アルシェの物語〜In the Beginning was the Word〜 作:Menschsein
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帝都北市場は活気に満ちていた。ここに来る買い物客は一般人がかなり少なく、中央市場のイモ洗い状態とは違い、並ぶ露店に目をやりながら歩いても、人にはぶつからない。それに、露店に並べられている商品も数が多いという訳ではない。商品が多い露店でも十個程度。商品が一つだけしか並べられていない店というのも多く見かける。
それは、この北市場自体が、冒険者やワーカー向けに店を開いているからである。また、露店の主も、武器や防具を装備していないものの、眼光が鋭く、修羅場を潜り抜いて生きてきた貫禄がある者たちだ。露店の主たちも普段は依頼に出ている。そして、ダンジョンなどで手に入れた
そんな北市場に、モモンガとアルシェの姿があった。目的は、一週間の巡回任務に必要なアイテムを揃える為だ。水や食料、調理器具にテント、そんな当たり前に必要と思われる物以外にも、冒険者チームによって、依頼の内容によって、必要となる物が違ってくる。
たとえば、回復アイテム。チームに回復職がいれば、ポーションや回復の
そして、必要かも知れないと、何でも持っていくという訳にはいかない。運べる物の量には限界がある。物を運ぶのに便利な
結果として、冒険者は長期間の依頼を受ける際には、持っていく荷物を厳選しなければならない。アルシェは、メモ書きを見ながら北市場を回って歩く。
アルシェは、今回の昇格試験で必要と思われる荷物を必死に計算し、メモ書きに落とし込んでいた。
人間が一日に必要な水の量は、二キロ。だが、常に移動しているし、戦闘になることなどを考えて、三キロは必要と考えていたほうが良いだろう。水の補給無しで計算し、二日間の余裕を持たせると、巡回任務の日程だけで、九日間。水だけで二十七キロになる。幸い、モモンは飲食が不要な
カッツェ平野に行く途中に地図上では川が流れている。冒険者組合で情報収集した結果、今の季節は水量も豊富であり、川が涸れていて水が補給できないということはないらしい。ただ、逆に雨が降り、川の水が濁流となって泥混じりになっている可能性もあるらしい。
水の補給が前提であれば、荷物は軽くすることができる。だが、雨で川の水が濁っていればまともな水を得ることはできないだろう。水を蒸留、殺菌する
そして、アルシェを悩ませている問題は水だけではない。食料も問題だ。
アルシェは考えれば考えるほど、自分が必要だと思って書き出してきたメモ書きに自信が無くなってくる。それに、水や食料の問題でいえば、飲食不要の
食料や水は、分担して持ってもらうか……。いや、だが、それは流石に都合が良すぎる。水や食料を必要としているのはチームではなく、自分だ。
アルシェは、自分の冒険者としての経験と知識のなさを痛感する。そして、そういった長期間の行軍に必要な物を準備できるかも試されているのが、昇格試験なのであろう。他の冒険者などから情報収集をしつつも、どう決断を下せば良いのか迷う。どの決断にもメリット、デメリットが存在している。どのデメリットが致命的なことに繋がるか、自分の判断に自信が持てない。
アルシェは、メモ書きから顔を上げ、露店で商品を物色しているモモンを見つめる。
「これはどんなアイテムなのですか?」
「これは、“口だけ賢者”が発明した、この箱の中に冷気を発生させて、中の物を傷まないようにするアイテムだ」
「まさかこれは“
「いや、これは、”リフリッジエター”というアイテムだ」
「なるほど……。なんとも言いにくい名前のアイテムですね」
アルシェは、モモンに相談をしようと思ったが、思い止まる。どうやら、モモンは北市場が初めてなようで、露店のアイテムを一つ一つ物珍しそうに物色している。アルシェは思い直した。流石に、テントは二張り買うということは了承してもらうつもりではあるが、水や食料は自分だけの問題である。相談するのも気が引ける。
やはり思い切って
「お嬢さん……。何かお悩みなら、この水晶に尋ねてはいかがですか?」
アルシェは自分に話しかけられたと思ってメモ書きから目を上げると、露店の片隅で、地面に絨毯を広げ、目の前に大きな丸い水晶を置いた占い師の姿があった。紫色のシルクのベールを頭から被り、そして口にも白いフェイスベールで覆っていた。そして、その占い師は緑色の瞳でまっすぐアルシェを見つめている。
「この水晶が教えてくれます。あなたは、今、昇格試験に向けての旅の準備をしていますね。もし、困っていることがあったら……。“重爆”のレイナースを訪ねてみなさい。そうすれば、あなたの悩みは解決するでしょう。ただし、いま、彼女がどこにいるかは、この水晶で占ってみなければ分かりません。それには、銅貨一枚必要です」とその得体の知れない占い師は言った。
「えっと……。あなたがレイナースさんですよね?」
「違います。私は、さすらいの占い師レイナです」
「そうですか……」とアルシェは占い師に言って、すぐさま“扇風機”という
凄いどうでも良いけど、現実で、一週間分の水とか運びながら旅するって、大変だと思った。