子どものころから多くのゲーマーが慣れ親しんできたであろうRPG。見知らぬ土地を巡り、剣と魔法を駆使して強敵と戦う。世界の広がりと自身の能力向上など、冒険を通じて成長を感じる旅路。傍らにいるのは、おさな馴染みやライバル、あるいは恋心を寄せる異性といった頼もしい仲間の存在だ。ゲームならではの冒険は、多くの体験をプレイヤーに与えてくれる。
しかしそんなゲーマーたちを一種あざ笑うかのようなお約束が、「仲間の離脱」である。それは離反した仲間が再度復帰するための演出であったり、盟友が死んでしまうという物語上の悲劇であったり、あるいはDLCで主役にするためにあえて離脱するということもあるが、ともかくプレイヤーにとっては悲劇となりうる要素だ。
経験値や特殊な成長アイテムを投じて成長させた仲間は、時には大枚をはたいて購入した装備すらも持ち去りながら離脱してしまう。そんなイベントで離脱するキャラクターは、怨嗟のためか不思議なほど記憶に残り、後世に語られることが多い。
『ドラゴンクエストⅦ エデンの戦士たち』に登場する「キーファ・グラン」も途中離脱によって鮮烈な印象を残したキャラクターのひとりだ。
主人公の親友ポジションかつ戦力的にも申し分ない仲間。パッケージにも堂々とその立ち姿を披露しているところから、当時、途中離脱を予想できたプレイヤーはほとんどいなかっただろう。主力として『ドラクエ』シリーズではお馴染みの強化アイテム「種」を与えるなどしていたプレイヤーは、その突然の別離を嘆き悲しみ「種どろぼう」、「種返せ」と連呼したという。
しかし時は流れ、愛される途中離脱キャラクターとして定着した彼を、レベル99にしたやりこみプレイヤーが現れた。完全無編集でそのレベル上げを公開し続けた「ささじま」氏だ。
キーファをレベル99にするまでの作業がどれほど苦しいものなのかは、実際にゲームをプレイしていないと実感しづらいかもしれない。
ただ、ささじま氏はその攻略を記録した無編集の動画を毎日ニコニコ動画に投稿しており、いずれも時間の長さは2時間程度で、レベル上げを行う場所はほぼ同じ。さらにそのパート数が1176、動画数が271件になると伝えれば、どれほどのプレイ……いや、修行なのかが伝わるだろうか。
ささじま氏はなぜキーファをレベル99にしようと考えたのか? 精神に異常はきたさなかったのか? ささじま氏本人に「キーファを諦めない」プレイの裏に隠された背景を伺った。
文/Nobuhiko Nakanishi
取材・編集/ishigenn
──あらためて、キーファをレベル99にするプレイがどんなやり込みか教えていただけますか?
ささじま氏:
キーファは主人公の親友で、何もない島から世界を股に掛ける大冒険を始めるきっかけを作った人物であり、頼れる戦士タイプです。レベルが上がってもMPがゼロのままなのですが、裏を返せば特技をMP消費なしで使えるので、シリーズ作をプレイしている人にとっては「前作のハッサンよりも頼れる仲間になるのでは?」と思わせるのですが、物語のかなり早い段階、まだメタルスライムすら出ない段階で離脱してしまい、二度と戻ってきません。これまでのシリーズでは離脱するキャラはレベルの上限が低かったり、そもそもレベルが上がらなかったりしたのですが、キーファのレベルは99まで上がるように設定されています。
なのでキーファのレベルをカンストさせるには、離脱前で一番効率の良いフォーリッシュの洞窟内で、1回の戦闘で多くても200程度しか入手できない経験値を、819万1271ほど稼ぐ必要があります。序盤はレベルが低いため1時間当たり10000程度しか稼げなくてかなり苦労しますが、終盤は1時間当たり15000くらいは稼げるようになるので、600時間くらいで達成できる算段です。
ちなみに2004年にXYZ氏という方が最初にこのやり込みを達成されたのですが、その方はホイミスライムからのレアドロップ(1/4096)を狙うために洞窟の外で狩りをして、最終的に650~660時間ほど掛かったようです。
──すさまじい時間ですよね……。すでにレベル99の挑戦は成功していますが、実際にかかった時間はどれぐらいだったのでしょうか?
ささじま氏:
キーファがレベル99になったときのゲーム内時間は583時間54分、ここからキーファを狩り場であるフォーリッシュまでレベル1のまま運ぶのに掛かった10時間43分を引くと、573時間11分になるのですが、フリーズで消失した作業時間が合計で22時間55分あるので、これを足すとトータル596時間6分になりますね。
寝落ちや離席もあるので把握しきれていませんが、合計で3時間くらいは無操作の時間があったと思うので、手を動かしていたのは593時間くらいだと思います。
──593時間と考えても、1日2時間でも300日ぐらい、10ヵ月弱はかかる計算ですよね。
ささじま氏:
準備期間も含めると、まっさらなデータから始めたのが2017年10月10日で、準備に5日掛かりました。動画の“パート0001”を撮ったのが10月15日で、最終パートを撮ったのが2018年07月9日なので、約9ヵ月ですね。
リアルの話をすると、仕事が週替わりの三交代制なので、日勤の週や夜勤明けは普通に仕事が終わってから作業を始めても、そのときに撮った動画をその日中に投稿できます。ただ、仕事が昼からの週は帰りが日付が変わる手前になるので、週末にあらかじめ動画を1~2本、余分にストックできるようにしていました。
ストックが1本でもあれば昼勤の週でも自分で決めたルールの「(なるべく)1日1投稿」を維持できるし、日勤・夜勤の週は1日サボっても大丈夫なので心の余裕ができました。
──600時間というとそれほどとは思わないかもしれないですが、ほぼ同じ場所で同じ敵を相手に延々とレベル上げをするというのはかなりの苦行だったはずですよね。そもそも、なぜキーファをレベル99にしようと考えたのでしょうか?
ささじま氏:
もともとキーファのレベル99を目指していた生主が他に居て(通称やっさん)、その人は未達成のまま引退してしまいました。私がゲームのやり込みを始めるきっかけにもなった方なので、その方の無念を晴らす意味も含めて私が引き継ぎました。
──正直なところ、諦めようと思ったことは?
ささじま氏:
諦めようと思ったことはありません。つらかったのは最初のほうだけでしたね。「自分これマジで始めちゃったけど最後までやれんのかな……」と不安でいっぱいでした。
ゲーム内で起きたことをメモしたりしていたので、つらさを紛らわせることはできました(メモったことは動画詳細文やマイリスコメントに貼り付けてある)。3ヵ月経ったくらいでほぼ完全にルーチンワークになりましたね。
※公開されているデータのタイトルには「精神安定用」の文字が記されている。
──しかし600時間のあいだ、キーファとにらめっこするわけですよね。思わずキーファを嫌いになったりしませんでしたか?
ささじま氏:
特に嫌いにはなりませんでしたし、キーファに特別な感情は抱きませんでしたね。ときどきキーファがお笑い芸人のカズレーザーに見えてきて、『採用!フリップNEWS』のある火曜日が待ち遠しくなりました。
序盤のレベルが低かったころは、敵よりも行動が遅くてイライラすることはありましたが、それもパート20からパート30くらいまででした。むしろキーファは4人の中でいちばん早くにレベル99に到達するので、良いキャラです。
──無編集の動画をパート1000以上も投稿することも話題になりました。
ささじま氏:
編集までやると途中で挫折すると思ったからですね。そもそもやり込みはニコ生で見ているだけで満足していたのですが、ある日突然、「『ファイナルファンタジーIX』のマーカスのレベル上げをやってみたい」という衝動に駆られ、「編集しない動画は逆に新しいかな?」と思って始めました。
のちにキーファはマーカスの約4倍程度の時間が掛かることがわかっていたので、ファイルサイズも約4倍程度だろうから、まずは動画投稿容量と相談でしたが、キーファのレベル上げを始めてから2ヵ月後にニコニコ動画の仕様が変わって容量が無制限になったお陰で、上限に達する心配はなくなりました。
──レベル99以上に達したときの気持ちは?
ささじま氏:
達成感以上に「最後にフリーズしなくて良かった」、「USBのエラーで録画停止が起こらなくて良かった」という気持ちが大きかったですね。続いて、2004年にキーファレベル99を達成されたあるお方(XYZ氏)の残した、「全くといっていいほど達成感がないです」という言葉に初めて共感出来ました。作業時間もここまで長くなると、達成感や開放感よりも、喪失感のようなもののほうが勝った気がします。
──意外に達成感がないのですね……。
──ニコニコ動画のプロフィールを見る限りでは、ほかにもやり込みプレイをされていますよね。
ささじま氏:
「スーパーファミコン版『ドラゴンクエストVI』の主人公極限低レベル一人旅」と「『ファイナルファンタジーIX』の最強ステータス」ですね。簡単なのでいえば、「スーパーファミコン版『ファイナルファンタジーV』のガラフを離脱前にレベル99にする」とかありますが、狩り場に着いてレベルを99にするのに17時間程度で終わるのでかなりぬるいです。
『ドラゴンクエストVI』は期間としては7年半も掛かりましたが、ゴールド稼ぎのために穴掘りを多用していた一方で、穴掘りで無限に手に入ってしまう木の実類は取っても使わないとか中途半端に縛ったり。そのクセ一人旅では手に入らないメタルキングの盾を解禁したりと、非常に中途半端な出来のやり込みになってしまいました。
『ファイナルファンタジーIX』のやり込みは、かつてニコ生で初めてマーカスのレベル99を手動で達成した生主(やっさん)に「自分もマーカスやってみたい」と言ってみたところ、「じゃあついでに最強ステータス作ると良いよ」と勧められたのがきっかけです。
マーカスのレベル上げはスティックをテープで左に固定して連射機を使って放置するのが一般的なのですが、やっさんは完全手動を全部ニコ生で配信した初の生主だったので。対抗して私は完全手動で最強ステータスにするプレイを全部ニコ動に投稿しました。
──どうしてレベル99やステータスマックスといったやり込みに挑戦するんでしょうか?
ささじま氏:
結論から言うと、この手のやり込みはよく「時間かければ出来る」と言われながら、その実、達成に至る人はあまりいないからです。
──テクニックが必要なRTAなどとは違って、この手のやり込みはとにかくマラソンのように持続力が必要ですよね。それに耐えうる人間が挑戦できるやり込みなのかなと思います。
ささじま氏:
私は元を辿れば「1つの好きなゲームを好きなだけ、飽きるまで」やりたい人なのですが、言い換えれば満足感が得られるまでやらなきゃ気が済まないんです。それはレベルMAXやステータスカンストである必要はありません。
幼少のころはファミコンの『ドラゴンクエストIII』と『ファイナルファンタジーIII』を初期データから始めてはラスボスを倒し、また初期データから始めてはラスボスを倒しを延々と、両作品とも30週くらい繰り返していました。この頃は主人公になりきって一緒に冒険することに満足感を得ていたようです。他にやるゲームがなかったのもありますが、これも結果的に見ればある意味やり込みです。
『マリオカート』と出会ってからタイムアタックもやっていました。これは自己ベストが出れば、他人より多少遅くても満足感は得られます。 ネットが普及してから初めて低レベル攻略や縛りプレイという概念が存在することを知り、達成した人達のレポートを読みあさって、いくつか真似したりなんかもしました。これがのちに『ドラゴンクエストVI』の低レベル一人旅につながります。 YouTubeやニコニコ動画のお陰で「ゲームは見てるだけでも楽しい」ということも知りました。
──もともと、ささじまさん自身に素養があったわけですね。
ささじま氏:
そして本題ですが。 その後にニコ生などの配信ツールによって他人のゲームプレイの「途中過程」を見ることが出来るようになりました。これが実は革新的で、自分以外の「諦める人」を見ることが出来るようになったんです。
それまでは動画やレポートなんかは達成してしまった人の結果ばかりを見せられていたわけですが、ニコ生でタグや詳細文に「やり込み」と入れてたり、口で「やる」と言ってパート数を振ったりしてたのに、未達成のままフェードアウトする人を大勢見る事が出来るようになりました。たとえば先ほど言った『ファイナルファンタジーIX』のやり込みも始めた人は40人くらいは見かけましたが、最後までやった人は片手で収まる人数しかいません。
──なるほど。それまで時間をかければできると言われていたやり込みが、実は大変だったことが途中過程の見える化でわかってきたと。
ささじま氏:
そうですね。結果を見るに、大抵の人は「時間をかければ出来ること」に「本当に時間を取られること」を惜しむんです。 途中で投げて「続きは気が向いたらやる」という人も多いですか、私に言わせれば「時間をかければ出来る事に本当にダラダラ時間をかける」のはやり込みとは言えません。
配信したり動画を投稿しているなら、見ている人の期待に応えるためにある程度の計画性が必要と考えます。 見ている人は「完結するところを早く見たい」んです。 なので、キーファのレベル99が9ヵ月ほどで終わったという点では、見ている人の期待に応えられたと思います。
──今後もまだまだやる気があるようでが、挑戦するやり込みのご予定はありますか?
ささじま氏:
リアルの事情ですぐには再開できないのですが、『ドラゴンクエストVII』でこのまま他の3人もレベル99にします。『ドラゴンクエストVII』が終わって別のゲームをやるときが来たとしても、「長丁場の作業を全部ノーカット無編集で上げる人」を目指したいと思います。(了)
ささじま氏が指摘したように、やり込みプレイの中でも特に忍耐力を必要とするタイプのものは軽んじて見られがちで、多くの人は「すごい」と言うよりも「気は確かか」という気持ちを抱くのではないだろうか。RTAのようなテクニックや戦略がひと目でわかるやり込みと異なり、レベルカンストやステータスマックといった挑戦は、どうしても地味になるものである。
しかし、ゲームプレイややり込み動画の投稿が一般的になるにつれて、それが実は簡単そうに見えてやり遂げられる人がいないという挑戦であることに気づいたささじま氏は、他のやり込みプレイヤーと同様に称賛されるべき存在ではないだろうか? ささじま氏が今度どのようなやり込みに挑戦するのか、今後も目が離せそうにない。
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