漆黒の英雄モモン様は王国の英雄なんです! 【アニメ・小説版オーバーロード二次】 作:疑似ほにょぺにょこ
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日の光がローブル聖王国の城を照らし始める頃、俺はゆったりと城の廊下を歩いていた。
俺ほどこの綺麗な城に不釣り合いな者は居ないだろう。殺戮者然としたこの顔を見て気絶する者こそ少ないが、男女関係なく皆顔を青くして離れていく。時折すれ違うこの城のメイドたちも例外なくそうだった。
──だったはずだ。
女王陛下に呼ばれてこうやって早朝来たのだが、見た目こそ変わらないもののかつての雰囲気と全く違う。
一番異様だと思ったのが、すれ違うメイドたちが一様に笑顔を浮かべながら会釈してすれ違う事だ。この顔を恐れないのは愛する妻と娘位なもの。だというのに、ここにいる者達は誰も俺を怖がろうともしない。
「あれ、旦那じゃないですか。旦那も呼ばれてたんですか?」
「オルランドか」
これは一体どういうことか。まさか亜人達と手を組んだことでこの国の美醜観が俺寄りになった。などということはありえないだろう。そう考えていると、曲がり角から見知った男が現れた。腕も足も太く野性味溢れる得体だというのに、まるで小動物を彷彿とさせる瞳を持つ男。そしてかつては俺の方が勝ったが、もう俺の上を行くであろう頼れる男。オルランド・カンパーノだ。
「俺は娘が世話になっているから分からないでもないが、お前も呼ばれていたのか」
「あぁそういえば娘さん──ネイアちゃん──でしたっけ?随分と出世したもんですね」
用を足してきたのだろう彼は乱雑に手を拭きながら俺の隣を歩き始める。険のない明るい顔だ。いつもなら娘の話を始めた途端に嫌な顔をし始めるというのに。
そういえばこう険のない明るい顔をし始めるようになったのは亜人と戦わなくなって暫くしてからだっただろうか。
陛下がヤルダバオトとかいう悪魔と契約したと聞いた時は業腹ものだったが、今ではおかしいくらい亜人達と仲良く出来ているのだから結果としては陛下の行動は間違っていなかったのだろうということくらいは理解できる。納得などできるはずもないが。
「そういえば、バザーとの勝負はどうだ。前回聞いた時は良いところまで行ったと言っていたと思うが」
「──へへっ」
何か話題はないかとバザー──亜人達の王が一人、豪王バザーとの勝負について聞くと彼は嬉しそうに鼻を擦っている。見たことのない行動だが、雰囲気からして照れているのだろうということは察せられる。
「──勝ったのか?」
「ええ。試合形式で、ですがね」
あの巨躯で縦横無尽に暴れまわる化け物に、試合形式とはいえ勝って見せるとは。もうどうあがいても俺では勝てそうにないだろう。だというのに、まるで口癖のように『いつか旦那に勝つ』と俺だけでなく周囲に言い触らし続けられている。お陰でどんどん俺の評価が化け物染みて来ていることにコイツは気付いているのだろうか。
「なるほど、その辺りがお前の評価になっているのかもしれないな」
「評価──ねぇ──」
陛下がヤルダバオトと契約を結んでもう三か月は経とうとしている。その間瞬く間に国は平和になり、そして豊かになっている。力の強い亜人達が鉱山や畑仕事、建築を手伝ってくれることで、だ。
人は一人では生きていけぬ。そう、かつての師匠から言われた言葉を思い出す。
師匠はいずれ、こうなることを予見なされていたのだろうか。いずれ、人と亜人が手を取り合う時代が来ると。
「んんっ!パベル・バラハ兵士長。カルカ・ベサーレス女王陛下の招集により参った」
「同じく!オルランド・カンパーノ。女王様に呼ばれてきました!」
ちらりとオルランドの方を見ると、ガチガチに固まっている。まだ陛下は見えぬ、その前にある巨大な扉の前だというのに。そのせいでこいつの敬語は悲惨なことになっているが、こいつはそういうことを求められている男ではないので問題はないと思いたい。
扉の両側に付く近衛の聖騎士がゆっくりと扉を開いていく。その先にあるのは清廉で美しき──
「なんだ──これは──」
昔来た時と変わっていないはずだ。前聖王陛下より賜れた時も、現女王陛下が戴冠なされた時も。同じはずだ。だというのに、まるで『同じ造りの全く違う場所』に迷い込んでしまったかのような感覚に襲われた。
「何やってるんですか、旦那。女王様が待ってるじゃないですか」
「あ、ああ」
オルランドはこの異様さに気付いていないのだろうか。しかし入り口で立ち尽くすのは不敬というものだろう。意を決して歩を進めていく。周囲への注意を怠らないままに。
一歩。二歩。歩を進めるごとに異様さが増していく。何も居ない筈の天井からいくつもの視線を感じる。いくつもの人ならざる吐息を感じる。先に居るのは我らが陛下であるはずなのに、まるで魔王の玉座へと向かっているような錯覚さえ感じてしまう。
「久しぶりですね、パベル」
「はっ。陛下におきましては、ますますお美しくなられたようで」
陛下の前まで進み、首を垂れる。臣従の証を取った。
美しくなられた。本当に。まるで、『人を止められた』かのように。人非ざる美しさを湛えられていた。これも悪魔と契約したからなのだろうか。
「貴方を呼んだのは他でもありません」
陛下はそう言い視線を横に向ける。釣られる様に向けると、柱の陰から異様な雰囲気を纏った男──いや、悪魔が現れた。
「全く──手札は使えるだけ使う主義ですが、Eランクでも使わねばならないというのは一種の苦行ですね」
そう悪魔が呟く。俺に向けて言った言葉ではないだろうが、その手札とやらが俺であるだろうことは分かる。悪魔にとって俺はその程度の存在であるということなのだろう。
やはり悪魔などと契約したのは間違いだったのではないだろうか。そうは思うものの、陛下に具申できるような立場にあるわけではない。悪魔の言ではないが、ある手札を切っていくしかないのだ。
「キミには使える手札になってもらうよ。『この弓を受け取りなさい』」
悪魔がそう言うと、陰から娘──ネイアが黒く禍々しい弓を携えてこちらに歩いてくる。
見て居るだけで呪われそうだと思う程の物。しかしそれ以上に手に取りたいという欲求が湧き出てくる。これがあれば如何なるものでも『喰える』と思えるほどに。
「────」
ゆっくりと弓へと手を伸ばす。まるで熱病に魘されて居るかのように何も考えることができない。身体が、魂がこの弓を欲している。そう、それが当──
「──おや?キミ程度では抵抗できない筈なのだが、これは嬉しい誤算だね」
俺の手は止まっていた。弓を取る寸前で。見たのだ。見てしまったのだ。娘の顔を。愛する娘の顔を。
まるで泥人形に下手糞に娘の顔を書いたナニカの顔を。
「旦那ぁ?俺には気付かないのに娘さんには気付くんですかぁ?妬けますねぇ?」
まるで針の様に細く尖った氷を首筋に突き刺されたような感覚に陥ってしまう。後ろに居るのは誰だ。オルランドだったはずだ。だというのに、身体が硬直して後ろを確認することすら出来ない。
気を抜けば俺の手はこの禍々しい弓を受け取ることになるだろう。それが何を意味するかは分からない。しかしそれが良い事であるとは決して思えない。
「あ──くま──娘──どこへ──やった──!」
「ほう、まだ抵抗するのか。良い素体になりそうだね。貴方の娘なら──ほら、今君に弓を渡そうとしているじゃないか」
いま悪魔はなんといった。私の娘がこんなばけものになったとでもいうのか。あの優しかった娘が。荒事などできなかった娘が。私を真似て必死に弓を覚えようとしていた娘が。
俺に似て皆に怖がられる顔に生まれてしまったというのに、健気に生きている愛する娘が。
「嗚──呼!──許──ぬ!例──口利──ぬ身体に──うと──!悪魔──に──ようと──!──様を!──貴様をぉ!!」
「モモンさん──モモンさん──」
魘されるようにベッドの上で吸血鬼が呻いている。寝る必要などないだろうにベッドで寝るのはなぜなのだろうか。理解し難い行動だが、人間たちに囲まれて行動しているようだから、人間と同じように行動を擬態しているのかもしれない。ドッペルゲンガーでもないのに、だ。なぜそこまで人間たちに肩入れしているのだろうか。こいつでもこの国なら滅ぼせる程度の力はあるだろうに。なぜ顔を隠してまで人間たちと歩くのか。
モモン様はそれなりにこの吸血鬼を利用されたいとおっしゃっていたから生かしてはおいたが、あの白金の竜王<プラチナム・ドラゴンロード>に入れ知恵されたのだろう。モモン様の嘘を知ってしまった。つまり、生かしておく利点はない。生きている欠点は増える一方なのだ。
全ての生殺与奪はモモン様──アインズ様が持たれている。だから勝手な行動はするべきではない。しかしアインズ様はおっしゃった。『ただ言われたことに頷くだけの人形は必要ない』と。自ら考え行動するものこそ必要なのだと。
「──殺すか」
黒いお話が多いローブル聖王国の一部分をちょっぴり紹介する回でございました。
うん、この国だけで一章かけるだけのやばいお話がてんこ盛りです。超絶に黒すぎて18禁Gにしないといけないレベルなので詳しくは書きませんが!
でも一部分は書いておかないと次の章で『ハァ?』ってなりますからねウフフ。
察しのいい方ならばこれで大概分かるかと思いますので、ここまでです。察せれなかった方は次の章で分かるはずです!たぶん、めいびー。