消費者物価指数より「動学的価格指数」の導入を

バブル期の失敗を繰り返す日銀異次元緩和

2018年8月23日(木)

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日銀の黒田東彦総裁(写真=ロイター/アフロ)

 2013年に始まった日銀の異次元緩和(QQE)は過剰である。日銀は消費者物価指数(CPI)という静学的価格指数(1期間価格指数)に基づいた2%インフレ目標に固執し続けているが、筆者らが考案した動学的価格指数(多期間価格指数)によれば、日本経済は2013~14年にはすでにデフレを脱却していた。

 本稿では、動学的価格指数に基づく新しい金融政策を提案すると同時に、日銀が近視眼的な静学的価格指数(CPI)に基づいて1990年前後のバブル期と同じ失敗を再び繰り返していることを実証する。

 筆者の議論の骨子は、短期的で静学的な価格指数であるCPIに代わる、最新の経済学の考え方を取り入れた長期的で動学的な価格指数を金融政策に導入するというパラダイムチェンジを提案するものである。

 この価格指数の導入によって、資産価格バブルによる金融危機以降、金融政策当局やエコノミストらの間で大きな議論になっている「資産価格と金融政策をどうリンクさせるか」という課題を同時に解決できる点も先に強調しておきたい。

1.日銀の政策目標と動学的価格指数

 企業経営者が、目先1期間の収益だけではなく、長期間の期待収益の現在価値を考慮して経営戦略を決めるべきことは、今では教科書に載るほどの常識となっている。実は、まったく同じ理由によって、日銀は1期間の生活費を測る消費者物価指数(CPI)ではなく長期間の期待生活費の現在価値を測る価格指数を情報変数として金融政策を実施すべきだと筆者は考える。

 1期間の視野しか持たない消費者物価指数(CPI)に基づく金融政策は、企業経営者が目先1期間だけの収益しか考えないで経営戦略を決定するのとまったく同じ近視眼的過ちを犯していることになるからだ。

 日銀の政策目標は「物価(通貨価値)の安定」を通じて国民経済の健全な発展に資することにある。ここでいう「物価」や「通貨価値」を測る価格指数は、経済理論によれば「ある一定の効用水準(生活水準)を得るために必要な生活費」として定義される。ここでいう生活費は、目先1期間の生活費ではなく、現在から将来にわたる長期間の期待生活費の現在価値と考えるのが理論的に正しい。なぜならば、1期間より長期間の生活費の方が包括的、普遍的、現実的であるのみならず、真のインフレ動向をより正確に測ることができるからだ。

中銀も「経営者の視点」で政策運営を

 そこで企業経営と同様に、中央銀行が長期的、動態的視点に立った金融政策を実行するために必要な情報変数として創られたものが、動学的価格指数である。CPIのような1期間の生活費を測る価格指数を「静学的価格指数」と呼び、長期間の生活費を測るものを「動学的価格指数」と呼ぶが、実は理論上、前者は後者の一部(部分集合)すなわち特殊形にすぎない。

資産価格をどう金融政策に取り込むか

 さらに、動学的価格指数は、2008年に勃発した世界金融危機以降、世界の中央銀行や経済学者の間で活発に議論されている「資産価格と金融政策の関係」についても明確な答えを提供するものでもある。多くの中央銀行によって資産価格の重要性が共通に認識されているにもかかわらず、資産価格の変動に金融政策はどのように対応すべきかという問いについては意見の一致が見られていない。

 金融政策の目標は「物価(CPI)の安定」なので資産価格を無視すべきだという意見から、資産バブルは金融危機を引き起こすので注視すべきだという意見まで、幅広く議論されている。動学的価格指数は、資産価格を多期間価格指数自体の内部に理論的に導入することによって、金融政策の観点から資産価格をどのように捉えればよいのかという未解決問題に対する一つの理論的回答を提供するものである。

コメント7件コメント/レビュー

物価目標など金融政策を装うための方便に過ぎず、量的緩和の目的は円安誘導である。5年以上所期の目標を達成できないにもかかわらず、政府支持の下、手を替え品を替えての量的緩和継続は、円安誘導が政府ぐるみであることも物語っている。CPIをDEPIに変更する技術的な是非はともかくとして、澁谷氏も量的緩和が日銀当座預金を積み上げるだけで、経済活動活発化に繋がらず、リスクを増大させるだけと指摘するのであれば、量的緩和のいかがわしさをもっと突っ込んでよいと思う。
結局、経済成長の基盤は技術革新にあり、日本が低成長に喘いでいるのは、博士号取得者を減少させるなどその素となる研究開発を疎かにした咎めである。円安目的の量的緩和や女子、高齢者、外国人労働拡大などの低賃金雇用増大策は、低生産性産業延命策に過ぎず、目先の企業利益、雇用との引き換えに将来を売り渡す類である。
王道は、高付加価値産業への転換を促すための政策であり、財政金融政策はこれを支援するものを吟味して講ずべきであるが、国民を欺くような政府にまともな政策など期待できないのが悲しい。(2018/08/23 12:48)

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「消費者物価指数より「動学的価格指数」の導入を」の著者

澁谷 浩

澁谷 浩(しぶや・ひろし)

小樽商科大学特任教授

1988年、米プリンストン大学からPh.D(経済学)取得。米インディアナ州立大学、IMF(国際通貨基金)、日銀金融研究所などを経て現職。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

物価目標など金融政策を装うための方便に過ぎず、量的緩和の目的は円安誘導である。5年以上所期の目標を達成できないにもかかわらず、政府支持の下、手を替え品を替えての量的緩和継続は、円安誘導が政府ぐるみであることも物語っている。CPIをDEPIに変更する技術的な是非はともかくとして、澁谷氏も量的緩和が日銀当座預金を積み上げるだけで、経済活動活発化に繋がらず、リスクを増大させるだけと指摘するのであれば、量的緩和のいかがわしさをもっと突っ込んでよいと思う。
結局、経済成長の基盤は技術革新にあり、日本が低成長に喘いでいるのは、博士号取得者を減少させるなどその素となる研究開発を疎かにした咎めである。円安目的の量的緩和や女子、高齢者、外国人労働拡大などの低賃金雇用増大策は、低生産性産業延命策に過ぎず、目先の企業利益、雇用との引き換えに将来を売り渡す類である。
王道は、高付加価値産業への転換を促すための政策であり、財政金融政策はこれを支援するものを吟味して講ずべきであるが、国民を欺くような政府にまともな政策など期待できないのが悲しい。(2018/08/23 12:48)

『日本の景気が悪い原因を日銀のせいにすること自体が間違っています。
異次元緩和の効果で2013年にデフレを脱却したのは事実です。
しかしその後にデフレに戻ってしまった最大の原因は消費税増税です。
消費税増税の事を一行も書かずに日銀を声高に批判するのは間違いです。
訳の分からない計算式を振り回して自己満足に陥っているだけの様に見えます。』
 このコメントのご指摘の通りだと思います。DEPIによれば、2013年くらいには、物価は10%程度の上昇を示しています。な訳で、異次元緩和(と日銀様はおっしゃるが、当方にはちょびっと緩和としか思えませんが。)は、効果が有ったと断言できるでしょう!!。要するに、日本社会が人口減少による購買力の低下でまた、DEPIによればこの頃下降している。とにかく、購買力の向上つまり、人口増加、強制的人口増加とこれに購買力を付けるための人口付加価値付与政策が必要でしょう。その原資はどこにあるか?これを提案し具体化するのが、理論式を振り回す渋谷様のお仕事ではないでしょうか?この式の係数αを具体的に示すことが肝要では???(2018/08/23 12:29)

制御の評価関数をどう設定するかを論じられているようだが、DEPIで評価したとして90年バブル崩壊は事前の金利操作で防げたとしても、08年のリーマンショックはDEPIを基に金融の舵取りをしていたとしても多重債務問題の構造的解決が無ければ防ぐことは出来ず、その後の回復もDEPIを見るだけでは早めることも出来なかったのではないか。そして現在デフレを脱却していたとしても、そうですかこれが好況と言うものですかと社会が満足するものだろうか。物価動向も景気も心理的な現象であり、いかに経済学者が理論を振りかざしたとて、見る角度を変えたら見え方が変わると言うに過ぎない。それよりも大切なことは、社会心理を変える(持続的好景気を経済参加者が感じる状態を作り出す)には何をすればよいかを論じる事ではないか。景況判断の指標を変えたところで、バブル期に誰も景気の過熱を感じず、現在デフレを脱していたとしても誰もそれを実感できないことの方が問題なのであって、その状況を変えるためには、DEPIが物価動向の判断基準に良い値であると言うだけでは足りないと感じる。(2018/08/23 10:48)

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