アルシェの物語〜In the Beginning was the Word〜 作:Menschsein
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「こんな屈辱を受けたのは初めてだ!」とイビルアイは、カッツェ平野で曇り空に向かって叫び、そして地団駄を踏んでいた。イビルアイの右足で何度も踏みつけられているのは、怒りの形相をした仮面である。
連日に及ぶティアの必死の看病の末、バッド・ステータスから解放され、正気を取り戻して気が付いたことは、長年自分が愛用していた仮面がなくなっていること。そして替わりにあったのは怪しげな仮面。カッツェ平野で遭遇をした、“モモンと愉快な仲間たち”の誰かが自分の仮面を持ち去り、そしてこの怪しげな仮面を置いていったことは明白であった。
当然、冒険者として警戒すべきことは、その仮面が何かの罠である可能性である。装備をすれば弱体化する効果のある可能性。追跡の魔法が付与されていて、それを持ち運ぶだけで“蒼の薔薇”の居場所を知られてしまう可能性。魔物を呼び寄せるマジック・アイテムである可能性。
それらの可能性を警戒しながらも、この仮面が優れたアイテムであれば、有効に活用したい。
結果として、
『嫉妬する者たちのマスク』
寂しい独り者に贈られる仮面
「誰が独り者だ。馬鹿にしているのか!」とイビルアイは鑑定の結果を見て激しく憤っていた。
「でも事実。二百五十年恋人無し。年季が入り過ぎ……」とティナがぼそりと呟き、「大丈夫。私がまた看病してあげる」とティアが熱の篭もった声で、イビルアイの耳元でささやいた。
「違うのだ! リグリットと出会う前は、私はアンデッドしかいない死都に長く滞在していたのだ。スケルトンとかしかいなかったのだぞ! その期間は、ノーカウントにすべきだ!」
「吸血鬼なんだから、別にアンデッドを恋人にしてもよかったじゃねぇかよ」とガガーランが笑いながら言った。
「会話もできない……いや、そもそも理性の無い奴とどうやって恋仲になれというのだ!」
「まぁそれはそうだな……。よし、じゃあ、カッツェ平野でリッチでも探すか? リッチなら理性があるだろう……。カッツェ平野でイビルアイの恋人探しだ」
「ちょっと待てガガーラン! どうしてアンデッドに限定しているのだ?」
「リグリットの婆さんが、昔言ってたぞ。自分が操っている死者の一人とインベルンの嬢ちゃんは、親しげだったって」
「違うわ! あの壁役は、自分を守ってくれていたから、死者と言えどそれなりに礼と敬意を尽くしていただけだ!」
「そっかぁ。その死者が滅んだ時は、イビルアイは泣きじゃくったって聞いたけどなぁ……」
「リグリットはそんなことまで話したのか! 今度会ったらとっちめてやる! いや、その前に、こんな舐めた仮面を寄越した奴等から私の仮面を取り返すぞ。こんな恥ずかしい仮面を付けてられるか!! 帝都はあっちの方角だな」とイビルアイは、怒りながら帝都の方角へと歩いていく。
「まぁ、アダマンタイトが
「はい。ストップ。チームの方針を勝手に決めない。元はと言えば、ガガーランが無用な戦闘を招いた。あの場では話し合いが最善だった」とティアがイビルアイの後に続こうとしたガガーランの前に立ちはだかった。
「それは反省しているよ! 済まなかったよ。亜人と法国絡みになるとついな……」とガガーランはさほど反省している様子もない。
「リーダー。イビルアイとガガーランは追いかけたいみたいだけど。どうする?」
「そうねぇ……。私も、少し“モモンと愉快な仲間たち”で気になることがあったの……」と、ラキュースは魔剣キリネイラムを両手で持ち、真剣な顔つきで言った。
「気になること?」
「気になるのは、あの槍使いよ。武技とか使う前に、“槍よ。我が体の一部となりて、敵を貫き砕け”とか、“豊穣の大地よ。堅き岩となりて我を守れ”とか、前口上を言っていたけれど、すっごく効果がありそうじゃなかった? 威力が倍増してそうな感じ」
「いや、そんなことはないと思う。鬼リーダーの勘違い」
「そうかなぁ。私も、魔剣を使う時に何か言った方がよいのかなぁって……。あの人、“
「リーダー? もしかして、戦いで頭とか打った?」とティアはラキュースの顔と緑色の瞳を心配そうに覗き込む。
「え? 大丈夫よ。ん? でも……頭を打ったとかじゃなくて……もしかしたら……このカッツェ平野の呪いの霧が、もしくは、魔剣キリネイラムの中に封じ込められている邪悪な怨念が、囁いているのよ……私の
「リーダー!」と、訳の分からないことをニヤケ顔で呟いているラキュースに、ティアが大声で呼びかけた。
「え? えぇ。大丈夫よ。少し考え事をしていただけ。そ、そうね……。王都に急いで帰らないというわけではないし、彼らを追いかけましょう。いろいろ聞きたいことがあるしね。そうと決まれば、急ぎましょう。イビルアイのバッドステータスの解除で、かなり距離を離されてしまっているわ」とラキュースは、ガガーランとイビルアイの考えに賛成の意を示した。
アダマンタイト級冒険者“蒼の薔薇”。それぞれの思いを胸に、カッツェ平野から帝都の方角へと出発したのであった……。