アルシェの物語〜In the Beginning was the Word〜   作:Menschsein
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遭遇 4

 モモンガは、オリハルコンやミスリルの冒険者たちが慌ただしく出て行く姿を寂しそうに見つめる。

 失態だ、とモモンガは心の中で思う。確かに、魔物が出現したとしたら、万全を期すために、実力が上位の者から割り当てられるのが普通だ。早い者勝ちなどにしたら、功を焦る駆け出し冒険者が勇み足となり、最悪死にかねないと考えるであろう。無用な混乱を避けるための措置として、上位冒険者から順に依頼をするのは、よく考えてみれば当たり前のことのように思えた。

 五体では少なかったか……。下位の冒険者にまでお鉢が回ってくる数のアンデッドを創造すべきであったとモモンガは反省をする。せっかく死体があるのだからと、死体を利用してアンデッドを創造したが、それは軽率であったとモモンガは反省する。

 経験値を消費してまでアンデッド創造をするのは考え物だが、スキルの回数制限は一日過ぎれば回復するのだから、下位アンデッドなども上限いっぱい創造しておくべきであっただろう。たとえ、アンデッドの数が多すぎた場合でも、一定時間経過すれば消えるであろうし、今回の死の騎士(デス・ナイト)に与えたように、『墓地からは出るな』、『近づいてきた奴を襲え、だが殺すな』という指示を与えておけば、無用な被害は避けることができる。

 そうすればアルシェも安全であろうし、冒険者チームとしての連携の訓練もできる。そして、最終的には魔物討伐という成果も得ることができる。

 また同じ冒険者として、またユグドラシルのプレイヤーとして、地味な採取などだけが楽しみ方ではなく、仲間と一緒に魔物を倒すということも楽しみの一つなのだと、アルシェに伝えるということもできれば良いと思っていた。ボッチプレイヤーでは、魔物を倒すのは作業化してしまいがちだが、仲間とであれば、最高の時間となる。

 一石三鳥の作戦だと思ったのになぁ。上手くいかないものだ。

 

「アルシェ。どうやら、私の見込みが甘かったらしい。採取の依頼に出かけよう。選んでくれた三つのどれでも私は構わない」と、モモンガはテーブルに未だに置いてある依頼書を見つめて言った。

 

「それじゃあ、これかな。採取場所が近場だし、運が悪いというか運が良ければ、森から迷い出てきているゴブリンと遭遇できるかも知れない」とアルシェは依頼書を一枚取り上げ、そして受付カウンターに持っていく。

 

 ゴブリンか……。あまりにアルシェが退屈そうであったら、”ゴブリン将軍の角笛”をこっそり使ってみてもよいな。だが、見渡しのよい場所では少し難しいだろうな、と受付の手続きをしているアルシェの小さな背中を見ながらモモンガは思案に耽るのであった。

 

<墓地>

 

 墓地に現われた死の騎士(デス・ナイト)との戦いは、既に半日以上続いていた。いや、もはや、「戦い」と形容することの出来ないものであった。

 帝国四騎士、武王、“銀糸鳥”と“漣八連”のメンバーたちは、傷つき地面に倒れていた。そして、まるで命ある存在を見下すように死の騎士(デス・ナイト)が四体立っている。

 死の騎士(デス・ナイト)の一体は、フールーダ率いる魔術詠唱者(マジックキャスター)たちが、上空から魔法で攻撃を仕掛けているといった具合だ。

 

「ジル。三日はかかりますぞ。それも、一体に」と、魔力の回復のために戻ってきたフールーダが言った。フールーダ自身、自分の火球(ファイヤーボール)があまり効いていないように感じる。

 

「分かっている」とジルクニフは歯ぎしりをしながら答える。死の騎士(デス・ナイト)の強さなら、この六時間で思い知った。そして、現在は殲滅戦を放棄し、救出作戦、そして物量戦に移行していた。しかし、それが上手く進まない。

 どうやら、この死の騎士(デス・ナイト)たちは、いたぶり殺すのが趣味なようである。身動きが取れない瀕死の状態へと追い込むが、止めは刺さない。傷つき、苦しんでいるのを見下して楽しんでいるアンデッド。

 

「馬鹿にしやがって」と生命を持つ一人の人間として、ジルクニフは怒りを顕にする。そして、自らの失策を思う。

 思い返せば、墓地で死の騎士(デス・ナイト)が発見され、駆け付けたときも未だに死の騎士(デス・ナイト)が墓地にいると分かったときに気づくべきであった。このアンデッドは何かがおかしいと。

通常のアンデッドであれば、生命を憎み、生命に反応して、人がいる場所へと雪崩れ込んでいくはずだ。巨体の割に、素早い動きをするこの死の騎士(デス・ナイト)であれば、あっと言う間に帝都を駆け回り、蹂躙し、殺戮していたであろう。

 だが、包囲が完了しても、死の騎士(デス・ナイト)が動く気配は見えなかった。墓地にいる死の騎士(デス・ナイト)を見た時に、間に合ったか、と安堵し、思考停止してしまったことをジルクニフは悔いていた。

 ジルクニフは、この死の騎士(デス・ナイト)は、一定の距離に近づいた時に襲ってくるという特性があることに気付いた。しかし、気付いた時にはあとの祭りだった。

襲ってこないのであれば、近づかなければ良い。墓地を封鎖して、フールーダ達に任せておけば、時間はかかったとしてもそれで事態は収拾できたであろう。しかし、その選択肢を選ぶには既に遅すぎた。

 帝都壊滅の危機ということから、自分が陣頭指揮に立った。攻撃命令を下したのは自分だ。だが、その攻撃自体が、踏まなくても良い(ドラゴン)の尻尾を踏んだということになる。

 他の者達も、この死の騎士(デス・ナイト)たちの不可解な特性に多くの者たちが気付いているであろう。

 そして最大の問題は、帝国四騎士、武王、“銀糸鳥”と“漣八連”のメンバーたちが虫の息ではあるものの、まだ生きているということだ。殺された、ということであれば、ある意味諦めることができる。しかし、生きている。

 

 あの死の騎士(デス・ナイト)は近づかなければ安全。だから後は主席魔法使いたちが何とかする、他の者達は解散、というような選択肢は取れない。

そんなことをしたら、皇帝が愚かな攻撃命令を下し、(いたずら)に被害を増やした、ということになってしまう。

 何者の仕業かは現状不明だが、死の騎士(デス・ナイト)の出現は、帝都を滅ぼすことが目的ではなく、皇帝の権威を失墜させるための策略なのではないかとさえ思う。そして、こんな陰険な策を考え付きそうなのは、実行できるかは別として、ジルクニフが知っている限り、リ・エスティーゼ王国のラナー・ティエール・シャルドルン・ライル・ヴァイセルフぐらいであろう。

 

「チッ」とジルクニフは舌打ちをする。この帝都アーウィンタールの遥か西にある王都リ・エスティーゼで、”黄金”のラナーがほくそ笑んでいる光景を想像してしまったからだ。

 

 俺が嫌いな女の第一位は、黄金だな。格上げだ。考えてみれば、竜王国の若作りの(ばばあ)は、それだけではこちらに実害などはない。“黄金”は、この前だって、冒険者組合の重要度を下げ、面倒なルールに縛られない使い勝手の良いワーカーを増やそうとこちらが水面下で動いている時に、嫌味のように冒険者組合の改革案を出しやがって……。せっかく強い力を持った冒険者がいるのなら、戦争に駆り出せばいいだろうが、とジルクニフは愚痴る。

 

皇室空護兵団(ロイヤル・エア・ガード)の準備はまだか! 陽が沈む前に片付けるぞ!」とジルクニフは叱咤する。

 

殲滅戦から救出戦に移行し、動きの素早い盗賊(ローグ)などから成る救出隊を編成したが、死の騎士(デス・ナイト)の動きの方がより俊敏であった。ミイラ取りがミイラになるという結果で終わってしまった。

 次の作戦は、ポーションを皇室空護兵団(ロイヤル・エア・ガード)に空からばら撒かせるという物量戦だ。アンデッドである死の騎士(デス・ナイト)が浴びればダメージになるし、死の騎士(デス・ナイト)の足元に倒れている人間に浴びれば、体力が回復し、自力で死の騎士(デス・ナイト)から距離を取れる。動けるようになっても、また死の騎士(デス・ナイト)が持っている大盾で弾かれるなど、いたぶられるであろうが、殺されはしないだろう。この際、その大楯で吹き飛ばされた分だけ、死の騎士(デス・ナイト)から距離を稼ぐことが出来たとプラスに考えるしかない。墓地で倒れている者たちにとっては痛みを伴う救出作戦ではあるが、もはやそれしか方法がない。

 ジルクニフは、今回のこの事件の首謀者の思惑に乗っているであろうことに自ら舌打ちをしながらも、もはや後に引くことなど出来ない。徹底抗戦を決意するのであった。

 

<冒険者組合>

 

 採取が終わり、モモンガとアルシェが冒険者組合に戻ってきてみると、建物の中には冒険者は一人もおらず、受付が暇そうに立っているだけであった。

 

「お疲れさまでした。こちらが、報酬になります」と受付から依頼の報酬をアルシェが受け取った。結局、ゴブリンとも遭遇できず、アルシェとしては満足な報酬金額では無いような感じではあるが、それに対して不満を抱くほど、アルシェも子供ではないようであった。

 モモンガが報酬の半分を受け取っていると、「もしよかったら、緊急の依頼を受けられますか?」と受付が言う。

 

「緊急?」とアルシェが首を傾げる。

 

「えぇ、実は、まだ墓地に出現した魔物の討伐が長引いておりまして、現在、城や軍の倉庫に保管されているポーションを運び出す、また現場へ運ぶという仕事が出されております。報酬はワーカー並みですが、依頼達成の実績にはカウントされます」

 

「荷物運びか……。どうする? 私は、正直キツイけど、少し休憩してからなら、受けてもいいかな。昇格試験を受けるのが早くなるのは良いことだし」とアルシェは言う。

 

「済まないが、今何時だ?」とモモンガは受付に尋ねる。

 

 モモンガは、受付から聞いた時刻を聞いて不審に思う。

 規定時間はとっくに過ぎていて、死の騎士(デス・ナイト)は消えているはずなんだがな……。

別の魔物が出現したのか? レイドボスか? 一度、調べてみる価値があるな……。

 

「その魔物は、墓地にいるのか?」とモモンガは受付に尋ねる。

 

「はい、そのようです」

 

「アルシェ、一度、その魔物について情報収集をするぞ。気になる点がある」と、モモンガは冒険者組合の出口へと向かって歩いていく。

 

「ちょっと、一息入れてからにしようよ」とアルシェが不満を漏らし、モモンガは立ち止まる。

 

「それもそうだな。墓地でかなり長時間戦っているようだし、今から行っても仕方がないな。魔物の外見など、冒険者から情報を後から聞いても良いだろうしな」と、モモンガはテーブルに座った。

 

「じゃあ、アゼルシアン・ティーをお願いします。砂糖多めで」と冒険者組合の受付でアルシェは紅茶を注文し、受付に代金を支払うのであった。

 








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