「千年大計 国家大事」――。
漢字8文字が高らかに記された巨大看板の外側には、牧歌的な農村風景が広がっていた。農道では、トラジが、ガタピシと音を立てている。
トラジとは、漢字で「拖拉機」と書く。トラクターの音訳だ。特に、ガタピシ言う旧式のものを、年配の中国人たちは、懐かしさを込めてこう呼ぶ。
だが、看板の内側へ一歩、足を踏み入れたとたん、そこには真新しい駐車場が一面に広がり、最新式の電気自動車(EV)がズラリ並んでいた。駐車場の計100ヵ所以上の場所に、充電スタンドが装備されている。その脇には、中国石油、中建二局、中國平安、国家電網、中国聯通……巨大プロジェクト建設に携わる大型国有企業のロゴが、誇らしく掲示されていた。
ここは、北京から南に105㎞ほど下ったところにある雄安(シオンアン)新区である。
昨年2月23日、この地を視察した習近平主席は、宣言した。
「ここに第三の国家的新区を建設する。『第二首都』を作るのだ!」
「第三の」というのは、第一に、改革開放政策を始めた初期の1980年、鄧小平が香港に隣接した深圳に、中国初の経済特区を作った。第二に、社会主義市場経済を憲法に盛り込んだ1993年、江沢民が地元・上海に、浦東新区を作った。続いて2006年、胡錦濤が天津に濱海新区を建設したが、習近平政権では、このプロジェクトは失敗の烙印が押され、カウントされていない。
習近平主席は、1982年から85年までの三年間、雄安近くの河北省正定県で勤務した。その勝手知ったる荒野に、「第二首都」を建設しようというのである。
昨年4月1日、中国共産党中央委員会と国務院(中央官庁)は連名で、声明を発表した。
〈 鄧小平時代の深圳経済特区と、江沢民時代の上海浦東新区に次ぐ第三の国家プロジェクトとして、雄安新区を設立する 〉
計画によれば、短期プロジェクトとして100㎢、中期プロジェクトとして200㎢、長期プロジェクトとして2000㎢を開発するという。まさに「国家千年の大計」だ。
今年の4月21日、中国国営新華社通信は、「河北雄安新区規画概要」を発表した。昨年10月に行われた第19回中国共産党大会で、習近平総書記が提起したもので、その全文は、下記のサイトで見られる。
http://www.gov.cn/xinwen/2018-04/21/content_5284800.htm
だが、細かい計画書を読んでも、いったい何が起こっているのかは分からない。そこで、今回、現場を見学しに行ってみたのである。
結論を先に言うと、現時点で完成しているのは、容城という場所にある「市民サービスセンター地区」だけだった。いわば「雄安新区のモデルルーム」だ。
広さは24万2400㎡、総建築面積は9万9600㎡。総工費8億元(約130億円)をかけて、昨年暮れから工事を始め、今年の3月29日に落成した。わずか4ヵ月の工期で、同規模の建築工事と較べて4割も期間を短縮できたのは、無人ロボットを駆使して建設した成果なのだという。また、建築ゴミも8割減らしたそうである。
市民サービスセンター地区は、さらに8つの区域(建物)に分かれていた。規画展示センター、党工委管理委員会オフィス、政務サービスセンター、会議トレーニングセンター、雄安集団ビル、企業臨時オフィス群、居住地区、生活地区(店舗)である。
この「市民サービスセンター地区」のコンセプトは、「スマート&グリーン都市」。すなわち、最新技術と緑との調和である。
象徴的なのが、通りの両側に植えられた街路樹だ。すべての街路樹にバーコードが取り付けられ、「BAE2954」などと番号が記されている。スマホでバーコードを読み取ると、そこには通りの名称、責任者の名前、木の名称、科属、苗を植えた日時、そこに植樹した日時の6つの情報が入っていた。
また、道路のコンクリートが柔らかくできていて、歩きやすい。これは「スポンジ都市」(海面城市)のコンセプトによるものだ。最新技術を駆使したコンクリートを使用し、雨水や汚水を生活熱源として再生利用しているのだ。コンクリートの下には、全長3.3㎞のパイプラインが通っていて、冬季の天然ガス暖房、電力供給、通信、汚水処理などに利用しているという。
ちなみに、雄安の道路ではゴミ箱を多く見かけるが、ゴミは、①リサイクル可能なゴミ、②有害ゴミ、③生ゴミ、④その他のゴミに分けている。中国では、ゴミの完全な分別は、今年に入ってようやく北京や上海などの大都市で始まったばかりで、雄安は中国国内で最も進んだゴミ処理を行っている。