人生100年時代を楽しむ、大人の生き方 Magazine

「大人が出会うべき音楽。それは古典の中にある」菊地成孔氏インタビュー【第1回】

 

 

大編成のジャズ・インストゥルメンタル・バンドDC/PRGのリーダーであり、最近は小田朋美(CRCK/LCKS)とポップ・ユニットSPANK HAPPYのシンガー/コンポーザーとしても活動する菊地成孔。音楽活動のみならず、文筆家としても音楽批評や映画批評を中心に行ない、さらにはラジオパースナリティやDJ、テレビ番組などへの出演もこなす彼は、一体どんな生活サイクルを送っているのだろうか。今回MOCでは、「大人が聴くべきアルバム3選」を彼に訊く前に、まずはその謎めいたライフスタイルに迫った。

 

 

──菊地さんは普段、朝方に寝て夕方に起きるという生活サイクルだそうですね?

 

もう習慣になってますね。実家が飲み屋なので、子供の頃から店を手伝わされていて。それで宵っ張りの癖がついてしまった。子供なのに寝るのが3時とか。それで学校は8時に始まるから、慢性の寝不足状態(笑)。

 

成人して好きなだけ起きられるようになると、完全に昼夜逆転しました。上京したばかりの頃は、今とは違って東京の夜は深かったんですよ。終電で帰る人もそんなにいなかったし、終電後に遊べるところが今の100倍くらいあった。当然、朝まで飲んだり踊ったりするのが日常となり、寝るのは7時とか8時のサイクルがかれこれ35年くらいずっと続いています。最近は起きるのが9時くらいまでズレ込んでるかな。

 

──(笑)。音楽活動以外にも、執筆活動やラジオ出演、学校の講師など色んなことをされているじゃないですか。スケジュール管理とかどうしているのですか?

 

自分がどのくらい仕事を入れると「オーバーワーク」になるか把握しているので、そのギリギリのラインでストップしています(笑)。どの時間帯に、どのくらいの集中力があって、実時間がどのくらいかかるのか分かっているから、締め切りを大きく落とすということも……まあ、たまにやりますが(笑)、甚だしく遅刻したりとかそういうことは、なるべくないようにはしていますね。

 

 

 

 

──オファーが来れば目一杯入れられるところまで入れてるんですね。

 

入れてますね(笑)。

 

──となると、インプットの時間ってどうされているのですか?

 

自毛作というか自給自足というか……(笑)。例えば仕事のために演奏の練習をしたり、誰か有名な人のコピーをしたるすると、そこで発見があるんですよ。映画の評論にしても、仕事のために観た映画に発見があって、それが他の分野で役立つこともある。今年に入ってから僕はSPANK HAPPYというユニットを組んでいて、ライヴでは相方のODこと小田朋美と2人で踊ってるんですが、その振り付けを僕が担当しているので体の動かし方に関しても色んな気づきがありますね。

そうやって仕事でアウトプットしながらインプットしている状態。まあでも、インプットで一番大きいのは読書と、ストリートで得る情報ですね。ストリートの教養が最も疎かになりがちだけど、僕は100パーセント外食なので、そこでたくさんの情報を得ている。

 

──どうやって?

 

まずは、お店の子たちと仲良くなる。さっき実家が飲み屋だと言いましたが、母方が寿司屋を、父方が日本料理屋をやっているので、お店のバックヤードがどうなっているのか分かるんですよ。フレンチでもとラットリアでも屋台でも、裏方の仕事が分かるので、ちょっと話すと仲良くなっちゃうんです。

 

 

 

 

──昼夜逆転していると、お店も限られてますよね。

 

限られているし、そういうところで働いているのは調理人もフロアも、元ヤンが多いんです(笑)。たまに僕のこと知ってる子もいて、「ラジオ聞いてます」みたいに声かけられたりすると、まあ話も早いじゃないですか。もちろん僕のこと知らない子でも、料理の話を色々しながらちょっとずつ仲良くなっていく。それで、美味しいお店を見つけたら一緒に食いに行ったりすることもあるんですね。

 

──へえ!

 

僕は、同業者の友達はほとんどいなくて。大抵飲みに行くのはシェフとか。昔は自分で全部料理していたんですけどね。得意なので。もう20年近く包丁を握ってないので、おそらく作れなくなってるけど。最初の結婚の時は、全部作っていました。

 

──外食を100パーセントにしようと思ったのは?

 

歌舞伎町に2004年から10年間住んでいたのですが、その間は基本的に街から情報を得ることの喜びが凄すぎて(笑)。マトモな人が1人も住んでいないから、寝て起きてコンビニに行って、水を買ってテレビを観て寝るだけでも、ものすごい情報が入ってくる。

 

──はははは!

 

 

 

 

それまでは生意気にもおしゃれな自由が丘に住んでいたので、全く情報なんて入ってこなかったんですけどね。歌舞伎町は歩いているだけで情報が入ってくるし、飯を食っているときはみんな無防備なので、もうメチャクチャ色んな話が聞ける。しかも僕は韓国語が少し分かるので、韓国人たちが「ここは外国」とばかりに好き放題言っているのも聞こえてくるんですよね(笑)。とにかく話題には事欠かなくて、当時はラジオでも歌舞伎町の話しかしてなかったな(笑)。

 

──ストリートの情報を収集するためには、外食は必須というわけですね。

 

ただし、バーはダメですね。バーテンダーと話して寂しさを埋めるだけだから(笑)。ストリートの教養としては役に立たない。

 

──情報収集というよりは、承認欲求を満たす行為に近いのですかね(笑)。

 

そう。それ自体は決して悪いことじゃないし、必要なときもあるけど。情報収集としては、隣の席の別れ話や床屋談義を聞いている方が役に立ちますね。

 

 

 

 

──創作活動をする上でも、今の生活サイクルの方が楽ですか?

 

そうですね。朝寝て夕方に起きたら、こういうインタビューや打ち合わせをまずやる。楽器の練習もこの時間帯にしていますね。まあ、別にストイックに毎日規則正しく時間を決めて生きているわけじゃないけど。創作の時間は特に決まってはいないのですが、早いと大体21時くらいから、遅いと夜中の1時から初めて、朝6〜7時くらいに切り上げますね。

 

──音楽制作は自宅で行なっているんですか?

 

自宅には音楽を作る環境がないんですよ。いわゆる打ち込みが僕は出来ないし、家に防音部屋もないので、作曲をするにしても、サックスの練習をするにしても、歌の練習するにしても、レンタルスタジオに行かなきゃならないんです。しかも、学生が使っているようなスタジオに普通に入ってますね。

 

 

 

 

──例えば、SPANK HAPPYのようなトラックはどこで作っているのですか?

 

SPANK HAPPYは全て宅録ですが、細かい作業はマニュピレーターやビートメイカーに任せています。僕は学校を30年くらいやっていて、教え子の中に優秀な人材が何人もいるんです。今現在で、ビートメイカーは3人囲ってるんですが(笑)、彼らの家に行ってそこで手伝ってもらう。あと、OD自宅にも宅録出来る簡単な環境があるので、そこで作業することもあります。そうやって大まかな曲の骨組みを作ってから、外のスタジオで仕上げていくんです。

 

──楽曲のアイデアみたいなものは、すでに頭の中にあって、それを「トレース」していくような感じなのですか?

 

場合にもよりますけど、大抵はもう頭の中で(曲が)鳴っているので、貸しスタジオへ行ってピアノで弾いたり、歌ってみたりしながら採譜していく。脳内にあるイメージをドサッと落としていく感じ。それをマニュピレーターやビートメイカーのところへ持って行って整えてもらうわけです。何のアイデアもない状態のままマニュピレーターのところへ行って、「だいたいテンポはこのくらい」って伝えて、その場で浮かんだフレーズやメロディを取っ掛かりに作り進めるという場合もあります。

どこのミュージシャンも、だいたい同じようなことをしてるんじゃないかな。とりあえずコンピュータを立ち上げて、ソフトをいじっているうちに曲が出来ていることもある。それってバンドでセッションしてるうちに曲が出来たりするのと一緒ですよね。要は、頭の中で作るか、やりながら作るかの違い。

 

 

 

 

──SPANK HAPPYのようないわゆる「歌モノ」の作曲は、菊地さんが手がける他のプロジェクトの作曲とは違いますか?

 

インストと違って、歌モノには「縛り」があるわけですよ。例えば、「バディと一緒に歌える曲であること」とか「あまり難しいコードは使ってはいけない」とか、場合によっては「4拍子でないとダメ」とか(笑)。インストの演奏、例えばDC/PRGなどは、上手いプレーヤーがいればやれることに上限がない。どこまでも出来ちゃうから、かえってまとめるのが大変なんです。でも「縛り」がある方が、実は簡単に作れる。簡単なだけに「いいもの」を作らなければならないんですけどね。

 

 

昼夜逆転した生活サイクルによって、独自の情報収集能力を身に付けた菊地。常人には考えられないような仕事量を日々こなしているのも、誰もが寝静まった深夜だからこそ発揮できる集中力が鍵になっているのかもしれない。

さて、次回はいよいよ菊地セレクトによる「大人が聴くべきアルバム」をお届けする。古今東西、様々な音楽を浴びるように聴いてきた彼は、MOC読者のためにどんなアルバムを選んだのだろう。そして、それぞれのアルバムに込められた思いとは……?

 

 

写真:杉江拓哉( TRON)   取材・文:黒田隆憲

 

 

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編集・構成 MOC(モック)編集部
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PROFILE

菊池 成孔

東京ジャズシーンのミュージシャン(サキソフォン/ヴォーカル/ピアノ/キーボード/CD-J)として活動/思想の軸足をジャズミュージックに置きながらも、極度にジャンル越境的な活動を展開、演奏と著述はもとより、ラジオ/テレビ番組でのナヴィゲーター、コラムニスト、コメンテーター、選曲家、クラブDJ、映画やテレビドラマの音楽監督、対談家、批評家(主な対象は音楽、映画、服飾、食文化、格闘技)、ファッションブランドとのコラボレーター、ジャーナリスト、作詞家、アレンジャー、プロデューサー、パーティーオーガナイザー等々としても評価が高い。

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