繋ぎ回なのであまり話は進んでいません
第55話 方針転換
ナザリック地下大墳墓第九階層、塵一つない掃除の行き届いた廊下をデミウルゴスは不作法にならない程度の早足で歩いていた。
目的地は主の私室。
今回非常事態により、
シャルティアはまだ分かる。
いくつか思い当たることはあるが、やはり法国の件だろうか。
シャルティアを操った
他国の情報を現在一番知っているのはデミウルゴスだ。
だからこそ主は自分を呼び出し、法国の情報を直接聞こうとしているのではないか。
だが、残念ながら法国の情報をデミウルゴスはまだ殆ど把握していない、法国は情報隠匿が非常に巧い。それこそ人間の国家では考えられないほどに。
だが後ろに
そうなるとより慎重に、先ずはフールーダに書き写させている周辺諸国の情報の中から法国を中心に集めるよう指示を出しておくべきか。そんなことを考えている間に主の部屋の側まで辿り着く。
そこに思いがけない人物が居た。
普段とは違う服を着たアルベドが主の部屋の前でまるで門番であるかのように立っていたのだ。
デミウルゴスの接近に気づき、アルベドはチラリと目線を動かす。
そこにはいつもの微笑は無い。
彼女のあの薄い笑みが、自分の本心を悟らせないための仮面であることは知っている。
だからこそ驚き、同時に理解した。
主が自分を呼び出したのは法国の情報に関することなどではない。それが何かは分からないが、アルベドの無表情と冷たい視線が物語るのは怒りだ。
何か失態を犯した、だからこそ主は自分を呼び、アルベドはデミウルゴスに怒りを向けている。
「守護者統括殿。第七階層守護者デミウルゴス、アインズ様の命に従い参上致しました。アインズ様にお取り次ぎをお願いします」
「ええ。と言いたいところですけど、アインズ様は現在宝物殿にいるわ。少しここで待つようにと仰せよ」
「畏まりました」
礼を取り、直立不動の姿勢で扉を見上げる。
少なくともアルベドからは殺気じみたものは感じない。まだ取り返しのつく失態ということだ。となるとなにがあるだろうか。
頭の中で考え始めたデミウルゴスを前にアルベドにいつもの微笑が戻る。
いや、いつものものより少しだけ意地の悪いものだ。
「聞かないの? どうして自分が呼び出されたのか」
「理由は分かりませんが、私が失態を犯したのならばそれはアインズ様から直接伺いお叱りを受けるべきこと。それを先に聞くような真似は無礼に当たりますので」
平静を装って告げるが本当は恐ろしい。
主に失望されることが恐ろしくて堪らない。これまでの慈愛に満ちた対応を見るに主が、他の至高の御方々と同じ場所に行かれることはないと信じたいが、可能性がゼロではないということがデミウルゴスは恐ろしくて堪らない。
もしそれが自分の失態が引き金だとしたら、どう償えばいいのか想像もつかない。
「そう。そうね……でもアインズ様は別に貴方を叱責するために呼んだわけではないわ。私としては少し複雑なのだけれどね、だから聞きなさい。私が何故怒っているのかを」
「貴女が? どういう意味です」
「ラナー、だったかしら。あの娘、舞踏会で会ったわ」
「ああ……彼女が?」
王国の第三王女であるラナーは人間としては非常に有能だ。
デミウルゴスに匹敵する知能を持ち、自分と従者の人間以外興味がなく、国を売ることも問題としていない。王国を手に入れるために最も重要な駒の一つだ。
その彼女が何かミスをしたというのか。
だとすれば確かにラナーを協力者に選んだデミウルゴスの責任に他ならないが。
「あの娘、アインズ様を試したのよ。アインズ様が貴方の主であり、至高の御方だと知っていてなおアインズ様を試した。これは貴方のせいではないの?」
背筋が凍るとはこの事だ。
ラナーが主を試したことだけではない、それを予想出来なかった自分自身にだ。
「なんと言う。あれがアインズ様にそのような無礼を……分かりました、すぐに別の協力者を捜して──」
「デミウルゴス、あれが得難い駒なのは変わらないわ。貴方らしくないわね、言ったでしょうアインズ様はあの娘のことは別に不快に感じていないと。ただ舞踏会で色々とあって、貴方が考えていた計画からは外れることになる。アインズ様が貴方を呼んだのはそのことでしょう」
「畏まりました。申し訳ございません守護者統括殿、私が選んだ協力者が貴女を不快にさせたことをここでお詫び申し上げます」
いくら主が気にしていないと言っても彼女は別だ。しかし想定出来たとは言えその心情までは分からない。
デミウルゴスはラナーに自分とナザリックの力を理解させたつもりだった。
勿論裏切りを考慮しナザリックの場所や戦力は勿論、ナザリックという名前すら教えていない。
だがそれでも彼女の知能があればデミウルゴスの力と魔導王の宝石箱の商品、そしてなによりデミウルゴスより遙かに上を行く叡智を持った主の存在を知らせるだけで王国が沈み行く船だと気づくことは容易であり、事実彼女は即座に忠誠を誓った。
もし仮にラナーが主を試す必要があったとするならそれは、自分たちと同等の力を持った何者かの存在を知っていた場合。
法国がそうだとしたら、ラナーがどちらを選ぶか決めるために主を試そうとするのもおかしくはないが、それが今である必要はない。
何故危険を承知でこうも急いだのか、それだけが分からない。彼女がその程度のことを理解出来ないはずはない。
「不快ではあるけど。アインズ様がお許しになったのだからそれはいいわ。正直言って気持ちは分かるのよ」
「彼女の気持ちがですか、どういうことです?」
「彼女は自分と従者の男、その二つだけで世界が完結しているのよ。究極的に言えばそれ以外どうでも良い。だからこそ二人が幸せに暮らせる世界の創造、それだけが彼女の望み」
滔々と語るアルベドの目に恍惚とした光が灯る。
自分と主に置き換えて考えているのだろうか。
「つまりはその夢を叶えられないのならどんなに強大な力も意味を成さない。だからこそ彼女は危険を承知でアインズ様をお試しになった」
「例えその結果、アインズ様の怒りを買い自分とその従者が殺されることになっても?」
「ええ。それはそれで彼女としては悪くない結末だったのでしょう。もっとも、彼女は自分の力を過信し私たちに気づかれないと思っていた筈よ。実際私も途中までは気づかなかった」
「なるほど。流石はアインズ様。あの娘の知恵もアインズ様の叡智の前では児戯も同然、その上でアインズ様はあの娘を許したと?」
自分と同等のラナーの知恵も、全てを超越した主の前では無意味だ。
こんな時でも主の叡智には感服するより他にない。
「そうよ。だから貴方が今気にするべきは、そのことではなく状況が変更されたこと。先に私から話をしておくわ」
そう前置きをしてアルベドが語り始める。
舞踏会での出来事。
それらを聞きながらデミウルゴスは自分が練り上げた計画を即座に破棄し、それ以上の物を主に献上すべく思考を巡らせ始めた。
・
「クソガァァ!」
宝物殿に入りきらず入り口付近に積み上げられた金貨の山に向かってアインズは蹴りを叩き込む。
アインズの身長を遙かに越えてそびえる金貨の山、その一部が吹き飛び雪崩のように崩れていく。
何度も浮かび来る怒りを前に全て吐き出すと、次に襲い来るのは後悔だった。
法国から始まり、王国の貴族達に第一王子まで、次々とアインズの神経を逆撫でするようなことばかり続き、その鎮静しきれない怒りを抱いたまま王と第三王女にあったせいでデミウルゴスが考えた王国の貴族になる計画を放棄し、殆ど喧嘩を売るようなやり方でトブの大森林を自分の土地とすると宣言してしまった。
それが良いことなのか。せめてそこまで広大な土地ではなく、もっと他の土地。例えばナザリックがあるこの平地の一部だけにすれば良かったのではないか。
そもそも大森林を治めるにしても王国だけの許可で良いのか、帝国つまりはジルクニフにも聞いておくべきではないか。
怒りに支配されていた時はそれ以外方法は無いと信じていたが、冷静になってから浮かぶそういった疑問、そしてなによりも。
「デミウルゴスの計画を台無しにしてしまった」
経済都市計画だけではない。
それ以外にも任せている聖王国での計画や帝国での今後の活動にも影響があるのでないか。
デミウルゴスならそうした他の計画とも連動して今回の計画を立てた可能性もある。
それをアインズの短絡的な行動によって全てが台無しになってしまったとしたら、いくら詫びても詫びきれない。
だからこそ、ナザリックに帰還するなりデミウルゴスを自分の部屋に呼ぶように指示を出したのだが、その直後結局怒りを吐き出していないこともあって、今の状態でデミウルゴスに会っても再び短慮を犯しかねないと、領域守護者のパンドラズ・アクターが不在で誰もいない宝物殿でストレス発散をしていたわけだが。
「長居してしまったな。デミウルゴスはもう着いているだろうし急ぐか」
ただでさえ自分のせいで計画を滅茶苦茶にしてしまったのだ。その上呼び出しておいてあまり待たせるようなことはしたくない。
ただこれは自分を冷静にさせるために必要なことだったのだ。と言い聞かせ、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを発動させて自室に戻る。
「お帰りなさいませ、アインズ様」
今日のメイド当番にして、朝喜々として舞踏会に出るための服を選んでくれたデクリメントもアインズが戻ってから不機嫌だったことに気づいてか、少々大人しい。
威圧してしまったのならば悪いことをした。
「ああ。デクリメント。お前の選んでくれた服は舞踏会にいたどの者より私を目立たせ、我らの力を存分に示すことが出来た。礼を言おう」
服装については特に何も言われていなかったが、少なくとも人間達のどの服よりも上等だったの間違いない。
「もったいなきお言葉! アインズ様の御威光があってこそとは存じますが、僅かでもそのお役に立てたのでしたら本望でございます。フィースはアインズ様には赤がお似合いだと言っていました。勿論それも良いのですが、アインズ様には純白も良くお似合いだと思うんです」
キラキラした瞳で語るデクリメントにアインズは苦笑しつつも、今日は服は着替えずに居ようと決め、改めて問いかける。
「それで。デミウルゴスは来ているか?」
「はい。アルベド様と共に外でお待ちです、お通ししてもよろしいでしょうか?」
「アルベドも? 分かった、通せ」
アルベドは元から執務室の方で待機していたはずだが、先にデミウルゴスに舞踏会での話をしたのだろうか。
元から話をするつもりだったので良いのだが、これからのことを考えると気が重い。
デミウルゴスに悪いとは思うが、アインズは貴族として王国に仕えることを止めたことに関しては後悔していない。
王国は想定以上に使えない国だ。
そんな国の下に付いたらどうなるか手に取るように分かる。例え僅かな期間であろうと、ナザリックが侮り舐めている連中から命令されるのは我慢ならない。
それならばまだ帝国の方がマシだ。
その辺りを含めて言い訳をしてみようか。
王国の代わりに帝国の貴族になり、そこから改めて経済都市計画に持っていくことは出来ないだろうか。
いや、それよりももう一つだ。
「デクリメント。二人を通したらそのままシャルティアを呼んできてくれ」
「はい! 畏まりました」
頭を下げてデクリメントが部屋を出てから、アインズは息を吐く。
シャルティアもナザリックに帰還させたが、それは法国に再び狙われる可能性を考えて待機させるつもりだったためだ。だが、流れ次第ではシャルティアに話を聞くこともあるかもしれない。
もう一つ、法国についてだけはデミウルゴスの計画にあろうとなかろうと、結末だけは決めている。
そこだけはよほどのことがなければ変えるつもりはない。
折角吐き出したというのにまた思い出してイライラしてきたが、もう一度宝物殿に行く時間はない。
深呼吸の真似事をしながらデミウルゴス達が入ってくるのを待った。
「第七階層守護者デミウルゴス。御身の前に」
共に入ってきたアルベドはいつものアインズの傍に移動し、デミウルゴスはアインズの前で片膝を突き、深々と頭を下げた。
いつもより更に深いお辞儀にはどんな意味があるのだろうか。
存在しない心臓が早鐘を打つ想像をしながら努めていつも通りの声を出す。
「面を上げよ」
「はっ!」
「デミウルゴス。お前に一つ話さなくてはならないことが出来た。例の経済都市計画のことだが──」
恐る恐る切り出すと、デミウルゴスは特に動じた様子もなくキビキビと返答する。
「はっ! 恐れながらアルベドより事前に伺っております。王国の貴族になることをやめ、トブの大森林に新たに国を築くことになされたと」
聞いていたのか。と思う間も無く、突然現れた国という単語に動揺する。
「え? 国? いや、そうした大それた物ではない。あくまで私の土地として管理すると言うだけで」
慌てて否定しようとするが、デミウルゴスは明るく言う。どうやら怒っては居なさそうだ。もしかしたらこれは場の空気を和ませる冗談だったのだろうか。
「何を仰います。広大な土地を手に入れ、そこを治め収穫を上げ、他国と公益を結ぶ。少なくとも他国から見ればそれはアインズ様が独立し国を立ち上げるも同然。とは言えナザリックの者を表に出さない以上、国民が居ない。となれば正式に国を名乗るのはもう少し後、という意味でしょうか?」
やはり冗談ではなさそうだ。
そういうことになってしまうのか。
アインズは国の興し方など知らない。キチンとした手順を踏み周辺諸国の了承を得て初めて国が出来るものだと思っていた。だからあくまで空いている土地に自分の家を建てる程度の気持ちだったのだが。
どちらにせよ、ここは乗るしかない。
「う、うむ。そういうことだ。してデミウルゴスこうなってしまった以上、お前が練り上げ、私が了承した計画のそのほぼ全てを変更せざるを得なくなった訳だ。それらは全て私の不徳の致すところ。すまない、許してほしい」
デミウルゴスが怒っていないとしても、だからといって日頃から報連相の大切さを説いているアインズが相談も無しに一度了承した計画を破棄したことには違いない。
そのことはしっかりと詫び無くてはならない。と背筋を伸ばし、その場で深く頭を下げる。
「な! アインズ様!」
「お、おやめください!」
アルベドとデミウルゴスが慌ててアインズを止めようとする。
だが謝罪は必要だ。それにアインズはこの期に及んで、あわよくばこれで自分の虚像修正にも一役買うのではないか、と考えてしまった。
自分の間違いを認め、申し訳ないという気持ちからするべき謝罪に自分の損得を僅かでも絡めてしまった自分が恥ずかしくなり、アインズは顔を上げることが出来なかった。
その後、アルベドがアインズの顔を上げさせようとしたり、デミウルゴスが慌てるあまり効果のない支配の呪言を使ったりと騒動がありつつも、何とか全員が落ち着き、今後のことについて話をすることになった辺りで呼び出されたシャルティアも合流した。
「アインズ様。例の私を操った者共が判明したと聞きんした。是非私にご命令を。この世の地獄を味あわせたいと存じんす」
「シャルティア。気持ちは分かるが少々待て。奴らの戦力も未だ不明、お前達には
「以前アインズ様が仰っていた二十と呼ばれる
「そうだ。故に先ずは情報を集める。これまでは周辺諸国満遍なく情報を集めていたが今後は違う。法国を中心に集めよ。特に奴らの目的だ、異種族から人間を守る人類の守護者と言ってはいるが、それが本当かどうか、何か別の目的があるかもしれん」
人類の為に異種族を殲滅するのが国を上げての目的だとは言うがそれがどこまで本気なのか。
今入っている情報だけでも確かに他国が異種族から攻められると損得関係なく軍や件の特殊部隊六色聖典を派遣していると聞くが、それも何かの目的に隠れ蓑という可能性もある。
例えばそうやって各国に介入することによって、それこそこの世界にあるかも知れない
そこまでいかなくても、この世界にユグドラシルのことが知られていないところを見るにその情報を独占しているのは明白だ。
「畏まりました。法国について調べ上げます」
「うむ。それとシャルティア。お前は念のため、安全が確認出来るまで店に出ることは禁止だ」
「そんな! アインズ様。私もアインズ様のお役に立ちたいです」
「シャルティア。気持ちは分かるけど、アインズ様は貴女のことを思って言って下さっているのよ? 店に出なくとも、出来ることはあるでしょう。貴女本来の仕事である階層守護もあるわ。これから他の者達が外に出るならその分ナザリック内での仕事が増えることになるのだから」
アルベドがシャルティアを宥め、そこにデミウルゴスも続けた。
「それが良いだろうね。君は一度法国に操られている。ということは相手も君の顔を知っていることになる。そして君は相手の顔を覚えていない以上、姿を見られるだけで魔導王の宝石箱とアインズ様、そして君を退治したことになっているモモン様、その全員が仲間であることまで知られてしまう。そのリスクは計り知れない」
アインズは単純にシャルティアが再び狙われたら危険だと思っていたが、デミウルゴスの説明にそれもあったかと納得する。
モモンはシャルティアをホニョペニョコと言う名の吸血鬼として退治したことになっている。
法国がモモンに近づいてきたのはそれだけの強さを持った吸血鬼を退治した実力を見込まれてのことだ。
その吸血鬼が実は生きていてそれも魔導王の宝石箱でアインズの庇護下にあると知られれば、店だけではなくモモンも纏めて人類の敵と認識されてしまう。
これから店舗拡大を目指している魔導王の宝石箱にとってそれは致命的だ。
「それは……そうでありんすが」
多少落ち着いたのか言葉遣いがいつものものに戻ったが、シャルティアはシュンと花が萎れたように落ち込んでしまった。
シャルティアはこれまで操られてアインズに牙を剥いたことを自分の失態と考え──アインズが何度そうではないと言って、罰を与えても納得は出来ていないらしい──それを払拭するために努力してきた。
その結果が王都支店での成果であり、話を聞いたところセバスは店の人間達を取り仕切り、ソリュシャンは上からそれを眺めつつ今後の商品や、売り出し方を考える。
そしてシャルティアはゴーレムの運搬や、ナザリックの各方面との情報伝達や在庫管理を行い、店に貢献しているという。
だがこれも言ってしまえば替えが利く他の者達に任せても問題ない業務であり、その事をシャルティアは気にしつつも全力で仕事に当たっていると聞いていた。
だからそれすら取り上げられることに絶望を感じているのは間違いない。
だが、だからと言って今の状況では幾ら裏方でもシャルティアを店に置いておくことは出来ない。
何しろ相手の戦力は未だ不明だ。
以前ニグンを監視していた者の魔法はアインズの攻勢防御で防げたが、ナザリックほど監視対策が出来ているわけではない店であれば覗かれる危険もある。
それを考えるとナザリック内に置いておくのが一番安全──
(いや、待てよ)
「シャルティア。お前の気持ちは分かるが、王国の店舗は奴らに目を付けられた可能性がある」
「はい。申し訳ございません、ワガママを──」
「いや。気持ちは分かると言ったはずだ。だからこそ、お前に新たな任務を与えよう……シャルティア、私が未知なる場所に出向く時、その際は変装をした上で護衛としてお前が私に付き従え、法国の監視が私の攻勢防御で防げる以上、私と居れば気付かれる危険も少ないだろう」
そう。シャルティアが目の届かないところにいるから心配なのだ。
他の者達が成長しているとは言っても、とっさの判断や突然襲いかかられた時の臨機応変な対応もまだまだアインズに分がある。
そもそもシャルティアを王都に配置したのも何かあったときアインズが傍に居れるようにだったはずだ。
アインズが忙しくなってそれどころではなくなってしまった感があるが、今からそれをやり直しても──
「反対です!」
こちらもまた当然のようにアルベドが反対する。
その横ではデミウルゴスが呆れたように息を吐き、アインズが何か言うより早く前に出た。
「私は賛成いたします。今後法国が恐れ多くもアインズ様を直接狙わないとも限らない、故に護衛は絶対必要です。守護者は皆各地に仕事を持っており、アウラも今後はトブの大森林の管理を行うことになる。となれば自由に動けるのはシャルティアだけということになります」
「私がいます! 護衛というなら防御に優れた私の方が」
「アルベド。お前にはナザリックの管理がある。例のエルダーリッチはあくまで一時的な管理が出来るだけだ。このナザリックを任せられるのは守護者統括たるお前以外に存在しない、私はお前を信頼しているのだ」
「それは……アインズ様、ズルいです。その様なことを言われてしまっては、なにも言えません」
どうやら納得してくれたようだ。
しかし、何故かシャルティアは反応を示さない。
はて、と思って様子を窺うとシャルティアは大きな瞳を更に大きく見開きながら完全に固まっていた。
「シャルティア。どうした?」
流石に声を掛けると反応し、その後何度も目をしばたかせた後、怖ず怖ずと話しかける。
「はっ! あ、アインズ様の護衛という大役、本当にわたしでよろしいのでありんしょうか?」
即答するかと思ったが、珍しくシャルティアは自信がなさそうだ。
本来守護者、と言わずナザリックのNPC達は彼らが至高の御方と呼ぶ者に創造されたことで、自分達に勝るのはアインズ達ギルドのメンバーか同じNPCしかいない。と思っているはずだ。
そのシャルティアが自信を失っているのはやはり例の失態のせいだ。
だとすればアインズが出来ることは一つしかない。
「シャルティア。以前も言ったように……いやあの時のことは忘れているんだったか。お前のことはペロロンチーノさんから良く聞いている。他の誰より私はお前のことに詳しいのかもしれん。加えてその強さも私が一番良く知っている」
身を持ってとは流石に言えない。
また気にしそうだからだ。
「だからこそ、お前のその強さを私の指示の元で奮えば、いかなる敵であろうと必ずや勝利出来る。私はそう確信している」
シャルティアのビルドはアインズと違い遊びの無い構成でプレイヤースキルを加味しなければユグドラシルの全プレイヤーから見ても上の下、装備品を完全に整え、相手によって装備を変えれば上の上にすら肉薄する。
つまり相手にプレイヤーがいたとしても大抵は勝てる。
問題はプレイヤースキル。これによってせいぜい中の上程度でしかないアインズでもシャルティアに勝利を収めた。
つまりアインズと共に行動させることでその弱点を補えば、誰にでも勝てるは言い過ぎだが、最低でも逃げ出すことは可能だ。
元々シャルティアの構成はアインズにとっては天敵とも言えるが同時にそれはアインズの弱点をカバーしていると言い換えることも出来る。
組んで戦うことを考えるとこれ以上無く適役なのは間違いない。
「あ、アインズ様ぁ」
体を振るわせながら、涙声でアインズを見上げるシャルティアに、アインズは大きく頷いた。
「シャルティア。私の護衛は任せたぞ」
アインズの言葉を受けて涙を止めたシャルティアは胸を張り力強く宣言した。
「畏まりました。このシャルティア・ブラッドフォールン。必ずやアインズ様の御身をお守りし、誰であろうと全てことごとく殲滅してご覧に入れます!」
別に殲滅するのが目的ではないのだが、やる気を削ぐこともないだろう。
「つきましてはアインズ様。夜もわたしが護衛をしんすから、今日から同じ部屋で……」
いつかのアルベドと似たような事を言うシャルティアに、一度は落ち着いたアルベドが再び声を上げる。
「却下! 絶対に却下! シャルティア。調子に乗らないように。貴方はあくまで外に出る時にアインズ様をお守りすればいいの。ナザリック内では常に私がアインズ様をお守りします! もちろんベッドでも……」
「そっちこそドサクサ紛れにふざけたことを。アインズ様のベッドは私が──」
ギャーギャーともはや恒例行事のように言い合いを始めた二人にアインズはため息を落とし、デミウルゴスに向かってひらひらと手を動かして合図を出す。
それを受けたデミウルゴスが二人を止めようとする様を見ながら、アインズはシャルティアにさせる変装も考えなくては。とぼんやりと考えていた。
「さてデミウルゴス。改めてお前に聞こう、今後どう動くのが正解だと思う?」
アルベドとシャルティアを一時的に部屋から下がらせた後、アインズはデミウルゴスと二人だけになってから問いかけた。
アインズのせいで台無しになってしまった計画を破棄させ、直ぐに別の案を出せと言うのも酷い話だが、少なくともアインズの頭脳では思いつかず、殆ど祈るような気持ちで問い掛けた。
もちろんこの場で答えられるとは思っておらず、考えておくようにと命令を出すつもりだったのだが、予想に反しデミウルゴスは考える間も空けずに口を開く。
「はい。やはり本店の設置は急務でしょう。先ずはトブの大森林内に本店を設置致します。新たに造る時間もありませんので、以前アウラが作った偽りのナザリックをそのまま使用するのが良いかと」
既にアルベドから話を聞いていたとは言え、ここまであっさりと次の計画を語り出すデミウルゴスにアインズは驚いたが、同時に疑問も浮かんだ。
確かにアウラには敵の目を欺くためにダミーのナザリックを作らせ既に完成している。だがそれを作った場所は森の奥深くだ。
「うむ。しかし、それでは人が集まらないだろう。あの場所は大森林の中でも随分奥に作った。カルネ村の連中でもたどり着けないはずだ」
経済都市計画の第一段階として本店に人を集めて名声を高め、そこから各所に支店を作って影響力を広げることだった。
だが、人が立ち入ることの出来ない大森林の奥に作られた偽ナザリックを本店にしても誰も近寄れない。
周囲の森を開拓して発展させるのでは時間がかかり過ぎる。
「はい。ですので、本店はあくまでそこにあるとだけ説明し、客には例のカルネ村の者たちをナザリックに招いた時と同様の方法で移動させ、その受付をカルネ村近くに設置します。また人間たちにはその本店を利用出来るのは選ばれた上客だけとすることで優越感を感じさせ、競って魔導王の宝石箱に金銭を使わせます。同時に予定では本店を開店後に支店を増やす手はずでしたが、商品を購入させる場として、支店を増やすことも同時進行で行います」
「ほう。数ではなく質で本店の名声を高めると言うことか。なるほど。確かに人間ども、特に王国の愚者どもなら競って金を使いそうだな」
「はい。ランク制にして使用した金額によって買える品が変わるのも良いかと。そして同時に法国が行っている仕事を秘密裏に妨害して行こうかと考えております」
「法国の仕事、というと異種族の排除か……」
確かに法国の邪魔をするのは感情としてはアインズも賛成したいが、それでは法国を刺激するだけだ。
もちろんアインズは法国を許すつもりはない。必ず始末すると決めているが、同時に
ぷにっと萌えが言っていた『戦闘は始まる前に終わっている』との格言通り、確実に勝てると言えるほど情報を集めてから行動をするべきではないのか。
「陽光聖典の生き残りから聞き出し、法国の少なくとも大部分が本気で異種族の排除を悲願としているのは既に調べが付いております。無論上層部に他の狙いがあるかもしれませんが、少なくとも国民や実行部隊は皆本気で人間こそが神に選ばれた種族であり、異種族は敵だという認識があります。それを利用します」
陽光聖典の者達は数回質問すると死んでしまうことからあまり詳しい情報は得られていなかったが、それでも幾つか情報は得られているその中にあったのだろう。
「ふむ。具体的には考えてあるのか?」
「はい。法国を妨害すると言っても異種族側を支援するだけではなく、逆も行います。すなわち──」
喜々として語り出すデミウルゴスに、この短い期間でよくこれだけポンポンと計画を立てられるものだとデミウルゴスの叡智に改めて感心しながらアインズは新たな計画に耳を傾けた。
ここから元々の予定だった店舗を増やしていく話になります