アルシェの物語〜In the Beginning was the Word〜   作:Menschsein
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遺跡調査 4

<蒼の薔薇>

 

 

「み、みんな大丈夫?」と、やっと体の自由を回復し、起き上がったラキュースは全員の安否を確かめる。

 

「まだ体が痺れている……」と、地面に横たわりながら、右手だけを上げてなんとか意識があるということだけをティナがアピールしている。

 

「と、とりあえず、ありったけの解毒剤出すからみんな飲んで……」と、持っている数十にも及ぶ数の解毒剤をラキュースは少しずつ仲間達に飲ませていく。

 

 ラキュースの処置により、ガガーラン、ティア、ティナは、なんとか自らの両脚で立つことができるようになった。

 

「イビルアイは?」と地面に倒れているままの彼女を見つめながら心配そうにガガーランは言う。

 

「イビルアイは、どうやら私達とは違うやり方で倒されたみたいなの……。私達にとっては解毒の作用のある薬でも、イビルアイにとってはダメージになるかも知れないし……。一応、体力的なダメージは無いようだから、ダメージ覚悟で解毒剤を飲まそうとしたのだけど、ちょっと様子が変で……」とラキュースが微妙な顔をする。

 

「どういうことだ?」

 

「解毒剤の入った瓶を口の近くに持っていて飲まそうとするのだけど……、その……。瓶の飲み口に舌を絡ませて……瓶口をなめ回すだけなの……。強引に喉に流し込もうとしても、ちょっと様子がおかしくて……」

 

「くんかくんか、よいにほい。私が口移しで解毒剤飲ませてみる」とティアは率先してイビルアイを介抱しながら言う。

 

 ティアによる必死の介護が続いているが、イビルアイの容態には改善の兆しが見えない。ラキュースは、これは死に至る病の類いではないかと、不安になる。

 

 ガガーランはイビルアイの様子を眺め、「いやぁ……もしかして……なんというか……。噂に聞くアレな状態かもしれないな……」とガガーランは言う。

 

「アレって?」

 

「いや、俺もはっきりしたことは分からない。俺って、初物喰いが主だからな……。往々にして相手はちょっと腰を振っただけでアレしちまうからなぁ……。俺自身は経験ないのだが……。いや、すまん。忘れてくれ。軽々しい推測で判断してはダメだな。軽率なことを言った。そういうのって、ティナは詳しくないのか?」

 

「まだ剥けてない子って敏感。コス、コス、アゥって感じ。私もアレな経験は無い。私もはっきりとは、アレとは言えない」とティナも困り顔で答えた。

 

「ねぇ、だから二人とも、アレって何? 今は、一刻も早く帰って、冒険者組合に報告すべき事態。毒とかに詳しいイビルアイの意識が朦朧としている今、私達が持っている知識を出し合ってこの状況を打開するしかない。そうでしょ?」とラキュースは、歯切れの悪い二人に対して怒りを露わにする。

 

「いや、そう怒らないでくれよ。そうだな……。そうだな……。ラキュースのその無垢なる白雪(ヴァージン・スノー)が装備出来なくなる行為の……凄い良いって感じか? おい、ティナ。説明してやれよ。俺に言わせるなよ。恥ずかしい」とガガーランはティナを、怒って両手を腰に置いているラキュースの前に連れ出す。

 

「つまり……。イッタってこと……」と両手をモジモジさせながらティナは答える。

 

「行ったって、何処に? “アレ”の次は“行った”? 全然意味が分からないわよ。ちゃんと説明してよ……」と怒る気も失せたのか、ラキュースは呆れたように肩を落とす。

 

「ティア。イビルアイの様子はどう?」とラキュースは、解毒剤を口に含んでは飲ませているティアの元へと行く。

 

「は、歯の裏の歯茎まで舐めてくる……。これは……。本格的にテントを張って介抱しないとダメかもしれない」

 

「そう……。根気よく続けて。あと、解毒剤がイビルアイには毒になる可能性があるから、イビルアイの体力には十分に注意を払ってね」

 

「了解!」と機敏な動きで、テントを張りその中にイビルアイをティアは連れ込んでいく。

 

 “蒼の薔薇”の旗揚げ以来、順風満帆だった冒険。初めての圧倒的敗北をラキュースは噛みしめる。歯を食いしばりながら、カッツェ平野のドンヨリとした雲り空を見つめ続ける。そして、尊敬する叔父の言葉を思い出す。”負けたこと。それがいつか大きな財産になるさ”

 

 “蒼の薔薇”がカッツェ平野から帰還するには、まだまだ時間がかかりそうな状況であった……。

 

 

 

<モモンと愉快な仲間達>

 

 

 執事のジャイムスが用意した幌馬車は、お世辞にも上等な馬車とは言えなかった。なけなしのお金でなんとか遣り繰りしながら手配してくれた馬車であることはアルシェには分かるし、文句は言えない。だが、車輪が若干歪んでいるせいか、上下に揺れる。それに、御者の座る席は板張りで、長時間座っているとお尻が痛い。

 

 アルシェは御者台に座り、馬車を操り、モモンは歩く。

 

 踏み固められたエ・ランテルへと続く街道は良かった。だが、草原の中を馬車で進むとなると、容赦なくガタン、ガタンと揺れる。アルシェの小さなお尻はその反動に耐えかねて、馬の餌である藁を座席に敷き詰めてクッション代わりに使うなど工夫をすれど、痛いものは痛い。

 時々歩いた方がマシなのではないだろうかとさえアルシェは思う。だが、どうやらモモンは、どうも馬に嫌われてしまう性質なようで、モモンが馬車を操ろうとすると、馬はしゃがみ込んで動かなくなるか、激しく暴れる。アルシェがずっと馬車を操るしかないという状況であった。それに、馬車は揺れ、馬車酔いになる。

 

「ごめん。少し休憩をしたい」

 

「あぁ。構わない」とモモンも答える。

 

 草原には涼しい風が吹いている。風が草原の中を走ると、それに合わせて背の低い草も揺れる。そして草が揺れるのに合わせて太陽の光の反射の仕方が変わっていき、それによって草原では風が見える。波のように草が揺れて、草原の中を風が走っている。

 アルシェは、荷台に積んである水を桶に移し、藁と一緒に馬に与えた後、草原に胡座をかいて座っているモモンの正面に座った。

 

「飲むか?」と、モモンは無限の水差し(ピッチャー・オブ・エンドレス・ウォーター)から注いだ水をアルシェに渡す。

 

「ありがとう」とそのグラスをアルシェは受け取り、ゆっくりと飲んでいく。

 

「カッツェ平野とは違い、空も澄んでいるな。それに同じような光景ばかりでつまらないかと思ったが、似たような景色でも微妙に違っている。時折、咲いている花などもあるしな。見たことの無い花だ」とモモンはモモンの隣に咲いていた紫色の花に視線を送る。花の群生地が草原にぽつんとあって数十の花が咲いている。

 

「この花は、紫苑かな。普通よりちょっと背が低いけど。草原は夜、強い風が吹くからあまり背の高いようには育たないのかも」とアルシェは答える。

 

「それぞれの環境に応じて成長していくのだろう」とモモンは咲いていた一本の紫苑の手折ってそれを観察している。

 黄色の雄しべと雌しべ。そしてそれを囲むように細い紫色の花びら。

 

「人工では無い花をじっくりと眺めるのは初めてかもしれない」と、その花の茎を親指と一差し指で挟み、クルクルと回転させながらモモンは言った。

 

 アルシェは、“人工”という言葉に一瞬疑問を憶えたが、貴族などは自らの屋敷に庭園を持ち、そこで薔薇などを栽培することを思い出した。庭園などで人工的に植樹されたような花や木々ではない野生の花ということをモモンは言っているのだろうと納得する。そして、モモンはどこか遠くの国の身分の高い人間なのではないだろうかと改めて思う。

 装備品は一級品。舞踏会で帝国流のダンスは踊れないものの、慰労会でダンスがある可能性を思い付くあたり、場慣れしているように思える。物腰も柔らかく、荒っぽい冒険者などのそれではなく、貴族の振るまいのようにアルシェには思える。

 

「モモンの国では、どんな花を育てたりしていたの?」

 

「花自体が普通には育たない場所だ。カッツェ平野よりも暗くてぶ厚い呪いの雲が空を覆っている。花は全て……そうだな、表示する内容を瞬時に変えることが出来る紙に描かれた花ばっかりだったな」

 

「表示する内容を瞬時に変える? 例えば自画像が描かれているのが、突然、このような草原の風景が描かれたものに変わったり?」

 

「まぁ、そういったものだ」

 

「不思議なマジック・アイテムだね。帝国ではそんなアイテムは無いかも知れない」

 

「だろうな……。案外、“口だけの賢者”がそんなマジック・アイテムを考案しているかもしれないがな」

 

「そうかもね。そういう、珍しいマジック・アイテムを探して旅をするのも楽しいかも知れない。そういえばモモンは、何でも願いを叶えてくれるという指輪を探して帝都まで冒険者になりに来たんだったよね。モモンにとっては不本意かも知れないこの遺跡探検だけど…………その指輪がその遺跡にあったら、ラッキーかなぁって」とアルシェは、飲みかけでまだ水の入ったグラスを両手で力一杯握りしめて言う。

 

「まだ、遺跡調査に向かう事、気にしていたのか? もう気にするな。ニグン殿はレイナースさんが連合国家まで送っていくことになったし、遺跡の調査など案外、何とかなるものさ。そう下を向くな。ほら」と、モモンは自分が持っていた花をアルシェへと差し出す。

 

「私に? ありがとう……。そういえば、私、花を男の人からもらったの初めてかも」

 

「そうか……。それは悪いことをしたな。俺なんかで悪かったな……。取り消すか?」

 

「ううん。嬉しい。だけど……貰うなら両手に抱えきれないくらいが良かったな」とアルシェはわざと頬を膨らます。

 

「ははは。そうか。そうか。いつか貰えるとよいな」とモモンが笑う。

 

「どうして笑うかな……。私だって成長すれば、レイナースさんみたいな美人になるかも知れないじゃない。そしたら、きっと沢山の男が花束を私に贈ってくれる……かも。それに、私の二つ名“美少女”なんだよ? 一応だけど……」

 

「二つ名は、他人に言われてこその二つ名だ。自分で言うものじゃないぞ。自分で言っていて、恥ずかしくないか? いや、良いんだ。俺の知人に、自分で二つ名を考えて、自分で広めていた人もいたからな。定着しなかったようだが……」とモモンは更に笑い出した。

 

「“釣りは要らない”って二つ名のくせに、お釣りが出ないように仲間から小銭を借りた人もどうかと思うけどなぁ」

 

「そ、それもそうだな……。よし、そろそろ出発しようか」

 

「あっ、話変えた……。まぁいいけど……」とアルシェは立ち上がり、モモンかもらった花を大切にしまう。そして、両手を空に伸ばし、ストレッチをした。心までも晴れ渡りそうな蒼穹が見渡す限り広がっている。

 

「あとどれくらいで遺跡に着きそうなのだ?」

 

「今から休憩無しで日暮れまで移動すれば、明日の昼には遺跡が見えると思う」とアルシェは地図を見ながら場所を確認している。

 

 ・

 

 そして次の日の昼。視界に入ってきた遺跡を眺めながら、立ちすくんでいるモモンの姿があった。

 

「あ、あれって、どう見てもナザリックだよな……」








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