アルシェの物語〜In the Beginning was the Word〜   作:Menschsein
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遭遇 5

 墓地を囲むように人盛りが出来ていた。墓地の上空では夕陽を浴びながら、雁の群れにようにV字型の隊列を組みながら、飛竜(ワイバーン)が旋回している。そして、空からは降り注ぐポーションが突然の夕立のようだった。

 

「なかなか幻想的な光景だな」と、モモンガは呟く。飛竜(ワイバーン)に騎乗して、雲よりも高くそびえる山脈を越える。地平線に沈む太陽を(ドラゴン)に乗って追いかけてみるのも良いかもしれない。

景色を楽しみながら、自らの二本足で歩いていく。それだけがこの世界の楽しみ方ではないであろうと、モモンガは気付かされた。

 

「ちょっと、人が多すぎて墓地が見えない」とアルシェは、何度もその場で飛び跳ねて、墓地の様子を見ようとするが、アルシェの身長では見ることができない。

 

「すまない。ちょっと通してくれないか?」と、墓地を見つめながら壁のようになっている冒険者風の男達の間をモモンガは強引に入っていく。モモンガの後ろに続いてアルシェもその中へと入っていく。

 

 あと一歩踏み出せば墓地の敷地、という場所。そこで、モモンガは愕然とした。なぜ、まだ、死の騎士(デス・ナイト)が存在しているのか? 規定時間過ぎてるのに消えてないとか、一体何事なんだ? それに、この酷い状況は……。

 

「あれが、帝都を襲った魔物? み、見ただけで鳥肌が立つ……。こ、ここにいて、あいつら襲って来ないのかな?」と、アルシェは不安そうに尋ねた。

 刃渡りだけでアルシェの身長を超えてしまうほど長いフランベルジュ。露出している肋骨。骨と干からびた皮。明らかに生きている存在ではない。そして、自分が勝てるような存在ではないことは明らかだ。

 周りの冒険者も、同じような思いであるのであろう。顔が青ざめている。

 

 空から降っているポーションを浴び、なんとか起き上った人を、大きな盾で突き飛ばしている。盾をぶつけられた人は、悲鳴と共にフワッと一瞬宙に浮いて、そのまま墓石に体ごと叩きつけられている。大盾に付着した真っ赤な血液は、空から降ってくる青いポーションで流され落ちる。

 

「こんなの……戦いじゃない」とアルシェは思わず目を背ける。猫が鼠を捕まえる際に、(もてあそ)んでいるような光景。

 

「今吹っ飛ばされたのは、アダマンタイトだぜ。半日以上あの調子さ。怖いもの見たさってのも分かるが、子供はさっさと家に帰りな。お嬢ちゃん。なんなら、俺が家まで送ってやろうか?」と、アルシェに向かって短髪の男が明るい声で話しかけてきた。腰に下げた二本の剣が彼の得物なのであろう。プレートを下げていないところを見ると、墓地を包囲するという仕事を引き受けたワーカーなのであろうとアルシェは判断した。

 

「ちょっとヘッケラン! こんな時に何ナンパしてるの?」と、ヘッケランと呼ばれた男の横に立っていた女性が肘で男をど突く。紫色の長い髪。そして特徴的な尖った耳。森妖精(エルフ)の特徴であった。

 

「ヘッケランの気持ちも分かりますよ。子供が見て良い光景ではないですね。これは」とその森妖精(エルフ)の隣に立っている男が言う。恰幅の良い、優しげな男が横から出てきて言った。

 

「私は……もう冒険者だ。子供扱いはしないで」とアルシェは、ヘッケランを睨み付ける。

 

「そんなことは分かってるよ。そっちの全身甲冑(フルプレート)の男は、”釣りはいらない”モモンだろ? 一昨日、俺達も『歌う林檎亭』で飯食ってたからな。腕が立つようじゃねぇか。なぁ、今度、一緒に仕事をしないか? 優秀な前衛は歓迎だ。それで……お互いの相性が良くて、チームの雰囲気を気に入ったのなら、俺達のパーティーに入ってくれてもいい。俺達は、“フォーサイト”。自分で言うのもなんだが、結構名の売れたワーカーのチームだ。もちろん、そっちのお嬢ちゃんも面倒見るぐらいの懐の広さもあるつもりだ」と、ヘッケランはアルシェの頭を撫でながらモモンガに言った。

 

「考えておこう……」とモモンガは、死の騎士(デス・ナイト)を見つめながら素っ気なく答える。モモンガはそれどころではない。どうしてこんな状況になっているのか。理解不能であった。

 そして、この状況を見て、モモンガは、集団によるイジメという答えに辿り着く。

 たしかに、死の騎士(デス・ナイト)には殺さないようにと指示を出した。どうやら、そのことをイジメに利用されたらしい。空から降ってきているのは、自分が知っている色とは違うが、どうやらポーションのようだ。傷が回復している。

 スパルタの訓練と言っても、度を超している。帝国の兵士や冒険者、ワーカーが周りを囲み、新人を逃げられないように取り囲む。そして、死の騎士(デス・ナイト)にタコ殴りにさせる。ダメージを受けて立ち上がれなくなっても、空からのポーションで強制的に回復させる。回復させ、そして立ち上がった所を、また死の騎士(デス・ナイト)に殴らせる。

 強制サンドバッグ状態。たとえば、実力差があるボクサーが試合をしたとして、一方的な展開になることは仕方が無い。だが、リングに伏したら、追撃など加えることはルール違反だ。

 だが、この状況はなんだ? 強制的にポーションで回復させ、立たせる。そして、また死の騎士(デス・ナイト)に殴らせる。

 訓練としても度が過ぎている。スポーツとも言えるようなものではない。ただのイジメだ。なんだこの国の連中……。文明のレベルが低いとは思っていたが、野蛮人か? こんなことをして許されると思っているのか? 

 自分が作った死の騎士(デス・ナイト)がイジメに利用されていると考えただけで、モモンガは怒りを感じる。

 

「ちょっと、勝手に話進めないでよ。私は反対。人を見かけで判断する人って気に入らない。これでも、第三位階まで魔法使えます!」とアルシェは頬を膨らましながら言う。まるで自分が、モモンのついでのように言われるのが気にくわない。魔法学院の神童と呼ばれた自分だ。飛行(フライ)の魔法で魔物の上を飛び、火球(ファイヤーボール)を放っているフールーダ先生にも目をかけてもらっていたという自負がある。

 

「それは、おっきく出たな。ロバーと同じ位階だとよ。()()有望だ。がんばれよ、(カッパー)」とヘッケランはより一層、アルシェの頭を強く撫でる。

 

「素晴らしいですね。子供は、夢や希望を持って成長をするべきですね。第三位階といわず、かのフールーダ氏と同じ第六位階、いや、それ以上を目指して欲しいです」とロバーと呼ばれた男も、腕を組みながら優しく頷いている。

 

 アルシェは、こんな慣れ慣れしい人達嫌い、と心の中で舌打ちをした。多額の借金をしていたその理由を聞いてこないモモン。会話をするのも、依頼に関する事務的な内容。適度な距離感。必要なのはお金を稼ぐこと。それ以外の目的なんてない。もう、夢なんてとっくの昔に棄てた。夢で見るのは、いつも悪夢だ。

 

「冒険者やワーカーとの交流も大事だが、今は他にやるべきことがある。アルシェ。行くぞ」とモモンガは墓地の中へ踏み出した。

 『困った人を助けるのは、当たり前』、そうですよね、たっちさん! モモンガは、自らの体に、たっち・みーさんが乗り移ったかのようだった。自分の体に、精神に、正義が降臨したかのような感覚。

 異形種狩りで困っていた自分を助けてくれた、たっちさん。きっと、こんな感じの怒りと、そして正義を抱えていたのではないかと、モモンガは思いながら墓地へと足を踏み出す。

 

「おい! 近づくと攻撃されるぞ! 殺されないと思ってるかも知れないが、いつ、奴らの気が変わるかも分からないぞ!」と言う声が後ろから聞こえたが、正義に燃えるモモンガの耳には届いても、心までは届かない。墓地の奥へと迷わず進んでいく。

 

 そして、背中のバスタードソードを抜き、死の騎士(デス・ナイト)へとモモンガは駆け出し始めた。








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