向けにさせた。
イビルアイは、粗雑に仰向けにされたことに快感を感じつつ、虚ろな瞳でモモンガを見つめる。自分では勝つことができない圧倒的な存在。邪悪なアンデッド……。そして……イビルアイはそのモモンガの姿に見蕩れる。
《な、なんて立派な頭蓋骨……。それに肋骨なんだ……》
自分が”国堕とし”という二つ名を背負うことになった事件。すべてがアンデッドとなった国で百年以上過ごしたが、これほど見事な骨は見たことがなかった。
「しゅ、しゅごぃ…………」と、呂律の回っていない舌でイビルアイはそう呟く。さらなる快楽を期待しながら……。もはや、他の仲間の事などイビルアイの思考の片隅にも存在してはいない。
「ちっ! こいつ、舌をネチョネチョと動かして、口唇蟲が入るのを抵抗している……。しぶとい奴だな。それに、口唇蟲が咬みきられてしまうのも問題だな……。エントマ、俺が顎を押さえておく。口唇蟲を入れてくれ……」
「ハイ。モモンガ様」
口唇蟲。声帯を奪う蟲。その蟲には生物として生き抜く為の特質が存在している。それは、その声を奪う主が抵抗をしないように、口唇蟲は常にその身体の表面に粘着質の物質を分泌している。その粘着物質の性質は、――媚薬に例えられるが——たとえ声帯を奪い取られるという激しい痛みが伴うものでさえ、快感として感じてしまうのだ。それによって、一旦口の中に潜り込んだ口唇蟲は、抵抗を受けることなく難なくその宿主から声帯を奪えるのである。
そして、モモンガは、イビルアイの抵抗力を奪うために、
モモンガによって顎と
吸血鬼といえど、全身の感覚を司っているのは脳であった。その額と顎から負のエネルギーを同時に流し込まれたイビルアイの脳は、その快楽を全身に伝えていく。
イビルアイの脳天から股間の辺りまで背筋を伝って電流のようなものが連続的に走り抜け、大きく身を震わす。子宮頸が伸縮し、膀胱を容赦なく圧迫していく。子宮からの圧迫と膣の痙攣。その刺激を同時に受けた膀胱と尿道から液体が押し出されていく。尿道括約筋まで緩みきってしまったイビルアイはそれを防ぐ手立てはなく、膣液でネットリとした下着をさらに濡らしていく。生理現象が止まっていたイビルアイにとっては、数百年ぶりの刺激であった。
「れろれろろろろぉぉおぉぉぉぉぉおおおおお《私の喉が犯されている。き、気持ちが良い……》」
口唇蟲は、すぐに自らが食す対象である声帯を発見し、イビルアイの器官へとうねりがら進んで行く。口唇蟲はうねりながらまず、イビルアイの
「いひぃぃぃいいいいぃいいいいい《波、波がきたぁぁぁっぁぁぁっつぁぁぁぁ》」
口唇蟲が蠢いたことによって腔内に撒き散らされた粘液。
「すぴぃぃぃ—。すぴふ——」
喉元を食い破って外へと出てきた口唇蟲によって大きな穴が開いている。空気から外へと送り出される空気は、口へとは向かわず、その穴から漏れ出す。そして、北風が窓の隙間から吹き込むときのような音がイビルアイの身体から漏れる。
「モモンガ様、この声は如何でしょうか?」と、エントマはイビルアイの声の口唇蟲を自らに装備して満足そうに言った。
「お前の声なら、どんな声でも好きだぞ、エントマ」
「……。ありがとうございます……ぐぅぅぅぅううう」
敬愛するモモンガに”好き”と言われてしまったエントマ。喜びと緊張のあまりお腹を鳴らしてしまった。
「気にすることはないぞ、エントマ。こいつらアダマンタイト冒険者だ。死体が発見されるよりは、行方不明の方がなにかと都合がよいだろう」
「で、でも、腐肉はちょっと……。眷属たちなら喜ぶと思うのですが」
「吸血鬼はそうか……。あっちのも好きにすると良い……。あいつらは人間だろう」
「感謝致します。あっちの死体は冷めないうちに皆で食べさせていただきます」
エントマがモモンガに対して、エントマの足下から溢れ出した蟲が、イビルアイに群がる。腐乱した肉を特に好むエントマの眷属たちだ。
「シュプ。シュピー、フゥーーーー」
蟲たちが最初に群がったのは、真紅の瞳が特徴的なイビルアイの眼球であった。柔らかくゼラチン質で、蟲たちが好む場所だ。そして、目に埃が入れば涙が出るように、眼球は痛みに対して敏感な部位である。今のイビルアイにとっては、痛みが感じやすい場所は、陰核や乳首のように性的な感覚が敏感な場所と同様、いや、それ以上の効果があった。
「シュプ。シュぽっ。しゅしゅしゅうぽうぽうぽ」
眼球を無数の蟲たちによって削り喰われていく快感にイビルアイの理性は悶絶する。むしろ、視覚が遮断されたことにより、快感に対する感覚が鋭敏になったと脳内で喜び踊る。出遅れた蟲たちは、耳の穴から入り込み、鼓膜を破り渦巻き管を食し、イビルアイの聴覚を奪う。上質な生の
イビルアイは、幸せであった。視覚を失い、快楽により身を委ねられる。味覚を失い、快楽という名の極上の美味を味わうことができる。聴覚を失い、自らの快楽に心から耳を傾けることができる。嗅覚を失い、快楽の花園から漂う香りを堪能することができる。
眼球を食い尽くした蟲、舌を、耳を、鼻を食い尽くした蟲たちが次に食する所は、柔らかい脳みそであった。数百年という長い歳月を生きて溜め込んだ知識。発達した大脳新皮質とシナプス系統。蟲たちにとって最高の食事であった。
そして、イビルアイは意識が途切れる最後まで、快楽の絶頂の中にいた。イビルアイが生きた二百数十年という長き歳月。楽しいことばかりではない人生であったが、自分の人生は、この悦楽の為にあったのだと焼き切れた理性はそう最後に結論を下したのであった。
・
弱肉強食という自然の摂理を眺めていたモモンガの背後から透き通る美しい声がきこえた。
「お帰りなさいませ……。モモンガ様」
モモンガが振り返ると、そこには角の生えた
「アルベドか?」
「左様でございます。尊きそのお声でまた私の名前を呼んで戴ける日を心待ちにしておりました……」