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大魔王様の街づくり 作者:月夜 涙(るい)
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第一話:大魔王様と【無限に進化するスライム】

 転移独特の奇妙な浮遊感からやっと解放される。

 どこかに飛ばされたのは理解できているが、どこかなんてわからない。

 幸い、地面の感触があり、痛みらしきものはなく呼吸ができている。

 すなわち、即死するような環境ではなかったようだ。


「運が良かったな」


 ここまで長く転移独特の浮遊感を感じたのは初めてだ。

 そもそも、転移というものは自身のダンジョン以外で使う場合には陣を設置し、陣と陣の間を飛ぶ能力にすぎない。

 こうして、事前準備なしにどこへでもとばせるのは驚異的だ。

 魔王の特殊能力というのは伊達ではないらしい。


「……にしてもきつい」


 経験したことがない超長距離転移をされたせいか、ひどく体調が悪い。

 いわゆる転移酔いという奴だろうか。

 世界が揺れているような感じがし、嘔吐してしまう。

 何をするにしても現在地を特定しないといけない。


 周囲を見回す。

 しかし、当然ながらどこにいるのか検討もつかない。

 濃い緑の匂いがする。

 わかったのは、ろくに誰かの手も入っていない深い森ということ。


 そして木々の種類を見る限り、俺のダンジョンにして街であるアヴァロンとは別大陸であるということぐらい。


「……クイナたちとのつながりもか細いな」


 あまりにも離れ過ぎて、魂が結びついた【誓約の魔物】たちとのつながりすら消えてしまいそうなほど薄く感じる。


 それでも、ちゃんと繋がっていて安心した。

 きっと、クイナたちもそれを感じ、俺が生きているとは気付いている。


 クイナたちは俺が生きていると知れば、全力で俺を探すはずだ。

 アヴァロンの魔物が総出で探せば、どれだけ離れた場所にいようと、いつかは見つけてくれる。


 俺がいない間は、歴戦の魔王であり恋人の【獣】の魔王マルコシアスと、参謀を務める黒死竜ジークヴルムのデュークがアヴァロンを守ってくれるだろう。


 ……ただ、それにも限界がある。

 魔王大戦なんて事態になれば、俺がいないとどうにもならないことも多い。

 おそらく、ここからでも【魔王の書】は使い、ダンジョンを操れる。


 だが、通信手段がなく向こうの状況もわからないまま、ダンジョンに手を加えるのは自殺行為だ。

 木によりかかりながら方針を考える。


「第一目標は安全に過ごすための環境を手に入れる。第二目標はアヴァロンとの通信手段確保。第三目標はアヴァロンへの帰還か」


 それしかないだろう。

 なんとか通信手段が取れても、魔物たちが俺を迎えにくるにはそれなりに時間がかかる。

 ゆえに、まずは安全地帯の確保が重要だ。

 こうして、深い森の中に一人というのは安全にはほど遠い。


 胃の中がからっぽになるまで吐いたが、転移酔いは回復する気配がない。

 それでも、安全な寝床を見つけるために歩き出す。


 護衛になる魔物を呼び出そう。

 クイナたちからは引き離されたが、魔王の能力、魔物を十体まで異空間に保存しておく【収納】の中には、頼れる魔物が存在する。

 彼らがいれば、深い森の中で遭遇する獣程度は恐れる必要はない。


「ちっ、だめか」


 しかし、魔王の力が散らばり魔物が呼び出せない。

 ひどい転移酔いのせいで力を制御できにあ。

 それどころか、こうして歩いているだけでもひどく苦しい。

 このまますぐにでも意識を手放してしまいたい。

 だけど、それは危険すぎる。

 たしか、エンシェント・エルフが作った秘薬があったはず。

 疑似世界樹に実った林檎で作ったポーションだ。

 あれを飲めば回復するだろう。

 上着のポケットからポーション瓶を取り出す。そんなときだった。


 誰かの泣き声が聞こえた。

 かなり距離が近い。そちらに向かって歩いていく。

 少女が二人いた。

 獣人か、魔物かはわからないが、キツネ耳とキツネ尻尾が生えた少女たちだ。


 二人はよく似ている、姉妹だろうか?

 十歳ぐらいの小さい子が、頭から血をだらだらと流し、十代半ばの少女が必死の形相で傷口に布を押しあてて泣き叫んでいる。


「----------------!」


 彼女たちの言葉が理解できない。

 ……俺の街、アヴァロンがある大陸で主要言語と呼ばれているいくつかの国の言葉、商業でかかわりがある国の言葉は習得しているが、これは知らない言葉だ。

 だけど、何を叫んでいるかはわかる。


『妹を助けてくれ』


 あそこまで深い傷だと、そう長く持たない。

 しかし、俺が飲もうとしているポーションがあれば助けられる。

 問題は、このポーションが一つしかないこと。

 ひどい頭痛と眩暈が続いている。

 これを飲まなければ、いつ倒れてもおかしくない。

 いかに魔王の俺とて、こんなところで意識を手放せばどうなるかはわからない。

 あの姉妹を見捨てて、自分でこの薬を飲むべきだ。

 これを飲めば、体調は戻り、頼りになる魔物を呼べる。

 だけど……。


「どこか、クイナに似ているんだよな」


 一番最初に創り出した魔物にして、もっとも信頼する彼女に似ていた。

 キツネ耳と尻尾もそうだが、なんというか全体的に。

 見捨てるにはあまりにも忍びない。

 ああ、甘い。

 魔王らしからぬ甘さだ。

 人間と魔物が共存する街なんてものを作っているせいか、こういう甘さが俺にはある。

 でも、それもいい。そんな俺だから、あの魔物たちも慕ってくれている。

 姉妹のもとへ向かう。

 姉のほうが俺に向かって何かを叫ぶ。言葉は相変わらずわからない。


「薬だ。これを飲ませれば傷は癒える」


 逆にこちらの言葉も伝わらない。

 彼女に薬を見せつけ、ボディランゲージで妹に飲ませれば、傷が治ると伝えるために四苦八苦する。

 なんとか伝わったのか、姉が俺に縋りついてくる。

 頷き、黄金リンゴで出来たポーションを飲ませる。

 疑似世界樹の果実を使って作られたポーションは瀕死の重傷すら、容易く治してしまうほどの力を持つ。

 だが、口元に流し込んでも飲むことができず、こぼれていくだけ。

 ……仕方ない。ポーションを口に含み唇を合わせて流し込む。

 淡くて、優しい光が少女を包んで傷が塞がっていく。

 しばらくすると、きょとんとした顔で、妹のほうが起き、姉が抱きしめて、わんわんと泣き出す。


 とりあえず、良かった。

 ただ、問題があるとすれば、さきほどから視界がぐるぐる回って、頭がずきずきとして、もう立っていられないことぐらいにボロボロだということだ。

 その場で、膝をつき、倒れる。

 もう、意識を保っていられない。

 やっぱり、あの薬をこの子に使ったのは迂闊だった。


「俺は、その子を救った。恩を返せ、俺を世話するんだ」


 最後に声を絞り出す。

 きっと通じていない。

 この姉妹が、命の恩人を見捨てないことを祈っておこう。


 ◇


 目を覚ます。

 周囲を見渡すと、木でできた建物にいた。

 どうやら、あの姉妹は恩人を見捨てるほどの薄情ものではなかったらしい。


 俺が着ていた服は消えており、代わりに木綿で出来た服が着せられている。

 薄いガウンとでも言えばいいのだろうか? 

 あまり上等な素材とはいえず、センスも良くないが、とても手間をかけて丈夫に作られ、大切に使われている服だ。


 そう言えば、東のほうにある小国から流れてきたキモノというものに良く似ている気がしている。

 姉妹もそういう服を着ていた。

 体を起こす。

 すると足音が聞こえた来た。

 森で会った姉妹の姉のほうだ。


「----------------」


 相変わらず言葉は理解できない。

 だが、俺を心配しているのは伝わってくる。

 彼女の手には、木製の器があり、中には粥と漬物があった。

 それを口元まで運んでくる。

 口に含むと彼女が微笑んだ。


 可愛い子だ。クイナと似ていると感じたが、クイナよりもずっとおしとやかで女の子らしい。

 食べ終わると、彼女は頷いて去っていった。

 どうやら、しばらく面倒を見てくれるらしい。


「とりあえず、寝床は確保できたか」


 アヴァロンの魔物たちに連絡を取り、迎えにくるまで、ここで過ごせそうだ。

 気まぐれで、あの子を助けたのは間違いじゃなかった。

 彼女がいなくなってから、体のセルフチェックをする。

 魔力も魔王の力も淀みなく流れている。

 ようやく転移酔いから解放されたようだ。


【収納】から、魔物を取り出す。

 呼び出すのは、何かあったときに用意していた切り札。

 Sランクの魔物、究極の汎用性と対応力をもった名前持ち。

 青く透き通る半透明の体をした雫型のスライム。

 彼女は無限に進化するスライム、エヴォル・スライムのシエル。


「ぴゅいっ! ぴゅいっ、ぴゅぴゅう」


 すりすりと半透明の体を擦り付けてくる。


「シエル。そういうのはいい、かなりまずい状況だ。早く、話せる姿になれ」

「ぴゅいっさ!」


 シエルがジャンプする。

 そして空中で一回転すると、青髪の十二歳ぐらいの少女になった。

 目がくりっとして無邪気そうな可愛い子だ。


「魔王様、【収納】されている間も外のことは見ていたので、だいたい事情はわかっているのですよ! このシエルにぴゅいっとお任せを!」

「頼む……おまえなら、大抵の状況はどうにでもできるだろう」

「ぴゅふふふふ、このシエルはアヴァロンにて最強なのです!」


 否定はしない。

 数十秒だけでいいのなら、シエルはどんな魔物も凌駕する。

 まあ、その数十秒を耐えられれば他のSランクの魔物には蹂躙されるしかないのだが。


「アヴァロンに連絡を取りたい。手段は問わない……【完全模倣パーフェクト・トレース】の発動を許可する」


 エヴォル・スライムのシエルが誇る切り札の解放を告げる。

 一度使うとしばらく使用できない技のため、俺の許可なく使うことができない能力だ。

 そして、これこそがシエルが究極の対応力と汎用性を持つ所以。


「やってみるのです! ……じゃあ、エルダー・ドワーフのロロノ様になりますね。ロロノ様なら、アヴァロンの人工衛星とリンクできるはずです。この星のどこにいようがアヴァロンと連絡が取れますよ!」

「やってくれ」


【誓約の魔物】の一体。

 世界最高のドワーフ、エルダー・ドワーフのロロノは、ついには人工衛星なんてものを作り上げた。

 その人工衛星を三か月前に三機ほど打ち上げている。


 あれにアクセスするには通常は専用機材が必要だが、創造主かつ管理者たるロロノだけは機材を使わずにリンクできる。

 そして、ロロノにできるということは【完璧模倣パワフェクト・トレース】を発動した、シエルならできる。


 さっさとアヴァロンに連絡を取るとしよう。

 ……この星のどこにいようと連絡が取れるはず。

 だけど、なぜか妙な不安があった。

 いや、気にし過ぎだ。


「さあ、魔王様、ぴゅいっとお外にいきましょう」


 シエルに手を引かれて外に行く。

 久々に【完全模倣パーフェクト・トレース】を見せてもらおう。


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