アルシェの物語〜In the Beginning was the Word〜   作:Menschsein
<< 前の話 次の話 >>

42 / 55
帝都は燃えているか 7

「こんな屈辱を受けたのは初めてだ!」とイビルアイは、カッツェ平野で曇り空に向かって叫び、そして地団駄を踏んでいた。イビルアイの右足で何度も踏みつけられているのは、怒りの形相をした仮面である。

 連日に及ぶティアの必死の看病の末、バッド・ステータスから解放され、正気を取り戻して気が付いたことは、長年自分が愛用していた仮面がなくなっていること。そして替わりにあったのは怪しげな仮面。カッツェ平野で遭遇をした、“モモンと愉快な仲間たち”の誰かが自分の仮面を持ち去り、そしてこの怪しげな仮面を置いていったことは明白であった。

 当然、冒険者として警戒すべきことは、その仮面が何かの罠である可能性である。装備をすれば弱体化する効果のある可能性。追跡の魔法が付与されていて、それを持ち運ぶだけで“蒼の薔薇”の居場所を知られてしまう可能性。魔物を呼び寄せるマジック・アイテムである可能性。

 それらの可能性を警戒しながらも、この仮面が優れたアイテムであれば、有効に活用したい。

結果として、道具鑑定(アプレーザル・マジックアイテム)で判明したのは、仮面の名前とその説明。

 

『嫉妬する者たちのマスク』

 

寂しい独り者に贈られる仮面

 

「誰が独り者だ。馬鹿にしているのか!」とイビルアイは鑑定の結果を見て激しく憤っていた。

 

「でも事実。二百五十年恋人無し。年季が入り過ぎ……」とティナがぼそりと呟き、「大丈夫。私がまた看病してあげる」とティアが熱の篭もった声で、イビルアイの耳元でささやいた。

 

「違うのだ! リグリットと出会う前は、私はアンデッドしかいない死都に長く滞在していたのだ。スケルトンとかしかいなかったのだぞ! その期間は、ノーカウントにすべきだ!」

 

「吸血鬼なんだから、別にアンデッドを恋人にしてもよかったじゃねぇかよ」とガガーランが笑いながら言った。

 

「会話もできない……いや、そもそも理性の無い奴とどうやって恋仲になれというのだ!」

 

「まぁそれはそうだな……。よし、じゃあ、カッツェ平野でリッチでも探すか? リッチなら理性があるだろう……。カッツェ平野でイビルアイの恋人探しだ」

 

「ちょっと待てガガーラン! どうしてアンデッドに限定しているのだ?」

 

「リグリットの婆さんが、昔言ってたぞ。自分が操っている死者の一人とインベルンの嬢ちゃんは、親しげだったって」

 

「違うわ! あの壁役は、自分を守ってくれていたから、死者と言えどそれなりに礼と敬意を尽くしていただけだ!」

 

「そっかぁ。その死者が滅んだ時は、イビルアイは泣きじゃくったって聞いたけどなぁ……」

 

「リグリットはそんなことまで話したのか! 今度会ったらとっちめてやる! いや、その前に、こんな舐めた仮面を寄越した奴等から私の仮面を取り返すぞ。こんな恥ずかしい仮面を付けてられるか!! 帝都はあっちの方角だな」とイビルアイは、怒りながら帝都の方角へと歩いていく。

 

「まぁ、アダマンタイトが(カッパ―)に負けっぱなしというのは不味いよなぁ。リベンジ・マッチは必要だ。それに……あのモモンってやつ、童貞だぜ。間違いなくな! 俺も追いかけるのに賛成だぜ?」

 

「はい。ストップ。チームの方針を勝手に決めない。元はと言えば、ガガーランが無用な戦闘を招いた。あの場では話し合いが最善だった」とティアがイビルアイの後に続こうとしたガガーランの前に立ちはだかった。

 

「それは反省しているよ! 済まなかったよ。亜人と法国絡みになるとついな……」とガガーランはさほど反省している様子もない。

 

「リーダー。イビルアイとガガーランは追いかけたいみたいだけど。どうする?」

 

「そうねぇ……。私も、少し“モモンと愉快な仲間たち”で気になることがあったの……」と、ラキュースは魔剣キリネイラムを両手で持ち、真剣な顔つきで言った。

 

「気になること?」

 

「気になるのは、あの槍使いよ。武技とか使う前に、“槍よ。我が体の一部となりて、敵を貫き砕け”とか、“豊穣の大地よ。堅き岩となりて我を守れ”とか、前口上を言っていたけれど、すっごく効果がありそうじゃなかった? 威力が倍増してそうな感じ」

 

「いや、そんなことはないと思う。鬼リーダーの勘違い」

 

「そうかなぁ。私も、魔剣を使う時に何か言った方がよいのかなぁって……。あの人、“氷槍殲破突(パス・オブ・アイスランス・ブレークシス)”とか言っていたから、私は魔剣を使う時……“秘剣 暗黒斬(ダーク・スラッシュ)”とかかなぁ。いや、でも何かこう……しっくりこないのよねぇ。今度はできれば友好的に接して、技を出す時のネーミングについて意見を聞いてみたいかなぁ。その前に、いろいろと自分でも技の候補を考えておかなければならないわね。それならこの日記に……いえ、アインドラ家に伝わる、森羅万象の全てが記されている、この“禁断の書”にね……」

 

「リーダー? もしかして、戦いで頭とか打った?」とティアはラキュースの顔と緑色の瞳を心配そうに覗き込む。

 

「え? 大丈夫よ。ん? でも……頭を打ったとかじゃなくて……もしかしたら……このカッツェ平野の呪いの霧が、もしくは、魔剣キリネイラムの中に封じ込められている邪悪な怨念が、囁いているのよ……私の(ゴースト)にね……。この邪悪な怨念に対抗するには、新月の光によって清浄化された魔封じのアイテムが必要になる、ということね。そう……それはきっと指輪やネックレスでなければならないはずだわ。それが無ければ、私の中に眠る暗黒面(ダークサイド)ラキュースが深淵の闇より覚醒してしまうかも知れない……。だけど私はその戦いから逃げることはしない。だって、それは私の宿命なのだから……」

 

「リーダー!」と、訳の分からないことをニヤケ顔で呟いているラキュースに、ティアが大声で呼びかけた。

 

「え? えぇ。大丈夫よ。少し考え事をしていただけ。そ、そうね……。王都に急いで帰らないというわけではないし、彼らを追いかけましょう。いろいろ聞きたいことがあるしね。そうと決まれば、急ぎましょう。イビルアイのバッドステータスの解除で、かなり距離を離されてしまっているわ」とラキュースは、ガガーランとイビルアイの考えに賛成の意を示した。

 

 アダマンタイト級冒険者“蒼の薔薇”。それぞれの思いを胸に、カッツェ平野から帝都の方角へと出発したのであった……。

 








感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に
感想を投稿する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。