アルシェの物語〜In the Beginning was the Word〜 作:Menschsein
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モモンガはアルシェに連れられて、高利貸屋へと向かっていた。
「いらっしゃいませ。フルト家のお嬢様。お嬢様自らお店にいらっしゃられるとは。申し付けていただけたら私の方から伺わせていただいたのですが」と、品が良いとは言えない商人が店の奥から出てきて、慇懃な挨拶をする。
アルシェが、フルト家、そしてお嬢様と呼ばれているところを見ると、ある程度出自はしっかりしているようだな、とモモンガは後ろで二人の話に耳を傾ける。
「お金の返済に来た。ただ、問題がある」とアルシェは言う。
「ほぉ。問題とは?」と、下品な笑みを浮かべている。まるで問題があるのが嬉しいようだ。
「この金貨での返済は可能? ダメなら、別のところで帝国金貨に替えてから、返済するけれど」と、アルシェはユグドラシル金貨を一枚だけ商人に渡す。
「ほう……見たこともない金貨ですね。失礼ですが、調べてもよろしいですか?」
アルシェは、モモンガの反応を窺う。モモンガは、黙って首を縦に振り下ろす。
店の奥から出てきた別の従業員らしき人間が、
「こ、これは純度百パーセント。こ、こんな金貨初めてみました。それにこの見事な刻印。これは美術品としての価値――「余計なことは言わなくて良い!」と商人が従業員を叱咤し、無理やり黙らせた。
「従業員が失礼をしました。魔法での鑑定では問題ないようです。あと、別の方法でも調べさせていただきます」
商人は、金貨三枚の重さを天秤で計った後、フチにギリギリまで水が入っているコップの中に金貨を三枚ほど沈めた。そして、コップから溢れた水を計量していた。
「比重を計測しても問題ありません。帝国金貨二百枚の重さと同じの金貨を頂ければこちらは問題ありません」と商人は笑顔で答える。
「ちょっと、それだとこちらが不公平じゃない。帝国金貨の純度は百じゃないでしょ? それに、さっき美術品の価値としてもあると言っていたじゃない」とアルシェは商人が提示した条件に反論をした。
「そう申されましても、金貨は、美術品などではなく、あくまで金貨でございますから」
「私は構わない。あと、商人。返済以外に、この金貨をいくらか帝国金貨に替えてもらってよいかな?」とモモンガは後ろから口を出した。
「もちろんです。ですが、失礼ですが、あなたは?」
「私か? アルシェと同じ冒険者チームのメンバーのモモンだ。仲間が世話になったようだな」とモモンガは腕を組みながら答える。
「冒険者……。あぁ、なるほど、それでお嬢様も銅のプレートを首から下げられていたのですね。何かのアクセサリーとばっかり考えておりました」と、商人は言う。
どうせ最初から気づいていたにも拘らず、すっ呆けているような感じ。利に敏い商人ではあるのだろうが、信用できるかといえば、その答えはモモンガとしてはノーである。できれば、個人的に取引をしたくはなかった。
商人にユグドラシルの金貨を渡し、アルシェの借金は完済した。
「またご資金をご入用の際は、御贔屓していただけると嬉しいです」と商人は丁寧な対応をする。
モモンガはいけ好かない奴だと思った。
・
さて、次はチームの拠点とすべき場所を探すということになる。端的に言ってしまえば、冒険者チームのたまり場である。
アルシェは自宅が帝都の中にあり、そこで寝泊りはするということであった。そして、その実家の場所はモモンガには教えたくはないらしい。
モモンガも、アルシェの実家は、帝都のなかでも清閑な住宅地域にあるのだろうと予想はできたし、別に実家の場所などに興味もない。また、モモンガ自身も探られたくはない分、アルシェのことは探らない。
石畳の道を進んでいく。先ほどの高利貸屋があった一帯は、どちらかと言うと町全体が荘厳であり、品を重んじるような建物であった。それが、道を進んでいくと徐々に庶民的な色合いの建物が増えていき、人と通りが多い町並みへと変わっていく。
「このお店なんてどうかな? 『歌う林檎亭』。一階が酒場になっていて、打ち合わせなどする時に便利だと思う。それに、アーウィンタールのグルメ情報誌に、料理が美味しいと何度も掲載されていた」と、アルシェが一つの店の前で立ち止まった。
外見は年季の入った建物のようである。また、まだ夕方前だと言うのに、酒場では冒険者らしき姿の者たちが飲み始めている。評判が良いというのは本当であろう。
「そうだ、アルシェ。一つ言い忘れていたことがある。私は、飲食不要のマジックアイテムを装備している。だから、食事に関しては考慮しなくても良い」とモモンガは説明しておく。今後、行動を共にするのであれば、飲食の問題が発生するだろう。同じ釜の飯を食べる仲間という言葉があるように、一緒に食事をするというのは、結束を固める良い機会だ。しかし、その食事をまったく自分がしないということであれば、アルシェは必ず不審がるはずだ。あらかじめ問題になる可能性がある事柄は対処しておくべきであろう。
「そんなマジックアイテムがあるんだ。でも、食事って、人生の楽しみの一つだと思うけれど」とアルシェは、店から漂ってくる匂いにお腹を空かせているようだ。そういえば、冒険者組合の講習が終わってから移動しっぱなしで、食事をしていない。人間であれば、お腹が当然空くであろう。
「確かにな。だが、俺の飲食不要のマジックアイテムの不便なところは、一度装備すると取り外せなくて、しかも一回でも飲食をしてしまうと、壊れてしまうというところだ。取り外しができるのであれば、食事を楽しみたいところではあるが、いかんせん、もう二度と入手できるか分からないほど貴重なマジックアイテムだからな」とモモンガは答える。これだけ説明をしておけば、今後怪しまれることはないであろうとモモンガは考える。あと、睡眠が不要ということは、狸寝入りでもしておけば隠せるであろう。また、不労ということは、無尽蔵の体力とでもいえばよいだろう。
「飲食不要というメリットは大きいけど、その分デメリットも大きい。私にはちょっと無理な装備かな」とアルシェはしみじみと言う。
「まぁ、子供はたくさん食べて、大きく育つべきだ」
「ちょっと。同じチームのメンバーになったのだから、子供扱いとかはしないのが冒険者としてのルールだと思う」とアルシェは少しばかり不満そうに口を尖らす。
「子供扱いをされてムキになって反論するところが子供だ。よし、この店に入ってみよう。考慮すべきは、宿泊の値段と、この店の料理がアルシェの舌に合うかどうかだな。チーム結成の記念と言うことで、私がご馳走しよう」とモモンガは言って、そのまま『歌う林檎亭』の中へと入っていく。
酒場の真ん中のテーブルを通され、アルシェは早めの夕食ということで、本日のお勧めであるメニューを頼んだ。モモンガは、形だけエールを一杯頼んだ。
「ちょっと打ち合わせをするにしては、騒々しくはないか?」とモモンガは言うが、「夕方で、仕事を終えた冒険者やワーカーなどが飲みに来ているからだと思う。朝なんかはもう少し静かだと思う」
モモンガとアルシェは、今後のチームの方針や、依頼を受注する方針などを話し合う。アルシェとしては、出来るだけ高額の報酬を受注しながらも、より上位のプレートを得るようにしていきたいというものだった。もちろんモモンガもそれに賛成をした。
特に揉めることなく話し合いが順調に進む中、『歌う林檎亭』の店員が、アルシェの前に料理を置く。
そして、その料理にモモンガは驚く。
きつね色にコンガリと焼けた
「アルシェ。これは、なんと言う料理なのだ?」と思わずモモンガは尋ねる。
「これは、トンクヮーツと呼ばれる伝統料理だけど?」
「豚カツではなく、トンクヮーツか?」
「トンクヮーツよ」と言いながらアルシェは待ちきれない様子で、瓶に詰められていたソースをかけて口へと運び、あぁ美味しい、と満足そうな笑みを浮かべる。
「トンクヮーツか……」
豚カツとトンクヮーツ。何となく発音が似ている。偶然の一致か? とモモンガは考える。だが、千切りされたキャベツの上に置くなど、妙に細かいところで似ている。いや、似すぎている。違いと言えば、白ご飯がないということだろう。
まさか、この世界にもプレイヤーが存在したということなのか? モモンガはその可能性を考慮する。確かに、自分だけこの世界に転移したという風に考える方が不自然だ。ユグドラシルの最終日、ログインしていたのは自分だけではない。
「どうしたの? 黙っちゃって?」と、千切りキャベツにソースをかけながらアルシュは尋ねる。
「いや、俺の故郷にも似た料理があってな。驚いているだけだ」
「へぇ。じゃあ、こういう食べ方は知ってる? このトンクヮーツという料理のお得な点なのだけど、ソースをかけて食べるだけではなくて、この小皿にのっている塩を一つまみ振りかけて、それだけで食べるの。そうすると、衣の中にぎゅっと凝縮されていたお肉の旨みが、口に入れた瞬間、じゅわぁと口に広がって最高なの。うっすらとした塩味が、より一層お肉の味を引き立てるのよ」
「なるほど。白ご飯と一緒に食いたくなるな」
「白ご飯? 何それ?」
「米という食材を炊いたものだ。俺の故郷では主食だったのだがな」
「へぇ。帝国では少なくとも、主食はパンかな。トンクヮーツを食べる時にはパンは食べないけど」
「そうか。米はやはりないのだろうな。しかしそれは残念だな。
「
「一言でいえば、ご馳走だ。炊きたての白ご飯を茶碗に盛りつけ、そして湯気立つご飯の真ん中に箸という物を使って、穴を空ける。そしてその穴の中に新鮮な卵を割って入れて、醤油という物を垂らすのだ……」
モモンガは、
「その醤油というのをかけて、それで?」とアルシェは興味津々な様子で尋ねる。
「それらを一気に箸で掻き回し、口の中へとかき込み入れるのだ。これが美味いんだ」とモモンガは思わず熱く語ってしまう。
「米とか醤油とか聞いたことのない食材。本当にモモンは、遠い場所からきたんだ」とアルシェはしみじみとトンクヮーツを一切れ口へと運びながら言う。
モモンガも、食事をすることはできないが、なかなか楽しい団欒の時であると感じていた。そんなとき、突然、『歌う林檎亭』の中から荒々しい声が響いた。
「もう満席じゃねぇかよ。待たなきゃいけないのか。こっちは腹減っているってのによ……。って、そこのお前等、銅プレートじゃねぇか。銅プレートのくせに、この店で飯を食うなんざ、身分不相応だぜ。俺達に席を譲れ」と、自らのプレートを見せつけながら、冒険者らしき風貌の男達が、モモンガとアルシェを威嚇するように睨み付けていた。