新しいスタート
高校生活最初の新学期。誰もが新しい制服に戸惑い、学校生活や、これから始まる新しい出会いに複雑な感情を抱きながら入学式に向かう。
親を連れて歩く生徒、同じ中学校だったであろう友達と仲良く喋りながら歩く者、そんな生徒一人一人の輝いた姿は青木には眩しすぎた。
校門の前で記念写真を取る生徒達を横目に青木は下駄箱の前でクラス表を確認する。
1-A 青木博一 出席番号3番
青木はクラスを確認すると、出席番号と同じ下駄箱に靴を入れ上履きに履き替える。足が冷えており、馴れない上履きのせいか、足がふわふわする違和感を感じながらも教室へ向かう。
教室に入ると黒板に座席表が貼り出されていた。席は窓側の後ろから二番目。それと同時にどこかで見たような名前が目に入る。
中学3年の春に由井が転校してきて初日に挨拶をしてからそれ以降は姿を見なくなった。正確に言えば、教室では見なかった。進路準備室でたまに見かける程度だった。同姓同名だろうと思い、席に座るとスマホをいじる。
青木は友達という友達がおらず、中学時代はほとんど一人だった。馴れ合いとか友情ごっこはくだらないと自分に言い聞かせ、自分が一人でいることを正当化させてきた。それでも友情ごっこが羨ましかったのか、同じ中学の生徒が受けない1つ隣の県の高校を受験して、一からやり直したいと思う気持ちは少なからずあった。
スマホで匿名掲示板を閲覧しながら書き込む。「入学式初日でいきなりぼっちだけど質問ある?」
そんなありふれたタイトルに見ず知らずの人達が書き込みをする。「ない。終わり」「で?」「初日でぼっちとか当たり前じゃね?」「釣れますか?」「だってお前ニートじゃん」
様々な書き込みを見ながら返信して時間を潰す。これが青木にとってのライフスタイルだ。
入学式の時間が近付いてきた頃、見覚えのある生徒が入ってきた。髪はセミロングで何度か見たことのある顔……間違いない、それは青木の知る由井結依だった。由井は青木を一度だけ見ると、初対面の様に軽く会釈をして青木の後ろの席に座る。
無理もないか……青木にとっては由井一人だが由井からしたらクラス全員の中の一人。ましてや、転校の挨拶した初日だけでそれ以外は接点という接点がない。
入学式も一通り終え、担任の先生とクラスメイトの自己紹介になった。担任の
自分の出身中学校、趣味など30秒程度の時間を与えられスピーチをする。青木は苦手だった。クラスメイト達は次々に自己PRをしていく。笑いを取る者、真面目に話す者、緊張して言葉が上手く出てこない者、それぞれの個性が出ていた。そして青木の順番が回ってきた。
「青木です……青木博一です。宜しくお願いします……」それだけを言うと席に座り、まばらな拍手を受ける。「次で最後だな」塩田先生が喋る。青木は恥ずかしい複雑な気持ちで下を向いたままだ。
「由井結依と言います。以前の中学校では、3年生からの転入と言うこともあり、不登校でした。でも自分を変えたくて
それを聞いた青木は自分の心臓の鼓動が周囲に聞こえてしまうのではと思えるくらいドキドキした。
自己紹介も終わり、胸の鼓動が消えないまま、塩田先生から諸注意や明日からの説明があり、それが終わると「よし、ホームルームお終い!解散!」担任の声と同時に一斉に友達を作ろうとするクラスの輪が出来上がる。
3~4人の小さな輪が無数に出来上がっていく。青木はというと、相も変わらず一人だった。何人か声をかけてくれた人は居たものの、
青木は早々に学校を出てバス停に向かう。その時、後ろから駆け寄ってくる足音に気付き思わず振り返る。そこには息を切らし少し
「よ、由井さん?どうしたの?」今まで同性との会話も
「青木君!帰り一緒だよね?一緒に帰ろうよ!」呼吸が整わないまま、苦しそうな声で由井はニコッと笑い青木を見つめる。
青木は黙って
その瞬間、春の爽やかな風が吹き、由井の笑顔と桜の花が舞う一瞬の光景に、青木は心を奪われそうになった。
無言のままバスに乗り込む。電車も同じ車両にいながら別々の方角の窓から違う景色を見た。改札に着くと「今日はありがとう!明日も朝、一緒に登校しようよ!06:50分にホームでね!」笑顔で手を振る由井に対して青木は作り笑顔で右手を軽く上げるのが精一杯だった。
自宅に戻るとベッドに倒れ込む。今日一日の出来事が数日間の出来事に思えていた。おもむろにスマホを取り出し、匿名掲示板を開く。「高校初日に女と帰ったリア充ですが質問ある?」タイトルを打ち投稿する。
「嘘乙」「お前いっつも嘘ばっかだな」いつも通りの相手にされない返信にニヤニヤしながら画面を更新させていく。いつの間にか寝てしまい、入学初日の夜は明けていった。