ファーストがいない。
2-1と1点リードで迎えた9回裏。金足農のエース吉田輝星は、日大三の7番・飯村昇大を高いバウンドのピッチャーゴロに打ち取る。
難なく2アウト目を取ったかに思えたが、打球がやや一塁寄りだったため、一塁手・高橋佑輔も引っ張られて前に飛び出してきてしまう。そのため、吉田が一塁へ送球しようと思ったときには、一塁ベースはがら空きになっていた。
記録は内野安打となったが、明らかに一塁手のミスだった。
高橋はすかさず吉田に視線を送って謝ろうとしていたが、吉田はそれを拒否するかのようにすぐさまマウンドへと踵を返した。
「集中状態に入っていた方がいいと思ったので」
「近寄るな」と「気にするな」。
吉田は、それまで味方がミスをすると、必ず小さく手を挙げ「気にするな」というサインを送ったり、両掌を下に向け「落ち着けよ」という仕草を見せていた。
吉田が、そうした対応を見せるようになったのは、この夏からだという。捕手の菊地亮太は、顔をしかめながら話す。
「前はもっとひどかったです。謝ろうとしても『近寄るな』という感じで」
ところが、この夏からチーム内で「切り替え」の意識を徹底し、他の選手の守備も向上したことで、吉田も少しずつ変わってきたのだという。
一塁手の高橋がミスを犯したとき、あるいは「近寄るな」の吉田が顔をのぞかせたのかと思った。
だが、フォローも忘れていなかった。直後、金足農業ベンチから伝令がやってきてマウンドに内野手が集まったときだ。高橋が振り返る。
「『なんでいつも(打球を捕りに)来ねえのに、こういうときだけ来んだよ』って笑ってました」
やはり、いつもの吉田だった。
吉田1人だけが別世界にいるようで。
この大会、吉田はどんなピンチに陥っても、ふてぶてしいぐらいに落ち着いている。
8回裏、1アウトからこの日初めて連打を浴びて、ベンチから伝令役の選手がやってきたときもそうだった。
ひとしきり笑った後、最後は、グラブで「もう帰れ」とやった。
「いつも(伝令に)こないやつがきたので、たぶん一発芸でもやるんだろうなと思ってたら、クソおもしろくなかったので(笑)。大阪弁で、おじさんのモノマネとかをしてました」
9回裏、1アウトから走者を許したが、続く2人を外野フライに打ち取りゲームセット。ようやく手にした勝利だったが、吉田はまだ試合途中であるかのように淡々としていた。
「優勝することが目的なので。やっとここまでたどり着いたなという感じでした」
両チームの選手がホームベースを挟んで整列を始めた。だが吉田は、最後の打者が置いていった銀色のバットを手に、誰に渡せばいいのかと右往左往していた。
「落ちてたので拾おうかな、と」
球場全体が歓喜と絶望のコントラストにはっきりと色分けされる中、吉田1人だけが別世界にいるかのように落ち着いていた。