見えない貧困をそっと解決する「こども宅食」が革新的な理由

こども宅食食品

キリン、不二家、ロッテ、永谷園などさまざまな会社が提供した食品が直接家に届けられる

提供:こども宅食

2012年に厚生労働省が発表した6人に1人(16.3%)から改善したものの、いまだ7人の1人(13.9%)の子どもが経済的に苦しい貧困状態にある日本。

低価格もしくは無料でご飯が食べられる「こども食堂」が全国的な広がりを見せるなど、さまざまな取り組みが行われているが、2017年10月に始まった「こども宅食」が“複合的”な成果を出しつつある。

なぜこども宅食は上手くいっているのか。そこには、これからの社会問題解決に欠かせない新しい仕組みがあった。

「見えない」ままの支援

こども宅食の舞台は東京・文京区。

東京ドームや東京大学が位置し、東京の中でも比較的裕福な家庭が多い地域だ。人口19万人のうち、就学援助や児童扶養手当などを受けている世帯は約1000世帯。

他の地域に比べれば割合としては少ないが、だからこそ貧困状態が「見えない」という課題も抱えている。文京区内でも学習支援などを行なっているが、周りに知られないように、家の近くの施設ではなく、わざわざ一番遠くの施設を訪れる

東京ドーム

文京区は東京の中でも平均年収が5位以内に入るほど昔から裕福な世帯が多い

shutterstock

こども宅食は2カ月に一度、直接そうした家庭に食品を届ける事業だ。

こども宅食の発案者である、NPO法人フローレンス代表の駒崎弘樹さんが実際に配送で訪れた際には、一見綺麗なマンションだが、節約のために部屋の明かりをつけていない世帯もあって「驚いた」という。

こども宅食には多くの工夫があるが、そのうちの一つが、「見えない」まま支援を届けることだ。

まず、支援の申請のために、役所を訪れる必要はない。家に送られてくる案内を見て、宅配を希望すれば、LINEを使って申し込める。

配送は行政ではなく民間業者が担い、一見普通の宅配と変わらない。送られてくる食品も特別なものではなく、キリンや不二家、ロッテ、永谷園など10社以上の食品・飲料メーカーが提供したもの。

実際に宅配を受けた家庭からは、「これで友達を家に呼べる」という声も挙がる。それまでは、お菓子を出すことができず、躊躇せざるを得なかったのだ。

民間と自治体が対等だからこそ出たアイデア

こども宅食コンソーシアム

7つの組織が一つのコンソーシアムを形成する。

取材をもとにBusiness Insider Japan作成

LINEの活用や民間の配送、企業による食品の提供——。

こども宅食のもう一つの特徴が、同じ目標に向けて、民間と自治体が対等にパートナーシップを組み、事業を進めている点だ。

文京区は貧困状態の世帯に対して、こども宅食への案内は送るが、食品の調達やパートナー企業の開拓は一般社団法人RCFが担当。配送情報や食品の管理はNPO法人キッズドア、食品の箱詰めや宅配業務は西濃運輸、資金調達は村上財団、成果の把握や分析は日本ファンドレイジング協会、そして全体の企画や広報、利用者対応はフローレンスが担当する。

こども宅食箱詰め

他のNPOが多くのメーカーから集めて来た食品を西濃運輸が箱詰めする。

提供:こども宅食

こうした行政、企業、NPOらがパートナーシップを組み、社会問題の解決を目指す形は「コレクティブ・インパクト」とも呼ばれる。

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2011年にアメリカで論文が発表されて以降、欧米で注目を集め、2017年頃からは日本にも“輸入”された、今注目を集める新しい協働の形だ。

こども宅食がコレクティブ・インパクトの形を目指したのは、「業務委託だと行政の代わりにやっているだけで、NPOの良さが生きない」(RCF代表の藤沢烈さん)からだ。

実際、行政からの委託ではなく、対等にアイデアを出し合うからこそ、行政だけでは思いつかなかったような取り組みが生まれている。

LINEの活用も、最初文京区の担当職員は「セキュリティの問題などが気になり戸惑った」と言うが、結果的には、約1000世帯に送った案内で、同様の案内の平均応募率約1割を大幅に上回る458世帯からの申し込みに成功。

配送も単に食品を届けるだけではない。高齢者の見守り型買い物代行サービスを展開している西濃運輸とその子会社であるココネットだからこそ、食品を届けた際に何か問題がないか、「問題発見の場」にもなっている。

他方、行政がいるからこそ対象の家庭に確実にアプローチすることもできる。

冒頭紹介した「こども食堂」は安価なご飯提供で貧困対策に貢献している一方で、実際には訪れた人しか支援できないという課題も残っている。

こども食堂は盛り上がっていたが、どの子が本当に貧困状態にあるのかよくわからなかった。だからこそ、世帯の情報を持っている行政と組んで、申請に来るのを待つのではなく、支援をこちらから届ける新しいアプローチが必要だと思った」(フローレンス駒崎さん)

こども宅食によって問題を「予防」する

こども宅食仕組み

食品集めや食品パッケージは多くの企業の支援やボランティアによって実現している。

出典:こども宅食

こども宅食の目的は、単に食品を届けることではない。宅配を通して、貧困世帯の問題を解決することだ。

配送の際に様子を伺うだけではなく、LINEや紙でアンケートを取ったり、さらなる支援が必要であれば、行政や専門家を紹介するなど、個別相談にも対応している。

現在、多くの自治体では何か問題が起きてから対応するのが基本的なスタンスで、事前にアプローチできれば非常に大きな意味を持つと駒崎さんは語る。

実際に問題が起きてからだと、リスクもコストも大きい。こども宅食で問題が起きる前から情報を定期的に得られる回路ができたのは、福祉的には大きなパラダイムシフト

さらに、貧困家庭の実態やこども宅食の成果を正確に把握するために、社会的インパクト評価を導入している。

こども宅食で、社会的インパクト評価を行っている日本ファンドレイジング協会事務局長の鴨崎貴泰さんは「財源など資源が限られる中で、いかに効果を最大化するかが重要になっている。そのためには事業の価値を見える化する社会的インパクト評価が必要」だと訴える。

2018年4月末には、2回のアンケート結果をもとに、対象となっている貧困世帯の現状やこども宅食の成果を発表。

アンケート結果

2カ月に一度配送するこども宅食によって、毎月約3700円が節約され、子どものサイズに合う服を買えたり、おやつが買えるようになった、という声が利用者から挙がっている。

・毎回ビックリするほどの量をお届けいただき、本当に感謝しております。調味料など、いつもプライベートブランドを買っておりますので、ブランド物がやって来た時には私はものすごいテンション上がりました

・クリスマスカードもとても可愛らしくて嬉しかったです。配達の方が「何かお困りの事はありませんか?」と聞いてくださり、気にかけてくださる方々がいると思うと、とても心強く嬉しい気持ちになりました。

生活困窮者の支援を行うフードバンク山梨の調査によると、貧困世帯の食費は1人1日300円強。決して小さくはない成果が出ていることがわかる。

アンケート

宅食を通じて、「気持ちが豊かになった」人が半数近く、4分の1の家庭が「社会とのつながりを感じられるようになった」と回答した。

出典:こども宅食

2018年4月から450世帯にまで規模を広げてきたこども宅食。2018年度には600世帯、2019年度には1000世帯を目指す。

コレクティブ・インパクトの可能性

成澤廣修文京区長

行政の人件費が削減される一方で、公共空間は広がっており、行政単独では問題解決が難しくなってきていると話す成澤廣修文京区長

文京区の成澤廣修区長も、今後は企業との連携など、もっと違う分野でも取り組むことができるのではないかと話す。

「今回はNPOが主な相手ですが、株式会社ともできる。企業もSDGs(持続可能な開発目標)などの社会的インパクトを重視するようになっており、そのパートナーは地方自治体である可能性が高いと思っています。こども宅食によって、その思いを強くしました」

ただし、課題もある。

それは事業の継続だ。現状はふるさと納税を活用し、2017年度は8000万円以上、2018年4月から新規に募集しているふるさと納税でもすでに、900万円以上集めることに成功している。

しかし、寄付だけでは持続的とは言えない。今後どう「マネタイズ」していくかが、問われることになる。

(文、写真・室橋祐貴)

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