AI(人工知能)をはじめ、最新テクノロジーを活用したサービスがさまざまな業界で次々と実用化されています。人事・採用領域にもその波が到来。HRテック(Human Resources Technology)関連のサービスが登場し、人事担当者の課題解決や業務改善に一役買っています。今回は、HRテックの具体的な事例とともに、それが皆さんの転職活動にどんな影響をもたらすのかをお伝えしましょう。
■HRテックの拡大で、採用活動が変わる
「〇〇Tech」という言葉をよく目にするようになりました。〇〇に入るのは主に業種名。それぞれの業種で、テクノロジーを活用した革新的な商品やサービス、ビジネスモデルを創出する取り組みを指します。
新聞や経済誌などでは特に、金融(Finance)とテクノロジー(Technology)を掛け合わせた造語である「フィンテック(FinTech)」関連の記事に出合うことが多いですね。フィンテックの台頭が業界構造や組織形態、金融関連企業の社員の働き方までを大きく変えようとしている様子がうかがえます。
さて、人事・採用の世界でも「HRテック」が登場、進化しています。人材の採用や育成、人事評価、労務管理などの業務分野において、AIやビッグデータ、クラウドなどのテクノロジーを導入し、さまざまなサービスが生まれています。
HRテックのサービスの多くは、法人を顧客とし、人事・採用担当者の業務を支援する目的で提供されていますが、これらの拡充によって、求職者にもメリットが生まれます。大きなポイントとしては次のようなものが挙げられます。
●自分の経験・スキルを生かせる求人に出合いやすくなる
●転職チャンスのタイミングを逃さない
●選考で不利になる部分をカバーできる
●応募・面接を受けるハードルが下がる
具体的にはどういうことか、実際のHRテックの事例をもとにご紹介しましょう。
■企業と求職者の「マッチング」精度が高まる
まずは、人材業界の大手であるリクルートキャリア。最近リリースされたのが「リクナビHRTech転職スカウト」です。2016年に前身となる中途採用向けスカウトツール「RECRUIT AGENT CAST(リクルートエージェント・キャスト)」がスタートし、すでに2万社に導入されているサービスです。これを利用する求人企業は、リクルートキャリアに登録している転職希望者約750万人のデータベースからAIが自社に合う候補者を毎日数人ピックアップし、リコメンド(推薦)が送られてきます。
採用担当者は、リコメンドを受けた候補者の情報を見て「○=面接に来てほしい」「△=興味がある」「×=興味なし」を判定。〇と△をつけた候補者には、自動的にスカウトメールが送られます。スカウトを受けた候補者が応募の意思を示したら、転職支援サービスのリクルートエージェントが企業と求職者の間に立って面接日程の調整から選考の進捗管理、条件交渉、入社までをサポートするというものです。
また、リコメンドされた候補者だけでなく、新規登録した求職者を閲覧し、同様に◯△×での判定からスカウトメールを送信することも可能。1日5~15分程度の作業で応募者の母集団が効率的に作成できます。
こうした「スカウト機能」はこれまでにもありましたが、最新テクノロジーがものを言うのは、使えば使うほどリコメンド精度が高まっていく点にあります。つまり求人企業による◯△×の判定結果が蓄積されるに伴い、機械学習によって、徐々に企業と求職者が適切にマッチングされる確率が高まっていくのです。これは求職者側にとってもメリットは大。より自分の経験・スキルを生かせる企業から「見つけてもらいやすくなる」というわけです。
■「いつでもどこでも」スマホ1台で面接
一方、ベンチャー企業においても、HRテックのサービス開発が活発です。私が注目している2社のサービスをご紹介しましょう。
一つは、ZENKIGEN(ゼンキゲン、東京・千代田)が運営する「HARUTAKA(ハルタカ)」。動画面接のプラットフォームで、こちらも求人企業・求職者の双方にとってメリットが高いシステムです。
中途採用の場合、書類選考通過後の面接設定が難航することが多々あります。応募者は在職中の方がほとんど。半休や有休を取れるタイミングが限られますし、ようやく日程を確保できても、面接する側の現場責任者や役員が出張中といったことは少なくありません。
面接がどんどん先延ばしになると、応募者側は精神的に落ち着きませんし、先に面接に至った候補者の採用が決まり、いきなり選考終了となる可能性もあります。採用側にしても、入社時期が遅れ、戦力化が遅れてしまうのは困りものです。
これを解決するのがハルタカ。スマートフォン(スマホ)が1台あれば、動画で面接ができます。アプリケーションのダウンロードは不要で、ウェブ経由でエントリーが可能。タイプは2種類あります。
1つは「録画動画面接」。応募者が自分の都合に合わせて面接動画を撮影、投稿しておけば、クラウド上に保存され、面接担当者が都合の良いタイミングで見ることができます。操作は至ってシンプル。スタート画面を開くと、人事担当者が質問を投げかけてくるので、案内に従ってボタン操作すると内蔵カメラが立ち上がり、答える自分を撮影する仕組みです。
双方向のコミュニケーションではありませんが、面接担当者はその人が話している表情・口調・姿勢などから「人となり」を感じ取ります。1次面接では、5分ほど話してお互いに「何か違うな……」と思ったとしても、体裁上30分から1時間は会話を続けなければならないという、お互いに気まずいシーンが生じがちです。このスタイルであれば、お互いの時間をムダにすることが減るでしょう。求職者側は、面接に出向く手間が省ける分、より多くの企業に応募し、チャンスを広げられます。
もう1つは「ライブ面接」。お互い離れた場所にいても、双方向で動画面接ができます。このスタイルであれば、UターンやIターンなど、遠隔地の企業に応募する場合も、交通費をかけずに1次面接ができるというわけです。17年10月にリリースされ、すでに大手企業数十社が導入済み。興味を示している企業も多く、今後広がっていきそうです。
■キャリア生かすチャンスがタイムリーに
採用プロセスの管理に役立つのが、タレンティオ(東京・港)が提供する「Talentio(タレンティオ)」。大手企業ともなると数十社の人材エージェントと契約を結んでおり、選考中の応募者が、どのエージェントから紹介された人で、どの段階まで進んでいるのかが混乱することも。
また、選考プロセスでは、「採用部署の責任者に応募者のレジュメを渡したが、判定の返事がないまま時間が過ぎる」「レジュメを紛失する」「選考が済んだが、紹介したエージェントにフィードバックするのを忘れてしまう」といったことも起こりがちです。煩雑な業務に追われる人事担当者はストレスがたまり、応募者側も「応募したが、なかなか結論が出ない」とやきもきすることになります。
こうした問題を解消するのが「タレンティオ」で、複数の人材エージェントを一元管理するほか、採用オペレーションにおいてもヌケやモレがないように管理することができます。選考通過率などを分析し、プロセス改善につなげることも可能です。
そして、同社の取り組みで注目したいのは、「タレントプール」機能の開発です。採用候補者はもちろん、選考前の人も含め、人材のデータを蓄積しておく機能で、これからの時代のビジネス展開、そして人々の働き方に非常にマッチしていると思います。
新規のサービスやビジネスを開発するサイクルは短くなっており、次々と新しいプロジェクトが立ち上がります。つまり、「1年前にはスキルが合わなくて不採用にした人を、今こそ採用したい!」ということが頻繁に起こり得ます。そんなとき、従来型の管理方法では、その人のデータを見つけられない、あるいは当時の採用担当者がいなくなっていたら、その人材の存在に気付くことさえできません。
このタレントプール機能なら、キーワード検索で「今、求める人材」に「再会」できます。これまで「選考したら終わり」という一過性であった母集団の価値が全く変わってきます。応募者側にとっては、入りたかった企業に何年越しかで採用されるチャンスが得られるのです。
これからの時代は、正社員として1社だけに所属するのではなく、自分のスキルを生かして複数企業のプロジェクトに関わるような働き方が増えていくでしょう。副業・複業やフリーランスといった形で自分の強みを最大限に生かせる場所を得たい人にとっても、スポット的に専門スキルを活用したい企業にとっても、HRテックによる人材サーチ機能、マッチング機能の進化が大きな助けになりそうです。
※「次世代リーダーの転職学」は金曜更新です。次回は8月31日の予定です。この連載は3人が交代で執筆します。
森本千賀子 morich代表取締役 兼 All Rounder Agent。リクルートグループで25年近くにわたりエグゼクティブ層中心の転職エージェントとして活躍。2012年、NHK「プロフェッショナル~仕事の流儀~」に出演。最新刊「のぼりつめる男 課長どまりの男」(サンマーク出版)ほか、著書多数。 本コンテンツの無断転載、配信、共有利用を禁止します。