「NHKが映らないテレビ」でネット受信料の義務化は阻止できるか
掛谷英紀(筑波大准教授)
今年3月、ソニーがチューナーを内蔵していないアンドロイドTVを「ブラビア」ブランドで7月に発売すると発表した。また、6月末にはソニーの株主総会で「NHKだけ映らないテレビ」を発売してほしいと株主から提案があったことがニュースになった。
その直後の7月6日、3月に発表されていたアンドロイドTVが発売になり、価格は43インチで最安値9万円台と若干高めではあるものの、一般消費者にも手の届く設定であった。筆者がこのことをツイッターで紹介したところ、1万リツイートを超える大きな反響があった。
このブラビアの43インチ版は、発売後、価格ドットコムの「液晶モニター・液晶ディスプレイ」部門で一時期人気ランキングトップ10入りを果たした。他のトップ10の商品は5万円前後か、それ以下の廉価な商品で、10万円近い価格のモニターがトップ10入りするのは珍しい現象である。ビジネスとしても、それなりに成功した商品になっていると考えられる。
アンドロイドTVはチューナーが搭載されていないので、NHKだけでなく民放も見ることができない。NHKの放送を受信できない以上、他にテレビ放送を受信できる機器を所有していなければ、NHKとの受信契約締結の必要はない。
筆者がかつて製作したNHKだけ映らないテレビに関する契約義務不存在確認訴訟においてNHK側が提出した東大の玉井克哉教授の意見書には、「NHKの放送が受信できなくても民放が受信できる場合はNHKとの受信契約締結義務はあるが、チューナーが壊れている場合はその義務はない」との見解が述べられていた。もともとチューナーを搭載していない今回のソニーのアンドロイドTVの場合、受信契約締結義務がないことをNHKも認めていると考えていいだろう。
上述の通り、アンドロイドTVでは民放の番組を見ることができない。しかしながら、民放のドラマやバラエティーなどの主要な番組は、インターネットにアクセスできる環境があれば、民放公式テレビポータル「TVer」(ティーバー)で見ることができる。NHKのビデオオンデマンドに相当するサービスだが、NHKビデオオンデマンドが有料であるのに対し、TVerは無料である(ただし、テレビ同様コマーシャルが挿入される)。
こうしたニュースが話題になって以降、NHKはいくつかの動きを見せている。上述のブラビアが発売になった直後の7月13日、総務省の有識者検討会は、NHKが来年度に開始を計画しているテレビ放送のインターネット常時同時配信を条件付きで容認する報告書案をまとめた。
また、8月4日には、NHKがTVerに参加する検討に入ったとのニュースが流れた。この動きは、「NHKが映らないテレビ」に関するネット上の世論の盛り上がりを明らかに意識していると見てよいだろう。
(Getty-images)
こうした中で、若者のテレビ離れが急速に進んでいる。現在の放送法はテレビ放送受信設備の設置をもってNHKとの受信契約の義務が発生しているとしているので、今後テレビ離れが加速すると、NHKの受信料収入は大幅に落ち込むと予想される。
その対策として、NHKはインターネット配信で受信料を得られるシステムの構築を急いでいる。現時点では、NHKの番組を視聴できるアプリをダウンロードした人のみを課金の対象にする予定だが、受信料の負担が発生するアプリを自発的にダウンロードする人は少ないだろう。
こうなれば、現状と同規模の受信料収入確保のために、NHKがインターネットにアクセスできる人全員を対象に受信料を徴収する仕組みづくりを目指す可能性は非常に高い。
当然ながら、インターネットにアクセスできる人全員から受信料を取るためには法改正が必要となる。世論の反発も必至であり、そうした法改正は難しいと考える人も多い。しかしながら、政治家はマスコミに非常に弱い。
テレビ局は、自分たちに不都合な政策を行おうとする政治家に関するネガティブ情報を自由自在に流せる「特権的」な地位を確立しているからだ。よって、マスコミを敵に回せば、政治家は次の選挙が危なくなる。マスコミの偏った報道に誰がクレームをつけようとも、彼らは「報道の自由」を盾にそれを無視することができる。
実際、放送用電波の周波数帯の利用権を競争入札にかける「電波オークション」導入など、メインストリームメディア(MSM、既存のテレビ局など)に不利となる放送法改正の議論は常につぶされてきた。これと同じ手法をインターネット受信料義務化実現のためにNHKが駆使する可能性は否定できない。
こうしたMSMの横暴を止められるかどうかは、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)が今後どのくらい政治的な力を持てるかにかかっている。MSMとSNSの戦いはすでに米国で盛り上がっている。
その一例だが、現在米国では、「RedPillBlack」や「#WalkAway」といったリベラル派がリベラルとの決別を主張する運動が広がっている。前者のリーダーは黒人女性のキャンディス・オーウェンズ、後者のリーダーはゲイ男性のブランドン・ストラカである。
黒人やゲイといったマイノリティは、これまでリベラルで民主党支持というのが常であったが、彼らが次々そこから離れていっているのである。彼らは、リベラルが実は自分たちの味方ではないことに気づいたと主張している。その見解を要約すると次のようになる。
ご存じの通り、米国のMSMはFOXなどごく一部を除いてリベラル左派である。一方、#WalkAway運動はSNSを中心に広がっており、多くの人が自分もリベラル左派と決別するとの主張を次々とユーチューブにアップしている。オバマが黒人初の大統領になったことを喜んだが、彼は黒人のために何もしてくれなかった。黒人に職を与えず福祉依存症の状態をつくった。福祉を受ける条件として離婚を勧め、その結果、黒人の子供の75%の家庭に父親がいない。トランプが大統領になって黒人は職が得られるようになり黒人の失業率は過去最低になった。これは民主党にとって不都合である。黒人が福祉に依存しなくなり、自分たちに投票しなくなるからである。民主党は黒人を豊かにすることに税金を使わず、不法移民を増やすためにお金を使ってきた。なぜなら、福祉に依存する人が増えれば増えるほど自分たちに好都合だからだ。そもそもリベラルは多様性や寛容を掲げるが、自分たちと意見の違う人に対して敵意をむき出しにする。黒人やゲイが弱者として振る舞ううちは味方になるが、少しでも保守的な発言をすると激しい嫌がらせを始める。今のリベラルは言論の自由を認めない勢力だ。
米国ではこうした運動が政治的に無視できない力を持ちつつある。その証拠に、これまで9割以上が民主党に投票すると言われてきた黒人層において、トランプ大統領の支持率が4割近くまで上昇しているのである。11月の中間選挙で共和党が大勝したならば、それは政治的影響力においてSNSがMSMを完全に逆転したことを意味する。
日本でもツイッターなどを中心にMSMへの不満は多く語られているが、米国と違って政治系ユーチューバーはまだまだ少ない。米国同様、SNSがMSMより政治的に大きな力を持つようになれば、NHKのネット受信料義務化の動きを阻止することも可能になるかもしれない。今後の米国および日本における政治系SNSの動きに要注目である。