簡単に物が売れない時代…
簡単に物が売れない時代に突入して久しいが、物が売れない理由を明確に把握している事業者は思いのほか少ない。また、顧客の表面的な「買わない理由」を汲み上げ、その対処に追われる「言いなり型」も少なくない…表面的な事象にフォーカスしすぎると、誤った解決策を導き出してしまうことがよくあるのだ。結果的に解決に時間がかかり、表面的な「顧客の声」に振り回され、競争の遅れにつながる…それを避けるためのネガティブマーケティング手法をご紹介する。
マーケティングというと、営業や販売における戦略フレームと解釈されるが、実はそういうことのためだけにあるフレームではないと当社では推奨している。管理部門にもマーケティングはあり、製造分野においてもマーケティングは存在する。つまり、顧客がどこにいるかを対価以外の価値をもって考えればすんなり入る方も多いだろう。今回はもっともわかりやすい戦略設計におけるネガティブマーケティングの威力や効果をご紹介したい。
本質的なネガティブマーケティングによる戦略・戦術変化
マーケティングの中でもポジティブアプローチ(こうすれば上手くいく)とネガティブアプローチ(なぜ上手くいかないのだ?)の二通りがあり、今回は後者のネガティブアプローチを考察したい。ネガティブマーケティングとは顧客が買わない理由や、つながりを確保できない理由を掘り下げることで、製品・サービスや供給体制、組織に潜む問題を明らかにして、それをプラス方向へ転嫁させていくことを指す。
具体例を挙げるとこういうことだ…花屋さん向けの冷蔵庫(以下キーパー)を作っている会社があったとする。低価格で小型・高性能なのだが、いっこうに売れない。断ってきた顧客の声はこうだ…
「昔から使っていないのでいらない」
「仕入には頻繁に行っているので必要ない」
「場所がないのでいらない」
「値段が高いのでいらない」
こういう感じの答えが返ってくる。少し、掘り下げてみよう。
「昔から使っていないのでいらない」「値段が高いのでいらない」
昔から使っていないというのは何故?を考えると、値段が高いことと関連付けられる。昔のキーパーは非常に高く、100万円ほどするものがほとんどだった。売ろうとしているキーパーは半分以下の価格なので、高いのでいらないといわれるはずはない。ということは「買わない理由」は別のところにある。つまり、「買わない本当の理由」は「昔から買えない値段で、使う習慣が根付かなかったので必要がなくなった」(「買えない理由」が「買わない理由」にすげ変わった)ということになる。
「仕入には頻繁に行っているので、必要がない」
月・水・金は市場がやっているので、仕入に行ってしまえば新鮮な商材が手に入る。これが習慣化していると、仕入コストやロス率などに気が向かなくなる。キーパーを使えば、温度だけでなく湿度も設定できるので鮮度管理が出来、仕入頻度も少なくなるので仕入コストは当然下がる。うまく管理すれば、在庫の廃棄率も下がる。つまり買わない理由は「頻繁な仕入業務の習慣化」によるものだということが分かる。
このふたつのネガティブ情報から、戦略を再設計すると答えはこうなる。
- 昔と今のキーパーへの認知や先入観を変える訴求が必要
- 機械の低価格や省スペースだけで売り込むのではなく、店舗のオペレーションコストの観点からも訴求を行い、必要性やメリットを見せること重要
キーパーの価格と償却コストを試算し、夏場の電気代(夏場は24時間冷房をつけっぱなしの店が多い)の比較や仕入コストや廃棄率の試算をすることで、新しいキーパーの必要性はもっと説得力を持って、伝えることが出来るだろう。ネガティブマーケティングによってこういう売り方が成立する。
もし、最初の買わない理由だけで次の作戦を立てるとどうなるだろうか。
- もっと安くする
- もっと小型化する
出来る手立てはこれだけだ。あとは足で稼いで「買いたい人探し」に奔走するのみ。これでは使う習慣がないお客様へは何も言えない。応酬話法が成立しないのだ。安く・小型化すれば、それに合う店を探さないといけなくなる。自ずとマーケットは小さくなるのは至極当然のことであろう。
今回は営業・販売などの分野からの抽出だが、本質的ネガティブ要因を掘り下げることで、表面的なネガティブ要素からのアプローチとは全く違う答えになっていることがわかる。表面的なネガティブ要素からのアプローチだと、「値段を下げる」や「売っているものの仕様や構造を変えよう」という結論に行ってしまいそうだが、本質的には仕様や構造を変えることではなく、売り方を見直さなければならないことに気づく。
こういう解説だと「わかっていますよ、そんなこと。」と言われがちだが、意外とわかっていないのが営業部長クラスだったりする。売り方の入念な考察をせずに値段を下げることや、仕様や構造を変えて欲しいというのは、売る側(営業)が自己を省みないことで起こる要望であることが多い…つまり、このネガティブマーケティングの結果、出てくる最初の答えは「売り方を変える」ということに行き着くはずである。
売り方を変えず、仕様や構造をコロコロ変えてしまっては、マーケットが広がらず、コストが湯水のようにかかってしまう。仕様や構造を変えて、仮にそれが売れたとしても、根本療法に至らないがために、マーケットが拡大しない。つまり、事業として成立しにくくなることが往々にしてある。表面的な対処療法の難点は狭いマーケット(一部の顧客)からの声でしかないことだ。ネガティブマーケティングは問題抽出のプロセスを変え、売るものを変えるのではなく、売る相手や切り口から変えることでマーケットが広がるようにビジネスを動かしていく「マーケット・イン」発想に最も近い思考であり、課題抽出の手法なのだ。
ネガティブマーケティングによる「仮想・顧客志向」の醸成
本質的なネガティブマーケティングを突き詰めると必ず「ある仮説」にたどり着く。それは顧客の目になることだ。「お客様にはこう見えてしまっているのではないか?」というやつである。この顧客視点を組織に根付かせることが最も難しいとされる昨今のマネジメントにおいて、このネガティブマーケティングによって形成される「仮想・顧客志向」は組織にとって非常に重要なものとなるだろう。私が以前担当したクライアントにおいても、「顧客第一」を標榜する企業様が目立つ。何かに気づいてこの標語を掲げるのだが、顧客の目になるという思考が欠如していては、「顧客のいいなり」とのジレンマと戦う羽目になり、マネジメントコストが高騰してしまうことが多い…言い換えると「なぜ買ってくれないのか?」は「お客様の目にはどう映っているのだろうか?」を仮想することから始まると言っても過言ではない。
戦略設計面における効果はこの「仮想・顧客志向」にある。この客観性や仮説思考力がこれまでなかったアプローチやこれまでなかったプレゼンテーションを生み出すと言ってもいい。逆に新たな発見のないネガティブマーケティングはその深掘りが足りないと考えていいだろう…
皆さんの会社の上司は、単に「なぜ?」と問い、単なる叱責で留まっていないだろうか?「なぜ?」の答えには、解決への糸口があるはずなのに…
<関連記事>
<掲載ブログ>
<推薦図書>
本書は、営業力を強化することを目的に、A.T.カーニーにおける幾多のプロジェクトで有効と実証された内容を、「ものの見方・考え方の枠組み=フレームワーク」として凝縮し、体系的にまとめたものである。本書で紹介しているフレームワークを現実の営業活動に適用することにより、営業力は飛躍的に強化できると確信している。