金足 見せた農高魂 甲子園8強 畜産学ぶ高橋選手 逆転弾
2018年08月18日
逆転弾で強豪を撃破し、全力で校歌を歌う高橋選手(左から4人目)ら金農ナイン(17日、兵庫県西宮市で)
強豪・横浜を撃破。甲子園に“金農旋風”吹き荒れる──。第100回全国高校野球選手権大会で金足農業高校(秋田)は17日、3回戦で横浜高校(南神奈川)を5―4で下し、準々決勝に進んだ。ベスト8進出は23年ぶり。決勝点となる逆転ホームランを放った高橋佑輔選手(3年)は「全国の農業高校に勇気を与えられたと思う。甲子園で戦う唯一の農業高校として勝ち続けたい」と声を弾ませた。18日の第4試合で近江高校(滋賀)と対戦する。(塩崎恵、前田大介)
歓喜の瞬間は突然訪れた。2―4で迎えた8回裏一死1、2塁。6番打者の高橋選手が相手投手の初球を振り抜くと、打球は放物線を描きバックスクリーンに吸い込まれた。その瞬間、一塁側のアルプス席で生徒らは抱き合い、メガホンをたたき喜びを爆発させた。
高橋選手はレギュラー選手で唯一、畜産動物を扱う生物資源科に所属。学校では鶏の飼育などを担当して週2回、“バット”を“スコップ”に持ち替え、鶏舎の掃除や餌やりをしている。
畜産担当の近江広和教諭(46)は「ふんを一輪車で運ぶとき、腕と背筋にかかる負担は相当なもの。佑輔は誰よりも率先して運ぶ生徒。日頃の掃除で鍛えられたことも、この一打を生んだのでは」と分析。「また勝負どころでしっかり決めろ。頑張れ佑輔」と激励する。
金足農高の地元、秋田県内では17日、テレビ観戦した農業関係者らが、劇的な逆転劇に歓喜した。感動して涙を流す姿もあった。
男鹿市で菊を露地4・4ヘクタール、ハウス24棟で栽培する文ちゃん園芸では、同校野球部出身で11年前に甲子園に出場した納谷(旧姓・船木)拓美さん(27)が研修していることもあり、従業員ら10人がテレビの前で試合を見守った。
2点リードされた8回裏、金足農高が劇的逆転3ランを決めると「まじでー」「やばい」と、叫び声が響き、拍手が沸き起こった。
勝利の瞬間、納谷さんは同校のユニホームを着た娘とハイタッチをして大喜び。「感動した。後輩は夢だ。食べ慣れた秋田の米をたくさん食べて力を付け、ベスト4へ進んでほしい」と激励した。
同農園で働く吉田征子さん(79)は「この年になってこんなに感動すると思わなかった。生きていてよかった。生徒の頑張りを見てこれからも農業を頑張ろうと思える」と選手をねぎらった。
同農園の吉田洋平さん(28)は「秋田の誇り。研修生が金農出身でもあり、農業高校ということで例年以上に応援に力が入る。準々決勝は仕事どころじゃないな」と笑った。
一塁側のアルプス席で静かに戦況を見つめたのは秋田県五城目町の嶋崎久美さん(70)。第66回大会(1984年)で金足農高がベスト4に進出した時の指揮官だ。同校の監督として春、夏の計7回甲子園に導き、東北の名将として知られる。監督業を退いた今は、米農家として1ヘクタールで「あきたこまち」などを栽培する。
この日の一戦は、34年前の初戦、広島商業高校戦と重なって見えたという。当時、完全に不利といわれたが勝利。それから一気に波に乗り、べスト4に進出した。「広島商業も横浜高校も甲子園優勝校だが、選手は同じ高校生。次も平常心で戦えば大丈夫。甲子園という農場に素敵な花を咲かせてほしい」とエールを送る。
鶏舎の掃除 心身鍛錬
歓喜の瞬間は突然訪れた。2―4で迎えた8回裏一死1、2塁。6番打者の高橋選手が相手投手の初球を振り抜くと、打球は放物線を描きバックスクリーンに吸い込まれた。その瞬間、一塁側のアルプス席で生徒らは抱き合い、メガホンをたたき喜びを爆発させた。
高橋選手はレギュラー選手で唯一、畜産動物を扱う生物資源科に所属。学校では鶏の飼育などを担当して週2回、“バット”を“スコップ”に持ち替え、鶏舎の掃除や餌やりをしている。
畜産担当の近江広和教諭(46)は「ふんを一輪車で運ぶとき、腕と背筋にかかる負担は相当なもの。佑輔は誰よりも率先して運ぶ生徒。日頃の掃除で鍛えられたことも、この一打を生んだのでは」と分析。「また勝負どころでしっかり決めろ。頑張れ佑輔」と激励する。
金足農高の地元、秋田県内では17日、テレビ観戦した農業関係者らが、劇的な逆転劇に歓喜した。感動して涙を流す姿もあった。
男鹿市で菊を露地4・4ヘクタール、ハウス24棟で栽培する文ちゃん園芸では、同校野球部出身で11年前に甲子園に出場した納谷(旧姓・船木)拓美さん(27)が研修していることもあり、従業員ら10人がテレビの前で試合を見守った。
2点リードされた8回裏、金足農高が劇的逆転3ランを決めると「まじでー」「やばい」と、叫び声が響き、拍手が沸き起こった。
勝利の瞬間、納谷さんは同校のユニホームを着た娘とハイタッチをして大喜び。「感動した。後輩は夢だ。食べ慣れた秋田の米をたくさん食べて力を付け、ベスト4へ進んでほしい」と激励した。
同農園で働く吉田征子さん(79)は「この年になってこんなに感動すると思わなかった。生きていてよかった。生徒の頑張りを見てこれからも農業を頑張ろうと思える」と選手をねぎらった。
同農園の吉田洋平さん(28)は「秋田の誇り。研修生が金農出身でもあり、農業高校ということで例年以上に応援に力が入る。準々決勝は仕事どころじゃないな」と笑った。
「次も平常心で」 農家で元監督 嶋崎さん応援
一塁側のアルプス席で静かに戦況を見つめたのは秋田県五城目町の嶋崎久美さん(70)。第66回大会(1984年)で金足農高がベスト4に進出した時の指揮官だ。同校の監督として春、夏の計7回甲子園に導き、東北の名将として知られる。監督業を退いた今は、米農家として1ヘクタールで「あきたこまち」などを栽培する。
この日の一戦は、34年前の初戦、広島商業高校戦と重なって見えたという。当時、完全に不利といわれたが勝利。それから一気に波に乗り、べスト4に進出した。「広島商業も横浜高校も甲子園優勝校だが、選手は同じ高校生。次も平常心で戦えば大丈夫。甲子園という農場に素敵な花を咲かせてほしい」とエールを送る。
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TPP新規加盟 拡大は農家に死活問題
環太平洋連携協定(TPP)の加盟国拡大に向けた動きが活発になっている。タイなど農産物輸出国も加盟を希望し、日本市場は格好の標的となりかねない。無税や低関税での輸入が増えれば、国内農業への打撃は計り知れない。なし崩し的な拡大とならないよう、国会は監視を強めるべきだ。
TPPに新規加盟したいという国・地域が相次いで名乗りを上げている。熱心なのはタイとコロンビアで、英国や韓国、台湾、インドネシアなども前向きという。新規加盟の受け入れ手続きは、11カ国によるTPPが年明けにも発効した後に加速する運び。それに備えた協議は既に進んでいる。
日本政府は加盟国拡大に積極的だ。TPPの存在感を高めて米国を呼び戻し、日米自由貿易協定(FTA)を回避する戦略とみられる。国内農業に甚大な影響をもたらす日米FTAはもちろん認められない。だが、TPPの加盟国拡大も危険をはらむことを無視してはならない。
現行のTPP協定で加盟国が増えるとどうなるのか。関税撤廃・削減の仕組みは大きく2パターンあり、影響も違ってくる。一つは輸入数量に枠を設けた撤廃・削減で、枠外には高関税を課す。重要5品目でいえば米、麦、でんぷん、脱脂粉乳・バターが該当する。加盟国が増えても“椅子取りゲーム”のような構図となり、輸出国同士のシェア争いは激しくなるが影響の広がりは食い止められる。
問題は、数量枠を設けずに撤廃・削減する品目だ。例えば、TPPで最も打撃が大きいとみられる牛肉。38・5%から大幅削減し、9%の関税が新規国を含め加盟国全ての対日輸出に適用される。輸入急増へのセーフガード(緊急輸入制限措置)も最終的になくなり、歯止めがないに等しい。牛肉輸出の潜在力を持つ国がTPPに加われば、国内農業の傷はさらに広がる。豚肉も同様で、1キロ482円ではなく同50円で対日輸出できる国が増えれば、影響は当初試算から膨らむ。
重要5品目以外でも問題が大きい。タイは、日本への鶏肉輸出がブラジルに次ぐ世界第2位。TPPに加盟して無税となれば、さらに輸出攻勢を強めてくるだろう。タイとは2007年発効の2国間の経済連携協定(EPA)で鶏肉関税を11・9%から8・5%への削減で押しとどめたが、こうした過去の外交努力も無に帰す。
果実ではオレンジやリンゴに加え、タイの関心品目のパイナップルも関税撤廃となっている。加盟国の拡大は、果樹主産県や沖縄県などへの打撃も心配される。新規加盟の協議が政府間で進み、国会がどう関与できるか不透明なのも気掛かりだ。
TPPで重要5品目の聖域確保を求めた国会決議はなお重い。国会は、情報開示や影響の再試算などの働き掛けを含めて政府をチェックし、安易な拡大には待ったをかける責任がある。
2018年08月17日
40年ぶり民法改正 家族と農村守る遺言書
1980年以来、約40年ぶりの大幅見直しとなる改正民法が成立した。相続の権利がなかった長男の妻が義父母の介護に貢献した場合、相続人に金銭を請求できるようになるなど、農家にとって関わりがある内容だ。相続を「争族」にしないために欠かせないのが遺言書。帰郷した家族とも話し合ってみよう。
今回の改正は、高齢化が進む中で残された配偶者を保護し、相続を巡るトラブルを防ぐことが目的。7月13日に公布され、原則1年以内に施行する。
ポイントの一つが、相続人以外の親族の貢献度を評価した点だ。例えば、息子の妻はこれまで、義理の父や母の介護に尽力しても相続財産を取得できなかった。一方、都会に出て父や母の面倒を見ていない長女や次男が財産を相続でき、不公平感があった。
そこで相続の権利がなかった息子の妻の介護などへの貢献度を適切に評価する制度を導入。「特別寄与分」として新たに請求できるようにし、実質的に公平となるようにした。
残された配偶者が安心して自宅に住み続けられるよう配慮したのも特徴だ。例えば妻と子1人に自宅(2000万円)と預貯金(3000万円)を相続する場合、これまでは計5000万円を2500万円ずつ均等に分配してきた。妻が2000万円相当の自宅に住み続けるには預貯金として500万円しか相続できず、生活費が不足しないか不安があった。そこで新制度では「配偶者居住権」を創設。配偶者は1000万円分の居住権と、預貯金1500万円を取得できるようになる。
ただ、課題もある。介護をしてきた息子の妻が遺産相続の場に割って入り、自らの貢献度を主張できるだろうか。なかなか声を上げられないのが実態ではないか。
提案したいのが、生前に「自筆証書遺言」を書いておくことだ。相続では遺言書が第一優先となる。自分の介護に貢献してくれた息子の妻をねぎらうために「特別寄与分として○さんに○万円を贈る」と明記しておけば、相続のトラブルを防ぐことができるという。
農家の相続問題に詳しいランドマーク税理士法人の清田幸弘代表は「遺言を残すことは都市だけではなく地方こそ必要」と指摘、遺言がなければJAの経営を揺るがしかねないと危機感を持つ。想定するのは地元で農業を継いだ長男と、都会に出た次男に遺産を相続する場合だ。農地や農機などは長男に、預貯金を次男に相続してしまうと「JAから都市銀行に預貯金が流れ、JAの経営危機につながる」とみる。地域を支えるJAの経営が揺らげば影響は農家に及ぶだけに「農業を継ぐ長男に相続する預貯金を増やすべきだ。そのためには遺言書を残す必要がある」と助言する。
遺言を残すことは、家族と地域を守ることになる。今のうちから考えておきたい。
2018年08月18日
49歳以下の新規就農者 4年連続2万人超え 田園回帰流れ続く 後継者育成課題も
49歳以下の新規就農者が2017年で2万760人となり、4年連続で2万人を超えたことが農水省の調査で分かった。農業以外から就農する新規参入者が、49歳以下では調査開始以来、最多となるなど、若年層の田園回帰の動きが続いている。だが、新規就農者全体では5万5670人で前年比7%減。生産力の維持には、農家子弟の経営継承への支援をはじめ、一層の担い手の確保、育成が求められる。
49歳以下の新規就農者は14年に2万1860人となって以降、2万人台を保っている。
農地などを一から確保し経営を始めた新規参入者は、49歳以下は17年で前年比10%増の2710人で、07年の調査開始以降で最多。同省は「都市から農山村に移住し農業を営む田園回帰の流れが、若年層の間に続いている表れ」(就農・女性課)と指摘する。農業への定着を促すため、就農前後に補助金を交付する農業次世代人材投資資金(旧・青年就農給付金)も下支えしたとみる。
新規参入者は50歳以上も含めた全体でも6%増の3640人で、14年の3660人に次ぐ多さとなった。
一方、実家の農業を継いだ新規学卒者ら新規自営農業就農者は4万1520人で10%減、うち、49歳以下は1万90人で12%減となった。高齢化を背景に農家全体が減る中で、後継者数も減っている状況だ。
農業法人への就職者など新規雇用就農者にもブレーキがかかった。14年以降伸びていたが、17年は1万520人で1%減、うち、49歳以下は7960人で3%減だった。国内全体で労働力不足が進む中、他産業に人材が流れたとみられる。
政府は農業生産の継続に必要な農業就業者数を約90万人と推計し、これを60代以下で安定的に担うために、49歳以下の農業従事者を23年度までに40万人にする目標を掲げる。49歳以下の農業従事者数は、17年度は前年比8000人増の32万6000人。目標達成には、さらに新規就農者を増やし、従事者確保のペースを上げる必要がある。
また、認定農業者に占める49歳以下の割合を見ると、06年3月には4割近くあったが、15年3月では約2割に低下している。若年層の新規就農者が認定農業者など地域の担い手として定着できるよう、支援を強化する必要性も高まっている。
2018年08月15日
地ビール醸造所 最多は北海道 原料の生産地域上位 地元農産物生かし商品開発
原料や製法にこだわった地ビール(クラフトビール)を手掛ける醸造所が最も多い都道府県は北海道(15社)であることが、民間の調査で分かった。東京都(12社)、静岡県(10社)と続く。消費地に近い大都市圏の他、原料となる麦や、果実などビールの風味付けに適した農産物の生産が盛んな地域が上位に目立つ。地域性を打ち出した商品開発が進んでいる。
調査は、帝国データバンクが7月に実施。全国141社が対象で、同社は「国内事業者の大部分を占める」とする。
最多の北海道では、道産麦を使った商品開発が盛んだ。さらに、国内屈指の観光地としての集客力を背景に、国内外の観光客から地域色を打ち出した商品の引き合いが強いことも要因となっている。
3位の静岡県はビールの風味付けに適した農産物の生産が盛んで、茶をはじめ桃やメロンなどの果実を使った商品開発が進んでいる。
2位の東京都をはじめ、神奈川県、大阪府など大都市圏の都府県も上位を占めた。消費地の近くで輸送コストが抑えられることに加え、レストランなどに醸造所を併設して集客する飲食事業者が多い。
ビール全体の市場は若者を中心に消費が落ち込むが、クラフトビール市場は増加傾向にある。さらに、今年4月の酒税法の改正では、麦やホップなどに限られていたビールの原材料に、果実など多様な副原料が使えるようになった。地元の農産物を生かし、地域特性を押し出した商品開発がますます加速しそうだ。
2018年08月17日
「諦めぬ!」 金農サヨナラ 近江に3-2、あす日大三と準決勝 あきたこまち快進撃支える
第100回全国高校野球選手権大会で準々決勝に進んだ金足農業高校(秋田)は18日、近江高校(滋賀)と対戦。3-2で劇的なサヨナラ勝ちを収め、34年ぶりのベスト4に進出した。20日の準決勝で日本大学第三高校(西東京)と対戦する。連日の逆転劇を呼び込んだ気力と体力、諦めない勝負強さの秘密は、秋田県産「あきたこまち」だ。4試合で計615球投げた吉田輝星投手(3年)もその一人。宿舎で毎晩食べており、「体力を維持できたのは、食べ慣れた米のおかげ」と語る。
同校は選手らの宿舎に地元産「あきたこまち」を持ち込み、毎日食べて試合に臨んでいる。秋田県農業試験場で米などの作物を研究する川本朋彦主席研究員は「食べ慣れないものを食べ続ければ食欲が減退し、選手のパフォーマンスにも影響するだろう。そういう意味でも県産の米の効果は大きい」と分析する。
甲子園球場へ応援に駆け付けた野球部OB会長の中山英悦さん(71)は、「あきたこまち」を生産する農家。「陰ながら、あきたこまちが快進撃を支えたと思うと、米農家でよかったと心底感じる」と感慨深げだ。
「農高の誇り」
同校の快進撃で刺激を受けた農高生も多い。“友情応援”をした兵庫県三田市の有馬高校1年で吹奏楽部の釜渕教実さんは、農業系学科「人と自然科」で学ぶ。「金足農高の活躍で、農業系高校の生徒であることが、以前より増して誇りに思えた」と力を込める。
金足農高生物資源科で果樹を学ぶ吹奏楽部部長の熊谷望愛さん(3年)は「快進撃が農業高校に進学したいと思うきっかけになればうれしい」と力を込める。(前田大介)
校歌、万歳、叫び地元“歓喜の渦”
金足農業高校の吉田輝星投手(3年)、菊地亮太選手(3年)、菅原天空選手(3年)らの地元、秋田県潟上市役所では18日、役所内ホールの大型スクリーンで試合を放映した。吉田投手が所属していた少年野球チームの子どもや農業関係者、地元住民ら約170人が集まり、劇的なサヨナラ勝ちに歓喜した。
9回裏サヨナラ勝ちを決めると、観客は立ち上がり叫び声を上げ、抱き合って大喜び。校歌を一緒に立ち上がって歌う観客もいた。藤原一成市長も駆け付けて観客らと万歳した。
同市で輪菊を栽培する伊藤司さん(36)は「感動しかない。金農はいつも何かをやってくれる。農業高校に興味を持つ人や、入学者が増えるのではないか」と喜んだ。少年野球チームに所属する同市の吉田慶さん(6)は「勝ってうれしい。金農に入って甲子園に出たい」と夢を語った。
2018年08月19日
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同校は選手らの宿舎に地元産「あきたこまち」を持ち込み、毎日食べて試合に臨んでいる。秋田県農業試験場で米などの作物を研究する川本朋彦主席研究員は「食べ慣れないものを食べ続ければ食欲が減退し、選手のパフォーマンスにも影響するだろう。そういう意味でも県産の米の効果は大きい」と分析する。
甲子園球場へ応援に駆け付けた野球部OB会長の中山英悦さん(71)は、「あきたこまち」を生産する農家。「陰ながら、あきたこまちが快進撃を支えたと思うと、米農家でよかったと心底感じる」と感慨深げだ。
「農高の誇り」
同校の快進撃で刺激を受けた農高生も多い。“友情応援”をした兵庫県三田市の有馬高校1年で吹奏楽部の釜渕教実さんは、農業系学科「人と自然科」で学ぶ。「金足農高の活躍で、農業系高校の生徒であることが、以前より増して誇りに思えた」と力を込める。
金足農高生物資源科で果樹を学ぶ吹奏楽部部長の熊谷望愛さん(3年)は「快進撃が農業高校に進学したいと思うきっかけになればうれしい」と力を込める。(前田大介)
校歌、万歳、叫び地元“歓喜の渦”
金足農業高校の吉田輝星投手(3年)、菊地亮太選手(3年)、菅原天空選手(3年)らの地元、秋田県潟上市役所では18日、役所内ホールの大型スクリーンで試合を放映した。吉田投手が所属していた少年野球チームの子どもや農業関係者、地元住民ら約170人が集まり、劇的なサヨナラ勝ちに歓喜した。
9回裏サヨナラ勝ちを決めると、観客は立ち上がり叫び声を上げ、抱き合って大喜び。校歌を一緒に立ち上がって歌う観客もいた。藤原一成市長も駆け付けて観客らと万歳した。
同市で輪菊を栽培する伊藤司さん(36)は「感動しかない。金農はいつも何かをやってくれる。農業高校に興味を持つ人や、入学者が増えるのではないか」と喜んだ。少年野球チームに所属する同市の吉田慶さん(6)は「勝ってうれしい。金農に入って甲子園に出たい」と夢を語った。
2018年08月19日
里山まるごとホテル 農村流 お・も・て・な・し 石川県輪島市の三井地区
フロントはかやぶき屋根の古民家、廊下はあぜ道──。石川県輪島市に今年、地域一帯を一つのホテルと見立てて客を迎え入れる「里山まるごとホテル」が誕生した。食事の提供や農家民宿の運営など、地域住民ができることを補完し合いながら客をもてなす。農業と観光を組み合わせて農村の付加価値を高め、能登の豊かな自然を次世代につなげていく構想を描く。政府が推進する滞在型観光「農泊」のモデルとしても注目を集めそうだ。(斯波希)
地域住民が協力 「農泊」モデルに
世界農業遺産に登録された能登半島の小さな町、輪島市三井(みい)地区。町の入り口には、築150年のかやぶき屋根の古民家が、訪問客を迎え入れるようにたたずむ。今年4月にオープンした「里山まるごとホテル」の“フロント兼食堂”だ。
客は田舎に帰ってきたような感覚で、畳の間や縁側で食事をしたり昼寝をしたりと思い思いに過ごす。縁側の先には田んぼが広がり、夏の青々とした稲や秋には黄金色に実る稲穂など、季節ごとの農村風景を楽しめる。
予約をすれば、ガイド付きで集落を巡るサイクリング(4000円~)や和紙すき(500円~)、農家民宿での宿泊も体験できる。拠点となる古民家「茅葺庵(かやぶきあん)三井の里」には、月に700~800人が訪れる。
運営は、同市の元地域おこし協力隊が今年2月に設立した「百笑の暮らし」。代表を務める東京都出身の山本亮さん(31)は「三井の暮らしの形を伝え、自分と同じようにファンになってくれる人を増やす。人と里山の関係が生まれる場所にしたい」と力を込める。
食堂で使う食材の提供や調理などには、山本さんの思いに賛同する地域住民が積極的に関わり、ホテルを盛り上げる。農家民宿など一つの施設で完結するのではなく、住民が協力し合うことで、無理なく客を受け入れる仕組みができつつある。
かやぶき屋根に使うカヤの生産や農産物加工などに取り組む農家ら約50人でつくる「みい里山百笑の会」の西山茂男会長は「今、まさに滞在型の観光に注目が集まっている。ありのままの暮らしを見てもらい、収入につなげることが、過疎が進む地域の生き残り方になってくる」と展望する。
里山まるごとホテルでは今後、宿泊場所となる古民家や農家民宿の整備、ホームページの多言語対応などを進め、訪日外国人(インバウンド)を含めた国内外に里山の魅力を発信する考えだ。
2018年08月19日
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鶏舎の掃除 心身鍛錬
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一塁側のアルプス席で静かに戦況を見つめたのは秋田県五城目町の嶋崎久美さん(70)。第66回大会(1984年)で金足農高がベスト4に進出した時の指揮官だ。同校の監督として春、夏の計7回甲子園に導き、東北の名将として知られる。監督業を退いた今は、米農家として1ヘクタールで「あきたこまち」などを栽培する。
この日の一戦は、34年前の初戦、広島商業高校戦と重なって見えたという。当時、完全に不利といわれたが勝利。それから一気に波に乗り、べスト4に進出した。「広島商業も横浜高校も甲子園優勝校だが、選手は同じ高校生。次も平常心で戦えば大丈夫。甲子園という農場に素敵な花を咲かせてほしい」とエールを送る。
2018年08月18日
[活写] 戦時の記憶 ぽつり今も
8月15日は終戦の日。埼玉県深谷市の櫛挽(くしびき)地区にある畑に太平洋戦争中、火薬工場だった分厚いコンクリート製の建物が残っている。
広さはおよそ5メートル四方、高さ約10メートルの2階建てで、農地とともに近所の酪農家が所有する。周囲は日陰になるため、何も栽培していない。
戦時中、銃器用の火薬を作る東京第二陸軍造兵廠(しょう)櫛挽製造所と呼ばれる工場の一部だったと伝わる。東京都内の工場が空襲を避けようと疎開したもので、1944年10月から終戦までの10カ月間稼働したという。
戦後、辺りが農地となる中、この建物だけは残った。しばらくは住居や倉庫に使われたが、現在は放置されている。同市には軍需工場に水を供給した給水塔跡も残る。戦時の記憶を伝えている。(富永健太郎)
動画が正しい表示でご覧になれない場合は下記をクリックしてください。
https://www.youtube.com/watch?v=K8fCwHoucEI
2018年08月15日
甲子園 金足農高 2回戦突破 応援団も心一つに 暑さ対策、発声練習実る
第100回全国高校野球選手権大会に出場した金足農業高校(秋田)は14日、2回戦で大垣日大高校(岐阜)と対戦。6―3で勝利して23年ぶりに2回戦を突破した。選手らの躍進を後押ししたのは、スタンドからの応援だった。
気温30度を超す灼熱(しゃくねつ)の阪神甲子園球場。1塁側の応援席から声を振り絞り、熱いエールを送ったのは17人の応援団だ。甲子園出場が決まってから、比較的涼しい地元の東北と異なる関西の猛暑を想定して、長袖、長ズボンを着て、暑いガラス温室の中で特訓を重ねてきた。
また、広い甲子園でも声が届くよう、同校のブランド米「金農米」を育てる水田で声出しを練習して大一番に備えた。生物資源科で果樹栽培を学ぶ応援団員の小林義昌さん(2年)は「(暑さ対策も声出しも)効果は絶大だった」と胸を張った。
「甲子園は夢の舞台。連れてきてくれた野球部に感謝したい」。声を弾ませるのは、生徒会長で応援団長の西村朝日さん(3年)。初戦で3安打して勝利に貢献した菊地亮太選手(3年)や吉田輝星投手(3年)を含むレギュラー5人と、入学から現在までクラスメートとして農業土木を学ぶ。
西村さんが卒業後に希望する進路は、菊地選手と同じ公務員。二人は互いに「亮太」「西村」と呼び合い、試験の出題傾向について話すなど刺激し合う仲だ。入学当初から「甲子園に出る」と口にする友に、「冗談を言っているのかと思った」と笑う。
「フレー、フレー、金農」。西村さんは声を張り上げ、大きな手振りで選手を鼓舞。試合展開に一喜一憂することなく、じっと戦況を見つめた。吉田投手が最後の打者を打ち取ると、ようやく表情を緩めた。
「序盤ははらはらしたがいい試合だった。次も頑張って。きょう以上の応援をする」と西村さん。菊地選手は「西村、いい声だったよ。次も頼んだぞ」。
2018年08月15日
西日本豪雨 被災地 墓石倒れ、修繕めど立たず…苦悩の盆 先祖弔えぬ
西日本豪雨の被災地では広い範囲で、月遅れ盆に入っても倒壊した墓石がそのままになっている。管理する親族がいない無縁墓や、墓主が年金生活の高齢世帯の場合など、修繕のめどが立たない墓があるためだ。故郷に帰省した人々との交流や先祖を弔う場にもなっていた盆踊りを中止せざるを得ない地域もあり、住民は頭を悩ませている。(猪塚麻紀子、尾原浩子)
管理者不在、高齢化も
山口県下松市の笠戸島。50以上の墓が集まる深浦地区の墓地は、豪雨により墓石が土台から倒れ、土砂に埋もれてしまった。道は墓石でふさがれ、崖崩れが起き、歩くのも危ないほどだ。
150戸が暮らす同地区の自治会長で米農家の古谷俊治さん(76)が、倒れて砂まみれになった墓の前で手を合わせる。古谷さんの家の墓は被害を免れたが、長年、島を支えてきた先祖たちのためにも、墓地を元通りにしたいと願わずにはいられない。しかし、倒壊した墓は供養する親族のいない「無縁墓」が多い。家や農地が被害に見舞われ、墓を新しくするのも難しい年金生活の島民もいる。同じ墓地でも壊れなかった人もいる。墓地は古くから島民が管理してきたが、修繕費を全戸に呼び掛けるのは難しい。
墓地は次に暴風雨が来ればさらに崩れる可能性もあるが、元通りにするには相当の金額が必要となる。古谷さんは「墓主が地元にいれば話し合えるが、島を離れて疎遠になった墓主もいる。市には、市営ではないので支援を断られた。どうしたらいいのだろう」と悩む。
島内では、豪雨災害で盆踊りを中止する地区もあったが、深浦地区は今年も盆踊りを決行する。古谷さんは「6戸が初盆を迎えるから、どうしても盆踊りがしたい。豪雨で皆が悲しんでいる今年の盆こそ、帰省した人も合わせて心を込めて供養したい」と思いを明かす。
墓地は海を見下ろし、浜辺の鳥居が見える高台にある。笠戸島自治会連合協議会会長の辻國政さん(76)は「先祖が、この美しい場所で眠ってほしいと墓地にしたに違いない。先祖を大切にする島民にとって、墓参りや盆は特別な意味がある」と説明する。
盆踊り決行住民一つに
島内では各地で田畑への土砂流入や家屋の浸水などの被害に見舞われた。豪雨被害で島と本土をつなぐ橋が21日間通行止めになり、島民は一時、船での移動を余儀なくされた。
辻さんは「橋が不通の間、高齢者を担いで船に乗るなど、みんなで支え合ってしのいで、昔に戻った雰囲気になった。再び一致団結したい」と願う。
若手農家ら地域励ます
西日本豪雨は、各地の墓や寺、神社に土砂崩れなどで被害を与え、祭りを中止させるなど農村の盆の営みを奪った。
愛媛県では盆に予定されていた祭りや花火大会の中止が相次ぐ。宇和島市吉田町のミカン農家、奥谷篤巳さん(38)は「盆踊りは先祖供養の意味合いがある。多くの盆行事が中止になり、地域で集まって顔を合わせる機会が減っている」と嘆く。
落ち込む地域を元気づけたいと、若手農家やJAひがしうわ職員の大竹敏正さん(39)ら有志が西予市でチャリティーイベントを企画し、音楽祭を開く予定だ。大竹さんは「大変なときだから、少しの間でもみんなで息をつきたい」と、前を向こうとしている。
2018年08月14日
寺納豆復活へ 長野県大桑村
長野県大桑村の住民が、江戸時代の古文書に記された寺納豆の再現に乗り出した。古文書は、木曽三大寺の一つ「定勝寺」で、和時計の内側に張ってあるところを発見された。寺の檀家の会長を務める田中昭三さん(90)が仲間と5月から試作を始め、「村の特産品にしたい」と情熱を燃やす。
寺納豆はこうじで発酵させる。納豆菌で発酵させた糸を引く納豆とは異なり、みそに近く、真っ黒な色と強い塩気が特徴。長期保存でき、保存食として食べられてきた。同村は旧中山道の宿場町として栄えた。古くから木曽ヒノキの物流など、京都との交流が盛んで、定勝寺は京都の禅寺の影響を色濃く残す。寺納豆の作り方も「京都から伝わってきたのではないか」と、田中さんは思いをはせる。
2018年08月09日
甲子園 秋田代表 金足農23年ぶり勝利 農一筋 祖父感涙
吉田投手へ「よくやった」
農業関係者の期待を背に“KANANO”が躍進──。第100回全国高校野球選手権大会に唯一の農業高校として出場した金足農業高校(秋田)は8日、強豪の鹿児島実業高校(鹿児島)と対戦。5―1で勝利し2回戦に進んだ。夏の甲子園で同校の勝利は23年ぶり。球場の応援席には、同校の生徒や教員の他、農家や農業関係者が集結。地元の秋田でも、農業関係者らがテレビ観戦で金農ナインの“一投一打”に熱い視線を送った。(前田大介)
先発のマウンドに立ったのは大会注目の右腕、吉田輝星投手(3年)。1回表、走者を背負いながらも渾身の投球で無失点に抑えると、一塁側の応援席は地鳴りのような歓声に包まれた。その中で、懸命にメガホンをたたき声援を送ったのは秋田県潟上市の吉田理正さん(70)。吉田投手の祖父だ。JA秋田みなみ(現JA秋田なまはげ)に36年間勤め、退職後に梨の農家として約50アールの農園で「幸水」「かほり」などを栽培する。孫が甲子園に立つ勇姿に目頭を熱くした。
思い出すのは、甲子園を目指す孫の鍛錬の日々。幼少期から練習熱心で「『キャッチボールをしよう』とよくせがまれた」。中学生になると、帰宅後に4キロのランニングを欠かさなかった。夜道を怖がる孫のため、理正さんは自転車で追い掛け見守り続けた。最速150キロを計測するプロ注目の右腕に成長した今や「怖くてキャッチボールの相手はできない」と、成長に目を細める。
勝利に沸いた試合後、理正さんは「甲子園に出場する自体信じられないこと。よくやった」と拍手の手を止めなかった。
同校の渡辺勉校長は「今回の甲子園に出場する農業高校は金農だけ。一戦でも多く勝利し、他の農業高校の励みにしたい」と力を込めた。
全力で戦う姿見せる
吉田投手は試合前、「梨をもらったり練習を手伝ってもらったりしたじいさんを甲子園に連れて行きたいと思っていた。全力で戦う姿を見せたい」と話し、大一番に挑んだ。
この日の最速は148キロを計測。157球を投げ、1失点14奪三振でチームに23年ぶりの勝利をもたらした。それでも「きょうの投球は30点。次は隙を見せないで、自分が投げられるボールを全力で投げたい」と気を引き締めた。
優勝めざせ 先輩エール
秋田市の勤務先のテレビで観戦した大山等さん(51)。同校が第66回大会(1984年)に出場し、ベスト4入りを果たした中心メンバーだ。卒業後の現在、農家として水稲を栽培する傍ら、同県立栗田支援学校で農業実習助手を務める。
34年前は準決勝まで勝ち進み、当時最強を誇った桑田真澄、清原和博両氏を擁するPL学園高校(大阪)と激突。大山さんは初回、桑田氏を強襲する内野安打を放ち、その後、先制のホームを踏んだ。試合は7回までリードするも8回に桑田氏の逆転2ランを浴び、2―3で惜敗した。
大山さんはこの日、ナインの一挙手一投足に熱い視線を送り続けた。試合終了後、テレビに映し出される金農ナインとともに悲願だった校歌を歌った。「甲子園での校歌は何度歌ってもいいものだ。このまま『金農旋風』を巻き起こし、34年前のベスト4を塗り替えてほしい」。あと一歩で破れ、成し遂げられなかった決勝進出の“夢”を現役世代に託した。
2018年08月09日
[活写] 一度じゃもったいない 贈る喜び 使うたび、味わい
約400年前から農作業着などに使われてきた福島県会津地方の伝統織物、会津木綿の「ご祝儀袋」が話題だ。
赤く縁取った生成りの四角い布と水引などをセットにした。一般的な紙製の祝儀袋と同じように、祝儀を収めた内袋を布で包んで水引を掛けて使う。
会津木綿は丈夫で、贈られた人が布を約40センチ四方のハンカチとして長く使える。会津坂下町にある木綿製品の製造・販売会社、IIE(イー)が発案し、2014年11月に発売した。
最盛期の大正時代は同県に30ほどあった会津木綿を織る工場は、輸入品の増加などで同社を含む3社に減った。社長の谷津拓郎さん(32)は「手に取った人が会津を思い出すきっかけになれば」と話す。価格は1944円で、同社の直営店やホームページなどで購入できる。(木村泰之)
2018年08月08日
200年前の在来種「穂増」 幻の米復活へ 子どもが主役 バケツで育てて種もみに 若手農家が指導 教師や塾も協力 熊本
約200年途絶えていた、熊本県の在来種米「穂増(ほまし)」の復活を後押しする動きが出てきた。「バケツ稲」で種もみを確保する方法だ。旗振り役は、県内若手米農家ら約20人で結成する「熊本ごはん組」。農家以外に、今年から県内のフリースクールや学習塾の関係者ら300人以上が賛同。来年以降の食用販売を目指し、奮闘している。(木原涼子)
「秋には種が取れるんだよ」。小中学生を対象にした熊本市内のフリースクール「WING SCHOOL(ウイング・スクール)」。生徒の声が響く庭に、20個ほどのバケツ稲が並ぶ。5月に種もみをまいた。水をやるのは生徒の役目。植え付けや、稲と雑草の見分け方などは、ごはん組代表を務める稲作農家の森賢太さん(30)が指導した。
同スクールは「調べ学習」など、生徒らの興味を引き出す学びを大事にする。教師の田代佳織さんは「種をつなぐ意識や農業への好奇心を持ってほしい」と意義を強調する。
200人の塾生が通う大手学習塾、明光義塾玉名教室(玉名市)も協力する。周辺には大手学習塾が複数あるため、特色の一つにしようと乗り出した。約30個のバケツ稲を職員と塾生が管理する。井原慶亮教室長は「地元に対する思いを育んでほしい」と話す。
「コシヒカリ一辺倒でなく、地元の香りがする米を作りたい」と言う森代表。独自性のある品種を育て、消費者の選択肢を増やすことで米の消費拡大につなげようと考えた。その中で目を付けたのが「穂増」だった。
種の復活に向けて2017年、茨城県の「ジーンバンク」から40粒を取り寄せて試験栽培に着手。今季は地域の米農家だけで栽培を拡大する計画だったが、教育現場や家庭でも挑戦できるバケツ苗で消費者も巻き込む方法を企画した。
インターネット交流サイト(SNS)のフェイスブックなどで、種もみと肥料だけのセットを500円、土とバケツ付きを2800円で販売。収穫した種もみは全量返却を条件にしたが、県内だけでなく関東や沖縄から申し込みがあり、300人以上が活動に参加した。
若手の挑戦にベテランも一肌脱いだ。玉名市の米農家、中野尾晃さん(55)は今年200粒の「穂増」を田んぼに植えた。「バケツ苗で種もみが取れなかったときの保険になれば」と言う。
種まきから約3カ月。7月に入り、高温障害など猛暑の影響が出てきた。森代表は「バケツ稲は田んぼより外気温や日光の影響を受けやすく、根の温度が上がり枯れてしまう」と警戒する。賛同者には、小まめな水やりを促している。
「穂増」は、江戸時代の終わりから明治時代に熊本で盛んに栽培されていた品種。今年から東海大学農学部の阿部淳教授らが、試験水田で栽培し、同品種の食味調査などに乗り出した。ごはん組とも連携し、地域おこしに使える在来品種を探る。森さんは「米にもっとテロワール(土地に根差すもの)があっていい。米に興味を持つきっかけになればうれしい」と強調する。
2018年08月08日