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育児・医療の情報環境は問題だらけ! 家族に丸投げの育児をどう変える?/荻上チキ×森戸やすみ

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左:森戸やすみさん 右:荻上チキさん

今年7月に『小児科医ママの子どもの病気とホームケアBOOK』(内外出版社)を刊行した小児科医・森戸やすみさん。本書は、よく知らないからこそ感じる、子どもの体調についての漠然とした不安に寄り添い、病気のことや医療機関のかかり方について具体的な話を、詳しく丁寧に説明する一冊になっています。育児や子どもの病気は、インターネットや本、テレビなど様々なところで話される一方、誤解やデマに満ちた情報も数多くあります。育児・医療の情報について、メディアはどのように変わっていけばよいのでしょうか。評論家・荻上チキさんと森戸やすみさんに語り合っていただきました(全2回)。

子育て情報が不足している

荻上 森戸さんの新刊『小児科医ママの子どもの病気とホームケアBOOK』(内外出版社)は、熱中症や風邪、皮膚炎など普段「これってどうなんだろう?」って疑問を持つことのある身近なテーマを取り上げられていて、育児をしている者としてとても参考になりました。どんな症状をピックアップするかによって情報の届きやすさが変わると思うのですが、執筆の際にどんなことを考えられていましたか?

森戸 皆さん、子どもの病気については、とにかくたくさんの症状を説明しているような、厚い本を買いがちなんですよね。でも私はまず、なんで熱が出るのかとか、免疫力をあげるってどういうことなのかってことを知ってほしいと思っています。医者になりたてのとき、救急外来を担当させられたんですが、「いま熱が出ました」「吐いちゃいました」「薬は使いたくないです」「どうすればいいですか」って尋ねられたんですね。

荻上 親からしたら、病名がついたり、大丈夫ですよって言ってもらったりして、安心したいわけですよね。

森戸 そうです。「大変な病気ではありませんよ」「ただの風邪ですよ」って言ってあげればよかったんでしょうけど、まだ医者になって数カ月の研修医ですから「じゃあ検査してみましょう」くらいしか思いつかなかったんですよね。でもそうすると、子どもは夜中に起こされるし、親は「重病なのでは……」と毎回ドキドキしなくちゃいけないし、医師は医師で日中働いて夜は救急外来で眠ることも出来ないことになります。医療費もかかる。みんなが損しているんです。

荻上 医療の専門的な知識って親が判断するのはなかなか難しいですよね。自分のことだったら「このくらいの熱なら大丈夫」って判断できますけど、子どもの発熱や嘔吐は、どういうサインなのかわからない。病気を心配することはとても大事なことですが、どういうときに、どういった行動に結びつけていけばいいのかを知らない。だから発熱だったり痙攣だったり、段階ごとの理解とやるべきことが書かれているこの本はとてもいい手引きになると思いました。

子育てって、あまりにも情報がない状態で各家庭に丸投げされますよね。子どもを産んだら、数日後には退院しないといけない。たまに定期健診とかはあるけど、基本は放置です。ですからみんな、ネットの情報とか口コミに頼りながら、パッチワークで対応していくことになっている。子育て支援が足りていないだけでなく、インフォメーションの側面でも不足しているように思います。

森戸 めちゃめちゃ不足してますよね。産婦人科も小児科も育児法を教えるところではありません。保育園も子育て支援の役目を持っていたりもしますが、保育者にいちから子育てを教えてもらうわけにもいきません。誰も正しい育児はどんなものなのか、責任をもって教えることってないんです。「困ったら来なさい」なんだけど、どこからが「困った」で、どのくらい困ると行けばいいのかもわからないんですよね。

荻上 かつてに比べて、周りに預けたり、親に相談したり、あるいは育児経験のある友人、知人にアドバイスをもらうというのも難しくなっていますよね。

森戸 身近に子どもがいないんですよね。それに昔に比べて出産年齢が遅いので、おじいちゃんおばあちゃんも「もう忘れちゃった」ってなりやすい。

荻上 今と昔で、育児のスタイルも変わっていて。僕の母親は「あんたは布オムツだったから洗うのが本当に大変だったわよ~」なんて言ってました。

森戸 以前、紙オムツの上に布オムツの時に使うカバーをしているお母さんがいらっしゃったんです。紙オムツの通気性のよさがなくなってしまうので「これは……?」と聞いたら「なにか間違っていますか?」って。どうやって使うのか分からなかったみたいです。

それから、一カ月健診が終わる頃に「もう大きいお風呂にいっしょに入っても大丈夫ですか?」ってよく聞かれるんですね。医学的には出産してすぐに一緒にお風呂に入っても構わないんですよって話すと、「どうやって入れればいいのか指導してください」ってお願いされたことがあるんですけど……その場で私が服を脱いでお風呂の入り方を実演するわけにもいきません。たぶん皆さん、何にでも正解があって、ひとつひとつ教えてもらうものなんだと思っているんでしょうね。でも唯一の正解なんてないんですよ。首さえしっかり支えて、お子さんが溺れなければ、お風呂の間にうんちやおしっこが漏れちゃっても問題なくて。

荻上 どんな分野であれおかしなものはありますから、不安になったときに手にとった「これが正解」みたいな本が、間違ったものかもしれない。ですから、正解を求めるんじゃなくて、ちょっとした育児のTO DOやHOW TOが書かれているものを手元においておいたほうがいいんだと思うんです。例えば「ミルクは肌の温度に」ってよく言いますけど、多少冷めたくらいで子どもが飲まなくなるわけじゃないですよね。

森戸 調乳するときは70℃以上のお湯が必要ですが、飲むときは熱すぎず、冷たすぎずが大事ですね。

荻上 お腹を壊さない程度の温度にすればいい。「これが正解」みたいなものを押し付けるんじゃなくて、厳密じゃない、ゆったりとした幅があって、その幅が提供される空間が必要なんだと思います。医療的な知識や育児に関する知識へのアクセシビリティが確保されていないゆえに、育児や病気の情報難民が生まれている。

森戸 そう思います。話をしない子供とずっと一日中、これは合ってるのか、子供は泣かせておいていいのか……とたくさん不安を抱きながら毎日を過ごしているひともいるでしょう。特にコミュニケーションスキルが高くないお母さんは本当に孤独なんですよね。

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森戸やすみ

小児科専門医。一般小児科、NICU(新生児特定集中治療室)などを経て、現在は世田谷区にある『さくらが丘小児科クリニック』に勤務。朝日新聞アピタルで『小児科医ママの大丈夫! 子育て』を連載中。Wezzyでも。医療者と非医療者の架け橋となるような記事を書いていきたいと思っている。

twitter:@jasminjoy

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