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上野千鶴子氏は反省のしどころを間違えているのでは?

上野千鶴子氏が、弟子筋の北田暁大氏による厳しい批判に対して率直に反省したと話題のようですが、

https://synodos.jp/politics/19136 (脱成長派は優し気な仮面を被ったトランピアンである――上野千鶴子氏の「移民論」と日本特殊性論の左派的転用)

https://wan.or.jp/article/show/8029 (北田暁大さんへの応答 ちづこのブログNo.125)

正直言って、上野さんはより倫理主義的な方向に、つまりあえて言えば無責任に反省しやすい方向にのみ反省してしまった感があります。

私の理解するところ、北田氏による批判は、近年の松尾匡さんやブレイディみかこさんとの鼎談などとも共通の観点から、外国人労働者問題を素材にしつつ、上野氏のいわゆる日本的リベラル特有の「一見やさしさを装った「脱成長」の仮面の下には、根拠なき大衆蔑視と、世界社会における日本の退潮を直視できない団塊インテリの日本信仰、多文化主義への不見識と意志の欠如」をこそ厳しく糾弾するものであったと思われるのですが、上野氏はむしろ、自説が過度に現実主義的であったという批判と受け止め、もっと理想主義的であるべきであったと「反省」してしまっているのです。

外国人問題は、とりわけ労働者の側からするととても難しい問題です。単純に性差別とパラレルに議論できるものではありません。外国人にも日本人と同じ権利を確保すべきという正論は、しかしそれだけでは野放図に安価な外国人労働者を導入したいという経営側の議論に対する歯止めにはならず、結果として欧州諸国に見られるように国内労働者の憤懣を反移民右翼に追いやる結果になりかねません。一方で、ただ外国人を入れるなと言っているだけでも、そうは言っても背に腹は代えられない企業は様々な形で外国人労働力を引き入れていき、結果として日本で過去30年にわたって進んだように、より権利の守られない形での事実上の移民が拡大することになります。

こういうつらいパラドックスの中で、過度に現実主義的になることも過度に理想主義的になることも、同じように無責任なのであり、現実に進んでいく移民拡大をできるだけ労働条件や人権が守られるような形で進んでいくことを確保するためにも、そもそもの入り口論では野放図な導入論を抑える努力が必要となります。「入れるな」ということによって、それにもかかわらず入れるのならこういう条件でなければならないという制約に現実的な力が加わり、入るにしてもその入り方が少しはまともになりうるという政治的な現実感覚を失ってしまうと、「このとき左派やリベラルがやるべきだったのは、もちろん外国人、とりわけ旧植民地出身者に対する差別をやめさせ、彼らの人権を守るように自分たちの社会に働きかけることだった」という安易な倫理的言説に身をゆだねて安心してしまうことになりかねません。

それは、少なくともリアルな政治的判断としては間違っていると私は思います。そして、その間違い方は、まさに北田氏が「経済というのは、社会のすべてではない。権利は大切である。善さも正しさも大切である。しかし正しさが善さによって支えられていることもまた、自然権論者ならぬ社会学者であれば考えなくてはならない。制度の公正性と経済的合理性を分けて考えること自体、社会学者の不遜というものではないか」と、悲痛なまでに上野氏に訴えていたその間違い方を全く同じ方向性を持っているように思われます。

上野氏は、北田氏の批判のもっとも本質的な批判であり傾聴すべき点をあえて耳に入れず、自らの過去の立論からして一番受け入れやすい点、あえていえば本来理想主義的だった私が現実主義にぶれかかったのを正道に戻してくれたという、一番もっともらしく語りやすい点でのみ受け入れて見せたのではないかと思われます。

なので、拙著の帯を書いていただいた恩人ではありますが、「よっ、千両役者!」という掛け声は出てきませんでした。

https://twitter.com/ryojikaneko/status/1030291021991563266

これを読んだ瞬間、「よっ、千両役者!」と掛け合いを入れたくなったが、皆さんの感想を読んでますますその感が強い。/エッセイ > ブログ > 北田暁大さんへの応答 ちづこのブログNo.125 | ウィメンズアクションネットワーク Women's Action Network

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