アルシェの物語〜In the Beginning was the Word〜 作:Menschsein
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モモンは、倒れて動けなくなった“蒼の薔薇”の面々を一個所に運んだ。PVPの事後処理である。
「さて、どの装備がチームの強化に繋がるか。やはり、強化するべきはアルシェの装備だと思うのですが、レイナースさん、それでよろしいですか?」とモモンガはレイナースに言う。
「えぇ。当然の判断だと思いますわ。私は帝国から支給された装備がありますし。私の装備は冒険者で言えば、オリハルコン、物によってはアダマンタイトに匹敵する装備でしょう。例えば、これは
「それと、法国の習慣とは違い、帝国では左手の薬指に指輪を嵌めていても、恋人がいるということでございませんからね」と、モモンガを見つめながらレイナースは説明を補足した。
「感謝します、レイナースさん。では、アルシェ……どの装備が良い?」と、モモンガは指輪の習慣については、法国の神官であるニグン氏に国家間の文化的差異についてレクチャーしているのだろうと思いながら、言葉を紡ぐ。
モモンの言葉を受けて、アルシェは、自分がどの部分を強化すべきかを考える。今回学んだことは、後衛でも攻撃を受けるときは受ける。場合によっては今後、今回のように自分が一対一、もしくは複数の敵を単独で抑えながら戦うという状況も想定される。その時に備えて防御面の強化が最優先だろう。それがまず、自分が足を引っ張らないための最優先事項だ。
「レイナースさん、モモンもありがとう。強化するなら、防御面だと思うけど……この人の装備は無理そう……」と、ガガーランの装備を見ながら言う。防御という側面で優れているように思われるのは、ガガーランの装備だ。だが、肩の部分に棘などあり見るからに重そうな装備だ。自分がこれを来たら、逆に身動きが取れなくなりそうであろう。
「だけど……この忍者のは……逆に軽装すぎるかな」とアルシェは答える。そして口には出さないが、露出が激しすぎるとも思う。
「アルシェさんのチームでの役割や職業的に言えば、このリーダーの装備が良いのではないでしょうか? この黄金の剣は、攻撃にも使えるようですが、恐らく身を守ることにも使えると思いますわ」とレイナースがラキュースの装備を見ながら言い、「良かったら、私が鑑定を致しましょうか?」とニグンが申し出た。
「お願いします」
「
「神官様、ありがとうございます。ですが……。似たような効果の魔法を使えますので……わざわざマジック・アイテムで装備をする必要もないかもしれません」とアルシェは、自分の持っている手札と比較しながら答える。遠距離の攻撃を加えるなら、
「では、この鎧も鑑定します。
「えっと……。え、遠慮します……。なんか、で、デザインが可愛くないかなぁって……。私、白色よりも……茶色とかの色が好きですし……。そ、それより、この剣なんて凄いですね。レイナースさん、この剣、レイナースさんが装備してはどうですか?」
「……遠慮させてください。この剣は魔剣です。呪われた装備は、使いたくもないといいますか、近寄りたくもないですわ」とレイナースさんが言う。いつも柔和な笑顔であるレイナースさんの眉間に皺が寄っていて、不快感を露わにしている。
『歌う林檎亭』で見たレイナースさんの顔の呪い。それを考えたらレイナースさんが呪いの武器を嫌悪する気持ちは分かる。
「そうですね……。レイナースさんの気持ちを考えず、軽率なことを言ってすみません」とアルシェはレイナースに謝罪をした。
「いえ。分かっていただけて嬉しいですわ」とレイナースさんは再び笑顔で返答してくれた。
「アルシェ。デザインなどにこだわるより、自身の安全を取った方が良い。弱い装備だと、いつか命を落とすぞ?」と、モモンはラキュースの下へと一歩近づく。
「ちょっと、モモン。待って! 冷静に考えてみると、鎧を剥ぎ取ったら、どうやってこの人、このカッツェ平野から帰るの? 下着姿で帰るのって可哀想だよ! 私の装備を着せるにしても、私のはマジック・アイテムじゃないから、サイズが合わないだろうし……女性を裸も同然な格好で歩かせるって、酷くないかな?」とアルシェは言う。
アルシェとしても、自分が無茶苦茶な事を言っているのは分かる。モモンを責めるのは筋違いだ。モモンは、自分の装備の強化の為に、装備を奪っても良いという約束を“蒼の薔薇”と死線をくぐり抜けながら、なんとか取り付けてくれたのだろう。だが……。装備できないものは装備できない……。
一方で、モモンガは思う。ユグドラシルでは、PVPの際には、アイテムが文字通り
「確かに……。それは酷い行為か……。それならば、この仮面などは手頃じゃないか?」とモモンガはイビルアイの仮面を指差す。見たところ特殊な効果もない仮面だし、奪っても構わないであろうとモモンガは思う。
「その少女はなぜ仮面をしているのでしょうか?」とレイナースが口を挟む。
「ん?」とモモンガは首を傾げる。
「仮面をしているのは、顔を隠したいからです。例えば以前の私のように顔に呪いを負っているのであれば、仮面を奪うのは、同じ女性として賛成出来かねますわ。女性に恥をかかせるのは如何なものかと……。加えて、愚痴を言わせてもらいますと、カッツェ平野での野営をしている時から思っておりましたが、モモン殿は、“据え膳喰わぬは男の恥”という言葉をもっと重く受け止めるべきかと思いますわ。装備を剥ぐということに関して配慮は出来るのに、わざわざ“据え膳”を用意した女へと配慮が出来ないのは……まぁ良いですが」とレイナースが少し怒ったような口調で言う。
モモンガはレイナースの顔の呪いのことを思い出し、自らの浅慮を思う。だが、その反面、“据え膳を食わない”という批判は、ちょっと酷いのではないかと思う。この巡回任務に出発する前に、レイナースさんにも、自分は飲食不要のアイテムを装備しているから食事は無用だと伝えている。確かに、アルシェやレイナースさんが作ってくれた食事に手を付けないのは、作った側からしたら失礼に当たるかも知れない。現実世界であったら、女性の手料理など、鈴木悟は食べたことなどない。もし手料理を作ってくれる人がいたなら、涙を流しながら食べるであろう。だが、今の自分は、鎧の下はアンデッドだ。
な、なんだか、自分の出演しているアダルトゲームのタイトルを、ペロロンチーノさんに暴露された時の、ぶくぶく茶釜さんのような怒りようだが……。
「そ、そうですね。それは俺の配慮不足です。仮面を奪う代わりに私の手持ちの仮面を代わりにこの少女に渡しましょう。一応、“蒼の薔薇”を倒したという証拠を持ち帰るのも必要ですからね」
そう言って、モモンは
「みんな少しの間、目を閉じていてくれ」と、モモンが言うとモモン以外のメンバーは全員、イビルアイに背を向け、そして目を閉じた。
この少女が着けている仮面も、なんの特殊効果もない仮面だな……と思いながらイビルアイの仮面を外し、モモンはイビルアイの顔を見て、一瞬気が動転する。
イビルアイの口からは、だらしなく涎を垂れ流し、口から突きだした呂律の回っていない舌で、「も……もっと……」などと意味不明な言葉を発している。極めつけは、焦点の合っていない瞳は、上目蓋近くで激しく眼球運動しており、白目に近い状態であった。
これも何かの呪いなのか? 確かにこんな状態が常に続くのであれば、仮面で隠したい気持ちが分かるな……。レイナースさんの言った通りだな。こんな表情を晒させるのは、敗者に鞭を打つような行為だった。みんなに目を閉じてもらっていて正解だったなと、モモンガも流石に同情しながら、手早く“嫉妬する者たちのマスク”をイビルアイに装着する。
“嫉妬する者たちのマスク”が、イビルアイの顔の表情にあわせてサイズが変わっていくことを確認し、「もう大丈夫です」とモモンガはメンバーに声をかける。
「こ、この仮面で、とりあえず手打ちとしよう。さて、では帝都に帰ろうか?」
モモンガは、不満そうな顔をしているレイナースや、複雑そうな表情を浮かべているアルシェを見ながら言った。
「あの……チームの複雑な事情を伺いながら、そして命を助けて貰いながらお願いするのも恐縮ですが……帝都へ帰還されるのであれば、私も一緒に行ってもよろしいですか? 私は、帝都経由で、カルサナス都市国家連合に巡礼を行う予定でございました。帝都までご同行を許して貰えると、大変助かります。護衛料が必要であるなら、その分はもちろんお支払いします」とニグンが気まずそうに言う。
「リーダーの判断にお任せいたします」とレイナースはそっぽを向きながら答える。
「私のテントには余裕があるし……。モモンと神官様。私とレイナースさんが一緒に寝るという風にしたら、大丈夫だとは思うけど……」と、アルシェも現実的な提案をする。
「構いませんよ。帝都に帰還するのは当然ですし、依頼料などは不要です」とモモンガは答える。
「ありがとうございます。そして……さらに図々しいお願いではございますが、部下を埋葬する時間をもらってもよろしいですか? ここはカッツェ平野。死んだ部下も、アンデッドとしてこの平野を彷徨うということになってはうかばれませんからね。安らかに眠らしてあげたいのです」とニグンは言った。
「えぇ、構いませんとも」とモモンガは答えた。
・
ニグンが、命の火が消えた法国の神官達の亡骸を一個所に集めていく。
「俺達も手伝おう」とモモンは言って、“モモンと愉快な仲間達”の面々も動き始める。だが、直ぐにトラブルが起きる。
「これは……。モモン殿。亜人の死体ではありませんか……」とニグンは、モモンガが抱きかかえて運んできた、母親であったと思われる亜人の亡骸を抱えていた。その隣では、アルシェが、その子供であったと思われる子供の亜人の亡骸を抱えている。
「一緒に埋葬して欲しいのだが」とモモンは言う。
「申し訳ありません。私には、亜人を埋葬するような術を知りません。亜人は、人間種の脅威です」
「神官様……。このような子供でもですか?」とアルシェは冷たくなった亜人の子供を抱きかかえながら言う。
「今は子供でも、成長すれば人間の脅威になったでしょう……。その子が大きくなり成長したとしたら、人間を何人殺すのか……。それを想像しただけでもおぞましいです。私は、法国の神官。亜人を弔うことなどできかねます」とニグンは、明らかに亜人の死体を蔑むような目で答えた。
「ニグン殿。そこをなんとか……。人間だろうと、亜人であろうと、死は誰にでも平等に訪れます。死を迎えた後では、もはや人間も亜人も同じではありませんか? このまま平野に野ざらしにしては……」とモモンは深々と頭を下げる。
「モモン……。どうか、私からもお願いします。神官様」とアルシェも、モモンが頭を深々と下げるのを見て、同じように頭を下げる。
「頭をお上げください……。命の恩人の方々にそのようにされては……。確かに、死んだ今となっては、人間の脅威とはなりません。むしろ、その亡骸を放置すること自体が、将来の人間の命を脅かす火種となりましょう……。正式な埋葬をすることはできませんが、略式でよければ、我が神もお許しになるでしょう。分かりました。亜人の死体を……いえ、ご遺体を集めてもらってよろしいでしょうか。部下の弔いの後に、亜人達も埋葬いたしましょう」
「感謝する」とモモンは答えた。
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ニグンが、法国の神官達の火葬を終え、そして、亜人達の火葬も終えた。その体が燃え、煙となり、カッツェ平野のドンヨリとした雲に混じっていくのを、モモン、アルシェ、レイナースはそれぞれ、厳粛な気持ちで見送るのであった。