アルシェの物語〜In the Beginning was the Word〜   作:Menschsein
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帝都は燃えているか 14

 多勢に無勢。モモンとアルシェ。そして、傷ついた人々を形容する言葉は、その言葉がもっともふさわしい。

 帝都の中を移動する。怪我人も多く、また高齢の人も多く、早く移動することができない。固まって避難する人々に悪魔がどんどん群がってくる。

 そして、悪魔を倒すことができるのもモモンだけであった。アルシェは、火球(ファイヤーボール)で人を襲おうと忍び寄ってくる悪魔をけん制することしかできない。

 そして、問題なのは、囲まれていること。そして、助けるべき人々がどんどん増えていくことだ。

 人が団子のように固まって輪になる。それは、人が多くなればなるほど、その人の輪の直径が広がっていく。

 そうなると、守るべき円周も必然的に長くなっていく。モモンが一つの方向の悪魔を倒している間に、その円の反対側で悪魔が人を襲おうとする。

 小さな円であれば、モモンも素早く円の反対側に移動してカバーすることができる。しかし、円が大きくなるにつれて、移動距離が増加し、人々を守るのが厳しい状況になってくる。

 アルシェが空中から悪魔の動向を目配りし、火球(ファイヤーボール)でなんとか悪魔をけん制できているから、人々を守れているというギリギリの状況だった。

 

 敵に囲まれる。それは、古より敗北か死を意味する。

 

「頑張りましょう。城に着けば安全です。足を止めないでください」とアルシェは懸命に励ましながら防戦を続ける。もう、自分自身が火球を何度放ったかを憶えていない。それに、飛行(フライ)を維持しながらの防戦。

 バハルス帝国最強の存在。フールーダ・パラダインであれば、アルシェと同じことを楽に何時間でも続けることができるかもしれない。しかし、まだアルシェはフールーダの領域に達してはいない。また、フールーダであれば、転移によって逃げるという、ヒット&アウェイが可能である。しかし、今のアルシェにはそれはできない。魔力を回復している時間など悪魔は与えてはくれない。

 

 移動は遅々として進まない。

 

これ以上人を救出しながら移動すると、逆に守りきれなくなる。見捨てる人が出てくる。それに、こんなところで愚図愚図していたら、自分の妹達が……。アルシェの脳裏に、そんな暗い思考がよぎったとき、奇跡は起こる。

その奇跡は、帝都にある法国の神殿の前で起こった。

 

「こちらです! 神殿の中に避難してください! 神殿の中は安全です」

 

 それは、ニグンの声であった。

 

「ニグン殿!」

「ニグンさん!」

 モモンとアルシェは、声を揃えて喜びの声をあげた。

 

「皆さん、神殿の中へ!」とアルシェは思考を切り替え、そして、モモンと共に神殿の入口へとたどり着く。

 

「モモン殿、アルシェさん、御無事で何よりです」とニグンは笑顔で言った。しかし、着ている服は悪魔の鋭い爪によって所々切り裂かれ、服からは血が滲み出ている。満身創痍である。

 

「ニグン殿もご無事でよかった。それで、この状況は?」とモモンとニグンは再会の握手を固く交わし、手早く情報交換を始めた。

 

「まったく分かっていません。突然悪魔が帝都に現われ、そして人命救助に追われて今に至るという状況です」

 

「私達も、帝都に戻ったら悪魔が溢れていたという状況で、まったく何が起こっているか分かりません……ですが、助かりました。城なら安全であろうと城に向かっていたのですが、人を守りながら戦うという状況がかなり限界に近かったところです」

 

「そうでしたか。神殿の前を通ってくださったのは祝福でしょう。城はダメです。皇帝が勅令を発し、帝国兵は全員城の中の守りを固め、その城門は固く閉ざされています。城に逃げ込もうとしても、その門は開かないと神殿に逃げ込んだ方が口々に言っていました」

 

「酷い……帝都の中の人を見殺しにしているのも同じ……」とアルシェは厳しい顔で呟く。

 

「あのイジメ好きの皇帝か……。あの死の騎士(デス・ナイト)事件のこともだが、やることが卑劣だな。人あっての国だろうに」とモモンも呆れたようにつぶやく。

 

「全くです。しかし、我々は皇帝の愚痴を言ってる場合ではありません。目の前に助けなければならない人がいます。モモン殿、お願いがあります。私の推測ですが、この惨劇の元凶となるものがあると思います。その元凶を貴方の力で断ち切ってください。おそらく、それは貴方にしかできない」

 

「分かりました。ニグン殿」

 

「お願いします。私は悪魔が神殿に雪崩れ込まないようにここで悪魔を食い止めるのが精一杯です。この場を離れるわけにはいきません」

 

「ですが……ニグン殿も傷だらけではないですか。治療を受けては?」

 

「傷など私は負っていませんよ。人間を守るために負った傷は傷ではありません。我々法国神官の間では、それを勲章と呼ぶのですよ」とニグンが笑う。

 

「余計な心配だったようですね」

 

「いいえ。お気遣い感謝です。それに、私にはこれがあります。最高位天使が封印されているマジック・アイテムです。いざとなったらこれを使ってでも悪魔を神殿の中には入れさせませんよ」と懐から第7位階魔法を封じた「魔法封じの水晶」を取り出す。

 

「最高位天使ですか……頼もしい限りです」

 

「えぇ。法国に伝わる貴重な物ですが、六大神様が残してくださったとはいえ、所詮はアイテム。人の命には代えられません。むしろ、六大神様はこの時のためにこのアイテムを残してくださっていたのでしょう。この神殿の宝物庫に秘蔵されていたのを神殿長が私に託してくださいました」とニグンは大事そうに輝く水晶を懐にしまう。

 

「では憂いなく前だけを向き、元凶を断つことに専念させてもらいます」

 

「お願いします。また、逃げている人がいたら、神殿へ逃げるようにと伝えてください」

 

「了解した」

 

「では、行くぞ! アルシェ!」とモモンが神殿の入口から帝都へ再び飛び出そうとしたとき、「モモンさん、アルシェさん」という声が神殿の入口の扉付近から聞こえる。

 

「レイナースさん! 帝国の騎士は、皇帝の勅令で、城にいるということじゃないのですか?」とアルシェがその姿を見て驚きの声をあげる。白い帽子に真っ白な服を纏ったレイナースの姿だった。白い服には所々血が染み込んでいた。

 

「私は、かつて、領民を守ることを誇りとする貴族でした。貴族という地位を追われましたが、帝国四騎士となってもその誇りは失いません。私は、守るべきものを間違ったりはしませんよ」とレイナースはアルシェに微笑む。レイナースは優しく微笑むが、その顔には疲れが滲みでいる。

 

「白衣の天使レイナさん! また怪我人が運び込まれてきました!」と神殿の中から、声が響く。

 

「直ぐに行きます! 緊急を要する怪我を負っている人の右手には、赤いスカーフを巻いてください。そして、ポーションか回復魔法を! 緊急を要しないが治療が必要な人には黄色のスカーフを。傷の浅い怪我の人には青色のスカーフを巻いてください。緊急を要する方を優先的に治療を! そして、青色のスカーフを巻かれた方には、怪我人であることを承知の上で、手伝いの方に回るようにお願いしてください。人手がいくらあっても足りません」

 レイナースは、手早く指示をし、「私は、モモンさんがこの厄災の元凶を止めてくださる。そして、ニグンさんがこの神殿の入口を守り抜いてくださると信じて、怪我人の介抱に専念します」と言った。そして、兜で覆われているモモンの頬と、ニグンの頬に軽く口づけをする。

そして、「モモンさん、ニグンさん、ご武運を」と言い残し、レイナースは慌ただしく神殿の中へと走り去っていった。

 

「女神からの祝福でしょうか。これは力が漲ってきますね」

 

「そうですね。それにしても、女神の祝福とは、ニグン殿は神官の割に俗っぽいことを言いますね」

 

「まぁ、私も人間ですからね。間違いを犯しますし、鼻の下も伸ばしますよ」

 

「あの、私もしようか?」とアルシェは、両手をモジモジとさせながら言った。アルシェは、レイナースがモモンとニグンの頬に口づけしたのを見て、顔を真っ赤にしている。

 

「五年後くらいでしょうか。再び共に死線を越える時があれば、そのときに是非お願いします」とニグンはアルシェの頭に手を置き、逆にアルシェに神の加護があるように祈った。

 

「ニグンさん、ありがとうございます。モモンは要る?」

 

「そうだな……まだアルシェにはそういうの早いんじゃないか?」

 

「もう! また子供扱いだ」とアルシェは口を膨らまし、それを見てモモンとニグンは笑った。

 

 

「さて、悪魔がまた群がってきましたね」と束の間の団欒を終え、ニグンの表情は真剣なものへと変わる。

 

「アルシェ、ここから二手に一旦別れるぞ。アルシェはまず、妹たちの救出を優先してくれ。俺はその間に、帝都でこの事件の原因を探す。それで大丈夫か?」

 

「問題ない。妹二人なら抱えながら飛行(フライ)で飛べる。妹たちをこの神殿に預けたら、モモンを探して合流する!」

 

「あぁ。では行くぞ!」

 

 モモンは、帝都の大通りを疾走する。悪魔を斬り、生き残った人々がいた場合は、神殿への避難を呼びかける。

 

 アルシェは、自らの家へと飛行(フライ)を使い、全力で移動し始めた。








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