プロローグ:大魔王様は転移する
創造主の居城、パレス魔王にやってきた。
ここで開催される【夜会】に参加するのは三回目だ。
新人魔王として顔見せにやってきたのが一回目。
去年の今頃に新人期間を終えて一人前の魔王として参加したのが二回目。
今回の【夜会】でも、多くの魔王が談笑しながら、食べきれないほどに用意された酒や料理を楽しんでいる。
一人ひとりが、ダンジョンを支配する超常の存在とは思えないほど、平和的な光景だ。
「去年と違ってゆっくりできそうだ。……いや、逆か。もっと面倒になるかも」
去年、すべての魔王が集まる【夜会】で自らを中心とした新派閥の結成を宣言した。
……生まれて一年の魔王がそんなことをすれば、旧い魔王たちの反感を買うが、俺にはそれを押し通す力があり、最強の三柱のうち、【獣】の魔王マルコシアスが俺を支持し、【刻】の魔王ダンタリアンとの同盟があるからこそ受け入れられた。
もっとも、けっしてこの一年は穏便に過ごせたわけじゃないが。
出る杭を打とうとするものは後を絶たなかった。
「おとーさん! パレス魔王の料理は相変わらず美味しいの!」
「ん。同感。アヴァロンのほうが純粋に美味しい料理は食べられるけど、ここのは不思議な感じがする」
「自然じゃないんですよね。なんか、創られたって感じがします」
十代後半ぐらいの明るく活発そうなキツネ耳美少女、十代前半の銀髪ツルペタ美少女ドワーフ、そして信じられないほどエロい……もとい魅力的な肉付きの金髪エルフが料理を楽しんでいる。
キツネ耳少女は、天狐のクイナ。
銀髪ツルペタドワーフは、エルダー・ドワーフのロロノ。
金髪エルフは、エンシェント・エルフのアウラ。
それぞれが、俺の【誓約の魔物】であり、切り札たるSランクの魔物だ。
こうしていると、その内なる力は見せずにただの可愛らしい少女に見えてしまう。
だが、その気になれば一人で一国を滅ぼせるほどの力を持った魔物たちだ。
「相変わらず、プロケルの魔物は賑やかね」
「【夜会】でそれだけ自由気ままに振る舞えるのは、プロケルぐらいなんだな」
「久しぶりだな。ストラスもロノウェも元気そうで何よりだ」
【夜会】に参加している、魔王のうち二柱が俺に会いにきたようだ。
クールで紫よりの黒髪をしてシックなドレスを纏う美少女は四大属性の一つ【風】を使いこなす強力な魔王、【風】の魔王ストラス。
もう一人は、陽気な二足歩行で豪華な服をきたカエル、ユニークな能力をもった【粘】の魔王ロノウェ。
それぞれに魔物を従えている。
ストラスの肩には翡翠色の子竜が乗っていて、まるで騎士のように彼女を守り、ロノウェの後ろには緑色のスライムがぴょんぴょんと跳ねていた。
彼らに付き従う魔物は特別な力を持つ【創造】のメダルを使ってうまれたSランクの魔物だ。
魔物にも挨拶をする。
ストラスとロノウェの切り札である、この子たちとも知らない仲じゃない。
翡翠色の子竜、嵐騎竜バハムートのエンリルがきゅいっと鳴き声をあげ、緑色のスライム、フォビドゥン・スライムのスラ丸がその触手で握手をしてくる。
こうしてみるとなかなか可愛い。
まあ、うちの
「スラ丸がプロケルに会えて喜んでるんだな。でも、残念だな。やっぱり、プロケルが連れてきたのは【誓約の魔物】の三体、妹に合わせてやりたかったんだな」
「一応、連れてきてはいるんだが、【収納】の中だ」
【夜会】に連れてこられる魔物はたった三体まで。
魔王は【収納】という、十体までの魔物を異空間に格納し、いつでも呼び出せる能力をもっているが【夜会】では魔物を取り出すことができない。
とはいえ、【夜会】が終わると同時に何かあるといけないと考え、【収納】にはどんな状況でも対応できるように魔物を揃えてある。
その中での最強戦力が、ロノウェの連れているスラ丸の妹だ。
俺が、ロノウェに【創造】のメダルを渡した際に受け取った【粘】のメダルで生み出したSランクの魔物。
その特徴は、俺の所有する全魔物の中で最高の対応力と汎用性。
加えて、正しくその力を使用すれば、数十秒だけでいいならクイナたち【誓約の魔物】ですら圧倒できるポテンシャルを持つ。
不慮の事態に備えるなら、彼女以上の魔物はいない。
だからこそ、数少ない【収納】の枠に彼女を選んだ。
「プロケルなら、マルコシアス様を連れてくると思ったけど以外ね」
「クイナたちのうち、一人だけ留守番させたら拗ねるからな。……それにマルコは今、あれだろ」
「そう言えばそうだったね。来ないほうがいいわ」
あれというのは、非常にめでたいことだ。
まさか、自分とマルコにそういう時が来るとは思っていなかった。
「それはそうと、プロケル。最強の三柱と呼ばれるようになった感想はどうかしら?」
「まだ、実感がわかない……と言いたいところだが、【夜会】で他の魔王から向けられる視線を見て、どういうことかわかってきたよ」
かつて、全魔王の中でも飛びぬけた力を持っていた三柱の魔王、【竜】【獣】【刻】は最強の三柱と呼ばれた。
しかし、【竜】が消滅し、【獣】はある意味で魔王ではなくなったため、残るは【刻】だけになってしまった。
そこで、新たな魔王が最強の三柱になっていた。
しかし、そのうちの一柱を先日倒し、代わりにその一角に君臨することになった。
名実ともに、たった三年で魔王の頂点へと上り詰めてしまった。
……怖くはある。
最強の三柱にふさわしい力があると思う。だが、力以外に必要なものが足りなすぎる。
【獣】の魔王マルコシアスことマルコがサポートをしてくれているが、それでも足りない。
いつか、足を掬われるのではないか?
その恐怖が常に付きまとう。
こうして、友人とも言える存在がいてくれるのは大きい。
力を得るにつれて魔王の仲間が増えた。
それでも信用できる魔王はたった四柱だけ。
同盟を結んでいる相手であり、恋敵でもある【刻】の魔王ダンタリアン。
ライバルであり親友、そしてそれ以上の関係になりつつある【風】の魔王ストラス。
弟分であり、俺の理想に共感しサポートしてくれている【粘】の魔王ロノウェ。
そして、ここにはいないが頼れる兄貴分の【絶望】の魔王ベリアル。
……正式な魔王という枠から外れてもいいなら、親であり、恋人である【獣】の魔王マルコシアスが加わる。
仲間は多く増えたが、信用できるものは増えていない。
むしろ、魔王になって一年目で彼らに会えた幸運に感謝するべきだろう。
ストラスとロノウェが立ち去ったあと、次々に俺のところへ媚びを売ろうとする魔王が現れる。
……その多くが、去年は嫉妬から俺を排斥しようとしていた魔王だというのが笑える。
たぶん、こういう移り身の早さすら生き残るために必要な力なのだろう。
◇
【夜会】が盛り上がってきたころ。
魔王を生み出した【創造主】が顔を出した。
二年前は老人、去年は少年の姿をしていたが、今年は妖艶な美女の姿。
あれに容姿など意味がない。
いつでも好きに作り変えられるのだから。
「星の子らよ。今年もよく集まってくれた。また、顔を見れて嬉しく思う」
魔王たちがほっとした顔をしている。
こうして、上機嫌であれば無茶ぶりはないと誰もが安心しているのだ。
この創造主は、魔王を使って遊ぼうとする。
思い付きで、ろくでもないことを言っては魔王を振り回す。
去年こいつがやらかしたことを忘れはしない。魔王も多くの被害を受けたが、それに巻き込まれて人間の国が三つ消えたのだ。
他の魔王と違い、ダンジョンではなく街を運営している俺は、余波をもろに喰らい、なかなかの地獄を見た。
創造主は言葉を続ける。
「この二年は面白かった。おかしな星の子が生まれ、バランスをかき乱し、お祭り騒ぎが続き、見ていてまったく飽きなかった」
……そのおかしな星の子というのは俺のことだろう。
俺は強すぎた。
だからこそ、成長する前に潰そうと次々と古参魔王たちに襲われ、仲間の力を借りて打ち倒していった。
古参魔王を打ち倒すたびに、その力を奪ってより強くなっていく。
極めつきは、先月行われた新最強の三柱の一角との戦い。
あれに勝ち、俺が最強の三柱となった。
もはや、俺に喧嘩を売る魔王はおらず、積極的に派閥に入ろうとする魔王ばかりだ。
「だが、それも収束してしまって、また退屈になった。しかも、そのおかしな子は野心がない。他の魔王を自分から害そうとしないし、そういう魔王だと、他の子らも理解してしまい、あろうことか、【創造】には手を出さないのが一番いいとさえ思っている。あっ、言っちゃった。まあいいや、全員わかっているだろうし。これでは、平和で安定した日々が続く。我は退屈すぎて吐きそうだ……だから、ここらでてこ入れをしちゃう」
俺も含めて、全魔王の表情が一気に引き攣る。
この流れでろくなことを言わないのは確実だ。
「次の一年で魔王の総数を半分にすることを命じよう。もし、半数になっていなければ、次の夜会でランダムに今の半数になるまで消滅させるぞ。それが嫌なら、適度に戦争をしかけて、魔王の数を減らすのだ」
めちゃくちゃを言いやがる。
こんなことを言われれば、誰もが生き残るために殺し合いをするしかない。
みんな仲良く平和な一年を過ごして、誰が消滅させれても文句は言わない、そんな博愛主義者な魔王はいない。
……だが、俺はこうも思う。
今回、魔王同士で殺し合いをして半分が生き残ったとする。
だけど、それでどうなる?
また、創造主が退屈と言っただけで、魔王同士で殺し合いをさせられるのか?
今度は、最後の一人と言われたらどうする?
大事な恋人を友人を、殺さないといけないのか。
許せるわけがないだろう。
なら、いっそのこと元凶を絶つべきじゃないのか?
魔王が半数になるまで殺し合いをするぐらいなら、魔王全員が手を組んで創造主に挑むほうが建設的だ。
なにせ、創造主に挑んで敗北したとしても、それで半数まで減れば結果は同じなのだから。
創造主と目が合った気がした。
奴はにやりと笑う。
まさか、このめちゃくちゃな話は、この判断をさせるために俺たちを追い込むためのもの?
「では、話しは以上。面白くなることを期待する。ああ、そうだ。いつものを忘れていた。……星の子らよ、その輝きを見せてみよ」
創造主が消えた。
その瞬間、沈黙を守っていた魔王たちが一気に騒ぎ始める。
派閥で固まったり同盟を組んだり大忙しだ。
……魔王の一人や二人殺したところでどうにもならない。
なら、巨大な連合軍を組む。そしてその連合軍で組織に属さないものを潰すのが建設的だ。
おそらく半数にしないといけないという制約から、連合軍はいくつかできる。
これでは魔王大戦なんて愉快なものが始まってしまう。
くそっ、考えている時間はない。
一度、その路線に流れれば後から動きようがなくなる。
たとえ創造主の望み通りの結果になるにしても、魔王全員で創造主に挑むことを提案しなければならない。
壇上に向かおう。あそこなら声が良く通る。
だというのに前に進めない。
「先に行かせてくれ! 話は後で聞く!」
最強の三柱の一角になった俺に庇護を求めて、次々に魔王たちが集まって来る。
「ううう、おとーさんの邪魔はさせないの!」
「しつこい。……いつもみたいに、頭を吹っとばしてやりたい」
「あの、ロロノちゃん。仮にも魔王様相手にそういうことを言うのは」
俺の魔物、クイナたちが壁になろうとするが【夜会】のルールで魔王たちへ危害を加えることはできず、思ったように押し寄せる魔王たちを止められない。
そのうち一人が俺の手を掴んだ。
振りほどきたいが、【夜会】では魔王に危害を加えられない。
「離してくれないか、やらないといけないことがあるんだ」
俺の手を掴んでいるのは、影が薄い、ひょろっとして蛇の尾が生えた男性人型魔王。
「名前で呼びもしない。あいさつしたのに、覚えていないんだ。やっぱり、僕のことなんてどうでもいいんだ。そうだよね。あなたは特別な魔王だから。その他大勢なんて気にもしない」
「本当に時間がないんだ。話しはあとで聞く」
俺の言葉を無視して、裾を離さず、そのひょろっとした男はぶつぶつ言い続ける。
「……ずるいよ。ずるすぎるよ。不公平だ。【創造】は強すぎる。こんなのおかしい。きっと、君は次の魔王大戦も勝つんだ。そんなの許せない。僕はこんなに苦労しているのに、そうやって名誉も力も女も友も金も何もかも手に入れて、ずるい」
「いい加減にしてくれ。そうやって不満を言ってなんになる」
こういう輩は何人も見てきた。
俺自身、【創造】のメダルも、能力も強すぎると思う。
だけど、あるもので勝負するしかない。泣き言を繰り返しても何の意味もない。
「……おまえなんて、消えちゃえ。退場するんだ。最後に僕の名を教えてあげる。【遷】の魔王バティン。能力は【遷】。おまえは僕を忘れられなくなる」
体が妙な浮遊感に包まれる。
この感覚は覚えがある。
転移だ。
【夜会】では一切の攻撃行動が禁止されている、害しようと思っても体が動かないはず。
まずい、強く振りほどこうとするが危害を加えられないという制限で力が入らない。
なら、なぜこいつを俺を転移でとばせる?
まさか、【遷】による転移はあくまで移動であって攻撃としてみなされないとでもいうのか!?
相変わらず、創造主の作ったルールはがばがばだ。あえて穴を作っているようにすら思える。
「僕の全力で限界まで遠くに飛ばす。ふふ、知ってる? 生き物が生息できる領域なんて二割もないんだ。視界に入ってもいない雑魚に躓いて、消えろ。プロケル!」
次の瞬間、【遷】の能力が発動した。
「おとーさん!」
俺の魔物たちが必死に手を伸ばしてくる。
だけど、その手が届くことはない。
何もできず、俺は転移され、視界が闇に覆われた。