アルシェの物語〜In the Beginning was the Word〜   作:Menschsein
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帝都は燃えているか 13

<帝都北門>

 

「モモン、人が襲われている! 妹を助けに行かないと!」

 アルシェは、帝都北門の前で人を襲っている悪魔を指し示し、そして自らは加速していく。

 

 北門では、黒い翼に、(ドラゴン)の牙を思わせる鋭い二本の角を持った悪魔が、逃げ惑う人々に襲いかかっていた。聞こえてくるのは、人々の悲鳴。そして、悪魔がケセラセラと笑っている。

 

雷撃(ライトニング)効かない! 火球(ファイヤーボール)――モモン、私の魔法では効果は薄いみたい」

 アルシェの雷撃(ライトニング)が直撃したにもかかわらず、悪魔はアルシェに見向きもしない。いや、攻撃されたのかどうかにも気付いていないかのように、そのまま人を襲っていた。火球(ファイヤーボール)は、少しだけ悪魔の注意を向けることはできるようだ。だが、ダメージを負っているような気配はない。悪魔は、鼠をいたぶる猫のように、悪魔は人間を生命の極限状態に追い込んで遊んでいるようであった。

 

「任せておけっ」

 アルシェに追いついたモモンは、両手のバスタードソードを抜き、一匹の悪魔に斬りかかる。

 

 一刀両断。

 

 頭から真っ二つに割れた悪魔は、その身体の色が、黒から白へと変わる。そして、塩の柱のようになり、そして崩れ去っていく。さらにモモンは、北門にいた悪魔を葬り去り、持ち前の脚力で家屋の屋根へと跳んだ。屋根の上からどの人間を襲おうかと物色をしていた悪魔を次々と消し去っていく。

 

「地面から現れているみたい」とアルシェが叫ぶ。

 墨汁が落ちたような黒い点が石畳に出現する。その墨汁を落としたようなシミは直ぐに直径一メートルほどの円となり、まるでタールの沼地のようになる。そしてその沼地から二本の角が現れる。

 

「地面から……地獄から湧いてきているようだな! これでも喰らえ!」

 

 モモンは、タールの中心にバスタードソードを突き刺す。その暗黒の円から上半身を出した悪魔は、白い砂粒となり息絶える。暗黒の円は縮小してやがて消え、元の変哲の無い石畳と戻る。

 

「三途の川を渡る船賃にしては、十分な攻撃だな。だが、釣りは――」「モモンの右方向に三つ。前方に四つ! 後方に二つ…………数が多すぎる!!」

 自分の攻撃魔法が効かないことを理解したと同時に、アルシェは飛行(フライ)で北門前の広場の上方へと飛び、一帯の全体を把握する位置へと移動した。モモンに攻撃役を任せ、自分は状況把握に努め、どこに悪魔が現れたかを的確にモモンに伝えるためだった。

 冒険者チームとして、自分のできることをしなければならない。そして、上空からモモンに的確に悪魔出現の場所を伝えていく以外にもアルシェがしなければならないことはあった。

 

「私達が時間を稼ぎます! 早く避難をしてください!」とアルシェは逃げ惑う人々に声を掛ける。背中から血を流す女性。既に両足を切り落とされ、匍匐(ほふく)をしながらなんとか悪魔から逃げようとする男。地面に倒れた女性の傍らに立ち『お母さん』と泣き叫ぶ子供。阿鼻叫喚という言葉がふさわしい光景であった。

 

「避難してください! モモン、後方からまた五つ!」

 

「避難してください! 北門向かって左側! 屋根に悪魔が複数集結!」

 

 逃げ惑う人々にアルシェの声は届いているかは分からない。だが、モモンは確実にアルシェの声を聞いているようで、アルシェの届ける情報に従って素早く悪魔を葬り去っていく。

 

「だめ! そっちに逃げても、建物の影に悪魔が待ち構えている!」

 アルシェが必死に声を掛けるが、冷静さを失いながら逃げる人々にはその声が届かない。そして、無我夢中で逃げているためか、悪魔が物陰に潜んでいることに気付く余裕もないようだ。

 

「モモン、悪魔を倒しているだけだと焼け石に水! 避難誘導をしながらじゃないと意味がない!!」

 

「了解だ。アルシェ、逃げ道を確保するように悪魔を倒すように指示をくれ! こっちは悪魔の数が多すぎる! 悪魔を一匹一匹倒していくだけで精一杯だ! 全体を把握している余裕が無い!」

 

「了解。まず、南の大通りの屋台の影に数人の人が隠れている。その人達と合流して! 私の持ってるポーション、ありったけ使うから! 傷ついて逃げられない人達が多すぎる!」とアルシェは叫びながら、見当違いの方向に逃げていく人々の後を追った。

 

「こっちに逃げても悪魔が待ち構えています! 一旦、北門に戻ってください」とアルシェは、帝都の西の方角へ走っていく人々の前に立ちはだかり、避難の指示をする。

 

「だが、北門から帝都の外へ逃げようとしても悪魔が立ち塞がって逃げられなかったんだ! 北門から逃がさないように悪魔が密集している!」と、傷を負いながらも剣を握っている中年がアルシェに反論をする。

 その中年の男はおそらく元冒険者で、北門あたりの市場で露店を営んでいた人であろう。以前、アルシェがモモンと帝都の北市場で買い物をしたときに聞いた憶えのある声だった。

 

「大丈夫です。私達が退路を確保します。私達”モモンと愉快な仲間たち”を信じてください」

 

「あの死の騎士(デス・ナイト)討伐の……分かった」

 

「任せてください。まだ動ける人は、重傷の人の手助けをしてあげてください。できるだけ見捨てないでください!」

 

 アルシェは、火球(ファイヤーボール)を悪魔に放ちながら、北門への退路を切り開き、人々を誘導していく。どうやら、悪魔は炎に関しては一定の警戒を示す傾向にあるらしい。火球(ファイヤーボール)を上空で放ちながら、悪魔が逃げる人々に近づかないように牽制する。

 

 グゴガァガァガァゴァゴァ

 

 北門を守る頑丈な金属製の扉が動き始め、門を封鎖した。城門の両脇にある城壁塔の中にも悪魔は侵入しているらしい。門の開閉を司る機能を有しているのも城壁塔だ。そして、城門の扉は、閉める時にはレバーを動かせば、扉自らの重さによって扉が閉まる仕組みになっている。敵が攻めてきたときに備え、たとえ一人ででも扉を閉め、敵の侵入を防げるという工夫がされている。しかし、逆に扉を開ける場合には、重力に逆らうため、多数の人間でキャプスタンを回し、分厚く重い扉を持ち上げていかなければならない。

 

「帝都の外へは逃がさないつもり……」

 

「アルシェ、救出してきたぞ」とモモンは、四人の人間を抱えながら北門でアルシェ達と合流した。

 

「皇帝の城へと避難しよう」とアルシェは切り出す。帝都の外へ逃げることができないなら、帝都でもっとも安全と思われる場所。それは城だ。帝都の中に敵が侵入されても、バハルス帝国の最終防衛戦となるのが、皇帝の居住地だ。

 

「そうだな。城なら、守りやすく攻めにくい。よし、俺が血路を切り開く。アルシェは誘導を頼む! 俺は群がってくる悪魔を切り倒すことに専念するぞ!」

 

「分かった! でも、少しだけ遠回りだけど、私の家にも寄らせて! 妹たちを助けないと!」

 

「あぁ、もちろんだ。まずは、アルシェ、重傷患者にポーションを。見捨てるには忍びないだろう」と、モモンは持っていた自分の無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)をアルシェへと投げる。

 帝都の北側の城壁に身を擦りつけるようにしながら震える人々。ゆっくりと迫ってくる悪魔をモモンは切り倒し、そしてアルシェは傷が浅い人にポーションを手早く配り、重傷患者に飲ませるように指示をしていた。

 

 

「避難を開始します。できるだけ、密着するように動いてください」

 

 団子のように固まって移動する人々。包囲されながらもモモンが悪魔を牽制し、着実に進んでいく。途中で生存者を見つけた場合は、その人もその輪に加えていく。

 北門から、アルシェの自宅経由、王城への避難が始まったのであった。

 

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 北門の城壁の上から、完全不可視化の魔法を行使しながら、北門を離れていくモモンを熱い眼差しで見つめている存在があった。

「人間を生かし過ぎたっす。悪魔たちに手加減させ過ぎたっすかねぇ。モモンガ様が忙しそうな感じになってしまったっす。もうちょっと数を減らしておくべきだったすかねぇ〜。でも、モモンガ様を冒険者の英雄にするためには、目撃者は多い方がいいっす! きっとそうっす。さて、わたしも玩具で遊ぶことにするっす」

 ルプスレギナ・ベータは自らの身体を狼へと変化させていく。

 

「玩具で遊ぶときは、たしか、『Trick or Bite(悪戯か噛みつき)』って言うらしいっすね!」

 

 その独り言のような呟きは、不気味な人狼の雄叫びとともに、帝都に充満する悲鳴に溶け込んでいった。








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