アルシェの物語〜In the Beginning was the Word〜 作:Menschsein
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「みんな怪我はないか?」と、モモンガは
「大丈夫です。レイナースさん、ありがとうございました」とアルシェはレイナースに礼を言った。
モモンガたちがカッツェ平野で遭遇したのは、
そして厄介なのが、
レイナースは飛んでくる弓矢を、自らの槍を高速回転させて槍による円形状のシールドを作り、それによってアルシェと自分を守るということに徹する。アルシェは、レイナースに守られながらも、
戦いが終わってみたら、怪我という怪我などなく、圧勝と評価しても良い戦いである。だが、アルシェは、自分とモモンだけであったら、先ほどの状況にどのように対応したであろうかと考える。
仮にモモン一人であったら、飛んでくる弓矢などを歯牙にもかけないで、各個撃破して終わりであっただろう。
レイナースさん一人であっても、弓矢を防ぎながら戦って、敵を全滅させていただろう。レイナースさんが苦戦するイメージが湧かない。
だが、自分とモモンであったらどうだろう。飛んでくる弓矢から自分を守るために、モモンは動けなくなってしまうのではないだろうか。
自分は、お荷物なのではないか……。モモンに守りに徹してもらい、自分の魔法だけで先ほどの敵を殲滅できたかといえば、答えはNOだ。
同じ実力で冒険者チームを組む、それが冒険者の常識であると聞いたことがある。実力が乏しいチームメイトがいると、それがチームの命取りになり、チームが崩壊する危険性が高まる。逆に実力が高いメンバーは、より高い水準のチーム、そして高い報酬を求めてチームを抜ける。
モモンは自分を置いて、どこかのチームへと移ってしまうのではないか。そんな不安をアルシェは覚えた。
「すまないな、アルシェ。それにレイナースさん。どうやら、装備の特殊効果で、アンデッドは俺を感知できないようだ。アンデッドは、二人を狙ってくる。申し訳ない」とモモンは言う。
「そういうことでございましたか。アンデッドの動きに違和感があったのはそういうことでしたのね。そうすると、私とアルシェさんが同じ場所にいると、敵の攻撃が集中するばかり。また同じような敵と遭遇した場合は、モモン殿が壁役をしてもらってよろしいですか? 私なら、弓矢を避けながら戦えますので」と、レイナースが次の戦いの基本戦術を発案する。
「了解した。あの程度の弓矢なら打ち払う必要もないしな」とモモンガもそれに同意する。
ねぇ。二人とも、どうしてそんなに優しいの……。ねぇ。どうして、私が足を引っ張っているって言わないの……。アルシェは、地面を見つめながら、自分の持っている杖を力一杯握りしめた。悔しかった。
「それにしても、このアンデッドの量と質。カッツェ平野で何か異常事態が起きているように感じます。帝都での
「アンデッドは死体が多い場所に発生するそうです。考えられるのは、王国との戦争ですが、それには時期が開きすぎています。なにか、それ以外の大規模な戦闘が行われて死者が多く出たのかも」
アルシェは涙がこぼれないようにしながら顔を上げて言った。戦闘で役に立てていないなら、それ以外のことで役に立つしか無い。
「その可能性が高いかも知れません。アルシェさん、
「はい!」
アルシェはすぐに魔法を唱え、上空へと飛び立つ。アルシェは、モヤが滞留しているカッツェ平野を目を細めながら見渡す。そして、とある方角でまるで雷が落ちる前の雷雲のような光を見つけた。地上で花火をしているかのように、パァと明るくなり、そしてまたその光は消える。明らかに、地上で自然発生するような光では無い。これは、魔法だ。
急いで、急降下したアルシェは、地上で討伐部位の採集をしていた二人に伝える。
「彼方の方角。距離は十キロから二十キロ先。戦闘が現在行われているようです。魔法が使われています」
「戦闘……。そして魔法ですか……。アンデッドに襲われていて交戦しているとも考えられますが、このカッツェ平野の異常の原因がそこにあるのかも知れません」とレイナースは言った。
「何にせよ、調査が必要だな。アンデッドが大量に発生しているという情報を持って帰るだけでも、昇格試験は合格できそうなものだが、どうする? 最悪、その戦闘行為に巻き込まれるぞ? 他の冒険者がアンデッドを討伐しているところかもしれない」とモモンガは口にする。
「近づいてみて、手に負えなさそうだったら逃げる、というのは駄目かな?」とアルシェは言う。
「俺はそれで良い」
「もちろん、私もそれでよろしいですわ。ただ、帝国兵士がアンデッドに襲われているのであれば、職務上助太刀に入らざるを得ませんが。その際は、手を貸していただけるとうれしいですわ」とレイナースは冗談のように言う。
「決まりだな。では、急ぐぞ。走れるか?」
「もちろんですわ。」
「
・
・
モモンガ、レイナースが走り、そしてアルシェは
アルシェは、その二人の走りを見て、二人が如何に肉体的に優れているかを痛感する。
モモンガの走りは、ストライド走法で、全身甲冑を着ているとは思えない力強さで、まるでカッツェ平野の地面が弾力のあるゴムにでもなったかのように、モモンは全身の体を躍動させながら、大股でどんどん先に進んでいく。肉体的な強靱さがないと不可能な走り。このモモンの走りを見ただけでも、モモンが戦士として肉体的に優れているということは一目瞭然だ。モモンの鎧の下には、どれほどの筋肉があるのであろうと、アルシェは想像をする。
一方のレイナースさんは、右手を後ろに回し、その手で槍を持ちながらであるというのに、モモンのスピードに付いてきている。モモンが重心を前へ前へと持って来ているのに対し、レイナースさんの走りは腰から上の体幹が左右にぶれることもなく、すり足をするかのように足を持ち上げるのを最小限度にして、まるで地面を滑っているような走りだ。敵が突然襲ってきても、対応できるような走り方、ということであるのだろう。
走っていたモモンとレイナースが突然、急ブレーキをかける。見つけたのは、平野に横たわっている物体。
レイナースがそれに近づく。そして、それを動かす。それは、亜人族の死体であった。
「既に息はありません。ですが、まだ温かい。死因は魔法ですね。傷を負ったままこの平野を歩き、そしてここで力尽きたのかと」とレイナースが、死んでいる亜人族の、見開いている目をそっと閉じる。
アルシェは死体を見るのが初めてだった。そこに人である物体が少し前まで生きていたということ。アルシェは少し離れた所からそれを見つめる。
「前方を見ろ。どうやら、大変なことが起こっているな……」
「これって……戦争……」
自分たちが行こうとしている方向。その先に、同じような物体が平野に点在している。それも一つ、二つではない。有るところでは固まりとなって。そして、他と比較しても小さなものもある。
三人は、ゆっくりとその中を歩きながら、自分たちが向かうべき方向へと向かっていく。
アルシェは、出来るだけモモンの背中だけを見つめるようにして歩く。
母親に抱きかかえられるように息絶えている子供。魔法は二度放たれていた。逃げる母親の背中を
な、なんて酷い……。あまりの残虐な光景。カッツェ平野に残っている人が焼けた匂い。アルシェは胃がひっくり返りそうであった。
「あそこでまだ戦闘が行われているな。この光景を見てしまったとあっては、退却など出来ないな……。止めに入るぞ!」とモモンガが叫び、再び走り出す。
「はい!」「ええ」とアルシェとレイナースは同時にモモンガの声に応答し、そして動き出す。