2018年度の文化庁メディア芸術祭で功労賞を受賞したマンガ研究家の竹内オサム氏によれば、ほんの数十年前の日本ではマンガやアニメは低俗なものとみなされ、文化として研究することにも批判があったのだという。今やそれを文化庁が表彰するようになったのだから、隔世の感を禁じ得ない。
アニメが文化と誇れるようになった一方で、新たな問題も浮上している。原画やセル画など、アニメの制作過程で生じる関連資料の保存の問題だ。
たとえば海外のオークションサイトebayで「Anime cel Art」という検索ワードで調べてみると、数多くの出品物がヒットするのが分かる。『トランスフォーマー ザ☆ヘッドマスターズ』の動画付きのセル画が200USドル前後、『美少女戦士セーラームーン』の動画、セル画、背景美術のセットが500USドル、『ダーティペアFLASH 2』のオープニングのケイとユリの変身シーンのセル画は999.99 USドルといった具合だ(2018年8月現在)。
かつての日本でも、浮世絵版画や根付など庶民の楽しみだったものが芸術性の高さから海外の美術コレクターに注目され数多く流出しており、日本の文化でありながら日本に所有権がなく国内で見ることができない作品もある。アニメも文化として誇る一方で保存を怠れば、同じ道を歩むことになりかねない。
そんな中、老舗アニメスタジオの1つであるプロダクション I.Gには「アニメアーカイブグループ」という専門部署があり、アニメの関連資料の保存・管理・運用を専門的に行っているという。
そのグループリーダーであるアニメアーキビスト・山川道子氏にアニメアーカイブの現状と必要性についてお話を伺った。
[取材・構成=いしじまえいわ]
■ 広報から“アーカイブ担当”となったワケ
――早速ですが、アニメアーカイブグループはどんなことをしている組織なのですか?
山川道子氏(以下、山川)
アニメーション作品のパッケージや書籍、CDなどの関連資料と、制作過程で生じた中間成果物、つまり設定資料や原画、動画、セル画、背景画、カット袋、完成データ、アフレコ台本などを管理・保存するのが主な業務です。
私以下6名、計7人の部署です。詳しい業務内容は2016年に文化庁メディア芸術アーカイブ推進支援事業の支援を受けて制作した資料がありますので、それをご覧いただけたらと思います。
・アニメーション・アーカイブの機能と実践 I.Gアーカイブにおける アニメーション制作資料の保存と整理(Production I.G Archives Manual 2016)
>https://www.slideshare.net/MichikoYamakawa/ig-production-ig-archives-manual-2016
――アニメアーカイブグループはいつから、どのような目的で生まれたのでしょう?
山川
アーカイブグループという名称になったのは2016年からですが、私がアーカイブの専門スタッフとして業務をするようになったのは2005年からです。
2002年に会社が創立15周年を迎え過去の作品や資産を整理しようという流れになり、その時、制作進行から広報に移りアーカイブを担当するようになりました。
――なぜ広報の方がアーカイブの担当スタッフになったのでしょう?
山川
広報の業務としてメディアの取材対応があるのですが、たとえば監督インタビューで「あのシーンは力を入れました」「このシーンの〇〇さんの作画は素晴らしい」という話になると、そのシーンの場面写真を用意しメディアの方にご提供する必要があります。
新聞取材の場合は数時間以内に対応できないと記事にしてもらえなくなってしまいますから、なるべく早く的確な資料を取り出せるように、自分なりに整理と管理をしていました。それがいわばアーカイブだったんです。
――なるほど。ただ、それだけですと単に広報業務の一環のようにも感じられますが、アーカイブという名称はどうして設定されたのですか?
山川
アーカイブには専門的な手法があり、専門職の方は「アーキビスト」と呼ばれています。私自身そういった技術に興味を持ち勉強会などにも参加するようになったのですが、名刺に書いている肩書きが「広報」だと話が通じにくいケースが多かったんですね。
そこで会社に相談し、肩書きに「アーカイブ担当」と記載するようにしたんです。その時ちょうど『NHKアーカイブス』の知名度が高まったこともあり、アーカイブという名前に決めること自体はスムーズでした。
――プロダクション I.Gでのアーカイブは取材対応のニーズから始まったんですね。
山川
それに加えて、過去の資料が管理されていることで、次第にクリエイターの方々が「あの作品のこのシーンが見てみたい」「〇〇さんの原画が見られるって聞いたんだけど」と、自分の勉強にも活用するようになりました。ですので、アーカイブの第一義は取材対応、その次がクリエイターの閲覧のためです。
――文化の保存というような理念ではなく、実用性の面から始まったんですね。
山川
アーカイブに意識や関心のある方であれば文化や作品、誰かの生きた証を後世に遺すことに共感してくださるんですが、会社組織の中でそれを言ってしまうと「あっ、コイツは金儲けにならないことをしようとしているな」「趣味でやってるな」と評価されてしまいます。
元々アニメの中間成果物の多くは産業廃棄物として廃棄されるのが通例でしたから、想いだけでやってしまうと逆に保存ができなくなってしまうんです。
――利益に直結しない活動が煙たがられるのはプロダクション I.Gさんに限らず企業ならどこでも同じですね。
山川
逆に「この作品は続編の制作が決まっているので、資料を保存しておくことで新作カットのベースにするなど再利用が可能になりコストカットになります。だから続編が終わるまでは保存すべきです」というように、合理的な判断の元で管理していることがきちんと説明できれば会社も納得します。
そのため、“捨てる”判断をすることもアーカイブの役割の1つになります。
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