アルシェの物語〜In the Beginning was the Word〜   作:Menschsein
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遺跡調査 5

 アインズ・ウール・ゴウンのギルドホーム。ナザリック地下大墳墓。見間違うはずも無い。本来あるべき筈の沼地ではない。だが、モモンガが自分のホームを見間違うはずもない。あり得ないと思いながらも、これはナザリックだと確信をしている自分がいる。

 

 アルシェから聞いた情報では、この遺跡を発見したのは帝国内を巡回していた兵士達だ。定期巡回をしていての発見。

 定期巡回が行われる頻度から逆算すると、おそらく自分がこの世界にやって来た時期とほぼ同じであろう。いや、同時にこの世界に転移か何かしてきたと考える方が自然だろう。 

 それにしても、まさか新発見の遺跡というのがナザリックだったとはなぁ、とモモンガは思う。そして、その遺跡攻略の難易度に思いを巡らす。

 

 ナザリック地下大墳墓に張り巡らされた陰湿な罠。ユグドラシル最終日と同じであるなら、モモンガの頭の中に罠がある場所は全て頭に入っている。侵入者の侵入を感知して自動でアクティブ化される罠は別としても、床の特定の部分を踏むなど、特定の条件を満たすと発動する罠は、すべて回避できるであろう。遺跡に罠しか残っていないのであれば、ナザリックの踏破は可能だ。

 

 だが、ナザリックに配備したモンスター達は一体どうなっているのだろうか? フレンドリー・ファイヤーが解除されているのは、自らが召喚した死の騎士(デス・ナイト)を攻撃できた時点で、解除されていると考えて間違いがない。つまり逆に言えば、ナザリック内のモンスターも自分に対して攻撃が可能ということ。

 それならば、まず最初の難関が、第一から三階層まで広がる墳墓。その階層守護者、シャルティア・ブラッドフォールン。

 複数のプレイヤーでナザリックに攻め込むのであれば、シャルティア・ブラッドフォールンは倒すことは容易だろう。だが、現状では自分とアルシェの二人。第三位階魔法までしか使えないアルシェでは、はっきり言って頭数に入れることさえできない。

 実質、自分がソロでシャルティア・ブラッドフォールンを倒さなければならない。一対一の戦闘では、ギルドメンバーを除けば、シャルティア・ブラッドフォールンが最も強い。しかもモモンガとは相性が悪い。出来るなら遭遇しないでやり過ごしたい相手だ。

 もしシャルティア・ブラッドフォールンを倒すか、遭遇しないで四階層に行けたとしても……。ガルガンチュアは、第四階層のフィールドの大きさからして稼働できるようにはなっていない可能性が大きい。だが、もしガルガンチュアが起動していて、戦うことになったらはっきり言って勝ち目は無い。

 それをやり過ごせたとして、地下五階層のコキュートス……。

 

 モモンガは、遺跡がどのようにしたら攻略できるか、というシミュレーションをするのを止めた。

 

 かつて、アインズ・ウール・ゴウンの初のギルドイベントとして、初見攻略したナザリック。だが、アインズ・ウール・ゴウンのメンバーの長きの努力によって、さらに攻略の難易度は上昇している。

 アインズ・ウール・ゴウンのプレイヤーがナザリックに待機していないことを前提としても、レベルカンストのプレイヤーを最低でも百人は集めないと攻略できないであろう。

 モモンガ一人での攻略は不可能である。

 

「モモン、ぼぉっとしてどうしたの? 怖じ気ついちゃった?」とアルシェが冗談交じりに立ちすくむモモンガに話しかけてくる。

 

「アルシェ……。この遺跡の調査は断念すべきだ。最悪、遺跡の入口に到達する前に死ぬぞ?」

 

「うん……。危険だということは分かっている。本能って言うのかな、それが、近づくなってずっと頭の中で叫んでいる感じ」とアルシェも答える。

 

「その感覚は正しいぞ。いや……アルシェ、お前が感じている危険を一万倍したほどに危険だと断言しよう」

 

「モモンがいても?」とアルシェは寂しそうに呟く。

 

「俺がいてもその脅威は変わらない。あの遺跡の難しさを喩えるなら、半分居眠りしながらでも死の騎士(デス・ナイト)千体相手に出来る実力の奴らが百人必要だ」と、モモンガは言って、来た道を引き返そうとする。

 

「ねぇ……。モモンに一つお願いしていい?」とアルシェはナザリックを見つめながら言う。

 

「なんだ? この距離からでも監視されている可能性が高い。早くここを離れた方が良い。帰り道で聞こう」

 

「違うの! これが私の家の住所。帝都に帰ったら、この家の主人、って私のお父さんなのだけど、その人に、調査の依頼は失敗したって伝えて……。あと、妹達に、愛しているって……」と、四つ折りにされた羊皮紙を懐からアルシェは取り出す。そしてそれをモモンへと差し出した。

 

「それは自分で伝えるのだな。まさか……遺跡に侵入する気か? 正気か? アルシェ」

 

「私は行かなければならない。だって、遺跡調査依頼を受けて、その報酬を父がもう使ってしまっているのだから……。依頼が失敗しても受け取った前金は貰えるという契約だから。だから、最低でも私は行かないといけない。モモンは、遺跡の調査が失敗したって、父に伝えて。お願いできる?」

 

「アルシェ。遺跡の調査を行ったという証明……人柱にでもなるつもりか? 安易な自己犠牲は止めろ。それは自殺と変わらない。それに、レイナースさんやニグンさんに、なんて説明しろというのだ。アルシェ。行くというのなら力尽くででも止めさせてもらう」

 

「それに、万が一成功するかも知れない。私は飛行(フライ)が使える。それで、遺跡の中を一っ飛び……。遺跡に眠っている宝を持ち帰って、みんな幸せとか? 返せないかも知れないけど、無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)を一つ貸して欲しい。お宝を詰め込んで帰れるように……」とアルシェは笑顔で言う。無理に笑っているのは、モモンガにも分かる程、不器用な笑顔だ。

 

「自分でもそれが無理だと分かっているのに、そんなことを言うものじゃない」

 

「でも、可能性はゼロじゃない。やってみなければ分からないことだってある」

 

「今回の件に限って言えば、ゼロだ。あれは、そんな甘い遺跡ではない」

 

「私、決めてたの。今回の遺跡の調査の依頼を成功させたら、妹達と家を出るって。妹達には苦労をさせるかも知れないけど、私は頑張る。親には、成功報酬の金貨を渡す。それで、私達姉妹を産んでくれて、今まで育ててくれたという恩は返せたと思うことにする。モモンには、私が遺跡で取得した品の売却代金を渡そうと思っていた……それで借りていた金貨二百枚と今回の報酬に充てられればと思ってた……」

 

「俺の報酬の話などはどうでもいい。レイナースさんやニグン殿、そして俺にその問題は任せておけ! お前が背負い込むことじゃない! それに……家を出るとは言ってもな……。それで現状より状況が良くなるという保証が何処にある? アルシェ……。今が自分の不幸のどん底だと思っているかも知れないが、もっと不幸になるかも知れないぞ? 妹達もより大きな不幸に巻き込むかも知れない……。現状を変える。お前は、現状よりももっと幸せな未来が待っているとしか思っていない。だが、現状よりももっと不幸に、もっと孤独になったらどうする?」

 

 

《モモンガさん、お久しぶりです》

《お久しぶりです。今日はどうしたんですか?》

《いやぁ。実は、新しいゲームのギルドの勧誘ですよ。ユグドラシルよりも、もっと自由度が高くて、グラフィックとかもよりリアルなゲームがあるんです。ユグドラシル、過疎ってつまらなくなったでしょう? モモンガさん、ユグドラシル辞めてこっちに来ませんか? モモンガさんなら大歓迎ですよ。それに、レベリングとか私が手伝いますので》

《そうですか……。考えておきますね》

《是非。その際は、リアルのアドレスにメールください。それじゃあ、あっちのゲームのギルド戦に参加しなきゃいけないので……それではまた……》

《また……。って、一年ぶりにログインしてきてくれたと思ったら勧誘かぁ……》

 

「そ、そんなのやってみなくちゃ分からないじゃない。それとも……何よ! 冒険者として働いて、お金を親に渡して、でもそれが浪費されて、借金がまた膨らんで、それを返すためにまた冒険に出て……。そんな蟻地獄のような生活をずっと続けて我慢しろってモモンは言うの? 親が死ぬまで! 私はそれでもいい。だけど、クーデリカとウレイリカにはそんな生活させたくない!」

 

 

《やばい。まじで金欠だ。今回のナザリックの維持費払えない。こうなったら、思い切って使わない装備売るかなぁ。だけど、引退組の装備品が流れてて、装備品の値段も下落傾向だしなぁ。一時期は十億したのに、いまじゃ五百万とかそんなのだしな……。しょうが無い。今日は徹夜で狩るか……。寝落ちしないように、珈琲風味のカフェインでも買ってくるか。それにしても、なんでここまで拡張しちゃったのかなぁ……ナザリック。学校施設とか作ってたらほんと破産してたかも……》

 

 

「現状維持というのも、一つの選択肢だ。親を見捨てる……。それで後悔しない保証などあるのか! 一度捨てたら、また戻ろうと思っても戻れなくなる。後悔しないと絶対に言い切れるのか! 親が恋しくなる、思い出が沢山つまった家に戻りたい。そういったことだってあるだろう!」

 

「そんなの分からないよ。だけど、自分が踏み出さないと……。このままだと……」

 

「一緒に冒険者を続けよう。冒険者組合長の反応も良いし、このまま順調に実績を積めばアダマンタイトだ! アダマンタイトになれば報酬は高いだろ? それならなんとか出来るのではないか? なんなら、俺の報酬は宿代くらいを貰えればそれで良い。一緒に冒険者を続ければいいじゃないか……」

 

 

《モモンガさん、この装備、どうか有効活用してください》

《え? って、これ……フル装備じゃないですか。ど、どうして?》

《ユグドラシルを引退しようと思うんです。せっかく作った装備品やアイテムのデータが消えてしまうのは勿体ないですから……それならアインズ・ウール・ゴウンの仲間に有効活用して欲しいなって……》

《そうですか……。寂しくなります……》

《いままでありがとうございました。モモンガさんがギルド長をしてくれていたおかげで、ユグドラシルを楽しめましたのだと思います》

《いえ……。そんなことはないですよ。みんなの力です……》

《本当にありがとうございました。では……失礼します。アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ!!》

《アインズ・ウール・ゴウンに……栄光…………あれ………………》

 

 

「そんなことなんてできないでしょ! モモン! あなたは、何でも願いを叶えてくれるという指輪を探してずっと一人で旅をしてきたのでしょ? 出会った日、冒険者組合で、多くの時間と労力を費やしたって自分で言ってたよ? 黒髪……遠い異国の地から帝都まで来てしまうくらいに……。叶えたい願いがあるのでしょ? 指輪の所在についての情報があったら、そこへ向かうのでしょ? ずっと帝都で冒険者をするつもりなんて無いくせに、そんな気休め言わないで!」

 

「……。今回の遺跡調査の成功の可能性は無い。別の機会を待つべきだ。それだけは分かってくれ。アルシェ……」

 

「モモンなんて大嫌い……」

 アルシェは、両膝をまげ、そして両手で顔を隠しながら泣き始めた。

 

 ・

 

 ・

 

 いつからだろう……。

 ギルドメンバーがログインしてくる事より、他のプレイヤーがナザリックに侵入してくることを心待ちにするようになったのは……。

 

 いつからだろう……。

 ギルド武器(スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)が侵入者の手によって破壊されることを夢見ていたのは……。

 

 どうしてだろう……。

 ユグドラシルのサービス終了が公式発表されて、ほっとしたのは……。

 

 どうしてだろう……。

 最終日に、カウントダウンをしながら、寂しさよりも安堵感の方が大きかったのは……。

 

 どうしてだろう……。

 みんなユグドラシルを辞めていくのに、自分だけ辞められなかったのは……。

 

 どうしてだろう……。

 ユグドラシルが現実になったような世界に転移してきたのは……。

 

 どうしてだろう……。

 自分だけではなく、ナザリックも……そしてアインズ・ウール・ゴウンも一緒にやって来たのは。

 

 どうしてだろう……。

 現状を変えようと藻搔く少女と出会ったのは……。

 

 どうしてだろう……。

 出会ったその少女が、ἀρχῇ(始まり)という意味を持つ名前であるのか……。

 

 どうしてだろう……。

 目の前に、既に終わった筈の、ナザリックが、アインズ・ウール・ゴウンがあるのは……。

 

 どうしてだろう……。

 ナザリックへと侵入する立場になったのは……。そして、もはや、フレンドリー・ファイヤーは解除されている。ギルド武器(スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を自らの手でたたき割る事が出来る……。

 

「運営の悪戯か、神の悪戯かは知らないが……性格が悪いな……。まったく……冒険者の昇格試験の次は、俺の卒業試験のつもりか? ユグドラシルから……そして、アインズ・ウール・ゴウンからの……」とモモンガは呟き、そして意を決したようにアルシェに叫ぶ。

「アルシェ! 何を泣いている! 遺跡へと向かおう。遺跡の奥深くに睡っている武器。それを壊せば、俺達の勝ちだ。それに、天高くまで積み上がった金貨もある。高価なマジック・アイテムもな。どれだけ浪費しようが、決して使いきれないほどの宝が睡っている。一緒に前へと進もう!」

 

 モモンガはそう言って、泣いているアルシェに向かって手を差し出したのだった。

 








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