あの串カツ田中が全席禁煙化に踏み切った
居酒屋さんの「串カツ田中」が、2018年6月1日からほぼ全店の禁煙化をスタートさせた。禁煙化して最初の1カ月に関するプレスリリースが7月の初頭に発表され、その意外な結果に世間が驚いたことは記憶に新しい。
以下、注目に値する部分を引用する。
売上高の変化
客数前年同期比102.2%に伸びましたが、客単価が95.0%に落ち、売上高は97.1%となった(既存店の動向)。
19時と23時の時間帯の売上が20時、22時台に分散。ピーク時間が早まり、早い時間帯の売上高が増加する一方、深夜帯の売上高が減少した。
客層の変化
増加:家族 +6% 一般男女グループ(〜20代) +1% 女性・カップル +1%
減少:会社員・男性グループ △6% 一般男女グループ(30代〜)△1%
引用ここまで。
売上高と客層の変化の部分だけを見ても、予想どおりな部分もあれば意外な結果に驚くところもあるのではないか。
筆者には、このデータから読める「客数:増 売上:減」という事実が意外であった。居酒屋さんゆえに、禁煙となったら当然客数は減るのではないかと思っていたのだ。だが、予想に反して客数は増えたという。そしてさらに意外なことに売上高は減ったという。二段構えの予想外な結果である。
この現象が非常に興味深かったので、串カツ田中の広報担当・永瀬さんにお話をうかがった。
なぜ「完全禁煙」を目指したのか
──全面禁煙の狙いはどういうものだったのでしょうか。
永瀬さん:串カツ田中は、串カツを10年、20年と受け継がれるような日本を代表する食文化にしたいという理念で活動しています。メインターゲットとしては「20代から40代の働く男女」ですが、いまの小さなお子様にも召し上がっていただいて、また10年後に自分のお金でお友達と串カツを召し上がっていただいて。またその10年後に、今度は自分のお子様と一緒に串カツを召し上がっていただいてという長期的な視線で考えています。いまの小さなお子様を非常に大切に思っているんですね。
──串カツ田中の串カツが、いまの子どもたちにとって「懐かしい味」になるわけですね。
永瀬さん:そのように、お子様を大事にしているという経営方針であるにもかかわらず、ほとんど全席喫煙可という状態でした。会社としてもお客様からのお声としても、非常に矛盾を抱えているという意見が上がっていたんです。
──理念に反して子どもたちを歓迎する環境になっていなかったと。
永瀬さん:また背中を押してくれたことのひとつとしては、東京都の受動喫煙防止条例が2018年4月1日から施行されたんです。店舗の大半が都内にあるので「串カツ田中のあり方」というものをあらためて考え直すきっかけになりました。あとは喫煙率の低下やオリンピックの受動喫煙対策、世界的に見ても喫煙できる飲食店というのが極めてまれになっている現状など、そういった世界的な社会的な動きも背景にあって、禁煙化したという流れです。
▲串カツを中心とした大阪の食文化ということで、ひやしあめも大阪発祥のものとして扱っている
「やるとなったら一番最初にやろう」
──社会の流れがきっかけ、経営理念に沿っての禁煙化だったんですね。
永瀬さん:「ファーストペンギン」という言葉もありますが、いちばん最初にやることでインパクトは大きくなりますよね。それにたばことお酒のイメージが強くある居酒屋という業態で、ほとんどの店舗を禁煙にするというのは、いままで串カツ田中を知らなかった人にも知っていただけるきっかけになるので。
──たしかに。居酒屋さんなのに全店禁煙とは思い切ったことをするなぁと驚きでした。ビッグニュースですよね。
永瀬さん:禁煙化については1年前くらいから社内で議論になっていました。最近は「お子様を大事にしている」というキーワードでテレビなどでも取り上げられる機会も増えてきたのに「喫煙可」というのは、言ってることとやってることが違うというようなお声もあって。「やろう。やるとなったら一番最初にやろう」と。これが会社の会議で決まって、3日後くらいに発表しました。
──それは早い!
永瀬さん:本当は記者会見も開いたほうがよかったかなと思いましたが、せっかく決めたのに先を越されたら意味がありませんから。どの会社よりも早く発表しようと、すぐリリースを出して。それに、国や都での禁煙に関わるニュースがあれば、そこに1行でも「居酒屋では串カツ田中が……」と書かれることも増えます。早く始めたというのはそういう戦略でもあるんです。
禁煙化でどんな反応があるか、まったく読めなかった
──お客さんからどのような反応があるかという事前の予想はありましたか。
永瀬さん:まったくわかりませんでした。これだけの規模の外食チェーンの一斉禁煙化なんて、マクドナルドさんくらいしか前例がなくて。しかもぜんぜん違う業態なので、参考になるデータがぜんぜんありません。推測でやるしかなかったです。
──まったく前例がないところでのチャレンジだったんですね。
永瀬さん:もし「こうしたら良くなる」というデータがあれば、すべての飲食店はすでにそれをやっているはずなんです。
──そういうスピード感で動いている業界なんですね。
永瀬さん:お客様からの禁煙を望む声が多かったということ。居酒屋なのにファミリー層が多いということ。社会的な喫煙率の低下のデータや若年層の喫煙率が低くなっていること。そういった情報があってもなお、どうなっていくかわからないという状況でした。
──わりとポジティブなデータがそろっていても、不安な挑戦だったということですか。
永瀬さん:この先に生き残っていくためには、企業体制を筋肉質なものにして、いろいろとチャレンジしていかないといけない。いまのままで満足してはいけない。変化していかないといけない。社内にはそういう雰囲気がありました。串カツ田中には「串カツでひとりでも多くの笑顔を生む」というミッションがあるんです。「いまこの選択をすることで、どちらのほうがより多くの笑顔を生めるか」という軸で考えて実行しています。
──たしかにこれから先、喫煙者が減ることはあっても増えることはないですね。非喫煙者の方を向いていったほうが将来性がありそうです。
永瀬さん:マクドナルドさんは1年でプラスに転じたらしいのですけど、うちは(この先どうなるか)わからないです。居酒屋ですので。ただ、5年後10年後を考えると、いまのお子さんはメインのお客様になりますし、いま20歳の人も喫煙する人は少ないです。40代50代も、たばこをやめていってる人が増えています。そういうことも考えての、禁煙化です。長期的に考えるとプラスになると……信じています。
お子さんが「田中に行きたい」とせがんでくれるようになった
──たしかに若者だけじゃなく、40代以上も健康を考えてたばこをやめる人は増えてますもんね。
永瀬さん:新聞社の匿名アンケートによると、「串カツ田中はもともとファミリー層が多いから禁煙化に踏みきれたのではないか」という他社さんの意見はあるようです。
──よその居酒屋さんと比べて、串カツ田中は禁煙化しやすいと思われているわけですね。
永瀬さん:串カツ田中はお店の6、7割が住宅地にあるんです。揚げものを自分でソースにつけて食べるのも楽しいですし、好きなものを選べるというのもお子様に好まれたのではないかと。
──たしかに串カツ体験って、非日常感がありますよね。
永瀬さん:ソフトクリームも、もともと販売してたんですけどぜんぜん売れなくて。お子様がちょっと暇そうにしてたところに「一緒に作る?」と店員がお誘いしたらすごく喜んでくれて。お子様が「田中に行きたい」とお父さんお母さんにせがんでくれるようになって。「串カツ田中だったらそんなに高くならないし、まあ行ってもいいか」とお考えいただけたのかと。そのようなこともあり、ご家族連れに来ていただけるようになって、少しずつファミリー向けのサービスを増やしていったという経緯があります。
──住宅地への出店と、偶然の出来事を拾っていった結果、ファミリー層に強くなったようですね。
永瀬さん:自分で作るたこ焼き、自分でつぶすポテサラなど、メニューにエンターテインメント性も提供しているところも強みかと思っております。それに、居酒屋だとファミレスより周りもにぎやかなので、気楽に感じることもあるのかと思っております。
「吸えないなら、もう来ないよ」と言われてしまうことも
永瀬さん:課題としては、店内で吸えないので外で吸う人がいらっしゃること。ポイ捨てが増えたり近隣の方からご注意をいただくこともあります。地域の方とは大切な関わりがありますので、清掃の回数を増やしたりとか、お客様にお声がけするなどはしているのですが。たとえばそこが路上禁煙の区域じゃないと、なかなか注意しづらいなどの状況もあります。そういう場合に今後どうしていくかは課題です。
──「道路でたばこ吸っててなにが悪いんだ」とトラブルになる人もいるかもしれませんもんね。
永瀬さん:禁煙化したことで減ってしまったお客様、たとえば会社員男性グループのようなお客様に戻ってきてもらうようなサービスや取り組みは必ずしていかないと、と思っているところです。まだまだ禁煙化をご存じないお客様もいらっしゃるので、その旨を伝えると「じゃあ帰るね」とか「吸えないなら、もう来ないよ」と言われてしまうこともあるようですし、常連の方がもう来られなくなるというお声もお店の従業員から上がってきてます。
──ああそうか。喫煙者の常連さんが離れてしまうこともあると。
永瀬さん:必ず戻っていただけるような商品とサービスをこれまで提供してきたという自信はありますので、いつか戻ってきていただければと思っております。
──では、良かった面はどうでしょうか。
永瀬さん:プラス面といえば、従業員の労働環境改善につながったことです。灰皿を洗ったり取り替えたりする作業がそもそもなくなったので、そのぶんお待ちのお客様を早くご案内できたり。
──従業員の受動喫煙もなくなり、灰皿関係のすべての雑務がなくなった、と。
永瀬さん:居酒屋は4時、5時台など早い時間が弱いんです。そこへの集客が早まったのは客層の変化によるものかな、とは考えています。
喫煙スペースはどうなる
──私は喫煙者なので気になっているのですが、店内に小さい喫煙ボックスを置いたり、お店の横に灰皿を置いたりという計画はありますか。
永瀬さん:串カツ田中の店舗の平均面積は約66㎡なんです。国の受動喫煙防止のことで言われている店舗面積は100㎡です。スペースがないので、全面禁煙にするか、喫煙のままか。どちらかしか選択肢は無かったんです。
──オールオアナッシングだったという。
永瀬さん:例外的に喫煙スペースを設けているところは2店舗だけあるんですけど、そもそもそんなに大箱の居酒屋でもないので。
──あと、ビルのテナントだと共用の喫煙スペースがあったりしますから、可能であればそこで吸えばいいんですよね。
永瀬さん:串カツ田中は国内1,000軒を目指していますので、課題を見つけては解決していく、そういうことを粛々(しゅくしゅく)と進めて、目標に向かっていこうと思っております。
串カツ田中の全店禁煙化は、経営理念の軸に沿ってたしかな足取りで進められている。いっときの思いつきや話題作りで始めたことではないのである。10年20年先を見据えた居酒屋さんの禁煙化は、先行するモデルケースとして業界の内外から注目され続けている。それは近い将来、串カツ田中のやり方がひとつの基準となることを意味する。
お店情報
串カツ田中 東五反田店
住所:東京都品川区東五反田3-16-44
電話番号:03-3280-3200
営業時間:月曜日~金曜日 17:00〜翌1:00、土曜日・日曜日・祝日 12:00〜翌1:00
定休日:ほぼ無休
ウェブサイト:https://kushi-tanaka.com/