アルシェの物語〜In the Beginning was the Word〜 作:Menschsein
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新たに発見された遺跡は、まるで墓所のようであった。
地上には、乱雑に墓石が並んでいる。帝都の墓所の方がまだ、整然と墓石が並んでいるようにアルシェには思える。そして、この遺跡で奇妙なのは、すべての墓石には、十字が刻まれていたり、十字を象った石が墓石の上部に設置されているということだ。
「ねぇ、モモン、この十字の模様。どの墓石にもあるけど、何かの意味があるのかな?」とアルシェは尋ねる。
「十字架だろう?」
「十字架?
「あ、あぁ……まぁ、死者の安らかな眠りと救いのシンボルなのだろう……。帝国では珍しいかもしれないな……。それより、地上には、見張りはいないようだな。進むぞ……」
墓所内の東西南北の四ヵ所に建物があり、中央にはさらに巨大な建造物がそびえ立っている。
モモンは、四方に点在している建物には見向きもせず、中央の建物へと墓石にその姿を隠しながら進んでいく。
アルシェもモモンの動きを真似しながら、同じように身を隠しながら進む。そして、自分が中央の建物の入口から死角になるようにと姿を隠した、悪魔の彫刻を見上げる。
アルシェは唾をゴクリと飲み込む。禍々しい翼を広げた悪魔の彫像。口を開けて覗いているその牙は今にも自分に噛みついてきそうだ。アルシェは、その彫像から視線を外し、そして今度は右手で芝生を触る。高さが一定の長さに切りそろえられている。家の庭園のように、手入れをする者がいなくなって、草が伸び放題の状態とは違う。何者かが手入れをしているということは明白だ。
誰かが絶対にいる……。
モモンは、巨大な石像の下へと移動していく。そこならば自分も一緒に姿を隠すことのできるスペースがあると判断し、アルシェもその後に続いて移動をした。
「Ver2.0か……」と、石像の前に置かれた石碑を見ながらモモンが呟くのが聞こえ、そしてアルシェも石碑に刻まれた文字らしきものを見つめる。
アルシェは、2.0という数字しか読めない。その前にも文字が書かれているが、古代の魔法書に書かれているような文字とも違う。当然、いま帝国で使われている文字とも違う。
「なんだろう? この数字……何かの
「いやそれは違う……。本来この石像は、侵入者が現れると迎撃に動き出す仕組みだ。いや、そのように思える……。これが動かないということは、遺跡の
「罠が作動しないのならラッキーだね……。だけど……。誰かが定期的のこの場所を掃除しているのは間違いないみたい。完全に無人ってことはないと思う」とアルシェは自分の意見をモモンへと小声で伝える。
「そうだな。もしかしたら、
遺跡に侵入する前に、草原でモモンが、『目をしばらく閉じてくれ』と言われて、目を閉じていた時に付与してくれたマジック・アイテムの効果であろう。
アルシェはモモンに言われた通りに目蓋をしっかりときつく閉じた。だが、その閉じた目蓋からでも分かるような、暖かな光をアルシェは感じた。木漏れ日の間をすり抜けたような優しい太陽のような光でもあり、大地を白く染めた雪に反射した目を差すような光でありながら、冬の暖炉のような温かい光だった。
そして、アルシェはその光は、希望の光のように感じた。そして、自分を守ってくれる光だとアルシェは思った。
「考えても仕方ないな……。侵入を開始するぞ」と、中央の大きな建物の入口へ、隠れる場所を探しながらモモンは移動していく。
中央の建物の石の扉をゆっくりと開ける。扉は施錠などされていないことにアルシェは驚く。建物から噴き出してくるヒンヤリとした空気。そして、腐臭。死の匂いだ。
「ここは霊廟? だとしたら、アンデッド系のモンスターがいる可能性が高いと思う」とアルシェは小声で呟く。
「あぁ。進むぞ」とゆっくりとモモンは長い廊下を進んでいく。
廊下の壁に掛けられている旗や絵画。どれも高級品でありそして額縁などに埃が一切付いていない。やはり中も誰かが定期的に清掃を行っている。しかも、かなり念入り、かなりの頻度でだろう。
アルシェは建物の廊下を観察しながらも、モモンの背中へと常に注意を払う。はぐれてしまっては危険だ。
「地下があるなんて……」とアルシェは建物の最奥部。地下へと続く階段を見つめながら呟く。地下からはさらに鳥肌が立つような地下の冷え切った冷気。そしてさらに強い腐臭が流れ出している。
「降りるぞ……」
地下一階。それはまるで迷路だった。壁は特殊なレンガが積まれ、床は、四角い敷石が敷き詰められている。
アルシェは、帰り道が分からなくならないように、一定の距離ごとにアルシェは紙をちぎって通路へと置いていく。“彷徨える者の紙切れ”だ。それを千切った者だけに薄らと輝いて見えるという性質を持ったマジック・アイテムで、迷宮や森などで目印に使う探索用のアイテムだ。
広大な迷路だ。どこまでもこの迷路が続いているようにさえ思う。“彷徨える者の紙切れ”は大量に用意してあるが、それが足りなくなってしまうかもしれないアルシェは不安になる。
「アルシェ。ここから先は
変哲もないように思える通路。アルシェには今まで通ってきた道と何も変わらないように思える……。自分には罠を見抜くことはできない。モモンは、
モモンは、通路に敷き詰められた敷石を踏んでいく。通路の右側の敷石を分だと思ったら、左の敷石。アルシェもモモンが踏んだ敷石を記憶しながら、その後に続いていく。
通路を右に折れ、左に折れる。そして通路に現れたのは、大地の裂け目のような深い絶壁。モモンは、足の筋力を活かして、大きく跳躍をした。裂け目の幅は、距離にして五メートルくらいであろうか。モモンは容易に飛び越えてしまった。
「モモン、ちょっと待って……」とアルシェは更に先へ進もうとするモモンを後ろから呼び止めた。
「ごめん。私は、その距離を跳べないかな……。
アルシェの筋力では、その距離を助走も無しに跳ぶことは不可能だ。
「そうか……」とモモンは振り向き答え、そして再び跳躍をしてアルシェがいる側に戻ってくる。
「アルシェ、しっかり掴まっていろよ。落ちたら串刺しになるからな」と言って、アルシェを両手で抱きかかえる。
「え?」
「ほら、しっかり掴まれ。あと、空中で暴れるなよ? バランスを崩すと厄介だからな」
「分かった」
遠慮しがちにアルシェはモモンの首に自らの両手を回す。
「行くぞ……」
助走もせず、モモンはその裂け目を飛び越えた。そして、難なく向こう側へと着地する。
ふわっと自分の身体が浮いているような感覚。
「大丈夫だったか?」
「う、うん……」
「冷静に考えたら、この体勢の方が効率がいいな。アルシェ、この体勢はきつくないか?」と、モモンガは相変わらずアルシェを抱きかかえながら尋ねる。
「大丈夫……」
「そうか。それなら、このまま罠を突っ切るぞ。しっかり掴まっていてくれ」
そう言って、モモンは通路を疾走する。通路の右へ跳び、左へ飛ぶ。モモンの移動に合わせて、アルシェの身体も揺れる。
「アルシェ。すまないが、もっとしっかりと掴まってくれないか? しっかり掴まっていてもらわないと、重心がぶれてしまって安定しない」
「ご、ごめん。これでいいかな?」とアルシェは尋ねる。
「あぁ。これならなんとか大丈夫だろう」
顔と顔が近いとアルシェは思う。当然、モモンは甲冑を着けている。気にすることなどないのかも知れない。この遺跡の踏破に集中すべきなのだろう。モモンは気にしている様子はない。
自分の頭も動いたりしないほうが良いのだろう。アルシェは自分の頭をモモンの鎧に密着させる。モモンの肩に頭を乗っけるような形だ。
『これは、モモンの移動の邪魔にならないようにしているだけ』と、自らの心臓を落ち着かせるようにアルシェは心の中で何度もそう念じる。
モモンは、遺跡の通路を走っていく。アルシェも、モモンの移動の邪魔をしないように、必死にモモンを抱きしめる。
・
・
「ここならば少し落ち着けるな。魔物が出現しない前提でだが……」とモモンは言って、アルシェを地面へと降ろす。
「あ……」
何故だかは分からない。何故か寂しい気持ちへとなった。
「どうした? ん? 顔が赤いようだ……。疲れているのか?」
「大丈夫……。馬車酔いしたのと同じみたい」
「そうか。では少し休んだほうが良いな。暫く休めなくなる可能性があるからな」と、モモンは地面に胡座をかいてドシンと座った。休憩をするつもりなのであろう。
アルシェも、通路の壁を背もたれにして腰掛けようとしたとき、見慣れない文字らしきものに気付く。
「モモン、また地上の石碑に刻まれた文字と同じような文字が壁に……」と、アルシェは通路の左側の刻まれてた文字らしきものに気付き、そしてそれをモモンに伝える。
「あぁ……。それは気にしなくて良い……」
「モモンはやっぱり読めるんだ……。一応、なんて書いてあるか教えて……。この遺跡攻略のヒントかも知れない! 二人で考えれば、何か分かるかも知れない」
「そこには、『右の壁を見ろ』と書いてある」とモモンは言った。アルシェが、右側の壁に視線を移すと、右側の壁によく見ると文字が書いてある。
「モモン、右にも何か書いてある……」
「気にしないほうがいいぞ? ただ、『上を見ろ』と書いてあるだけだ」とモモンは少しうんざりしたような口調で言った。
「え? 本当だ……。上には何て書いてあるの? この迷路を抜けるヒントとかじゃないのかな?」
「いや……それはないさ。これは、この遺跡に侵入した者の精神を削る
「地下六階……そんなにこの遺跡は深いの?」
「あぁ……。もっと奥深くまであるだろうな……。侵入者が誰も到達したことのない場所がな……」
モモンはそう呟いたのであった。