人はどうやったら父親になれるんだろう。出会って4秒で溺愛みたいになるだろうかと思ったのに、現実は意外と慎重だった。
昨年秋、のちの妻となる交際相手の妊娠が発覚した。付き合い始めて2ヶ月あまりでおめでた案件! とめちゃくちゃ驚いたが、相手はいいやつだし、率直にうれしかったので「産もう契ろう育もう!」と結婚してたまごクラブ生活を開始。無事5月に新妻は3kg弱の男児をリリースできた。
そして季節は春から夏に変わり、例えばベビーカーを見たおばちゃんから「あらかわいい! パパにそっくりねえ」と言われても、未だに私は「いまパパつった?!」と内心ぎょっとしている。オムツ交換も余裕でやれるようになって久しいのに、呼び方ひとつでこのザマ。戸籍上ちゃんとなれているはずのパパは、ちっとも慣れちゃいない。
父親、我が子をすこやかに育む家族の一員。歌の中でお父さんと言えば大きな背中してたり、子孫に熱い想い残しマンだったりする。街のいたるところで固い絆結んでる立派な父親のみんな、どうやってそうなれたん? どこでその背中こさえた? 気になって調べてみました! とググっても、しっくりくる答えにまだ出会えない。
出産前に同人誌『チャーミーグリーンに挑む』を出した。日頃お世話になっているインターネットは「妊娠した」ってLINEにどう返せばいいか、妊婦がシャインマスカットを食べても大丈夫か聞いてもキュレーションメディアが「いいとも悪いとも思うよ!」しか言わないから、自己発信で! と作ろうとしたのだ。
しかし、自分の気持ちを書き起こして行く中で、「プレパパTIPS」という当初の目的を覆すほどの大きさで父親としての意識問題が勃起していた。出産までの40週間、妻は数々の大変化とともに日々を過ごした。食欲や味覚がコロコロ変わり、肌や気持ちが荒れやすくなり、腹と乳が膨らんだ。一方の自分は、引越しや結婚による生活の変化はあったものの、ざっくり言うと妊婦の隣で猫をなでるなどで終始したような感じの出産準備期間となってしまった。お腹のふくらみに実感が追いつかない。
結果的に、同人誌には「お気持ち準備号」というサブタイトルが付けられ、「おれは男子でも夫でもパパでも父親でもない!」と悩み倒して終わる内容に仕上がった。肝心の父性の芽生えは産後に丸投げしたわけだが、その産後である今、同じ課題がまさか依然として積み上がったままだなんて! 出産前「私たちが人の親になる…!」と戸惑っていた夫婦は今、数時間ペースで乳をやりながら「ッガワ”イ”イ”!!!」と嬌声を上げる妻と、隣で「うん、かわいい(サイズ的に)」と話す夫の2人組ユニットとして毎夜フロアを温めている。
や、1冊の同人誌にできるくらいなので、本当にいろいろなことあったんす。はじめてエコーで「ヒトの形すっご…! 心拍はっや…!」と知覚した瞬間にシガー・ロスのライブを観たとき以上の新しい刺激が全神経に走り、ただただ涙した11月。羊水の泡立ちを聴診器越しに味わった1月。まだ見ぬ新人の存在を腹越しの感触から「いま膝を動かした!」とわかるくらいリアルに感じられた臨月。新しい夫婦が「授かり」を共有し、いちいちハシャいだ日々は確かにあった。でも結局それは生き物の神秘性に舞い上がったものでしかない。DNAとかではなく、気持ちの上での親子関係の構築はまだまだだ。これまで妊娠出産に関するエッセイやマンガをたくさん読み、教則本や先輩からのアドバイスも受け取ったにもかかわらず、朝目覚めたら父親でしたなんて日は来ていない。36歳バツイチ男性は悲しんだ。
毎日約50gずつ大きくなって、昨日より感情表現が豊かになりゆく子を、じっと見る。この人はなぜこんなに口に手を入れたがるんだろう。パッツンパッツンの太ももはいつか本当に歩き出すのだろうか。ああ、この異様なまでにキラキラ光る瞳でこちらを見ながら、眼の前のおじさんをなんだと思っているのだろう。聞きたいことがたくさんあるけど「アー」と「エウー」だけで意思は通わない。いや、今にこの子は「パパ」としゃべるだろう。そのとき自分は、何としてきみを抱きしめたらよいか、再び考えてみよう。
そんな思いをツイートしてたら、文フリで出会った編集者から「本の続きをやらんかね」と言う誘いが来た。産前に果たせなかった自分の親心実況を始めたい。臨月・陣痛からお気持ち準備を再開する。