西田宗千佳の「世界を変えるVRビジネス」:引きこもりを加速する企業 クラスターが狙う「VR時代の空間」ビジネスとは? (1/3)

» 2018年08月23日 08時00分 公開
[西田宗千佳ITmedia]

 VRの価値はなんだろうか? それは、私たちの生活を変える技術であることだ。ゲームやコンテンツとしての利用はその一側面であり、より大きな可能性は、「ビジネス環境を一変させる」部分に存在する。

 本連載では、そうした「VRとビジネスシステムの可能性」について、各所への取材を通じて探っていく。第1回は、「VRで場所を提供する」ビジネスの可能性ついてだ。

会議からコンサートまで、VRの「ハコ」を提供

 「ひきこもりを加速する」会社がある。

 五反田に本拠を持つ「cluster.(クラスター)」だ。同社は、インターネット上に空間を作り、イベントやミーティングスペースを提供するビジネスをしている。

cluster.のPVより。このような形で、ネット内にミーティングスペースなどを作れるのが同社のサービスの特徴だ

 同社が提供するVR空間は、さまざまな用途に利用可能だ。例えば、この酷暑の中、仕事のために出掛けるのは厳しいと誰もが感じているだろう。こうしたとき、cluster.のようなミーティングスペースがあれば、数人でのミーティングや数十人でのカンファレンスに活用できる。

空間のサイズは自由自在
2人の小さな部屋からカンファレンス規模まで設定次第

 もっと大きな規模でもいい。同社は実在のライブハウスを運営するZeppホールネットワークと共同で、VR内に「Zepp VR」を構築、数千人規模のライブを提供している。

 その最初のアーティストとなるのは、バーチャルYouTuber(バーチャルタレント)として人気の「輝夜月」だ。7月14日12時から販売されたチケットは、「1枚5000円」という実際のライブに近い価格でありながらも、ほんの10分で完売した。

バーチャルYouTuber・輝夜月の「VRライブ」。チケットは1枚5000円ながら、10分で完売した
コンサートの例。だが、輝夜月のライブの演出はまだ未公表で、もっと違うものになる可能性が高い

 両方に共通しているのは「家から出なくてもいい」こと。VRのヘッドセットをかぶってもいいし、普通のPCでもいい。クラスターが提供する空間にアクセスすることさえできれば、自分はどこにいても構わない。まさに「ひきこもりを加速する」サービスだ。

 なお、8月31日にVRで行われるライブは、「普通の映像」として、全国全国14カ所の映画館でパブリックビューイングが行われる予定となっている。輝夜月の人気の高さゆえだが、こちらは映画館で行われるので、実際に足を運ばねばならない。「家から出ないで見られるライブを、チケットがないために家から出て見なくてはいけない」というメタな状況にクラクラする。

 冒頭で述べたように、VRというとゲームやバーチャルYouTuberのような、コンテンツ面に注目が集まることが多い。だが、クラスターが提供しているのはコンテンツではない。コンテンツを提供したいと思っている人々、コンテンツを楽しみたいと思っている人々にとっては必要不可欠な「空間」「ハコ」そのものだ。

 クラスターの創業者であり、社長の加藤直人氏は、「会社のロゴも、実は『ハコ』なのですよね」と話す。自身のTwitter上でも、「バーチャルなハコに入る人」である、と説明している。

cluster.の加藤直人社長

 「私たちもバーチャルイベントのプラットフォームですよ、とは言っているのですが、本質的には違っています。私たちが作りたいと思っているのは、もっと広義の意味でビジネスをやろうとしている人たちに向けた『箱』です。自由に商業活動ができるVR空間、もといインフラを作りたい」

 「VRでも、人間がソーシャルな生き物であることは変わりません。すなわち、情報と価値を交換しながら発展していくわけです。ならば、『この未発達だが可能性に満ちあふれたVR市場に何を提供する?』と考え、『価値を交換する仕組み』を提供したいと思い至りました」(加藤氏)

「体験をやりとりする」ためにビジネスを発想

 すなわち、「ハコ」を作ることで、そこに集まる人と、そこで「演じる」「話す」人々との間で情報をやりとりする空間を作り、やりとりが発生する様をビジネス化することを狙ったのが同社、ということになる。

 となると、少し気になる点がある。「ひきこもりを加速する」という会社のスローガンと、この発想は直結していないように見える。「実は思い付きで、本当のスローガンは別にある」と加藤社長は笑うが、キーワードそのものには、クラスターを創業するに至る背景と、根本的な思想が隠れている。

 「VRに出会ったのは、2014年の3月くらいのことです。Oculus Rift(当時は開発者版)をかぶって、衝撃を受けました。『これからは体験をパブリッシュできる時代』になるんだ、と。一緒に創業した田中(田中宏樹氏。クラスターの共同設立者でCTO)に、『これは来るよ!』と言ってHMDをかぶせました。そこからが始まりです」

 「クラスターを創業する前、僕は3年ほど引きこもりでした。京大大学院を中退し、引きこもりつつ、受託でソフトを作ったり、ゲームエンジンに関する本を書いたりして暮らしていました。いまという時代は、ほんと、引きこもりに優しい。とても快適でした。でも、すごくフラストレーションは感じていたんです。それは、『インフォメーションのやりとりはできるけれど、体験、エクスペリエンスのやりとりはできない』ということです」

 「衣食住は、そのうち、ベーシックインカムなどの仕組みでなんとかなる時代が来るかもしれません。でも、その上の水準、『おいしいものを食べる』とか『いいものを着る』とかいうワクワクはどうでしょう? そういうものはインターネットにはない気がするんですよ」

 「いい服を買うための情報はあるし、家に実物が届く物流網は存在しますが、『いい服を着るとどんな気持ちなのか、どんな着心地なのか』を体験することはできない。Blu-rayで水樹奈々様のライブを見ても、なんか、どこかモヤモヤするんです。数千・数万人が一緒にいて、同じカルチャーに染まっているという“グルーブ感”、言い換えれば“エモさ”みたいなものが、ネットやBlu-rayには乗っかっていなかった、ということなのですが。そういうフラストレーションを感じたときに、Oculusに出会い、衝撃を受けたんです」

 「クラスターを始めるまでに、何をやるのかいろいろ考えましたが、取りあえず『集まって何かをやる』ものをやろう、と。ソーシャルベースの体験が重要になるだろう、と思っていましたので」(加藤氏)

 とはいえ、加藤氏が最初に作ったのはクラスターではなかった。VRを使った脱出ゲームだっという。複数人でやる体験もの、という意味では今に通ずるものがあるものの、満足した出来ではなかった。

 「やっぱり『自分がやりたいのはゲームじゃないな』と思ったんです。ゲームってどうしても賞味期限がありますし。ずっと長く使える、ツールのようなものがいい。体験をパブリッシュできて、価値の交換ができるようなインフラ、仕組み作りをやりたいと考えました」

 「そこで、今のVRデバイスの特徴を考えた上で逆算したんです。HMDはずっとかぶっていられない。VR機器は、そのうちコンタクトレンズのような型になるでしょう。だとしても、VRは目を覆う、つまり『100%見えている景色をハックする技術』です。VRは没入体験であり、ARは非没入体験、とも言えます。まあ、そのうちVR的な没入体験とAR的な非没入体験はシームレスにつながるでしょうけれども」

 「そう考えたとき、『没入』は日常にはならないんです。別の言い方をすれば、VRは『行く』体験であり、ARは『来てもらう』体験と言えます。『行く』よりも『来てもらう』方が便利だし日常に溶け込む体験ですよね。ならば、『没入』かつ『行く』もので、経済的なインパクトの大きいものを作ろうと」(加藤氏)

 こうした発想から、ライブやカンファレンスなどに「没入しに行く」サービスとしてのクラスターが生まれた。

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