「どっちにしろ片方の人権は犠牲になる」 ⇒「人権が犠牲になる」は人権の用法の誤り。「二人は対等の人権を持つが、人権保護の及ばない状況によって、一人の命が失われた」
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ええ、それが「人権」という方便。
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須賀原さんは、功利主義の立場でしょうか?
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その質問をする意味を詳しく説明して下さい。
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おはようございます。 仕事の都合でお返事遅くなりますが、また、後ほどお願いいたします。
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この遭難の事例の場合、切羽詰まった状況で人権が議論される余地がありません。 >万人にあらゆる場面での人権は保証されない。 当たり前です。現実には国の財政状況や公共サービスの充実などに左右されます。 理念と現実的な施策は別問題です。 (ただしないがしろにして良いというわけではない)
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須賀原さんの場合「真理(正しい理念)は神が守ってくれるものだから人間が努力しなくても現実的に実現されるはず」と思い込んでいるようです。 この前提を変えない限りこれからもおかしなことを言い続けることになると思います。
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全く逆の意味に読解してますね(^ω^;) 私の過去の発言はどれくらい読んでおられるでしょう。最近だと例えばこれとか。 ↓https://twitter.com/tebasakitoriri/status/1023575554564349952 …
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自分は人権が真理かどうかということは議論する気はないんです。 言いたいのはどんな理念であれ、それを現実世界で実現するためには予算、インフラ、政策、労働などが必要だということ。 現実に保証されているか否かは人権の本質をはかる理由にはならないということです。
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貴方が誤読した、ただそれだけのことです。恥ずかしいのはわかるけど、恥の上塗りみたいなリプはやめなさい。
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海で2人とも遭難させずに、その国が事故防止策を整備するよう支援… してもうまくいかないのが現実の世界。 逆に難民が受入先で犯罪を犯す事も考えると… その内の1人は受入国で犯罪をする事を考えているかも知れない。 実数が多すぎるだけに有効な対処もその判断も出来ない。 現実は難しいです。
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そうなんですよね。だから「国家」という枠組みに意味が出てくるんだと思います。「全人類的な天賦の人権」みたいなフェイクは難民問題などですぐに破綻してしまう。いかに国家を安寧に維持し、自国民の多くを物質的、文化的に豊かにするか。その上で国際関係、外交をいかにうまくやるか、なのでしょう
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そうですよね。 私も国家を維持し発展させる事はそんなにたやすいものではなくて、日本が例外的に幸福なだけだと思います。 国家という目に見えないものは誰にでも感じ取れるが、相互に尊重し相互の人権を大切にするという事は、それを気にかける人にしかその大切さがわからないという事だと思います。
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数万人規模の難民の受け入れは、投入する税金も、雇用の確保も必要で、そのしわ寄せは、既存の国民がもろに被ります。 国民でないものに対する巨額の税金投入を、国民が納得するとは到底思えませんね。
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