魔術

スピリチュアルに浸透する「陰陽師」についての考察

Fra sol phoenix

今から20年ほど前、夢枕獏原作、岡野玲子作画の『陰陽師』が流行した。平安時代を舞台に陰陽師安倍清明が魔術を駆使し京の都に跋扈する魑魅魍魎と渡り合う物語は、サスペンスにあふれた魅力的なものであった。安倍清明は若い美男子として描写され、友人である源博雅は彼の引き立て役と言ったところだろうか。六壬式盤で未来を予知し、式神を使役して異形の者に立ち向かう安倍清明はまさに魔術師であり、読者にとってもヒーローそのものであった。

この作品の影響だと思うが、テレビでは陰陽師と称する黒い束帯を着た男性が出演し、カルチャースクールでは陰陽師という肩書でローマ字表記の名前の講師がセミナーを開く。いろいろなところで自称陰陽師を見るようになった。ネットでは清明神社や土御門神社本庁と無関係と思われる占い師が安倍清明の26代目や27代目を自称する。このようにいかにも胡散臭いと分かる面々だけではない。伝統宗教であるはずの天台寺門宗のある住職は陰陽師の子孫とプロフィールに書き、古今の魔術に精通しているかのように装う。読者諸氏もどこかでこのような怪しい自称陰陽師たちを見たことがあるだろう。

だが、彼らは本当に陰陽師―式神を飛ばし式盤を駆使し未来を予知できる魔術師なのだろうか?読者諸氏は陰陽師と言う肩書の人を書店やネットやテレビで見たらまず考えてみてほしい。平気で嘘を垂れ流す無責任なテレビ、意味不明なカタカナが躍る精神世界本、ネット上にあふれるスピリチュアル系のサイトにブログ、これらはみなビジネスであるということを。スピリチュアルビジネスは虫を引き寄せる食虫植物のフェロモンのように甘い言葉で人の弱みに付け込むことが得意だ。陰陽師と言う肩書はとても役に立つ。誰が名乗っても法的問題は一切生じないし、何より言葉のイメージが出来上がっている。スピリチュアルビジネスをする詐欺師にはうってつけの小道具に過ぎないのだ。

ここで陰陽師について歴史的な事実を見てみよう。陰陽師とは、律令体制下の省庁の一つである陰陽寮に所属する官僚の位階の名前であった。陰陽寮に所属する官僚のすべてが陰陽師だったわけではなく、陰陽師は資格でもなければ僧侶のような宗教家でもなかった。陰陽寮に所属する官僚は、天皇・皇族や藤原氏といった上位貴族の諮問に応じ、暦を編纂し吉凶を占い儀式を行う技官にすぎなかったのである。これは読者にとっては意外な事実だったであろう。儀式を行うと言えども当時の陰陽道は技術とみなされており、その宗教的側面はとても薄かったとされる。確かに、陰陽道は中国の道教に由来し固有の神を祀るのであるから、今の日本人からすればまぎれもなく宗教といえるだろう。しかし、律令制の時代、陰陽道が日本仏教に矛盾・葛藤なしにとりいれられていったという事実からも、陰陽道が特に技術として認識されていたことがうかがわれるのだ。

さて、陰陽寮には、訓練生である陰陽生と陰陽得業生という学生がおり、彼らは陰陽師~陰陽博士~陰陽頭といった官職を得ることができた。陰陽生・陰陽得業生は陰陽寮に所属するものの、官職には含まれていなかったのである。

陰陽師の代名詞たる安倍清明も最初はもちろん陰陽生であり、陰陽得業生であった―なんと40代まで。40代で官職を得た安倍清明はその後陰陽寮官僚としては破格の出世をし、80代半ばで没するまでには、従四位下の官位をもつ天皇直属の諮問官にまで上り詰める。

さて、安倍清明は官僚の陰陽師の代表であるが、彼のライバルとして創作作品に登場する芦屋道満はさしずめ民間の陰陽師の代表であろう。当時、陰陽道を学んでいたものは陰陽寮の学生だけではない。もちろん密教僧にも陰陽道を学んだ者はいたが、当時の僧侶は知的階級の頂点に存在するエリート官僚であり、民間人と言うのは妥当ではない。
当時の庶民の中にも陰陽道を学び占いや祈祷を実践する者がおり、そのような者を法師陰陽師という。当時の時代背景を考えれば密教僧が下野して民間人として活動するとは考えにくいので、修験道者のようなものが陰陽道を学んだのであろうか。いずれにせよ、芦屋道満や智徳といった逸話が残る達人から偽占い師に等しいものまで、ピンからキリまでいろいろな者がいた様である。

そのような法師陰陽師たちは、歴史の進展とともに当時賤視されていた下級宗教家として扱われるようになり、鎌倉~室町時代にかけて賤民身分に組み込まれ、江戸時代には被差別の身分として扱われることとなる。そのため現在も大阪や静岡には陰陽師の居住区だったとされる大規模な同和地区があり、同和差別解消の資料館が陰陽師の本を出してさえいる。この事実からしても、ほとんどの陰陽師は決してフィクションのような華やかな存在ではないことが分かるだろう。

さて、何が言いたいかおわかりだろうか?
今の日本に陰陽師を名乗る正当性がある者がいるとすれば、それは土御門神社本庁と清明神社、あるいは土御門家(安倍氏)と同様に陰陽道の大家だった賀茂氏の子孫ぐらいであろうということである。彼らは陰陽寮の官職を世襲化した一族であったからだ。これらの一族は平安時代から続く一族であり、ほとんどの日本人は自分のルーツを遡っても江戸時代、よくて戦国時代までしか遡れないことをかんがみれば、超由緒正しい家と言うことになる。日本に400年続く家はあっても1000年続く家は珍しい。天皇家や公家は例外中の例外なのだ。もっとも、陰陽寮官人の子孫であったと言えどその技術が当代にいたるまで継承されているのかは全く別の話であるが…

一方で法師陰陽師の子孫と言うのであればいないこともないだろう。しかし、法師陰陽師は賤民身分に編入されて身分が固定されたのだから、江戸時代の旧身分はえた・ひにんということになってしまう。そうである以上、陰陽師の子孫であると自慢することは、同和地区出身をブランドだと思いこんだ勘違い身分自慢と言うことになる。現代の日本において同和差別なんてするのは馬鹿馬鹿しいが、同和地区出身者であることをブランドと勘違いして自慢して回る者がいたらそれ以上に馬鹿馬鹿しいし、それをありがたく思って大金を貢ぐ者がいるのだから馬鹿馬鹿しいにもほどがある。そもそも、法師陰陽師の子孫がいたとしても、その技術が当代まで受け継がれているとは考えにくい。一般に被差別身分の生活は楽ではなかったとされるため、高価な紙を必要とする写本一つさえ作成できなかったのではないかと考えられるからだ。現に陰陽道のテキスト『簠簋伝』の写本が元修験寺から発見されることはあっても、陰陽師に由来する同和地区から発見されたという話は聞かない。つまり法師陰陽師の子孫はあくまでも子孫でしかなく、本来継承されるはずの技術など持ち合わせていないのだ。これでは本を読んで勉強したという巷にあふれる占い師と大差ないことになる。

以上陰陽師についてみてきたが、このようにスピリチュアル業界には嘘やねつ造が多く、関心を持つ者を意図的に騙す者が少なくない。読者諸氏がオカルトや魔術に興味を持つなら、精神世界の本を読んだりスピリチュアル系サイトを検索するだけでなく、その周辺の歴史について勉強してみてほしい。少し調べるだけで嘘と分かることがいくらでもあると納得していただけるだろう。

ところで、陰陽師の子孫と称する住職も密教占星術セミナーで荒稼ぎしている。それに最近では魔術教えますという偽占い師まで出てきているようだ。某ビジネス書出版社もスピリチュアル系セミナーを願望実現の魔術と称して活発に開催する。これらは高額な受講料設定になっていることが普通である。高額な受講料を取る魔術やオカルトのセミナーは今や珍しくない。そのようなセミナーのすべてが嘘とは言わないが、ほとんどは対価に見合わない内容となっている。デタラメな知識とペテンの役にしかたたない修了証と言う紙屑をくれるだけだ。DVDを送ってくるところもあるだろう。セミナービジネスの常として内容がおかしいから返金しろ、は通じない。混沌の騎士団においても魔術業界の有償教育の流れに従い月会費を徴収するようになったが、月500円と言う破格の安さに設定している。安いからいいとは言わないが、高額セミナーを受講するよりもはるかに低いリスクで魔術を学ぶことができる。現在日本国内で活動する魔術団体で良質なものと言える組織は、必要経費を除き、無償かあるいは低額の会費しか徴収していない。高額な会費を納めればよい教育を受けられると考えるのは間違いである。悪質な企業家の言う、良い物には相応の対価が必要などと言う一見もっともらしい台詞にはごまかされないでほしい。このようなセリフを見たら冷静になってよく考えてみよう。Fランク大学は国立大学よりはるかに高額な学費を徴収するが、Fランク大学の教育水準は駅弁国立大学どころか高校の進学校のレベルにすら満たないのが普通だということを。高額な情報商材を購入して金持ちになった者などいないということを。魔術団体で言うなら、商業目的の偽魔術師にどれだけ金をつぎ込もうと何にもならないということである。混沌の騎士団ではIOTアデプタスの位階をもち、元IOT日本支部長を務めた黒野忍をはじめとする本物の魔術師が入団者を指導する。もちろん営利は目的としていない。なおIOTはイギリスに本部をもつ魔術団体で、ホームページも幹部たちの著書も存在する。ネット上でも黒野忍のフェイスブックを見れば、IOT創設者ピート・J・キャロル氏をはじめとする海外の有力団体の魔術師たちが名を連ねていることが確認できるだろう。混沌の騎士団は嘘と誇張しかないオカルトビジネスとは一線を画しているのだ。

現代社会において、正しい情報を見分けることはますます重要となってきている。特にスピリチュアル業界は、検証のしようのない事実を騙る者だけでなく、少し調べればわかる事実までねつ造しては初心者を食い物にする詐欺師たちが大手を振って闊歩する大魔境である。
読者諸氏、何が真実であるかを決めるのはあなただ。騙されぬためにも歴史の勉強はゆめゆめ怠らぬよう―

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