アルシェの物語〜In the Beginning was the Word〜   作:Menschsein
<< 前の話 次の話 >>

16 / 55
昇格試験 3

 金色に輝く髪を靡かせて、ジルクニフは笑顔でモモンと固い握手を交わす。篭手を付けたままで、バハルス帝国の皇帝たる自分と握手しようというのは失礼千万な話ではあるが、それを表情に出すことなどはしない。それを気にしないように振る舞い、相手に自分の寛大さを示す。相手が好感を覚えるような笑顔と態度で接する。貴族は腹芸が上手い。特に皇帝であり、物心ついたころから叩き込まれてきたジルクニフともなれば、一目で見破れる者はいないレベルにまでなっている。冒険者のモモンとアルシェの目にも、間違い無く優しげな好青年として映っているはずだとジルクニフは確信をしている。

 猜疑の衣に身を包んだ者の心を観察するのは容易ではない。だが、信頼と好意を繰り糸で踊らせ、その衣を一枚一枚脱がせてやれば、心など丸裸同然だ。

 

「今回の帝都の未曾有の危機を、勇敢な行動。皇帝としてだけでなく、帝都に住む一人の人間として、心からの感謝と敬意を――

 

「アルシェ!」

 

 皇帝が話をしているのを遮って、フールーダが一歩前にでる。

 

「フールーダ先生、その……ご無沙汰しております」とアルシェが気まずそうに、スカートの裾を軽く持ち上げ、スッと腰を落として挨拶をする。貴族としての挨拶、カーテシーだ。

 

死の騎士(デス・ナイト)を一撃で倒していたな。あれは、どういった魔法なのだ? 見た目はただの雷撃(ライトニング)であるように思えたが、それでは説明が付かない。アイテムの効果か? それとも何か魔法的な手段なのかっ! 私の生まれながらの異能(タレント)で見る限り、第三位階の魔力だ。何か、私が知らない魔法を習得したのか? 考えられるのは……かの十三英雄が使ったとされる魔法二重化(ツインマジック)なのか? もしくは、魔法位階上昇化(ブーステッドマジック)か? それらは第七位階以上の魔法と考えられていたが、実は違ったのか? 教えてくれ! もし私が魔法二重化(ツインマジック)魔法位階上昇化(ブーステッドマジック)を使えたら、死の騎士(デス・ナイト)を倒さずとも、支配できる――」

 

「爺ぃ!! 少しは落ち着け!」

 

 

 

 今度は、フールーダの言葉を遮ったのはジルクニフであった。魔法省の奥に密かに捕えられている死の騎士(デス・ナイト)。それは、将来の切り札になりえる。それに限られた者しか知らない極秘事項だ。今のフールーダは悪い癖が出ている。うっかり機密を漏らしかねない。

 そして今回の帝都死の騎士(デス・ナイト)襲撃で、アダマンタイト級の冒険者などでも倒すことができないという実証データも取れた。フールーダが死の騎士(デス・ナイト)を支配できれば、それをリ・エスティーゼ王国に放てばそれですべてが事足りるというものだ。今後、フールーダが死の騎士(デス・ナイト)を支配するという計画の重要性は一段高まっている。他国の間者である可能性があるモモンの前でその情報を漏らされるわけにはいかない。最悪、その死の騎士(デス・ナイト)まで倒されてしまっては帝国がカードを一枚失うことになる。

 

 

 

死の騎士(デス・ナイト)などのアンデッドは、”精神作用無効”の特性を有していますからね。精神系魔法を使っての支配は難しいですよ」とモモンが沈黙に割って入る。

 せっかく討伐談義で盛り上がりそうだったのに、この男はどうして、水を差してくるのだ? 戦いが終わった後の反省会、敵の考察もまた醍醐味の一つじゃないか。それに、この高齢の方も、ひたすら火球(ファイヤー・ボール)を撃たされて大変だっただろうに。年寄を労わるということも出来ないのか?老若男女区別無くとは、本当に陰湿だな。

 

「流石は死の騎士(デス・ナイト)と戦えるだけの冒険者! お詳しいですね! そうなのです。ですから、私は、第六位階の死者召喚(サモン・アンデッド)の魔法の構成要素を自分なりに入れ替えているのですが、それがなかなかうまくいきません」

 

「魔法の要素を入れ替える? それはオリジナルの魔法を造りだしているという理解でよろしいですか?」

 

「オリジナルと呼ぶにはお恥ずかしいですが、そうなりますね」

 

 

 

「なるほどですね。勉強になります。フールーダ殿も、先の飛行(フライ)火球(ファイヤー・ボール)を組み合わせた魔法攻撃。お見事でした」

 主席宮廷魔法使い、三重魔法詠唱者(トライアッド)、大賢者と呼ばれ、流石は、アルシェが尊敬しているだけの人であるとモモンは感心をした。死の騎士(デス・ナイト)との戦いで効果的な魔法を使っていなかったし、アルシェからの情報では、第六位階までしか使えないということだった。正直、大したことないのではないかと思っていたが、違った。ユグドラシルで、オリジナルの魔法を作ることなどできない。可能であるとすれば、ワールドアイテム”五行相克”による魔法システム改変であろうか。ワールドアイテムに匹敵するだけのことを自力でやってのける。尊敬に値するし、警戒にも値する。自分が知らない魔法を使う可能性がある。それこそ、超位魔法を超えるオリジナルの魔法を使われたら、初見での対応、苦戦は必至だ。モモンガは、頭の中のノートに、この人とは敵対してはいけない、とフールーダの項目に書き加える。

そして、ユグドラシルにはない魔法を造りだすことも可能という貴重な情報。有意義だ。自分だけのオリジナル魔法。幻想モモンガ魔法(イリュージョナル・ザ・モモンガ・マジック)。心躍る話である。

 

「あぁ。あれはですね……」

 

 

 

「爺。魔法談義はそれくらいにしておいてくれ」と、ジルクニフ皇帝はフールーダに強い口調で言った。帝国の秘蔵の戦略である、フールーダの飛行(フライ)火球(ファイヤー・ボール)を組み合わせた魔法戦術。そして、帝国内であれば、フールーダが転移(テレポーテーション)を併用することによって、完全な奇襲までも可能になる。その情報まで漏れてしまっては目も当てられないからだ。フールーダも皇帝の強い口調で、さすがに諦めたようで、残念そうに口を塞ぐ。

 

モモンガとしても残念であった。幻想モモンガ魔法(イリュージョナル・ザ・モモンガ・マジック)を作りだすヒントか何かを得られればと思ったが、邪魔者がいるので仕方がないと諦める。

 

「それは残念。では、私も挨拶の続きをさせてもらおう」とモモンガは皇帝との挨拶も終わったものとして、挨拶待ちをしている人たちの方を向き、ジルクニフに背を向ける形となる。

 

「モモン殿」とジルクニフ皇帝の声が聞こえたので、「申し訳ない。順番を待っている方々を長い時間待たせるのは礼を失するので」

 

 

 

 モモンガも、この帝国の最高権力者がこの皇帝であるということは分かる。この国のトップの相手を優先するのが当たり前の行為であろうと言えよう。

 だが、今はそんな気になれない。

(――こんな奴と会話をして、うっかり自分の弱みなどを探られたら、面倒なことになる。相手にしないのが一番無難な方法であろう。しかし、向こうは向こうでこちらと会話をしたいようではあるな。諦めるまで適当に挨拶を長引かせればよいか。それに、自分は、人の争いに関わらない、国家権力に与しない冒険者。皇帝などと仲良くしても良いことなどないだろうな)

 

 

 

 ジルクニフは思案する。どうやら、モモンという冒険者が何者であるかということの探りを入れるのがこの慰労会の真の目的であるということは、相手にばれてしまっている。いや、最初からそれが分かっていて、この場へと乗り込んできたと考える方が自然だ。そして、明らかに自分を避けたということは、何か痛い腹があるからに違いない。俺を舐めるなよ? 権力を確立するまでの間でも、実の兄弟の嘘を見抜き、処断した。自分に表面上は忠誠を誓っている貴族が密かに裏切りを企てていることを見抜き、処断したことなど両手では数えきれないほどだ。

 冒険者モモン。人間、隠そうとすればするほど、不自然になるものだ。お前の技量は見せてもらった。力では及ばないが、力だけがすべてでないと知れ。この場は、舞踏会形式、いわば俺の用意した土俵。舌戦と行こうじゃないか! ジルクニフは、モモンが次に話す相手を確認する。そして、それは都合の良いことにレイナースであった。“歌う林檎亭”での呪いの一件は聞いている。モモンは何らかのアクションを起こす可能性が高い。悪いが、会話に割り込ませてもらうぞ!

 

 

 長い金色の髪を夜会巻きにし、ビスチェデザインの純白のドレス。首の細さから鎖骨のライン、そして胸の豊満さ。そしてその美しさを極限に引き出す、彼女の瞳の色と同じエメラルドグリーンのネックレス。モモンガの目の前には、美しき女性の姿があった。

 

「“歌う林檎亭”に続き、今回も助けていただきありがとうございました。モモン殿」と、美女が挨拶をした。

 

 モモンガは、誰だ、この人? と一瞬思考が止まる。

 

「お忘れですか? これで思い出していただけますでしょうか」と、その女性は手のひらで顔の半分を覆い隠した。

 それによってモモンガはようやく人物像が一致した。“歌う林檎亭”では、鎧姿で髪型も違う。それに今日は薄らとではあるが化粧もしており、はっきり言ってしまえば、別人に近い。女性って、化けるものだなぁとモモンガは思いながら、焦った。忘れていたわけではないが、分からなかったとあればそれは失礼に値する。そうだ、こういう場合はとりあえず、外見を褒めればよいのであろう。

 

()()()()()()とはこのことですね。誰だか分かりませんでしたよ」とモモンガは頭をフル回転させて、レイナースを褒める。

 

 周りで楽しげに会話をしていた者たちもそのモモンガの言葉を聞いて、会話を止める。ジルクニフでさえ、高速回転させていた自分の思考が氷の彫刻のように固まってしまったほどだ。

 

 

 

 アルシェも、モモン、何を言っているの? と思う。ただ、思い当たる節はあった。普段は自分も冒険者用の服装をしている。機能性を重視して、お世辞にもオシャレとは言えない格好だ。しかし今日は、舞踏会形式ということもあり、自分もドレスを着て、おめかしをしてきたつもりだ。別に期待をしていたわけではないが、モモンから何か一言ぐらいあってもいいだろうに、と思っていた。しかし、それが無かった。少しがっくりさせられたのも事実だ。だが、それも仕方がないのだろうともアルシェは思う。大胆なドレスで胸などの女性的な魅力を存分にあらわにしているレイナースさんに、自分は足元に及ばないであろう。そんなレイナースさんの、同性でも目を奪われるような姿でも、『馬子にも衣装』というコメントしかモモンからは出てこないのであれば、何もコメントされないだけ自分は良かったかも知れないとさえ思う。

 

 

「ふふふ」という穏やかなレイナースの笑い声。そして、「私は普段、馬で帝国を駆け巡っているじゃじゃ馬ですからね」とレイナースは笑顔で対応をする。

 

 

 

「そうなのだ。私の直属の部下として、帝国の平和を守ってくれているのだ。そういえば、モモン殿がレイナースの呪いを解除してくれたのであったな。私からも感謝を述べていなかった。モモン殿、感謝をするぞ」とジルクニフは、レイナースの呪いを解除した真意を聞こうと、二人の会話に割って入る。

 ジルクニフの本心では、はっきり言って余計な事をしてくれたな! であり、まったく感謝などはしていない。むしろ、呪いがある分、安心してレイナースを部下として使っていられるというものであった。

 

 

 

「いえいえ。駄目にしてしまった薬の対価としてお渡ししたもの。感謝される筋合いはありませんよ」とモモンガは答える。

 モモンガの内心では、この皇帝、絶対感謝してないよな、と確信した。俺のイジメの邪魔をしやがってということであろう。この女性の呪いもおそらく皇帝の仕業だ。女性の命とも言える顔に醜い呪いをかけ、そして、死の騎士(デス・ナイト)を使って彼女を痛めつける。やり方が陰湿な点も共通している。

 この皇帝の下で働くのは可哀そうだろう……という気持ちがモモンガの中に広がる。

 

 

「帝国を駆け回るのは冒険者でも同じこと。よかったら私たちの冒険者チームに入りませんか? もちろんあなたと、チームメイトのアルシェの同意があればですが」と、モモンガはアルシェとレイナースの両方を交互に見て尋ねる。

 

 

 

 この野郎、と心の中で呪いの言葉を発したのはジルクニフである。自分の目の前で、直属の部下の勧誘。だが、絶妙のタイミングとも言える。この場で、レイナースとアルシェが同意をしたら、それで話が進んでしまう。なぜなら、レイナースの直属の上司である自分がこの場で話を聞いているからだ。自ら会話に割って入ったところだ。ここで明確な意思表示をしないで沈黙を守ったとしても、それは、この引き抜きともいえる行為に同意をしたということになる。だが、この引き抜きに対して異を唱えることも難しい。レイナースが呪いの解除にどれほど情熱を傾けていたかをジルクニフは理解している。呪いを解いたモモンに恩義があるというのは明白だ。単純に反対をしただけでは、レイナースを繫ぎ止めておくことは難しい。裏切られてしまう恐れもある。

 

「私は構わない。帝国四騎士だし、実力は折り紙つき。むしろ私が足を引っ張らないように頑張ります」とアルシェはモモンガの提案に同意を示す。

 

 

 

「私に遠慮することなどないぞ、レイナース。帝国騎士を辞めて、冒険者になったとしても、実家と元婚約者の件は、心に留めておこう」とジルクニフは言った。

 冒険者になることを後押ししているようで、実は正反対だ。帝国貴族である実家、そして元婚約者。この二つに対しての復讐がまだレイナースには残っている。しかし、それを冒険者が達成するには難しい。暗殺という手段を使ったとしても、それは立派な犯罪者だ。実家と元婚約者。この二つに合法的に復讐するには、皇帝という権力が必要になる。復讐を諦めるられるのであれば、冒険者になれ。だが、後は知らんぞ。それが、言外のジルクニフの言葉の意味だ。

 

 

 

(実家と元婚約者? 人質を取っているのか? 本当にこの皇帝は……)

 

 

 

「突然のお申し出。即答出来かねますわ。少し考える時間をくださいませ。それに、私ばかり今回の立役者であるモモン殿とアルシェ様を独占してしまっては皆様に悪いですわ。私はこれで」とレイナースは答え、洗練されたカーテシーを行い、会場の人ごみの中へと消えていった。

 

 ・

 

 長かった挨拶の行列を全て消化したアルシェは、ふぅとため息を吐いた。流石は皇帝主催の慰労会。出席者はアルシェが今まで経験したことのあるどの舞踏会よりも多かった。

 貴族として舞踏会に参加していた時は、父親から、『あれは有力貴族の子息だ。ダンスに誘われろ』『茶会の約束を取りつけてこい』などと発破をかけられて、大忙しであったが、逆に挨拶されるというのも疲れるものである。

 

「何か食べたらどうだ? 折角のごちそうだろう」とモモンが小声で話す。出席者が食べても、そして飲んでも次々と、出来立ての新しい料理が運ばれてくる。

 

「少し休みたい。少し綺麗な空気を吸いたいかな」

 

「テラスにいこう」とモモンガが言って、人の波を掻き分けてテラスへと進んでいく。

 

 テラスは、城下を見下ろせる形となっていた。そのテラスの手すりに両肘を乗っけながら、アルシェは少しだけ肌寒い夜風で、先ほどまでの緊張をほぐす。テラスからは、城下の家々の窓から漏れた光。直線状に連なって輝いているのは、街灯の光だった。

 

「なんだか疲れたな」とモモンは、手すりを両手で握りながら星を眺める。

 

「そうなんだ。場慣れしているようにも見えたけど?」とアルシェは言う。

 

「長く生きていればいろいろと似たようなことを経験するものさ。アルシェも、なかなかお辞儀など(さま)になっていたじゃないか」

 

「私の家は、元貴族だからね。規模は小さいけど、似たようなパーティーには何度も出席したし」

 

「元貴族? あぁ、それでダンスを踊れたのか。この国の人間はみんな普通にダンスが踊れるのかと思って正直驚いていたぞ」

 

 そういえば、モモンに自分の身の上について話をするのは初めてだったとアルシェは気付く。

 

「そうだよ。元貴族。元貴族の娘、アルシェ・イーブ・リイル・フルト」

 

「長い名だ。挨拶した人たちも、長い名前で覚えられなかった。冒険者のアルシェ。それで十分だろう?」

 

「そうね……」という沈黙のあと、「あっ。この曲、ワルツだ。結局、ダンスも練習したけど踊らなかったね。読み違えた。ごめん」とアルシェは言う。

 

「まぁ、あの調子だったら、踊らない方が正解だな」とモモンガは苦笑する。

 

 早朝までの猛練習を思い出してアルシェも笑う。そして、「せっかくだから、記念に踊っておく? こんな機会はめったにないだろうし、それに、誰もテラスにいないし」

 

「そうだな……踊るか?」

 

「ちゃんと練習通りにして欲しい」

 

「分かった……」とモモンガは、片膝をつき、アルシェに向かって右手を差し出す。「私と踊っていただけませんか?」

 

 アルシェはその差し出された籠手の上に手を乗せ、「喜んで」と答える。そして、思い出したかのように、「足を踏むのは十回までなら許してあげる」と言った。

「それは難しい注文だ」とモモンは答えた。

 

 ドレス姿の少女と甲冑の男。アルシェがモモンの首に手を回すには、二人の体格差はありすぎる。ダンスを踊るには不釣り合いな二人だった。

 喧騒とする陰謀渦巻く会場から漏れ聞こえてくる音楽で、モモンとアルシェのダンスが始まる。夜空に輝く数億の星が、それを祝福するかのように瞬いていた。








感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に
感想を投稿する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。